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銀の薔薇がサイラス様の息子かもしれないということで、僕達は王子様が捕獲のために催した舞踏会に出席した。
態々警備が手薄な場所まで作って、罠を張ったりと、かなり大がかりな仕掛けもあるそうだ。
ほぼ全員が王子様の命令で出席した囮だというから驚きだ。
表向きは非公開の仮面舞踏会。
王子様がお忍びでいらっしゃるくらいの噂が流れただけだ。
後はアトレイド宝石店の客が多いということくらい。
果たして銀の薔薇はこんな罠に飛び込んでくるだろうか。
顔を知っている僕が、彼をこっそり逃がす役目なのだけど――
はあぁ~と溜め息を出る。
苦しくってというのもある。
ギュウギュウに絞られた身体が、息をするのも困難にしている。
「アレク、何か飲むか?」
オーガストさんに勧められて、僕は小さく首を振った。
オーガストさんは今夜は紫の正装だ。
派手さに合った仮面までつけて、すっかり貴族の仲間入りをしている。
対して、僕は何故か胸から首にかけて細かなレースで飾られたピンクのドレスを着ている。
女装する必要があったのか、未だに疑問だ。
「アレク、王子様がこちらに来る。いいか、バレないように黙っていろ」
コクンと頷いて、僕は緊張しながら待った。
目の前に立った男の人は濃紺の長い丈の上着を着ていた。
凝った金糸の刺繍が襟と袖に施されている。
それが高価なものだということくらいはわかったけど、どれくらいかは計りかねた。
物腰は気品に溢れ、仮面に覆われた顔はその全てはわからないけど、口許は優しい印象を讃えていた。
「一曲、お相手願えますか?」
胸に手を当て、優雅にお辞儀をされて申し込まれた。
でも、僕は踊れないっ。
「ごっ、ごめんなさいっ」
思わず、僕は謝っていた。
ペコペコと頭を下げると、王子様が止めた。
「ああ、いいよ。気にしないで」
顔を上げると、気さくな笑顔がそこにあった。
「すみません。踊れなくて」
「姪が失礼をして申し訳ありません。田舎暮らしが長かったもので礼儀作法が行き届いていません。次の機会にお相手願います」
そのまま歩を進めるも、王子様に止められてしまう。
「君、ダンスが無理なら二人きりで話でもしないか」
王子様の誘いは断っちゃいけない……のかもしれない。
さっきは思わず断ってしまったけど……
ちらりとオーガストさんを見ると、困った顔してた。
王子様には逆らえないってことかな。
「少しだけなら」
オーガストさんにチッと舌打ちされたから、間違ってたんだと知る。
でも、返事をした後だから仕方ない。
「そう、じゃあ、あっちに行こうか」
王子様は僕の手を取ると、テラスに出た。
中の様子を気にしながら、僕は王子様の話に適当に相槌を打つ。
「えっ、本当にいいのかい?」
いきなり手を握られて、僕はびっくりした。
「えっ、なんですか?」
「まさか、聞いていなかったの」
王子様を怒らせちゃ駄目だ。
「あの…風が強くて……中に戻りませんか」
そう促すも、王子様は僕の手を握って離してくれない。
「私が温めてあげますよ」
「いえ、王子様にそんなことさせられませんわ。オホホホ」
なんだ、この王子様は。
僕、口説かれてるのか。
貴族社会はサイラス様みたいな人が多いのかな。
「君、本当に可愛いね」
王子様の手が僕の肩に置かれる。
「わわっ、困りますっ」
「困った顔も可愛いね。君みたいな子、好みだよ」
そう言って、王子様の顔が近づいてきたのと部屋の灯りが消えたのとは同時だった。
「現れたかっ」
王子様が言って、僕の手を離してくれた。
「君はここにいて」
そんな命令をして、王子様は庭の方へと走って行った。
どうして、部屋の中じゃなく庭なんだろう?
不思議に思いながらも、僕は部屋の中へと入った。
窓から差し込む月明かりだけでは心元なかったけど、必死になって銀の薔薇を探す。
それらしい姿はさっきまではいなかった。
だから、暗くなってから現れるはずなんだ。
どこ?
キョロキョロと見回しながら歩いている内に灯りが戻ってきた。
パアッと周りが明るくなる。
次いで、キャーッという女性の悲鳴があちこちで聞こえてきた。
「ないわっ、私のネックレスが!」
「ああっ! 私の指輪もよ」
「私のブローチもなくなっているわっ」
あちこちで盗まれたという声がする。
そして、天井から降ってきたのは白い薔薇だった。
月明かりに照らされると銀色に輝くギルバート様の庭の薔薇のよう。
でも、聞いていた話を違う。
一輪の薔薇に、ご婦人の唇と宝石。
こんなに大量の宝石をあの短時間で盗んで、薔薇をばら撒いたというんだろうか。
「おいっ、アレク、見つかったのか?」
グイっと腕を引っ張られて、ハッと我に返る。
「それが、見つからないんですっ」
半泣きになって訴える。
「落ち着け、ちゃんと見たのか?」
問われて、コクコクと頷く。
「王子様と一緒にいて、すぐには動けなかったんです。だから、どうしましょう?」
グルグルと考えを巡らせてると、オーガストさんがハッとした表情で声を荒げた。
「おい、王子はどこへ行った?」
「王子様ですか。お庭の方へ走って行きましたけど」
「しまった。別の罠が仕掛けてあったのか。王子め、やってくれる」
忌々しそうに言って、オーガストさんがどこかに走って行った。
何か考えがあるんだろう。
じゃあ、僕はどうすればいい。
不安になって胸のブローチに触れた。
サイラス様からお借りした黒い貴婦人だ。
これを見れば、銀の薔薇が寄ってくると言っていたのに――
テラスに出てしまったから、銀の薔薇に気づかれなかったんだろうか。
考えろ。
オーガストさんを追いかける?
いや、オーガストさんは王子様がどうとか言っていたな。
「庭だっ」
思い立って、僕は王子様が駆けていった方へ向かった。
態々警備が手薄な場所まで作って、罠を張ったりと、かなり大がかりな仕掛けもあるそうだ。
ほぼ全員が王子様の命令で出席した囮だというから驚きだ。
表向きは非公開の仮面舞踏会。
王子様がお忍びでいらっしゃるくらいの噂が流れただけだ。
後はアトレイド宝石店の客が多いということくらい。
果たして銀の薔薇はこんな罠に飛び込んでくるだろうか。
顔を知っている僕が、彼をこっそり逃がす役目なのだけど――
はあぁ~と溜め息を出る。
苦しくってというのもある。
ギュウギュウに絞られた身体が、息をするのも困難にしている。
「アレク、何か飲むか?」
オーガストさんに勧められて、僕は小さく首を振った。
オーガストさんは今夜は紫の正装だ。
派手さに合った仮面までつけて、すっかり貴族の仲間入りをしている。
対して、僕は何故か胸から首にかけて細かなレースで飾られたピンクのドレスを着ている。
女装する必要があったのか、未だに疑問だ。
「アレク、王子様がこちらに来る。いいか、バレないように黙っていろ」
コクンと頷いて、僕は緊張しながら待った。
目の前に立った男の人は濃紺の長い丈の上着を着ていた。
凝った金糸の刺繍が襟と袖に施されている。
それが高価なものだということくらいはわかったけど、どれくらいかは計りかねた。
物腰は気品に溢れ、仮面に覆われた顔はその全てはわからないけど、口許は優しい印象を讃えていた。
「一曲、お相手願えますか?」
胸に手を当て、優雅にお辞儀をされて申し込まれた。
でも、僕は踊れないっ。
「ごっ、ごめんなさいっ」
思わず、僕は謝っていた。
ペコペコと頭を下げると、王子様が止めた。
「ああ、いいよ。気にしないで」
顔を上げると、気さくな笑顔がそこにあった。
「すみません。踊れなくて」
「姪が失礼をして申し訳ありません。田舎暮らしが長かったもので礼儀作法が行き届いていません。次の機会にお相手願います」
そのまま歩を進めるも、王子様に止められてしまう。
「君、ダンスが無理なら二人きりで話でもしないか」
王子様の誘いは断っちゃいけない……のかもしれない。
さっきは思わず断ってしまったけど……
ちらりとオーガストさんを見ると、困った顔してた。
王子様には逆らえないってことかな。
「少しだけなら」
オーガストさんにチッと舌打ちされたから、間違ってたんだと知る。
でも、返事をした後だから仕方ない。
「そう、じゃあ、あっちに行こうか」
王子様は僕の手を取ると、テラスに出た。
中の様子を気にしながら、僕は王子様の話に適当に相槌を打つ。
「えっ、本当にいいのかい?」
いきなり手を握られて、僕はびっくりした。
「えっ、なんですか?」
「まさか、聞いていなかったの」
王子様を怒らせちゃ駄目だ。
「あの…風が強くて……中に戻りませんか」
そう促すも、王子様は僕の手を握って離してくれない。
「私が温めてあげますよ」
「いえ、王子様にそんなことさせられませんわ。オホホホ」
なんだ、この王子様は。
僕、口説かれてるのか。
貴族社会はサイラス様みたいな人が多いのかな。
「君、本当に可愛いね」
王子様の手が僕の肩に置かれる。
「わわっ、困りますっ」
「困った顔も可愛いね。君みたいな子、好みだよ」
そう言って、王子様の顔が近づいてきたのと部屋の灯りが消えたのとは同時だった。
「現れたかっ」
王子様が言って、僕の手を離してくれた。
「君はここにいて」
そんな命令をして、王子様は庭の方へと走って行った。
どうして、部屋の中じゃなく庭なんだろう?
不思議に思いながらも、僕は部屋の中へと入った。
窓から差し込む月明かりだけでは心元なかったけど、必死になって銀の薔薇を探す。
それらしい姿はさっきまではいなかった。
だから、暗くなってから現れるはずなんだ。
どこ?
キョロキョロと見回しながら歩いている内に灯りが戻ってきた。
パアッと周りが明るくなる。
次いで、キャーッという女性の悲鳴があちこちで聞こえてきた。
「ないわっ、私のネックレスが!」
「ああっ! 私の指輪もよ」
「私のブローチもなくなっているわっ」
あちこちで盗まれたという声がする。
そして、天井から降ってきたのは白い薔薇だった。
月明かりに照らされると銀色に輝くギルバート様の庭の薔薇のよう。
でも、聞いていた話を違う。
一輪の薔薇に、ご婦人の唇と宝石。
こんなに大量の宝石をあの短時間で盗んで、薔薇をばら撒いたというんだろうか。
「おいっ、アレク、見つかったのか?」
グイっと腕を引っ張られて、ハッと我に返る。
「それが、見つからないんですっ」
半泣きになって訴える。
「落ち着け、ちゃんと見たのか?」
問われて、コクコクと頷く。
「王子様と一緒にいて、すぐには動けなかったんです。だから、どうしましょう?」
グルグルと考えを巡らせてると、オーガストさんがハッとした表情で声を荒げた。
「おい、王子はどこへ行った?」
「王子様ですか。お庭の方へ走って行きましたけど」
「しまった。別の罠が仕掛けてあったのか。王子め、やってくれる」
忌々しそうに言って、オーガストさんがどこかに走って行った。
何か考えがあるんだろう。
じゃあ、僕はどうすればいい。
不安になって胸のブローチに触れた。
サイラス様からお借りした黒い貴婦人だ。
これを見れば、銀の薔薇が寄ってくると言っていたのに――
テラスに出てしまったから、銀の薔薇に気づかれなかったんだろうか。
考えろ。
オーガストさんを追いかける?
いや、オーガストさんは王子様がどうとか言っていたな。
「庭だっ」
思い立って、僕は王子様が駆けていった方へ向かった。
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