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44.パーティーにて Side.聖女
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今日は王太子の復帰パーティー。
ジェイドに選んでもらった可憐なドレスに身を包み、意気揚々と王太子と会場入りした。
そのことから、すわ婚約かと周囲の視線が集まってくるけど、私だって好きでエスコートされたわけじゃないのよ!
あれだけ贈り物を送ってこられて無視するわけにもいかないし、角が立たないように受けただけの話なんだから。
馬車の中ではあくまでも聖女と王子として接したし、数々の贈り物はお返ししたいとも伝えておいた。
でも王太子は返す必要はないと言い、婚約者気取りかと言いたくなるような顔で甘く微笑んでいる。
「聖女よ。今日は楽しんでいってくれ」
「はい。お気遣い恐れ入ります」
会場でちゃんと形式通り貴族の礼をする私に満足げな笑みを浮かべダンスへと誘ってくる王太子の相手をし、適当なところで喉が渇いたからとテーブルの方へと移動する。
すると以前治療した方々に囲まれたので、ホッとしながらお加減如何ですかと尋ねた。
腰を痛めていた貴族、毛根が死滅していた貴族、性病に悩まされていた遊び人の貴族、そんな彼らに分け隔てなく接する聖女────きっと「なんて心優しい方なんだろう。流石は聖女様」と思われていることだろう。
こっちはお金さえ払ってくれれば何でも治しますよとにっこり心の中で笑っているんだけど、きっと伝わることはないんだろうなと溜め息が出てしまう。
いざという時に本当に聖女を必要としている人々のために活動したいから、資金元として貴族達をキープしておきたい気持ちは大きい。
私はケチなところは確かにあるけど、別に全部が全部自分の贅沢のためという訳ではないのだ。
仕事は忙しいし、仕事着も決まっているから贅沢品はパーティーに出る時用の物品購入費くらいにしか使わない。
では何に使っているのかというと、情報を得るのに使っていたりする。
気紛れを装いボランティアにかこつけて貧しい人々に癒しを与え、そこから情報を得て王都以外の状況を知り困っている人々がどれだけいるのか把握するようにしているけれど、それだけでは得られない情報は多い。
特に隠された情報を得るのにはお金がかかるし、情報屋にお金を払うこともある。
その際の情報料は馬鹿にならないし、最近得た収入は主にそちらに消えていると言っても過言ではないだろう。
王城内がきな臭いから探ろうとして大枚が飛んで行ってしまったので、また稼がないとと思っていたところなのだ。
(貴族は金蔓だからちゃんと仲良くしておかないとね)
そうやって当り障りなく貴族との交流をいつも通りにこなしていたところで、王弟が私のところまでやってきた。
「聖女様」
「まあ王弟様。先日はご子息の件をお断りしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや。どうやら私の早とちりだったようで申し訳なかった」
「わかって頂けて嬉しいですわ。それよりもご子息が今私の従者の家に入り浸っていて迷惑しておりますの。お早めにお引き取り頂ければと思います」
「なんと!ジェイド殿が迷惑と仰ったのですか?」
「いいえ。彼は優しいのでわざわざ口にしたりはしませんわ。でも……」
「なるほど。わかりました。では私の方からレイを説得してみましょう」
「助かりますわ」
にっこりと微笑みながら意味ありげに言えば王弟はあっさりとそう言ってくれる。
(何よ。簡単じゃない)
あの男が簡単に説得できないなんて言っていたから、もっと難しいかと思ったのに拍子抜けしてしまう。
(これでジェイドから引き離すことができるわね)
ジェイドは全く別れる気はないみたいだけど、それを自分が認める認めないはまた別の話だ。
引き離せるならその方がいいに決まっている。
そもそもあんな情けない男のどこがいいのかさっぱりわからない。
そんな気持ちを全て隠して王弟とにこやかに談笑していたのだけど、それが目に留まったのだろう。
これまで自分と離れて王妃と一緒に何やら話していた王太子が私のところに戻ってきてしまった。
「聖女よ」
「まあ、王太子様。王妃様とのお話は良かったのですか?」
「ああ。許可がもらえたから母上にそなたを紹介しようと思ってな」
「まあ…恐れ多いですわ。無礼を働いてご不快な思いをさせてしまってはいけませんし、ご遠慮させていただいても?」
(どうして王妃に挨拶なんてしなきゃいけないのよ!真っ平ごめんだわ)
本心を隠して不安を装い丁寧に辞退したというのに、この王太子は全く聞く耳を持ってはくれない。
「何も恐れることはない。叔父上、聖女をお借りしても?」
「ああ、構わないよ。すまなかったね、邪魔をして」
「いいえ。では失礼します」
そう言いながらグイグイ手を引かれ王妃の前まで連れていかれる私。
(ちょっと…!話を聞きなさいよ!)
王族は皆話を聞かないのばかりだわと思いながらも相手が相手だけに手を振り払うわけにもいかず、仕方なく挨拶へと向かう羽目になる。
近くで見た王妃は迫力の美女ではあったけど、正直私は好きではない。
だって如何にも絶対権力者って感じで、人を殺すのに何の躊躇いも持たなそうなんですもの。
人を助ける私とは真逆に位置する人だって一目でわかったわ。
「……お初にお目に掛かります。聖女エレン=カスターニュでございます」
「そう。私は王妃カサンドラよ」
こちらを見定めるような目が鬱陶しくまとわりついてくる。
そんなに警戒しなくても貴方の息子には全く興味はありませんがと言ってやりたい。
「……見目は良いわね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
(見た目なんて好きな人が褒めてくれたらそれでいいのよ!聖女の真価はその能力の方なんだから!)
一応嬉しそうに見えるよう微笑を浮かべたものの頬が引き攣りそうだわ。
(もう帰りたい……)
そんな私を置き去りに、王妃が王太子へと話を振る。
「エドモンド」
「はい。母上」
そうして何やら侍従に合図を送り花束を用意すると、王太子が突然私の前に跪いてプロポーズの言葉を紡いできた。
「母上からのお許しも出た。聖女よ、将来の王妃としてどうか俺のプロポーズを受け入れて欲しい。結婚してくれ」
「…………お断り申し上げます」
生演奏でロマンティックな曲がかかろうと、大勢の貴族が断るわけないと思ってキャッキャウフフと見守っていようと、そんなの関係ないわ。
(断るに決まっているじゃないの!!)
笑顔できっぱりはっきり明瞭に伝わる声で言ったのに、何故か時が止まったかのように会場全体が静まり返ってしまって、私の方が困惑してしまったわ!
「……聖女よ。聞き間違いだったように思うんだが……」
「いいえ。はっきりきっぱりお断りさせて頂きました。王太子様には私よりもずっと相応しい高貴な方がお似合いと存じます。私は人々を助け、癒し、健やかに過ごせるよう尽力することに重きを置いておりますので、これからも城下にて聖女として生きて行く所存です。どうかご理解ください」
(あ~…やっと言えたわ。本当ならこんな大勢の前じゃなく個人的に会った時に言えたらよかったんだけど、休みがなくて言えなかったのよね)
お互いスケジュールが合わなかったのだから仕方がない。
そもそもお伝えしたいことがあると何度か手紙で伝えたんだけど、ポジティブな方向に考えたのかなんなのか、パーティーで会おうの一点張りだったのだ。
これは王太子が悪い。
きっと王太子の中では伝えたいこと=私が王太子を好きとかそういう結論に至ってたんだろう。
だからこのプロポーズも絶対に成功すると思い込んでいたようだ。
「な…ななな…………っ!」
しかもあからさまにショックですと言うような顔でこちらを見て、プライドが傷ついたみたいな顔を向けてくるからどうしようもない。
折角穏便に断ったと言うのに、台無しだ。
大人しく引き下がればまだ印象は良かっただろうに…。
「俺のプロポーズを断ると言うのか?!」
「はい。申し訳ございません」
「何が不服だ!」
「不服だなどと…。私はただ聖女として人々のために尽くしたいと申し上げただけではありませんか」
「王妃となっても人々のために尽くすことはできるだろう?!ご立派な母上を傍で見てみろ!きっと自分の考えの過ちに気づくはずだ!」
(え?何?本気で言ってるの?ちゃんちゃらおかしいんだけど…)
はっきり言って今の王家は腐りきっていて、とても民を救うような政策は行っていない。
それは地方に行けば行くほど顕著で、だからこそ遠い所からわざわざ自分のところまで助けを求めてやってくる者もいるのだ。
現に、ジェイドが来る前ではあるが、遠くまで足を延ばし旱魃に悩む土地を救いに行ったことだってある。
その土地に祝福を授け、聖なる雨を降らせた時には歓声が上がったものだ。
幸いその時はなんとか上手くいったが、下手をすれば一時しのぎにしかならなかっただろう。
ああいうことは本来王家が対策をとって色々やるべきではないのか?
大事な民をないがしろにするにもほどがあると当時は怒り心頭になったものだ。
「今の王家の政策で私以上に民を救ったという実績があるのなら考えたかもしれませんが……申し訳ございませんがお断りさせて頂きます」
さっさと引き下がれよと思いながら困ったように笑ってやると、王太子は明後日の方に怒りだしてしまう。
「何を言う!聖女の力は認めるが、一個人が救える人々と国が救える人々の数、どちらが多いかなどわかり切ったことだろう?!王家を馬鹿にしているのか?!」
「いいえ。事実をお話しただけでございます」
「このっ…!」
カッとなった王太子が私に手を上げようとしてきたので、私はそれよりも早く王太子の頬をぶっ叩いてやった。
パァンッ!!
鋭く小気味いい音がその場に響き渡る。
「乙女の柔肌に傷をつけようなど不届き千万!!恥を知りなさい!!」
鋭い声でそう言い放つと王太子は驚いたように目を見開いて私を見、言葉を失っていたが王妃の方はそうはいかなかった。
「衛兵!!こやつを捕らえよ!王太子に害なす不届き者じゃ!!」
その言葉に衛兵達がすっ飛んでくるけど、残念。私の聖なる結界の前では無意味なのよ?
近づけるはずがないでしょう?
「嫌ですわ、王妃様。躾けの出来ていない貴女の代わりに私が躾けて差し上げただけでしょう?感謝してほしいくらいですわ」
ニコッと笑ってやったら王妃は悔しそうにギリッと歯を噛みしめ、反論して来ようとしたけれど、そんな相手の言葉をまともに聞くわけないわよね?
「不届き者はおとなしく去りますわ。私はこれで失礼いたします」
そう言ってさっさと去ろうとしたのに、王妃はどこまでも私が気に入らなかったらしい。
「陛下!!今すぐこの者から聖女の地位を剥奪してくださいませ!!このような暴挙に出る聖女など認めるわけにはまいりません!」
(……はぁ?)
聖女の地位が剥奪できるのは国王ではなく教会のトップだし、そもそも聖女の能力は個人に帰属するからその地位を剥奪してもほとんど何の意味もないんだけど、知らないのかしらと首を傾げてしまう。
それなのに国王まで重々しく頷くものだから呆れてしまった。
「うむ。聖女エレン=カスターニュよ。今この場に置いてそなたの聖女としての地位を剥奪し、国外追放を命ずる。衛兵────」
『ホーリーランス!!』
ドゴォッ!!
私が躊躇なく放ったホーリーランスが唸りを上げて王妃と国王の頬をかすりながら飛んでいき、背後の壁に思い切り突き刺さった後爆散する。
「こっちがおとなしくしていれば、ごちゃごちゃ煩いわね?たかが王族が聖女の地位を剥奪できるとでも思ってんの?寝惚けたこと言ってんじゃないわよ!衛兵ごときに私がおとなしく捕まってやるわけないでしょう?王家を滅ぼされたくなければ私が国を出るまで黙って大人しくしておくことね」
聖女とは世界的に見ても数えるほどしかいない貴重な存在だ。
それ故に教会は大事に保護するし、余程の罪を犯したりしない限りはその地位を剥奪されることはない。
余程の罪とはそれこそ大量虐殺を犯したとかのレベルの話だから、王族に歯向かう程度は全く問題はないのだ。
国が介入できない組織として、教会と似たようなものに冒険者ギルドもあるが、あちらはあちらでSランク冒険者が聖女と同じように特別扱いを受ける。
国を跨いで活躍できるその職種は平民にとってはある意味特別な存在で誰もがその立場を理解しているのだと思っていたが、どうやら彼らは知らなかったらしい。
一体どれだけ驕っていたのか。
あまりにも腹立たしくて、私は私の好きなタイミングで国を出ていってやるわと吐き捨てそのまま踵を返す。
蔑むような眼差しで蒼白になって固まる王族達を肩越しに見てから、その後固まっている貴族連中にいつもの慈悲深い眼差しを向けてやる。
「皆様。申し訳ございません。残念ながら私は国を出ることになりました。もう皆様に神の加護は与えることは叶いませんが、どうかお元気で」
「「「「「なぁっ?!」」」」」
もう彼らから利益は得られないのかとちょっと残念な気持ちが込み上げていたせいでその言葉はどこか悲し気に聞こえてしまったのだろう。
焦ったように貴族達が声を上げる。
「「「「「聖女様!!」」」」」
「ごめんなさい」
私に頼りきりだった貴族の方々には申し訳ないけれど、王族を何とかしないと私は絶対にここに戻ってきたりはしない。
(別にこんな腐敗した国にこだわる必要なんてないし、さっさと出て行って他国で活躍してやるんだから!)
そんな強い意思が伝わったのだろうか?
「陛下!!聖女様に対し、なんたる無礼を働いてくれたのです?!」
「聖女様は王太子様の命の恩人と仰られていたのでは?!このようなことが許されるはずが…!!」
「そうですよ!私の毛根は明日復活させて頂く予定だったのに、なんてことをしてくれたのですかぁっ!!」
慌てたように貴族の方々が王に物申しているけれど、これで少しはこの国の風向きが変わるといいわね?
(おほほほほ……!!)
内心高笑いしながら私はそっと会場を後にしたのだった。
ジェイドに選んでもらった可憐なドレスに身を包み、意気揚々と王太子と会場入りした。
そのことから、すわ婚約かと周囲の視線が集まってくるけど、私だって好きでエスコートされたわけじゃないのよ!
あれだけ贈り物を送ってこられて無視するわけにもいかないし、角が立たないように受けただけの話なんだから。
馬車の中ではあくまでも聖女と王子として接したし、数々の贈り物はお返ししたいとも伝えておいた。
でも王太子は返す必要はないと言い、婚約者気取りかと言いたくなるような顔で甘く微笑んでいる。
「聖女よ。今日は楽しんでいってくれ」
「はい。お気遣い恐れ入ります」
会場でちゃんと形式通り貴族の礼をする私に満足げな笑みを浮かべダンスへと誘ってくる王太子の相手をし、適当なところで喉が渇いたからとテーブルの方へと移動する。
すると以前治療した方々に囲まれたので、ホッとしながらお加減如何ですかと尋ねた。
腰を痛めていた貴族、毛根が死滅していた貴族、性病に悩まされていた遊び人の貴族、そんな彼らに分け隔てなく接する聖女────きっと「なんて心優しい方なんだろう。流石は聖女様」と思われていることだろう。
こっちはお金さえ払ってくれれば何でも治しますよとにっこり心の中で笑っているんだけど、きっと伝わることはないんだろうなと溜め息が出てしまう。
いざという時に本当に聖女を必要としている人々のために活動したいから、資金元として貴族達をキープしておきたい気持ちは大きい。
私はケチなところは確かにあるけど、別に全部が全部自分の贅沢のためという訳ではないのだ。
仕事は忙しいし、仕事着も決まっているから贅沢品はパーティーに出る時用の物品購入費くらいにしか使わない。
では何に使っているのかというと、情報を得るのに使っていたりする。
気紛れを装いボランティアにかこつけて貧しい人々に癒しを与え、そこから情報を得て王都以外の状況を知り困っている人々がどれだけいるのか把握するようにしているけれど、それだけでは得られない情報は多い。
特に隠された情報を得るのにはお金がかかるし、情報屋にお金を払うこともある。
その際の情報料は馬鹿にならないし、最近得た収入は主にそちらに消えていると言っても過言ではないだろう。
王城内がきな臭いから探ろうとして大枚が飛んで行ってしまったので、また稼がないとと思っていたところなのだ。
(貴族は金蔓だからちゃんと仲良くしておかないとね)
そうやって当り障りなく貴族との交流をいつも通りにこなしていたところで、王弟が私のところまでやってきた。
「聖女様」
「まあ王弟様。先日はご子息の件をお断りしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや。どうやら私の早とちりだったようで申し訳なかった」
「わかって頂けて嬉しいですわ。それよりもご子息が今私の従者の家に入り浸っていて迷惑しておりますの。お早めにお引き取り頂ければと思います」
「なんと!ジェイド殿が迷惑と仰ったのですか?」
「いいえ。彼は優しいのでわざわざ口にしたりはしませんわ。でも……」
「なるほど。わかりました。では私の方からレイを説得してみましょう」
「助かりますわ」
にっこりと微笑みながら意味ありげに言えば王弟はあっさりとそう言ってくれる。
(何よ。簡単じゃない)
あの男が簡単に説得できないなんて言っていたから、もっと難しいかと思ったのに拍子抜けしてしまう。
(これでジェイドから引き離すことができるわね)
ジェイドは全く別れる気はないみたいだけど、それを自分が認める認めないはまた別の話だ。
引き離せるならその方がいいに決まっている。
そもそもあんな情けない男のどこがいいのかさっぱりわからない。
そんな気持ちを全て隠して王弟とにこやかに談笑していたのだけど、それが目に留まったのだろう。
これまで自分と離れて王妃と一緒に何やら話していた王太子が私のところに戻ってきてしまった。
「聖女よ」
「まあ、王太子様。王妃様とのお話は良かったのですか?」
「ああ。許可がもらえたから母上にそなたを紹介しようと思ってな」
「まあ…恐れ多いですわ。無礼を働いてご不快な思いをさせてしまってはいけませんし、ご遠慮させていただいても?」
(どうして王妃に挨拶なんてしなきゃいけないのよ!真っ平ごめんだわ)
本心を隠して不安を装い丁寧に辞退したというのに、この王太子は全く聞く耳を持ってはくれない。
「何も恐れることはない。叔父上、聖女をお借りしても?」
「ああ、構わないよ。すまなかったね、邪魔をして」
「いいえ。では失礼します」
そう言いながらグイグイ手を引かれ王妃の前まで連れていかれる私。
(ちょっと…!話を聞きなさいよ!)
王族は皆話を聞かないのばかりだわと思いながらも相手が相手だけに手を振り払うわけにもいかず、仕方なく挨拶へと向かう羽目になる。
近くで見た王妃は迫力の美女ではあったけど、正直私は好きではない。
だって如何にも絶対権力者って感じで、人を殺すのに何の躊躇いも持たなそうなんですもの。
人を助ける私とは真逆に位置する人だって一目でわかったわ。
「……お初にお目に掛かります。聖女エレン=カスターニュでございます」
「そう。私は王妃カサンドラよ」
こちらを見定めるような目が鬱陶しくまとわりついてくる。
そんなに警戒しなくても貴方の息子には全く興味はありませんがと言ってやりたい。
「……見目は良いわね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
(見た目なんて好きな人が褒めてくれたらそれでいいのよ!聖女の真価はその能力の方なんだから!)
一応嬉しそうに見えるよう微笑を浮かべたものの頬が引き攣りそうだわ。
(もう帰りたい……)
そんな私を置き去りに、王妃が王太子へと話を振る。
「エドモンド」
「はい。母上」
そうして何やら侍従に合図を送り花束を用意すると、王太子が突然私の前に跪いてプロポーズの言葉を紡いできた。
「母上からのお許しも出た。聖女よ、将来の王妃としてどうか俺のプロポーズを受け入れて欲しい。結婚してくれ」
「…………お断り申し上げます」
生演奏でロマンティックな曲がかかろうと、大勢の貴族が断るわけないと思ってキャッキャウフフと見守っていようと、そんなの関係ないわ。
(断るに決まっているじゃないの!!)
笑顔できっぱりはっきり明瞭に伝わる声で言ったのに、何故か時が止まったかのように会場全体が静まり返ってしまって、私の方が困惑してしまったわ!
「……聖女よ。聞き間違いだったように思うんだが……」
「いいえ。はっきりきっぱりお断りさせて頂きました。王太子様には私よりもずっと相応しい高貴な方がお似合いと存じます。私は人々を助け、癒し、健やかに過ごせるよう尽力することに重きを置いておりますので、これからも城下にて聖女として生きて行く所存です。どうかご理解ください」
(あ~…やっと言えたわ。本当ならこんな大勢の前じゃなく個人的に会った時に言えたらよかったんだけど、休みがなくて言えなかったのよね)
お互いスケジュールが合わなかったのだから仕方がない。
そもそもお伝えしたいことがあると何度か手紙で伝えたんだけど、ポジティブな方向に考えたのかなんなのか、パーティーで会おうの一点張りだったのだ。
これは王太子が悪い。
きっと王太子の中では伝えたいこと=私が王太子を好きとかそういう結論に至ってたんだろう。
だからこのプロポーズも絶対に成功すると思い込んでいたようだ。
「な…ななな…………っ!」
しかもあからさまにショックですと言うような顔でこちらを見て、プライドが傷ついたみたいな顔を向けてくるからどうしようもない。
折角穏便に断ったと言うのに、台無しだ。
大人しく引き下がればまだ印象は良かっただろうに…。
「俺のプロポーズを断ると言うのか?!」
「はい。申し訳ございません」
「何が不服だ!」
「不服だなどと…。私はただ聖女として人々のために尽くしたいと申し上げただけではありませんか」
「王妃となっても人々のために尽くすことはできるだろう?!ご立派な母上を傍で見てみろ!きっと自分の考えの過ちに気づくはずだ!」
(え?何?本気で言ってるの?ちゃんちゃらおかしいんだけど…)
はっきり言って今の王家は腐りきっていて、とても民を救うような政策は行っていない。
それは地方に行けば行くほど顕著で、だからこそ遠い所からわざわざ自分のところまで助けを求めてやってくる者もいるのだ。
現に、ジェイドが来る前ではあるが、遠くまで足を延ばし旱魃に悩む土地を救いに行ったことだってある。
その土地に祝福を授け、聖なる雨を降らせた時には歓声が上がったものだ。
幸いその時はなんとか上手くいったが、下手をすれば一時しのぎにしかならなかっただろう。
ああいうことは本来王家が対策をとって色々やるべきではないのか?
大事な民をないがしろにするにもほどがあると当時は怒り心頭になったものだ。
「今の王家の政策で私以上に民を救ったという実績があるのなら考えたかもしれませんが……申し訳ございませんがお断りさせて頂きます」
さっさと引き下がれよと思いながら困ったように笑ってやると、王太子は明後日の方に怒りだしてしまう。
「何を言う!聖女の力は認めるが、一個人が救える人々と国が救える人々の数、どちらが多いかなどわかり切ったことだろう?!王家を馬鹿にしているのか?!」
「いいえ。事実をお話しただけでございます」
「このっ…!」
カッとなった王太子が私に手を上げようとしてきたので、私はそれよりも早く王太子の頬をぶっ叩いてやった。
パァンッ!!
鋭く小気味いい音がその場に響き渡る。
「乙女の柔肌に傷をつけようなど不届き千万!!恥を知りなさい!!」
鋭い声でそう言い放つと王太子は驚いたように目を見開いて私を見、言葉を失っていたが王妃の方はそうはいかなかった。
「衛兵!!こやつを捕らえよ!王太子に害なす不届き者じゃ!!」
その言葉に衛兵達がすっ飛んでくるけど、残念。私の聖なる結界の前では無意味なのよ?
近づけるはずがないでしょう?
「嫌ですわ、王妃様。躾けの出来ていない貴女の代わりに私が躾けて差し上げただけでしょう?感謝してほしいくらいですわ」
ニコッと笑ってやったら王妃は悔しそうにギリッと歯を噛みしめ、反論して来ようとしたけれど、そんな相手の言葉をまともに聞くわけないわよね?
「不届き者はおとなしく去りますわ。私はこれで失礼いたします」
そう言ってさっさと去ろうとしたのに、王妃はどこまでも私が気に入らなかったらしい。
「陛下!!今すぐこの者から聖女の地位を剥奪してくださいませ!!このような暴挙に出る聖女など認めるわけにはまいりません!」
(……はぁ?)
聖女の地位が剥奪できるのは国王ではなく教会のトップだし、そもそも聖女の能力は個人に帰属するからその地位を剥奪してもほとんど何の意味もないんだけど、知らないのかしらと首を傾げてしまう。
それなのに国王まで重々しく頷くものだから呆れてしまった。
「うむ。聖女エレン=カスターニュよ。今この場に置いてそなたの聖女としての地位を剥奪し、国外追放を命ずる。衛兵────」
『ホーリーランス!!』
ドゴォッ!!
私が躊躇なく放ったホーリーランスが唸りを上げて王妃と国王の頬をかすりながら飛んでいき、背後の壁に思い切り突き刺さった後爆散する。
「こっちがおとなしくしていれば、ごちゃごちゃ煩いわね?たかが王族が聖女の地位を剥奪できるとでも思ってんの?寝惚けたこと言ってんじゃないわよ!衛兵ごときに私がおとなしく捕まってやるわけないでしょう?王家を滅ぼされたくなければ私が国を出るまで黙って大人しくしておくことね」
聖女とは世界的に見ても数えるほどしかいない貴重な存在だ。
それ故に教会は大事に保護するし、余程の罪を犯したりしない限りはその地位を剥奪されることはない。
余程の罪とはそれこそ大量虐殺を犯したとかのレベルの話だから、王族に歯向かう程度は全く問題はないのだ。
国が介入できない組織として、教会と似たようなものに冒険者ギルドもあるが、あちらはあちらでSランク冒険者が聖女と同じように特別扱いを受ける。
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一体どれだけ驕っていたのか。
あまりにも腹立たしくて、私は私の好きなタイミングで国を出ていってやるわと吐き捨てそのまま踵を返す。
蔑むような眼差しで蒼白になって固まる王族達を肩越しに見てから、その後固まっている貴族連中にいつもの慈悲深い眼差しを向けてやる。
「皆様。申し訳ございません。残念ながら私は国を出ることになりました。もう皆様に神の加護は与えることは叶いませんが、どうかお元気で」
「「「「「なぁっ?!」」」」」
もう彼らから利益は得られないのかとちょっと残念な気持ちが込み上げていたせいでその言葉はどこか悲し気に聞こえてしまったのだろう。
焦ったように貴族達が声を上げる。
「「「「「聖女様!!」」」」」
「ごめんなさい」
私に頼りきりだった貴族の方々には申し訳ないけれど、王族を何とかしないと私は絶対にここに戻ってきたりはしない。
(別にこんな腐敗した国にこだわる必要なんてないし、さっさと出て行って他国で活躍してやるんだから!)
そんな強い意思が伝わったのだろうか?
「陛下!!聖女様に対し、なんたる無礼を働いてくれたのです?!」
「聖女様は王太子様の命の恩人と仰られていたのでは?!このようなことが許されるはずが…!!」
「そうですよ!私の毛根は明日復活させて頂く予定だったのに、なんてことをしてくれたのですかぁっ!!」
慌てたように貴族の方々が王に物申しているけれど、これで少しはこの国の風向きが変わるといいわね?
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