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第2話 プライドと甘え 1/2
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ここまでのお話
プライド捨てたい。日々の暮らしの中でそう思っていたサラリーマン、畑中伸一はある日神社の前で気を失った。
翌朝、部屋を訪ねてきた男が「僕はあなたが捨てたプライドです」と名乗った。
信じられなかったが、実際にプライドを抜き取るところを見せられては、信じないわけにはいかなかった。
**********
ー ハイツ・ハイライト205
プライドと名乗る男が、小さな男を食べた。想像だにしなかった出来事だ。
とにかく気持ちを落ち着けたくて、立ち上がった。
「どこか行くんですか?」
「とりあえず、外行かせてくれ」
受け入れざるを得ないとは言え、飲み込むにはもう少し時間がほしい。
(ひとりにしてくれ。静かなところで)
「あ、いいですね、一緒に行ってもいいですか?」
(嫌だ)
(あぁ、でも家に置いとくのも嫌だし、どうせついてくるんだろうな)
(ついてこないとしてもそれはそれで不安だ。どこで何を言いふらすかわからん)
洗面所に向かいながら振り向かずに答える。
「好きにしろよ」
顔を乱暴に洗う。
着替えを終え、揃って部屋を出る。
「はぁ」
鍵をかけるときに溜め息が出た。
「どうしたんですか?」
「うるせえな。まさか土曜日の朝、一緒に部屋を出るのが男になるとはなぁ、と思ったんだよ」
「まぁいいじゃないですか。ところでこの時間に外に出てどこに行くんですか? 図書館だって開いてないですよね?」
(うるせえな、わかってるよ)
(9時前か、行くとこあるかな)
(でもとにかく、今はさっきの部屋にはいたくない。さっきの光景は忘れたい)
「ちょっと待て」
「はい?」
「お前、なんで知ってるんだ?」
「ご主人が休日に図書館をよく利用することを、ですか?」
「そうだよ! あとそれもだ! さっきのスマホの返信のときも」
「なぜご主人の考えていたことが的確にわかるか、ですか?」
「そうだよ! そんでそれを俺が聞きたかってるってのもわかってたんだろ! 早く答えろ! それとご主人呼びやめろ!」
「ご主人呼びは、ごめんなさい、努力します。が、出ちゃったらごめんなさい」
(ほんとに努力すんのかこいつ。ていうか努力なんかいらんだろ)
「さっきも言いましたよね、『ずっと一緒にいた』って。元々はあなたの一部なんですよ? あなたに所属していたんです。ご主人呼びが一番しっくりくるんですよ。で、元々あなたの一部だったから、あなたがこれまでにしてきたことは共有してます」
「いや、でも」
「『じゃあすでに分化した今、リアルタイムで考えていることまでどうしてわかるんだ?』ということについては、まぁ歩きながら話しましょう」
(くそ。最も不気味な話題を後回しにしやがる)
「すみません、最も不気味な話題」
「やめろ!」
アパートの階段を下りる。
そのまま足を止めずに、切り出した。
「で、なんでわかるんだよ?」
プライドはへらへら答えながら、横に並んだ。歩みは止めない。
「早速ですね。えーと、さっきもご主人の中でちっちゃなプライドが顔を出したように、ご主人も完全にはプライドを捨てきれていないわけです」
(へーそうなんだ。捨てきれてないんだ。それなのにこんな目にあうのかー)
「ご主人呼びやめろ」
「……つまりあなたの中にはまだプライド、つまり僕が残っているわけです。僕があなたの中に残っているから、あなたの見ているもの、聞いている音、考えてることも、共有できてしまうんです」
「じゃあなんでも筒抜けってことか?」
「いいえ、さすがにこんなに」
そう言ってプライドは自分の体を見た。
「大部分が外に出ているので、いつでもどこでもなんでも、というわけにはいきません。まぁ、目を凝らせば見える、というくらいの感覚です。考えていることも同じです。読もうと思わなければ、基本的には読めません」
「じゃあ二度と読もうとしないでくれ」
「嫌です」
「なんでだよ!」
思わず足を止めて叫んだ。
プライドは涼しい顔で言う。
「嫌がるのは、バレたくないからですか? 自分という人間の小ささがバレたくないからじゃないですか?」
(ちっ)
「俺が捨てかったのはプライバシーじゃないぞ、プライドだ」
「わかっていますよ。それも只のプライドじゃない。つまらないプライドですよね?」
「ああ」
再び歩き出した。
プライドも後ろをついてくる。
「ところでお前」
「はい」
「プライド捨てたかった訳を話したら帰るって言ったよな?」
「ええ、言いました。言いましたが、訂正させてください。帰りません」
「なんでだよ!」
「いや、よく考えたら帰るとこなんてないんですよね」
(そりゃそうだ)
「ごめんなさい、さっきのは咄嗟についた嘘です。そばにいさせてください」
(嫌だ)
「一応聞くけど、なんで?」
「あなたの一部だったんですよ? しかも離れたようで、完全には離れていない。本能的に、くっつこうとしてるのかもしれません」
(無茶苦茶な話だが、妙に納得はできる)
返す言葉に困っていたら、プライドが言った。
「ところで今からは、どこに行くんですか?」
「神社」
「何しに行くんですか?」
「読めばいいだろ?」
プライドは何も言わない。
「まぁいいや。昨日起きた変なことと言えば、神社の前で気を失ったことくらいだ」
読めばいいとは言ったのに、自然と言葉が出てきた。
(しゃべってた方が、自分の考えを整理・点検できるからな)
今は普段歩く通勤路ではなく、昨日だけ歩いた神社への道を歩いている。
「俺は昨日、普段通らない道の、普段寄り付かない神社の前で気を失った。ほんの数分な。そしたら翌朝、お前が来た」
「それで、僕を追っ払うために、神社に行くわけですね?」
「お前が普通の人間じゃないことはもういい、わかった。そうなるとあの神社に行くしかない。行けば」
「何かわかる、ですか?」
プライドがとげのある口調で言った。
足を止めて、彼を振り返る。
プライドは笑っても、怒ってもいない。
「あぁ、何かはわかるだろ」
「わかりますかね?」
「わかるかわからないかが、わかる」
「確かに、そうですね」
プライドが相好を崩す。
「いやぁ、やっぱり僕、ご主人のこと好きです」
(うるせえ)
(決めた。こいつは消す。普通じゃない存在なんだし、追い払ってもどこかで俺に迷惑をかける存在だ。ちゃんといなくなるところを見届けてやる)
二十分ほど歩くと神社についた。
昨日は暗くて見えなかった色んなものが、目につく。
神社は区画の角にあり、さらにその角が敷地への入口になっていた。
入口の脇の目立つ場所に石柱が立ってある。
文字が彫ってあるが、かすれかかっている。文字に顔を近づけた。
『物捨神社』
(バカにしてんのか)
「バカにしてるわけじゃないと思いますよ」
「おい、読むなよほんと」
「心を読んだわけではないです。何となくわかりました」
(信用できん)
「それと、信用してもらえるかはわかりませんが、先ほどの言葉は撤回します」
「何だよ先ほどのって」
「心を読むのをやめない、ということです」
読むのをやめない。それを撤回する。
「やめるってことか?」
「ええ」
「急になんだよ? どうした?」
「これからどれくらいの時間一緒にいるのかはわかりませんが、読まれると思っていたら、ご主人、何もしゃべってくれなくなるでしょ?」
確かにそうだ。事実、先ほども『読めばいいだろ?』と突き放した。だがそれに対して罪悪感などない。本当に、読めばいいじゃないか、と思った。
「それはあまりにもつまらなすぎるので」
(楽しもうとしてんじゃねえよ)
「というわけで、ここでお約束します。私は二度とご主人の心を読みません」
プライド捨てたい。日々の暮らしの中でそう思っていたサラリーマン、畑中伸一はある日神社の前で気を失った。
翌朝、部屋を訪ねてきた男が「僕はあなたが捨てたプライドです」と名乗った。
信じられなかったが、実際にプライドを抜き取るところを見せられては、信じないわけにはいかなかった。
**********
ー ハイツ・ハイライト205
プライドと名乗る男が、小さな男を食べた。想像だにしなかった出来事だ。
とにかく気持ちを落ち着けたくて、立ち上がった。
「どこか行くんですか?」
「とりあえず、外行かせてくれ」
受け入れざるを得ないとは言え、飲み込むにはもう少し時間がほしい。
(ひとりにしてくれ。静かなところで)
「あ、いいですね、一緒に行ってもいいですか?」
(嫌だ)
(あぁ、でも家に置いとくのも嫌だし、どうせついてくるんだろうな)
(ついてこないとしてもそれはそれで不安だ。どこで何を言いふらすかわからん)
洗面所に向かいながら振り向かずに答える。
「好きにしろよ」
顔を乱暴に洗う。
着替えを終え、揃って部屋を出る。
「はぁ」
鍵をかけるときに溜め息が出た。
「どうしたんですか?」
「うるせえな。まさか土曜日の朝、一緒に部屋を出るのが男になるとはなぁ、と思ったんだよ」
「まぁいいじゃないですか。ところでこの時間に外に出てどこに行くんですか? 図書館だって開いてないですよね?」
(うるせえな、わかってるよ)
(9時前か、行くとこあるかな)
(でもとにかく、今はさっきの部屋にはいたくない。さっきの光景は忘れたい)
「ちょっと待て」
「はい?」
「お前、なんで知ってるんだ?」
「ご主人が休日に図書館をよく利用することを、ですか?」
「そうだよ! あとそれもだ! さっきのスマホの返信のときも」
「なぜご主人の考えていたことが的確にわかるか、ですか?」
「そうだよ! そんでそれを俺が聞きたかってるってのもわかってたんだろ! 早く答えろ! それとご主人呼びやめろ!」
「ご主人呼びは、ごめんなさい、努力します。が、出ちゃったらごめんなさい」
(ほんとに努力すんのかこいつ。ていうか努力なんかいらんだろ)
「さっきも言いましたよね、『ずっと一緒にいた』って。元々はあなたの一部なんですよ? あなたに所属していたんです。ご主人呼びが一番しっくりくるんですよ。で、元々あなたの一部だったから、あなたがこれまでにしてきたことは共有してます」
「いや、でも」
「『じゃあすでに分化した今、リアルタイムで考えていることまでどうしてわかるんだ?』ということについては、まぁ歩きながら話しましょう」
(くそ。最も不気味な話題を後回しにしやがる)
「すみません、最も不気味な話題」
「やめろ!」
アパートの階段を下りる。
そのまま足を止めずに、切り出した。
「で、なんでわかるんだよ?」
プライドはへらへら答えながら、横に並んだ。歩みは止めない。
「早速ですね。えーと、さっきもご主人の中でちっちゃなプライドが顔を出したように、ご主人も完全にはプライドを捨てきれていないわけです」
(へーそうなんだ。捨てきれてないんだ。それなのにこんな目にあうのかー)
「ご主人呼びやめろ」
「……つまりあなたの中にはまだプライド、つまり僕が残っているわけです。僕があなたの中に残っているから、あなたの見ているもの、聞いている音、考えてることも、共有できてしまうんです」
「じゃあなんでも筒抜けってことか?」
「いいえ、さすがにこんなに」
そう言ってプライドは自分の体を見た。
「大部分が外に出ているので、いつでもどこでもなんでも、というわけにはいきません。まぁ、目を凝らせば見える、というくらいの感覚です。考えていることも同じです。読もうと思わなければ、基本的には読めません」
「じゃあ二度と読もうとしないでくれ」
「嫌です」
「なんでだよ!」
思わず足を止めて叫んだ。
プライドは涼しい顔で言う。
「嫌がるのは、バレたくないからですか? 自分という人間の小ささがバレたくないからじゃないですか?」
(ちっ)
「俺が捨てかったのはプライバシーじゃないぞ、プライドだ」
「わかっていますよ。それも只のプライドじゃない。つまらないプライドですよね?」
「ああ」
再び歩き出した。
プライドも後ろをついてくる。
「ところでお前」
「はい」
「プライド捨てたかった訳を話したら帰るって言ったよな?」
「ええ、言いました。言いましたが、訂正させてください。帰りません」
「なんでだよ!」
「いや、よく考えたら帰るとこなんてないんですよね」
(そりゃそうだ)
「ごめんなさい、さっきのは咄嗟についた嘘です。そばにいさせてください」
(嫌だ)
「一応聞くけど、なんで?」
「あなたの一部だったんですよ? しかも離れたようで、完全には離れていない。本能的に、くっつこうとしてるのかもしれません」
(無茶苦茶な話だが、妙に納得はできる)
返す言葉に困っていたら、プライドが言った。
「ところで今からは、どこに行くんですか?」
「神社」
「何しに行くんですか?」
「読めばいいだろ?」
プライドは何も言わない。
「まぁいいや。昨日起きた変なことと言えば、神社の前で気を失ったことくらいだ」
読めばいいとは言ったのに、自然と言葉が出てきた。
(しゃべってた方が、自分の考えを整理・点検できるからな)
今は普段歩く通勤路ではなく、昨日だけ歩いた神社への道を歩いている。
「俺は昨日、普段通らない道の、普段寄り付かない神社の前で気を失った。ほんの数分な。そしたら翌朝、お前が来た」
「それで、僕を追っ払うために、神社に行くわけですね?」
「お前が普通の人間じゃないことはもういい、わかった。そうなるとあの神社に行くしかない。行けば」
「何かわかる、ですか?」
プライドがとげのある口調で言った。
足を止めて、彼を振り返る。
プライドは笑っても、怒ってもいない。
「あぁ、何かはわかるだろ」
「わかりますかね?」
「わかるかわからないかが、わかる」
「確かに、そうですね」
プライドが相好を崩す。
「いやぁ、やっぱり僕、ご主人のこと好きです」
(うるせえ)
(決めた。こいつは消す。普通じゃない存在なんだし、追い払ってもどこかで俺に迷惑をかける存在だ。ちゃんといなくなるところを見届けてやる)
二十分ほど歩くと神社についた。
昨日は暗くて見えなかった色んなものが、目につく。
神社は区画の角にあり、さらにその角が敷地への入口になっていた。
入口の脇の目立つ場所に石柱が立ってある。
文字が彫ってあるが、かすれかかっている。文字に顔を近づけた。
『物捨神社』
(バカにしてんのか)
「バカにしてるわけじゃないと思いますよ」
「おい、読むなよほんと」
「心を読んだわけではないです。何となくわかりました」
(信用できん)
「それと、信用してもらえるかはわかりませんが、先ほどの言葉は撤回します」
「何だよ先ほどのって」
「心を読むのをやめない、ということです」
読むのをやめない。それを撤回する。
「やめるってことか?」
「ええ」
「急になんだよ? どうした?」
「これからどれくらいの時間一緒にいるのかはわかりませんが、読まれると思っていたら、ご主人、何もしゃべってくれなくなるでしょ?」
確かにそうだ。事実、先ほども『読めばいいだろ?』と突き放した。だがそれに対して罪悪感などない。本当に、読めばいいじゃないか、と思った。
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