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第一章 王弟コーディ

魔法訓練

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 午後の授業も終わり、精魂尽き果てた私は今すぐにでも寮に帰りたいところだったが、それは出来なかった。何故かって? ヒロインの入学直後の放課後っていうのは、イベントが起こりやすいからだよ。
 乙女ゲームにおいて、ここは出会いの場面によく使われる。裏庭で休んでいる気ままな同級生を見かけたり、部活見学で先輩に出会ったり、裏庭で追われている青年を保護したり、教室でサポートキャラと親交を深めたり、裏庭で不良の喧嘩を止めたり……裏庭多いな。ということで私はイベントを起こすため裏庭に出かけた。否、出かけようとした。その瞬間、後ろから声がかかった。

「あ、メアリ。君今日から特別レッスンだから。そこで待っててね」

 私は振り返った。すり鉢状の教室の底、壇上で、コーディが私のほうを見ていた。駄目押しのようにコーディが言う。

「これ、学園長のご厚意だから。まさか逃げないよね?」

 微笑むコーディ。いや、確かにそれはありがたい。私は授業を充分理解できていないし、それに攻略対象であるコーディとの仲も深められる。ありがとうございます学園長。ただ、ちょっと今それやられると、起こすべきイベントを起こせない、というか……。

 一般的にハーレムルートを歩む場合、キャラクターは同時に攻略していった方がやりやすい。一人のみ差をつけるとあとから嫉妬などで行動制限がかかるし、もしかするとそのキャラクターのルートで確定してしまう場合もある。そうなれば、もはやハーレムは狙えないだろう。
 ゲームとして見れば、悪手。しかしながら、せっかく頂いたチャンスだ。逃すわけにはいかない。それに、それにだ。朝抱いていたコーディへの怒りは、授業を受けている間にすっかりしぼんでしまっていた。考えてみれば、先に相手の発言を無視したのは私である。むしろ私が謝るべきだったのでは? それなのにご厚意を無碍にするのはいかがなものだろう。

「分かりました、コーディ先生。ありがとうございます」

 結果私はそう言い、近くの椅子に腰かけコーディが準備し終わるのを待った。



「違う、杖の振り方はもっと円を描くように!」

「はい、コーディ先生!」

 三時間後、私はグラウンドのようなところで必死に杖を振っていた。特別レッスン、とは実技魔法のことであったらしい。座学はそれなりについて行けてたみたいだし、あとは実技だけ練習しておけば問題ないんじゃない? とのことで、私はとにかく杖の持ち方振り方呪文の唱え方を練習することになった。
 ちなみに朝の件について謝ろうとしたら、朝謝ってたじゃん、それともあれ嘘だったの? 適当に誤魔化してたの? とまた首にペンを当てられたので、いえいえそんなことないです、と私は逃げた。いや喉閉められると本当に苦しいんだ。藪はつつかない方がいい。

 それにしても。私はコーディを見遣った。

「コーディ先生は面倒見がいいんですね。いくら学園長に頼まれたからって、もう三時間も練習を見てくれてますし」

てっきり当然だと胸を張るかと思ったのに、コーディは突っ立っている。

「……え?」

 数秒後、コーディが目を瞬いた。

「そんなの初めて言われた」

「そうですか? 授業も分かりやすかったですし……教育熱心な先生なんだな、と思いましたけど」

 ついに私が手を止めても、コーディは怒らなかった。茫然とこちらを見ている。やがてぽつりと言った。

「……本当? 俺、ちゃんと頑張ってる? 本当に、そう思う?」

 コーディの目が不安げに揺れる。ふむ……詳細は不明だが、コーディは自分の頑張りを認められたことがないのか? とすれば答えは一つ。これだ。

「はい、そう思います。コーディ先生はいつも頑張ってますよ」

 とにかく肯定である。それに、私は実際にそう思っているのでこれは嘘ではない。コーディは真面目である。世の中には頼まれた仕事を適当にやる人間が沢山いるし、人に嫌われることを恐れるあまり相手をきちんと指導できない人間もいる。そのあたり、ちゃんと仕事をしていて偉いと思う。

 それを伝えれば、コーディはくしゃりと顔を歪めた。私にはそれが今にも泣きだしそうに見えて、無性に頭を撫でてやりたくなった。大丈夫だ、あなたは頑張っているよ、そう伝えてやりたくて手を伸ばした瞬間、遠くから鳴り響く重低音が聞こえた。
 コーディがそれを聞いて、あ、と呟き、私の手をするりと避けた。

「時間だ」

 それは夜七時を告げるチャイムだった。この世界の時間は地球と同じで二十四時間だ。多分この星の自転時間が同じなのだと思う。異世界が地球と同じ惑星なのかは知らないが。
 コーディはひどく平坦な調子で私に指示を出した。

「俺、この後用事あるから今日はもうおしまいね。明日からの練習も今日と同じでよろしく」

 まだ人通りがあるうちに寮まで帰りなよ、と言ってコーディは去った。その声にも驚いたが、それよりもその、踵を返す直前の眼に私は怯えた。ヘーゼル色の眼はまるで深海のように暗く、焦点が定まっていないのに瞳孔だけが開いている。そして、最も恐ろしかったのが、瞳の奥に何か異様な輝きがあったことだった。明らかに、ただ些細な用事がある、というわけではなさそうだ。

「あの人、なんかやばいものでもやってるのかな……」

 私はその背を見送りながら、一人呟いた。
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