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第10話 力と力 3/3

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 野々宮咲が土俵に立つ二人を見て、つぶやく。
「これは、どうなのかしらね?」

「うーん」
 サクラがその横でうなる。

「ど、どうなの……?」
 弱気なエミリアを見るのは珍しいが、普段不仲のサクラでも、これを面白がる気にはならない。
 咲もサクラも厳密には女ではないが、女の気持ちはわかるような気がする。
 そういうふうにできているのだろう。

 結果は、つまり、ゴリアスは漣を認めたのかは、あれではわからない。
 どうだと問われても、誰も答えられなかった。

「だったら、おふたりで結論を出したらどうですか?」
 振り向くと行司姿のプライドが立っていた。

「これ、着替えです」
 エミリアに、サクラに、手渡した。
 白いTシャツ、スパッツ、まわしが二人の両手に乗った。

「はぁ?あたしらがやってどうなるってのよ?」
 不満を口にしたのはサクラだけだった。
 エミリアは、不満よりも不安の方が大きい。恋路の不安だ。

「素晴らしい取組でしたね。私のような仮初かりそめの存在に、心があるのかどうかはわかりませんが、心震えるというのは、あのような体験なのでしょう。素晴らしい男達でした。いや、あえておとこ達と言いましょう」

 プライドの流麗な演説に、三人は戸惑いながらも、耳を傾けてしまっている。
「一方、あなた方はどうなんでしょうね?戦いを仕組んで、高見の見物をして、それだけですか?それではなんというか、いかにも」

 間を置きながら、口の端を吊り上げる。精一杯、見下す表情を作った。
「つまらないひとたちだ」

「な!?」
「ちょっと」

 エミリアも抗議に加わった。
 二人でプライドの行司服の首元をつかむ。

 彼は静かに、二人の手を取った。
 野々宮咲は見逃さなかった。
 プライドがこのとき、二人に触れる前に何かを持っていて、二人に触れたときにそれが消えたのを。

「違うというのなら、証明してみせてください。ま、こんな小さな大会で頂点に立てないようなら、お二人とも『思い人と結ばれる資格なし』ってことですよ。自信がないならおやめなさい。逃げても誰も見ていません」

「やってやるわ」
「やってやるわ」

 声がそろった。
 歩き出す二人の背中を見ながら、プライドは咲に話しかけた。

「さあ、早く女性の部の案内を始めてください」
「あなたも物好きね、まだ興行を見足りないの?」

 口の端を吊り上げて、咲を見た。
「勘違いしないでください。これはお仕置きです。ご主人のためだなどと言って私をだまして、プライドを抜き取らせたことを、償ってもらわないと」

**********

「あ、どうも。畑中さんってこういうところ来るんですね」
 会場にいた小林香織に声をかけて、少し話していたところで、唐突に、広場に歓声があがった。

 女性の部の参加者が土俵の周りに集まっていて、その中にサクラとエミリアの姿があった。
 どちらも白Tシャツ、スパッツ、まわしを身に着けている。

 髪はやや高めのポニーテールにしていて、いつもとは印象がかなり変わる。
 それが、コアなファンたちにはたまらないのだろう。

 野々宮咲のアナウンスによると、女性の部は参加者多数につきトーナメント戦、だそうだ。
 子どもに参加をせがまれたお母さんやら、大学の女子相撲部やら、思い出作り素敵輝き女子やら、いろいろな層の女性が取組が順番に始まった。

「えと、畑中さん?」
 小林香織が土俵から目を離さず、訊く。

「あの、さっきの黒髪の子って、こないだ畑中さんの部屋の前にいませんでした?」
 サクラが初めて出てきて、A子の部屋から戻ったときだ。

(そういえば、この子に目撃されていたな)
「あー、そうかな?」
 
 小林香織は怪訝そうにこちらを見て、続けた。
「巫女の人が神主さんの親戚だって紹介してましたけど、そうなんですか?それと、行司をしている人も、野々宮キョウジって、同じ苗字だし。でも、畑中さんの義理の弟なんですよね?」

 どうする。
 プライドが俺の部屋に滞在した1週間、彼女はこちらのことを詮索もせず、布団まで貸してくれた。
 この子には借りがある。ここでごまかしていいものか。

「あのさ、信じてもらえるかわからないんだけど」
 土俵の上で順番に進んでいく取り組みをよそに、小林香織に語った。
 口からでまかせを。

 俺の姉が野々宮咲だということにすれば、咲と漣が夫婦で、プライドとサクラが漣の弟妹ということで辻褄が合った。
「へー!ずいぶん身近なところにご親族がいたんですね!」

 小林香織が納得してくれた直後、大きな歓声が上がった。咲のアナウンスが入る。
 決勝戦はサクラ対エミリアとなった。先に土俵に上がったエミリアの手には拡声器があった。

『サクラ、これだけは言わせてもらうけどね、あんたにだけは負けたくないのよ』
「言い返してみなさいよ」と言わんばかりに、エミリアは拡声器をサクラに差し出した。

 それを手に取り、サクラが言う。
『あんたと当たるのが決勝でよかったわ、エミリア。一番たくさんの人にあんたの醜態を見てもらえるからね』

 ワァァァァッ!
 カメラを構えた男たちが盛り上がる。
(奉納相撲でマイクパフォーマンスすんなよ)

「では……見合って見合って」
 二人のやり取りを無視したプライドが言って構えたので、サクラとエミリアも慌てて構えた。

「はっけよい……のこった!」
 両者が中央で衝突する。互いが互いのまわしを持つ展開になった。
 エミリアが、サクラにささやく。

「ふふっ、そんなに密着していいのかしら?」
「……?なにを」

 すぐに気づいた。自分の首から胸にかけて、白い霧が出ていることに。
「ひっ?!」

 あわてて体を離し、1メートルの距離を取った。
「Tシャツ1枚程度なら、直接触れなくても効果があるのよ。退魔効果のある特殊繊維でできているエクソシスト専用装備のひとつ、天使のブラよ」

 Tシャツの下に着ているらしい。
「あんたね!人のトラウマを呼び起こすような道具使うんじゃないわよ!」

「なに言ってんのよ、どうせすぐ治るでしょ?」
「ほーん、そう来るわけね……じゃあこういうのはどう?」

「?」
 戸惑うエミリアに、もう一度組みかかるサクラ。今度は、密着しすぎないように気を付ける。

「あんたが使ってるブラ……それ初めて出したときのこと、覚えてないの?」
「心理戦に持ち込む気?くだらないわね」

「あんた、ダイニングテーブルの上で思いっきりバッグ開けてたのよ……気づかなかった?漣さんが……覗き込んだの。今もほら、そこで」

 今度はエミリアが慌てて距離を取る。つい目で漣を探してしまった。
「ぁんらぁ~?どうしたのかしらぁ~?エミリアちゃぁ~ん。どこかで見られてる~?」

 みすみすサクラに付け入る隙を与えてしまった。

**********

 土俵の戦況を眺める小林香織が言う。
「な、なにかあったんですかね?喋ってる時間の方が長いような……」
 彼女の言う通りだった。

 会話の内容まではわからないが、サクラが下卑た顔でエミリアを追い詰めている。
 会話の内容はわからなくても、俺にはわかる。あれは、童貞が調子に乗っている顔だ。

**********

「こうなったら、小細工はなしよ!英国式エクソシスト流体術の前に散りなさい!」
「……おおげさな。あんたの」

 サクラは言い終えることができなかった。
 エミリアの動きをまったく捉えられなかった。

 視界からエミリアが消えたと思った次の瞬間、エミリアの蹴り足がサクラの前髪を薙ぐ。
 頭を低くし、踵から首を刈り取る、後ろ回し蹴りだ。

「チッ……裸足のせいで距離感が」
「やるわね……だったらあたしも、ホーリーランドで読んだ不良ヤンキー狩り格闘術を使わせてもらうわよ……」

「ハッ、くだらない。にわか仕込みの知識でなにを」
 言葉が終わるより早く、サクラの右ストレートがエミリアの頬のすぐ横を走った。それに少し遅れて、ポニーテールにまとめたヘアゴムが切れて落ちた。

 サクラが不敵に微笑む。
「知識だけで乗り切れる童貞の怖さを教えてあげるわ」

**********

 土俵の上で華麗に舞うふたりの少女に、歓声が沸く。
 体術そのものでは、エミリアに分があるようだ。
 相当な訓練を積んだらしく、攻めも守りも、動きに無駄がない。

 しかしそんなエミリアもサクラを攻めきれないでいる。
 サクラの動きはボクシングをベースにしているらしく、フットワークを主体にエミリアの攻撃をよけている。
 エミリアが深く懐に入り込んでも、サクラの鋭いひじが牽制し、再び距離を取らせる。
 次の手を打たせない。

「す、すごいですね、あの子たち。全然勝負がつかない」
 小林香織の言葉の、前半にのみ、同感だ。
 この勝負は長引かない。

 どちらの攻撃も、まだ決定打はない。
 しかし、両者には決定的な違いがある。

 サクラは無駄のある大きな動きをしているが、彼女には疲労がないのだ。
 その体質をたのみに、サクラは攻撃の手を緩めない。

 次第に、エミリアの息があがってきている。
 しかしエミリアの目は、光を失っていない。むしろ、奥の輝きは増している。

 おそらく、疲れたエミリアの隙につられて不用意に踏み込んできたサクラに対して、投げ技を狙っているのだ。
 勝敗が決するのは、そう遠くない。

 だがそれ以前に、この激闘にはもっと大きな問題がある。
「それまで」

 プライドが軍配を差し出し、二人を止めた。
「二人とも相撲をしないので勝負なしです」
(そう、それだ)

**********

 えぇぇぇぇぇぇー
 会場からは落胆の声こそ上がったが、ブーイングにまではならなかった。

 どちらかの少女が傷つき地に伏すのを見たいものはそう多くないのだろう。
 プライドが観衆に向かって大きな声を上げた。
「みなさん、この麗しの少女ふたりに大きな拍手をお送りください」

 拍手が起こりかけた瞬間を狙って、プライドが言葉をつづけた。
 拍手は結局、起こらなかった。

「このふたりには思いを寄せる男性がいて、その相手にふさわしい名誉を得るために、ここに立っているのです。どうぞおふたりの恋路を応援してやってください」

**********
-日曜日 20時
-物捨神社 食堂

 野々宮咲は手に持つタブレットを、ずいぶん前から見るのをやめているが、DMもコメント欄も、荒れている。
『もう推すのやめるわ』
『古参ファンを大事にしないクソ巫女』
『ここの巫女と金髪は○ッチ』

 タオルや法被を燃やす動画をアップロードするものもいた。
 反対に、ごく一部だが、『俺は支えるよ。それがファンとサクラとのEternalだし』というしぶとい層もあった。

 だがフォロワー数は、今朝の数字の10分の1以下になっていた。

「フォロワーが……収益化が…………」
「ばれた……絶対ばれた……漣に……」
「プライドがチクるから……ご主人様に嫌われた……」

 泣き崩れる女三人を横目に、プライドが洗った皿を拭きながら言う。
「言ったでしょう、これはお仕置きだって」



つづく
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