虹の騎士団物語

舞子坂のぼる

文字の大きさ
上 下
74 / 189
第5章 大森林

第142話 現場とトップ

しおりを挟む
『ドリサ空港』と書かれた建物。
 その受付のすぐ奥の発射場にて。

 太いロケットのような形の飛行船が飛び立とうとしていた。
 ラヴィポッドは手続きを済ませ、あとは乗るだけというところで、ドリサの皆と別れの挨拶を交わす。



「世話になった。母親を見つけた後でも、疲れた時でもいい。また戻ってこい。歓迎する」

 ダルムは内心、心配もあるのだろうがこの場でそれを口にはしなかった。
 いつでもいい。
 ドリサはラヴィポッドが帰って来ていい場所なのだと。
 どっしりと構え、それだけを伝える。

「は、はい! こちらこそご飯ありがとうございました!」

 出会った当初に比べれば、ラヴィポッドも怯えることなく話せるようになった。
 初めは見ただけで失神しそうになっていたのだから。



「貴女は立派よ。凄いんだからもっと胸張ってシャキッとなさい」

 ルムアナは知っている。
 ラヴィポッドは普段ビクビクしていても、いざという時には誰かのために動ける子だということを。
 だからこそできれば自分たちだけでなく、多くの人にその凄さを知ってもらいたい。

「こ、こうですか?」

 精一杯胸を張ってふんぞり返る。

「その調子よ」

 ルムアナが微笑む。
 立派というより、かわいらしさが印象としては先にくるが、それもラヴィポッドらしくて良いのかもしれない。



「ぜってぇ負けねえから!」

 アロシカの宣言。

「……ゴブリンにですか?」

 ラヴィポッドには伝わらなかったようで首を傾げるばかり。

「ちげーよ……まあいいか。怪我すんなよ」

 負けたくない。
 そう口にしたが、本音は追いつきたいだけ。
 愛らしい少女に。
 絶望の淵にいた村の皆を救ってくれた魔術師に。

 次会ったときは実力だけでも隣に並べるようになりたいから。

「け、怪我は痛いですもんね」

 アロシカの原動力は何なのか。
 ラヴィポッドはついに気づくことがなかった。



「マフェッドさん、見つかるといいね」

 ハニはラヴィポッドの母に魔術の教えを受けていた。
 その行方は気になるところ。
 娘を置いて一人で出ていく人には見えなかった。
 何か理由があるのだろう。

 ラヴィポッドも少し変わっているが良い子なので、親子の再会を切に願っていた。

「王都に行くって言ってたんですよね?」

「うん。会えたら私のことも伝えといて。親子揃って会いに来てくれたら嬉しいな」

「わかりました……!」

 母に会う理由が一つ増えた。
 ハニが見つけられると信じて話してくれるからか、母のことを考えても後ろ向きにならずにいられる。
 ハニのことを報告したり、ゴーレムを見せたらどんな顔をするのか。
 会える時が更に楽しみだ。



「チビ、これあげる」

 ユーエスからは箱を手渡された。

「あ、ありがとうございます」

 開けてもいいですか?
 と一言あっても良さそうだが、そういった気遣いにはまだ疎いラヴィポッド。

 受け取るなり、箱を開けて中身を確認する。

「笛だ!」

 箱から出てきたのは銀色のホイッスル。

「その笛を吹くと、音に乗せてすごく小さなマナを拡散させることができるんだ」

 ラヴィポッドのために特注で作ってもらったものだ。
 一般的には不要なものだろう。
 微弱なマナを拡散したところで何ができるのか。

 ラヴィポッドも用途がわかっていないようだが。

「チビが笛を吹けば三体のゴーレムを同時に起動できる筈だよ。一体ずつ起動する時間もないようなピンチの時に使ってね」

 ラヴィポッドの出発に合わせてプレゼントをしよう。
 そう思ったは良いものの、喜びそうなものを考えると食べ物しか浮かばなかった。
 そんな中、ゴーレム起動の条件を聞いたときピンときた。

 用途を聞いたラヴィポッドの目が輝いていく。

「すごい! すごいですね! ではさっそく……」

 興奮して笛を吹こうとするも、ユーエスに止められた。

「ブリザードゴーレムが出ると一面氷漬けになるから、時と場所を考えて慎重に使うように」

 コクコクと頷き、笛を吹くのはやめて紐を首にかけるだけに止める。
 気に入ったのか指でチョイチョイとつついて頬を綻ばせた。

「ありがとうございます、騎士さん!」

 名を呼ばないのは他人行儀だと思う人もいるかもしれない。
 けれどユーエスにとって、騎士と呼ばれることは何よりも誇らしかった。

「うん。こっちも色々ありがとう」

 ユーエスがしゃがみ、ラヴィポッドの頭を撫でる。

 ダルムにラヴィポッドのお守りを任された時、最初は面倒なことを押し付けられたと思った。

 やたら食べるし。
 すぐ逃げ出そうとするし。
 ベッドを使わせろと我がままを言うし。

 だけど。

 忙しい毎日。
 一人の時間が減って自責の念に駆られる暇も無くなっていた。
 その事実に気づくまで、随分と時間がかかってしまった。

 ラヴィポッドと過ごしている間は、いつもより心穏やかにいられたのだと。

「チビといるの、楽しかったよ」

 楽しい。

 そんな当たり前の感情を抱けたのはいつ以来だろうか。

「わ、わたしも──」



「お客様~! そろそろ出発ですのでご搭乗くださーい!」

 ラヴィポッドの言葉を遮り、フライトキャップを被った大きなツバメが羽ばたきながら出発を告げる。



「ほら、時間だって」

 ユーエスに促されて、ラヴィポッドが進む。
 途中で振り返り、

「わたしも! 楽しかったです!」

 元気いっぱいにそういって飛行船に乗り込んだ。

 窓に張り付き大きく手を振る。

 ドリサの皆も手を振り返してくれた。
 ドリサ騎士団、ドリサ家の使用人たち、スモーブローファミリーに大工の親方の姿まであった。

 こうしてみると、本当にたくさんの人と関わっていた。

 もう声は届かない。
 だからせめて、皆の顔が見えなくなるまで。

 飛行船が離陸すると、急に実感が込み上げてきた。
 顔が見えなくなったら、もうしばらく会えないのだと。

 しっかり目に焼き付けておきたいのに、皆の顔が滲む。

 ゴシゴシと袖で涙を拭うと、皆呆れたように笑っていた。

「ばいばぃ……」

 掠れた声で呟く。

 一か月と少し。
 それほど長くはなかったけど。

 皆との出会いが良いものだったから。
 臆病なラヴィポッドでも、自然と旅を続けようと思えた。

 次はどんな出来事が待っているかな。
 どんな出会いが待っているかな。

 鼻水をすする。

 気持ちを切り替えられるのは……もう少し先になりそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

魔法少女になれたなら【完結済み】

M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】 とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。 そこから少女の生活は一変する。 なんとその本は魔法のステッキで? 魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。 異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。 これは人間の願いの物語。 愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに―― 謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

Link's

黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。 人類に仇なす不死の生物、"魔属” そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者” 人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている―― アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。 ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。 やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に―― 猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

処理中です...