上 下
35 / 51

35.クッキーあ~んは有罪か?

しおりを挟む
レイが帰ってきて、嬉しくてその気持ちのままレイの腕の中に飛び込んだけど、暫くそうしていたら後ろから恐る恐る声をかけられて慌ててその腕の中から飛び出してしまった。

「あの…師匠?僕、今日は宿に泊まってきましょうか?」
「ゴ、ゴメン!いや、ほらクッキー作り約束してたし、明日孤児院に持っていかないといけないから!気にせず入って!」

同居人のクルトの事をすっかり忘れていて本当に申し訳なくて、真っ赤になりながらなんとか自分を立て直す。

「ジェイド…」

残念そうなレイには申し訳ないけど、俺の個人的な感情で同居人を追い出すわけにはいかない。

「レイ、こっちは昨日から同居してる隣国の王子で、今聖女様の従者見習い中のクルト」
「クルトです。よろしくお願いします」

ニコッと笑って挨拶をするクルトにレイはちょっと眉を顰めたけど、すぐに笑顔になって宜しくと握手をしていた。
でもすぐにパッと手を離してクルトが痛そうな涙目で手をさすっていたので、思わずどうしたんだと心配になって声をかけた。

「いたた…。レイさん、力強いですね」
「えっ…」

レイはちょっと驚いてるからわざとじゃないんだろうけど、クルトは王族だもんな。
貴族とはいえ冒険者として戦ってきたレイと違って繊細なのかも。

「大丈夫か?クルト」
「はい。平気です。それよりもしかしてこの方がジェイド師匠の婚約者なんですか?」
「ああ」
「そうですか。ちょっと思っていた方と違って驚きました」
「そう?」
「ええ。師匠のお相手ならこう…もっと頼りなくて、守ってあげなくちゃ的な可愛らしい方なのかと思っていたので意外だなって」
「え?」

まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのでちょっと驚いた。
う~ん…。俺、そう言うタイプは好きじゃないんだけどな。

「だって師匠って何でもできるじゃないですか。家事全般得意ですし、ポーション作りも凄いし、優しくて気も利いて本当に凄く頼りになって…」
「そうかな?」
「そうですよ!あの聖女様がべた惚れなんですよ?僕だって師匠の事、この二日で大好きになりました!」
「そっか。そう言ってもらえたら嬉しいな」
「えへへ。師匠ならお相手選びたい放題ですよね」

そうやって笑って持ち上げてくれるのは嬉しいけど、俺そんなにモテないし選び放題は言い過ぎだと思うんだけどな。
好きなタイプだって駆け引きとかができそうな相手だからそんなにいないし。
そう言った意味ではレイに出会えてよかったと思うし、婚約できて凄く嬉しいんだ。
しかも一年は会えないのも覚悟してたのに、一か月くらいでまたこうして会えたんだから正直嬉しすぎてたまらなかった。

「ありがとう。まあ、レイに出会えて選んでもらえたから俺としては満足かな」

だからちょっとだけ惚気て笑顔でスルーしたんだけど、そう言った途端レイに抱きしめられてちょっと戸惑ってしまう。

「ジェイド…」
「えっと…レイ?クルトの前であんまりイチャイチャするのはちょっと…」

惚気た俺が言っても説得力はないかもしれないけど、クルトも困るだろうしやめた方がいいんじゃないかな?
なのにレイはちっとも離してくれなかったので、今日は一緒に料理を作ろうと誘ってさり気なく離れさせた。
もちろんどうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げてくるのを押し隠して…だ。
キッチンとはいえ二人きりになれるならそれもありかなとも思ったし、これならクルトに隠れてイチャイチャだってしやすいだろう。

でもどこか甘い空気が漂う二人の間に、僕も手伝いますよとクルトが飛び込んできたので、じゃあクルトはクッキーを頼むよと言って先に分量等を教えて材料も全部テーブルに並べていった。
孤児院に持っていくなら多めに作らないといけないから結構大変だ。
食べ終わってから作っていたら寝るのが遅くなってしまうし、ここは同時進行で作ってしまった方がいいだろうと思ってのことだったんだけど…。

そこからはキッチンとリビングで名前を呼ばれるたびに行ったり来たりする羽目になったから甘い空気も何もない。

「師匠!裏ごしできました!小麦粉との比率はこれくらいでいいですか?」
「ジェイド、火加減はこれくらいでいいかな?焦げ目がうまくつかないんだが…」
「師匠!ニンジンの方はこれでいいと思うんですけど、カボチャの方はどうでしょう?混ぜ加減がわからなくて…」
「ジェイド、こっちのが一味足りない気がするんだけど、何が足りないかがわからなくて…。みてくれないか?」
「師匠!オーブンの余熱忘れてました~!」
「ジェイド、これでどうかな?味見してみて」

「はいはいはいはい!」

それぞれ真剣っぽいから無碍にできないし、俺は俺で料理しながら全部に対応してるから忙しすぎてたまらない。
それでもなんとか三人分の料理を10品用意し、クッキーも焼くところまで無事に到達。
夕食を食べ終わる頃には焼き終わっていい具合に冷めていることだろう。

「ん~…!美味しい!」
「うん。すごく美味しい。ジェイドの手作りはやっぱり最高だ」
「良かった。レイの作ったのも美味しいよ」

二人の美味しそうに綻ぶ笑顔は見ていてとても癒される。
なによりレイが隣にいてくれるのが嬉しくて俺はさっきからドキドキしっぱなしだ。

「師匠!後でクッキーも味見してみてくださいね」
「ああ、もちろん」

野菜クッキーはきっと子供達にも喜ばれると思う。
そうして夕飯を食べ終わり、以前のように食器洗いを引き受けてくれたレイにお礼を言っていると、クルトが焼きあがったクッキーを手にやってきて、満面の笑みで一枚俺に差し出してきた。

「師匠!見てください。上手に焼けたでしょう?味見をお願いします!」

そしてそのまま受け取る間もなく口元に突きつけられたので、思わず勢いでパクッと口にしそのままモグモグと味わってしまう。

「どうですか?美味しいですか?」
「ん。美味しい」
「やった!師匠が丁寧に教えてくれたので僕でも上手に作れました。ありがとうございます」
「クルトが頑張ったからだよ」

可愛い笑顔で喜ばれて、俺もついつい頭を撫でてしまう。
でもその光景を目の前で見てしまったレイがショックを受けてたなんて思いもよらなかったんだ。

「ジェイド…」
「え?」

なんでレイはクルトを睨んでるんだろう?
睨まれた方のクルトもこれにはびっくりしたようで、サッと俺の後ろに隠れてしまっている。

「えっと…レイ?」
「……なんでもない」
「そうか?あ、もしかしてレイも食べたかったとか?」
「…………」

うん。違うよな。それじゃあもしかしてもしかしなくても嫉妬…とか?
そう考えて、俺はあることに気づいて「やらかしたかも?!」とちょっと天を仰ぎたくなった。
そりゃあそうだ。よく考えたらレイから見れば俺は婚約中にも関わらず他の男を家に引っ張り込んだ最低な奴ってことになるんだから。
今睨まれてるのはクルトだけど、本来睨まれるべきは自分だろう。

(浮気者とか思われてそうだな…)

そう考えると時間が経ってから同居がバレるよりもいっそ良かったのかもしれない。
まだ昨日の今日ならいい訳のしようもあるもんな。

「その…レイ?誤解のないように言っておくけど、クルトとは同居人以上の何かがあるわけじゃないからな?」
「……わかってる」

(本当に?)

だったら睨むのはそろそろやめてあげて欲しい。

「あ~……クルト。お金は俺が出すから、やっぱり今日は宿の方に泊ってもらってもいいか?」
「あ、はい!もちろんです!」

これは一刻も早く誤解を解かないと大変なことになると思い、俺はすぐさまクルトを逃がして、レイとちゃんと話そうと深く息を吐いたのだった。

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...