虹の騎士団物語

舞子坂のぼる

文字の大きさ
上 下
135 / 189
第8章 地の果て

第203話 白馬の王子様

しおりを挟む


 それから数日間、アイリスはダンヴァーズ公爵家で静かに過ごした。

 このダンヴァーズ公爵家はとても静かなお屋敷で、あまり来訪者も多くないし、雇っている使用人の数も少ない。

 レナルドの人となりに合わせているので、仕えている従者も物腰柔らかな人が多くトラブルだらけだった実家とは大違いだ。

 街道の事業の視察に行けば魔獣が出てくるし、領民のトラブルに対処するだけのお金もないので、家族のうちの誰かが魔法道具を持って現場に向かったりもして、家に戻って来ればナタリアが要望を訴え金策に頭を悩ませる。

 そんな日々は目まぐるしく過ぎて言っていたが、ダンヴァーズ公爵家の日々はゆっくりと時間が流れているようにすら感じる。

 なので与えられた仕事について知ることができたし、ベックフォード公爵家であった時代の古い蔵書をあさることも可能だった。

 そうして時間を過ごしていると例のボルジャー侯爵の来訪が決まった。

 レナルドにアイリスも商談に同席するかと問われて、アイリスはもちろんとばかりに頷いたのだった。



「それで、魔石採掘に関する投資の件はご検討いただけましたかな?」

 ボルジャー侯爵はたくさんの若くて美しい侍女をつれてやってきた。

 彼女たちは全員、小さな魔石のアクセサリーをつけていて、アイリスは少し驚いた。

 なんせ魔石というのは高価なものだ、それをこんな風に平民の侍女に着けさせるなんてよっぽど採掘場の調子がいいのだろう。

 それに本人も魔石で自身を着飾っている。

 しかし、魔石で着飾っていてもボルジャー侯爵自身はなんだかあまり高貴な人という印象は受けない。

 着飾るのに見合わない大きく出たお腹に、薄い事を隠すつもりがないのはアイリスだって構わないのだが、セットしているのかしていないのかよくわからないほどに乱れている髪。

 そんな様子の彼自身に、つけられている魔石は高価なものであるのになんだかその輝きが半減して見えた。

「ええ、返答まで時間を頂いたので」
「そうですか、そうですか。それは大変結構なことでございますな。わたくしとしても決して、上級貴族の作法もわからないぽっと出の公爵閣下にまさか即決を強要するような鬼畜でありません」
「……」
「きちんと考えた上で納得していただき、投資していただければお互いにウィンウィン。上級貴族同士、相互扶助的な関係が望ましいはずですしな!」

 ……これは……。

 ボルジャー侯爵は魔石のついたたくさんの指輪をぎらつかせながら手を前に差し出しレナルドとアイリスに語り掛けるように手を広げた。

「そうだね。自分も是非周辺貴族の方々とは協力関係を結びたいとは思っているよ。ボルジャー侯爵ともそれ以外とも」
「そうでございましょう! そうでしょうとも! なんせ我々は国の中枢をになっている大貴族、その一員としてダンヴァーズ公爵家も名を連ねたいはず。今回の投資はその足掛かりになるといっても過言でないですからな」

 ボルジャー侯爵はそういって笑い皺をさらに深くしてニコッ! と効果音がつきそうな笑みを浮かべる。

 ……たしかに王都からほど近く栄えているこの辺りの領地は産業も農業も盛んでとてもいい土地です。だからこそ昔から所有者があまり変わっていない。

 手放すことは惜しい土地だし、この土地があれば誰しも贅沢をすることができる。

 そして古い付き合いのある周辺貴族のつながりは強固。その中に入っていくために、ボルジャー侯爵が提案したような投資話に乗ってつながりを作りたいと思っていることを示す。

 そういう、投資というお金儲けだけではない価値を含んだ話だからこそ、この話は面倒くさい。

 投資には興味がないという言葉で、バッサリと切ることができない話なのだ。

「……まぁ、おおむねその通りだけど、実際に何か不都合があっては困るからいくつか確認させてほしい事項がある」
「ええ! ええ! 何なりとお申し付けください。公爵閣下、先ほど言った通り、あなた様のような方に、問答無用で協力しろなどというつもりはありませんからな! 教師のように丁寧に教えて差し上げます」
「そうだね。……では支払いから納期について、この部分だけど━━━━」

 レナルドはアイリスの隣でやっぱり人のよさそうな笑みを浮かべながらボルジャー侯爵が持参した書類のいくつかを確認していく。

 その様子をアイリスは静かに見つめていたが、アイリスは彼の意図を図りかねていた。

 そもそもの問題を彼がどうしたいのかアイリスは知らない。

 とりあえず同席したし、この件についてアイリスだって色々口出ししたい気持ちもあるが、レナルドに無理を言って仕事の話を聞かせてもらったのだ。

 だからこそ、この話に細かな指摘をして相手を論破することはアイリスのやるべきことではない。

 しかしかといってまったく口を出すべきではないかと聞かれたら、同席を許してくれた以上口出しできないというわけでもない。

 しかし、周りの貴族とは穏便にやっていきたいと思っているのは事実で、多少の損についてレナルドは了承済みだということも鑑みてアイリスは口出しするべき部分を見計らっていた。

 けれども、それにしてもボルジャー侯爵の態度が少々苛立たしい。

 話を持ち掛けてくる側であり、身分もレナルドの方が上だというのに、この上から目線の態度は何なのだろう。

 せめて投資とは言え金銭を出してもらうのならば相手を尊重するべきだろうとアイリスは思う。

 でも、レナルドがこういう事をどういう風に受け取る人なのかという点についてもアイリスはわからない。

 内心では怒っているのか、それともまったく気にしないのか、もしくは本当に自分は彼らより格下だと思っているのか、わからないからこそこの話し合いが終わったら聞いてみようと思ったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

魔法少女になれたなら【完結済み】

M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】 とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。 そこから少女の生活は一変する。 なんとその本は魔法のステッキで? 魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。 異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。 これは人間の願いの物語。 愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに―― 謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

Link's

黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。 人類に仇なす不死の生物、"魔属” そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者” 人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている―― アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。 ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。 やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に―― 猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...