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第ニ章 騎士見習いアントニー
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「よし、じゃあそろそろ終わりにしよっか。……ね、この後俺の家来るでしょ? 今日はメアリの好きそうなお茶とか揃えてるんだけど」
そう言ってふわりと微笑んだのは今日も例によって鬼のようなスパルタ訓練を付けてきた担任教師__コーディ・グローリアであった。ゼイゼイと息を切らし汗を流している私に一切の躊躇もなく近づき、腕を絡め誘ってくる。猫のように甘える色を宿した瞳は、しかし本来想定されるシチュエーションとはそぐわず、私の頭上から視線を降らせていた。彼はその内面のわりに背が高いのだ。
「ああー、いや、その今日は休みたいと言いますか」
私がその視線から逃れるように下を向けば、コーディはすっと笑みを消す。
「……それさ、俺の家じゃ駄目なの? 休めない?」
圧が強い。笑みが消えたのと同時に氷点下まで温度を下げた声が恐ろしい。
「答えて。俺じゃ駄目?」
「だ、駄目じゃないです……」
根負けした私が諦めて白旗を振れば、再びにっこりと微笑んだ彼が満足げに頷いた。
これでまだ私に惚れてないの、かなりびっくりじゃない? 私は心中で呟く。
そう、彼はまだ私に恋をしていないのである。
「メアリくん、今日呼び出したのは他でもない、君がさっそく一人恋に落としたと__」
「恋じゃないです」
昼休み、私はいつものようにクラスメイトとご飯を食べた後、学園長室まで呼び出しを受けていた。心なしかワクワクとした表情で待ち構えていた学園長は、さっそく本題を切りだ__そうとしたところで思わぬ反論を食らう。ぴたりと固まった学園長をまっすぐ見つめ、私はもう一度、「恋じゃないです」と繰り返した。
「……ええと、それはどういうことかね? 殿下__コーディ様と恋人のように仲睦まじくしていたと、ある筋から情報が入っているのだが」
「それがですね、私も途中で気付いたんですが」
「うむ」
「あれ、たぶん親を私に求めているだけでまだ恋になってませんよ」
私はため息をついた。全く恋愛とは一筋縄にはいかないものである。
確かにコーディは私に懐いている。というか依存している。とにかく会いたがるし私が彼以外を優先しようとすると烈火のごとく怒る、が……しかし、彼の眼に情欲の色が見えないのである。
いいか? 彼は二十五歳だ。好きな女を見てるなら多少はよろしくないところに視線も向くだろう。しかし、それがない。皆無だ。いくら彼の家に行こうが、ただお茶を飲みおしゃべりし多少のスキンシップとって終わりだ。
あれは、惚れていない。
「むむ……そのようなこと……」
「あるんですよ、本当です」
渋い顔の学園長に、私は力強く頷いた。私も驚き困惑したが、本当にあるのである。
「それより学園長」
「いや、あれはやはり、うーむ……む、なんだね?」
学園長はまだ唸っていたが、私の呼びかけに再びこちらを見つめた。
「アントニーについて教えてほしいのですが」
「……ほう」
学園長は怪しげに目を光らせた。
アントニー・オルブライト。彼はいわゆる、完璧な優等生__つまり委員長タイプだ。スポーツ万能成績優秀、服装も乱れ無し。困っている人がいたら積極的に手を差し伸べるその性格はクラスでも一目置かれており、我の強さが特徴的な第十一年生たちも、彼の言うことなら聞くらしい__というのが、学園長から聞き出した情報である。
「なぜこの情報を最初からガイドに載せて戴けなかったので……?」
「文字だと外部に漏れたら困ってしまうだろう。主に私が……」
「あ、なるほど」
私はポンと手を叩いた。確かに情報漏洩はまずい。
しかしまあ、と私は考えた。今貰った情報は、確かに私が今までの一か月で抱いた彼への印象と同じであった。それがいままでの十年強を通して学園長や教師陣が抱いた印象と同じであるのならば、アントニーは裏表なくそういう人間であるのだろうか。
そんな完全な人間が存在するものであるのだろうか。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、本当にこれだけでしょうか」
「うむ、そうだが……何か気になることでもあったかね?」
「いえ……ただ、本当にこんな好青年が実在するのかと疑問で」
ああ、と学園長が相槌のように頷いた。
「まあ、確かに他の五色を持つ子は一癖も二癖もあるような方ばかりだが。一人くらい爽やかな子がいても良かろう」
子、と方、という表現が混在しているのは王族への配慮だろうか、学園長は何でもないように流した。
「それもそうですね。それでは、ありがとうございました学園長。また何かあったら連絡します」
「うむ。好い報告を待っておるよ」
私も頷き、そしてそのまま挨拶をすると扉に手を掛けた。考えてみれば、最初がちょっとイレギュラーすぎたのだ。アントニーはまだ学生。爽やか好青年でも何ら問題はない。……まあ、そんな若者をこれから私は誑かすわけだが。
多少の罪悪感が頭をよぎったが、しかし、そうしなければ世界は滅びる。滅びるのだ。そしてリズの願いも叶わなくなる。
「……よし」
気合を入れ直し、改めて私は学園長室を退出した。どうやってアントニーを攻略しようか頭を悩ませながら。
そう言ってふわりと微笑んだのは今日も例によって鬼のようなスパルタ訓練を付けてきた担任教師__コーディ・グローリアであった。ゼイゼイと息を切らし汗を流している私に一切の躊躇もなく近づき、腕を絡め誘ってくる。猫のように甘える色を宿した瞳は、しかし本来想定されるシチュエーションとはそぐわず、私の頭上から視線を降らせていた。彼はその内面のわりに背が高いのだ。
「ああー、いや、その今日は休みたいと言いますか」
私がその視線から逃れるように下を向けば、コーディはすっと笑みを消す。
「……それさ、俺の家じゃ駄目なの? 休めない?」
圧が強い。笑みが消えたのと同時に氷点下まで温度を下げた声が恐ろしい。
「答えて。俺じゃ駄目?」
「だ、駄目じゃないです……」
根負けした私が諦めて白旗を振れば、再びにっこりと微笑んだ彼が満足げに頷いた。
これでまだ私に惚れてないの、かなりびっくりじゃない? 私は心中で呟く。
そう、彼はまだ私に恋をしていないのである。
「メアリくん、今日呼び出したのは他でもない、君がさっそく一人恋に落としたと__」
「恋じゃないです」
昼休み、私はいつものようにクラスメイトとご飯を食べた後、学園長室まで呼び出しを受けていた。心なしかワクワクとした表情で待ち構えていた学園長は、さっそく本題を切りだ__そうとしたところで思わぬ反論を食らう。ぴたりと固まった学園長をまっすぐ見つめ、私はもう一度、「恋じゃないです」と繰り返した。
「……ええと、それはどういうことかね? 殿下__コーディ様と恋人のように仲睦まじくしていたと、ある筋から情報が入っているのだが」
「それがですね、私も途中で気付いたんですが」
「うむ」
「あれ、たぶん親を私に求めているだけでまだ恋になってませんよ」
私はため息をついた。全く恋愛とは一筋縄にはいかないものである。
確かにコーディは私に懐いている。というか依存している。とにかく会いたがるし私が彼以外を優先しようとすると烈火のごとく怒る、が……しかし、彼の眼に情欲の色が見えないのである。
いいか? 彼は二十五歳だ。好きな女を見てるなら多少はよろしくないところに視線も向くだろう。しかし、それがない。皆無だ。いくら彼の家に行こうが、ただお茶を飲みおしゃべりし多少のスキンシップとって終わりだ。
あれは、惚れていない。
「むむ……そのようなこと……」
「あるんですよ、本当です」
渋い顔の学園長に、私は力強く頷いた。私も驚き困惑したが、本当にあるのである。
「それより学園長」
「いや、あれはやはり、うーむ……む、なんだね?」
学園長はまだ唸っていたが、私の呼びかけに再びこちらを見つめた。
「アントニーについて教えてほしいのですが」
「……ほう」
学園長は怪しげに目を光らせた。
アントニー・オルブライト。彼はいわゆる、完璧な優等生__つまり委員長タイプだ。スポーツ万能成績優秀、服装も乱れ無し。困っている人がいたら積極的に手を差し伸べるその性格はクラスでも一目置かれており、我の強さが特徴的な第十一年生たちも、彼の言うことなら聞くらしい__というのが、学園長から聞き出した情報である。
「なぜこの情報を最初からガイドに載せて戴けなかったので……?」
「文字だと外部に漏れたら困ってしまうだろう。主に私が……」
「あ、なるほど」
私はポンと手を叩いた。確かに情報漏洩はまずい。
しかしまあ、と私は考えた。今貰った情報は、確かに私が今までの一か月で抱いた彼への印象と同じであった。それがいままでの十年強を通して学園長や教師陣が抱いた印象と同じであるのならば、アントニーは裏表なくそういう人間であるのだろうか。
そんな完全な人間が存在するものであるのだろうか。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、本当にこれだけでしょうか」
「うむ、そうだが……何か気になることでもあったかね?」
「いえ……ただ、本当にこんな好青年が実在するのかと疑問で」
ああ、と学園長が相槌のように頷いた。
「まあ、確かに他の五色を持つ子は一癖も二癖もあるような方ばかりだが。一人くらい爽やかな子がいても良かろう」
子、と方、という表現が混在しているのは王族への配慮だろうか、学園長は何でもないように流した。
「それもそうですね。それでは、ありがとうございました学園長。また何かあったら連絡します」
「うむ。好い報告を待っておるよ」
私も頷き、そしてそのまま挨拶をすると扉に手を掛けた。考えてみれば、最初がちょっとイレギュラーすぎたのだ。アントニーはまだ学生。爽やか好青年でも何ら問題はない。……まあ、そんな若者をこれから私は誑かすわけだが。
多少の罪悪感が頭をよぎったが、しかし、そうしなければ世界は滅びる。滅びるのだ。そしてリズの願いも叶わなくなる。
「……よし」
気合を入れ直し、改めて私は学園長室を退出した。どうやってアントニーを攻略しようか頭を悩ませながら。
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