258 / 276
再臨譚
43、霊剣を手にする息子に想うこと
しおりを挟む
天徳四年、村上帝の頃。
三種の神器とともに内裏で受け継がれてきた宝器である二振りの剣、『護身剣』と『破敵剣』が焼失してしまったため、安倍晴明が兄弟子である賀茂保憲とともに復元、再鋳造をしたという記録がある。
――この剣は多分、そのうちのどっちかだな……けど、なんでうちの蔵に??
鋳造を終えたのであれば、内裏に献上するため、この蔵に収められているはずがない。
だが、献上する武器というものは事前に何本か鋳造し、その中でも出来の良いものを献上するものだ。
この蔵に収められている武器は、献上されることのなかった、悪く言えばできの悪い品物ということになる。
こういったものを『数打』、あるいは『影打』と呼び、奉納されるものを『真打』と呼ぶ。
この蔵に収められている武器は、そういった影打なのだろう。
もっとも。
――まぁ、あるんだからあるんだろうし、細かいことを気にしててもしかたないな
考える時間が無駄だと判断したのか、護は目の前の剣に手を伸ばす。
柄を持ち、握りしめると初めて触れたはずのものであるにも関わらず、なぜか手になじんでいるような感覚を覚えた。
まるで、何年も使い続けてきたかのようなその感覚に、護は少しばかり困惑するが、あまり気になるものでもなかったため、その感想に蓋をする。
「これにする」
「そうか。鞘はすぐ下にかけられている。あまり時間もないから、はやく月美ちゃんのものも見繕ってあげなさい」
「ん。了解」
短く答え、再び物色を始める護の背中を見守る翼の表情は、どこか浮かないものだった。
――まさか、あの数の中からあのひと振りを選ぶとはな……やはり、引きあうものがあるのだろうか
護が選んだ一振りの剣。
それは安倍晴明が実際に打ち直し、最後の最後まで、内裏に奉納することを迷っていた二振りの片割れだ。
いわば、晴明が再鋳造した剣の中で最高傑作と言えるもので、それだけ晴明が心血を注いで作り上げたものともいえる。
――こんな状況でなければ、素直に感心してやることができるんだがな
数ある中からそのひと振りを選んだことを、翼は否定的にとらえていたわけではない。
むしろ、そのひと振りを選んだことを感心すらしていた。
だが、今現在、自分たちを取り巻いている状況が状況であるため、素直に感心することはできない。
安倍晴明の生まれ変わりと噂されるほどの霊力と、先祖返りの神狐の通力。
それらの要素が複雑に絡み合い、引き起こされたことなのだろう。
逆を言えば、それらのしがらみがあるからこそ、護はこれから先も厄介事に巻き込まれてしまうのではないか。
その果てに、親として望まない結果を導くことになりはしないかと心配していた。
――晴明様も、歴史書で見られる以上の修羅場があったに違いない。もし、護も同じ宿命を背負ってしまっているのだとしたら、今回の事件はその始まりになるのだろうか……
できることなら、平穏で安泰な道を歩んでほしい。
術者である以前に、一人の父親として、翼はそう感じていた。
放任主義というわけではないが、翼は基本的に護が自分の心に従って行動することをよしとしている。
そのため、護が自分で戦うことを選んだのならば、そのことについてとやかく言う資格は自分にはないと考えており、口出しはしないことにしていた。
だが。
――できることなら、平穏な道を歩いてほしい。親ならば、自分の子にそう願うことは当然のことではないか……
陰陽師の師として接してきては来たが、それ以前に血を分けた父親である。
できることなら危険なことはしてほしくないし、護本来の気質を歪めてしまうような物事には触れてほしくない。
まして、戦いに身を置くなど言語道断。
本当ならば、護と月美は行かせたくないし、土御門神社の守護を強制したいと思う自分がいることも事実だ。
――だが護は、私たちは陰陽師だ。いずれ、こういうことになるとわかっていたし、命の危険にさらされることだってある。それはわかっていたし、覚悟もしていたはずだ
今からでも遅くない、身を引け。
翼はこぶしを握り、その言葉が口から出てくることを抑える。
その言葉は、父親としては当然のものなのだろうが、陰陽師としての修行をつけてきた師としては、護の覚悟をないがしろにし、修行で身に着けたものを無駄にする行為だ。
口にすることなどできない。
口にしてしまえば、護との間に決定的な溝が生まれてしまう。
そうなることを望まない翼は、こらえることしかできなかった。
「うん、これにしよう……って、どうしたんだよ、父さん?」
「うん?」
「いや、握りこぶしなんか作っちゃってさ。俺、なんか変なことした?」
どうやら、月美に貸し与える武器を見繕ったらしい。
護が怪訝な顔でこちらを見ながらそう問いかけてきた。
どうやら、自分が何かをやらかしたと勘違いしているようだ。
「いや、大丈夫だ。これは私の問題だからな」
「そう?」
「あぁ。お前が気にする必要はないし、気にされてもかえってこちらが困るからな」
「なんかひどくない?その言い方」
「ひどくはない。そら、選んだのならさっさと行くぞ」
心配になり声をかけたにも関わらず、返ってきた言葉にどこか納得がいかないと言いたそうな表情を浮かべながら、護は蔵の出口へと向かっていく。
その背中を見ながら。
――無事に……そう、ただ無事に二人で帰れるよう努力するしかないな
一緒に仕事をできることに対する喜びと、戦地へ向かわせることになることに対する憤りと悲しみ。
まぜこぜになって胸中にうずまいているそれらの感情を吐き出すかのようにため息をつき、翼は護を追いかける形で蔵の外へ出ていった。
三種の神器とともに内裏で受け継がれてきた宝器である二振りの剣、『護身剣』と『破敵剣』が焼失してしまったため、安倍晴明が兄弟子である賀茂保憲とともに復元、再鋳造をしたという記録がある。
――この剣は多分、そのうちのどっちかだな……けど、なんでうちの蔵に??
鋳造を終えたのであれば、内裏に献上するため、この蔵に収められているはずがない。
だが、献上する武器というものは事前に何本か鋳造し、その中でも出来の良いものを献上するものだ。
この蔵に収められている武器は、献上されることのなかった、悪く言えばできの悪い品物ということになる。
こういったものを『数打』、あるいは『影打』と呼び、奉納されるものを『真打』と呼ぶ。
この蔵に収められている武器は、そういった影打なのだろう。
もっとも。
――まぁ、あるんだからあるんだろうし、細かいことを気にしててもしかたないな
考える時間が無駄だと判断したのか、護は目の前の剣に手を伸ばす。
柄を持ち、握りしめると初めて触れたはずのものであるにも関わらず、なぜか手になじんでいるような感覚を覚えた。
まるで、何年も使い続けてきたかのようなその感覚に、護は少しばかり困惑するが、あまり気になるものでもなかったため、その感想に蓋をする。
「これにする」
「そうか。鞘はすぐ下にかけられている。あまり時間もないから、はやく月美ちゃんのものも見繕ってあげなさい」
「ん。了解」
短く答え、再び物色を始める護の背中を見守る翼の表情は、どこか浮かないものだった。
――まさか、あの数の中からあのひと振りを選ぶとはな……やはり、引きあうものがあるのだろうか
護が選んだ一振りの剣。
それは安倍晴明が実際に打ち直し、最後の最後まで、内裏に奉納することを迷っていた二振りの片割れだ。
いわば、晴明が再鋳造した剣の中で最高傑作と言えるもので、それだけ晴明が心血を注いで作り上げたものともいえる。
――こんな状況でなければ、素直に感心してやることができるんだがな
数ある中からそのひと振りを選んだことを、翼は否定的にとらえていたわけではない。
むしろ、そのひと振りを選んだことを感心すらしていた。
だが、今現在、自分たちを取り巻いている状況が状況であるため、素直に感心することはできない。
安倍晴明の生まれ変わりと噂されるほどの霊力と、先祖返りの神狐の通力。
それらの要素が複雑に絡み合い、引き起こされたことなのだろう。
逆を言えば、それらのしがらみがあるからこそ、護はこれから先も厄介事に巻き込まれてしまうのではないか。
その果てに、親として望まない結果を導くことになりはしないかと心配していた。
――晴明様も、歴史書で見られる以上の修羅場があったに違いない。もし、護も同じ宿命を背負ってしまっているのだとしたら、今回の事件はその始まりになるのだろうか……
できることなら、平穏で安泰な道を歩んでほしい。
術者である以前に、一人の父親として、翼はそう感じていた。
放任主義というわけではないが、翼は基本的に護が自分の心に従って行動することをよしとしている。
そのため、護が自分で戦うことを選んだのならば、そのことについてとやかく言う資格は自分にはないと考えており、口出しはしないことにしていた。
だが。
――できることなら、平穏な道を歩いてほしい。親ならば、自分の子にそう願うことは当然のことではないか……
陰陽師の師として接してきては来たが、それ以前に血を分けた父親である。
できることなら危険なことはしてほしくないし、護本来の気質を歪めてしまうような物事には触れてほしくない。
まして、戦いに身を置くなど言語道断。
本当ならば、護と月美は行かせたくないし、土御門神社の守護を強制したいと思う自分がいることも事実だ。
――だが護は、私たちは陰陽師だ。いずれ、こういうことになるとわかっていたし、命の危険にさらされることだってある。それはわかっていたし、覚悟もしていたはずだ
今からでも遅くない、身を引け。
翼はこぶしを握り、その言葉が口から出てくることを抑える。
その言葉は、父親としては当然のものなのだろうが、陰陽師としての修行をつけてきた師としては、護の覚悟をないがしろにし、修行で身に着けたものを無駄にする行為だ。
口にすることなどできない。
口にしてしまえば、護との間に決定的な溝が生まれてしまう。
そうなることを望まない翼は、こらえることしかできなかった。
「うん、これにしよう……って、どうしたんだよ、父さん?」
「うん?」
「いや、握りこぶしなんか作っちゃってさ。俺、なんか変なことした?」
どうやら、月美に貸し与える武器を見繕ったらしい。
護が怪訝な顔でこちらを見ながらそう問いかけてきた。
どうやら、自分が何かをやらかしたと勘違いしているようだ。
「いや、大丈夫だ。これは私の問題だからな」
「そう?」
「あぁ。お前が気にする必要はないし、気にされてもかえってこちらが困るからな」
「なんかひどくない?その言い方」
「ひどくはない。そら、選んだのならさっさと行くぞ」
心配になり声をかけたにも関わらず、返ってきた言葉にどこか納得がいかないと言いたそうな表情を浮かべながら、護は蔵の出口へと向かっていく。
その背中を見ながら。
――無事に……そう、ただ無事に二人で帰れるよう努力するしかないな
一緒に仕事をできることに対する喜びと、戦地へ向かわせることになることに対する憤りと悲しみ。
まぜこぜになって胸中にうずまいているそれらの感情を吐き出すかのようにため息をつき、翼は護を追いかける形で蔵の外へ出ていった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
とべない天狗とひなの旅
ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。
主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。
「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」
とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。
人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。
翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。
絵・文 ちはやれいめい
https://mypage.syosetu.com/487329/
フェノエレーゼデザイン トトさん
https://mypage.syosetu.com/432625/
滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!
白夢
ファンタジー
何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。
そう言われて、異世界に転生することになった。
でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。
どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。
だからわたしは旅に出た。
これは一人の幼女と小さな幻獣の、
世界なんて救わないつもりの放浪記。
〜〜〜
ご訪問ありがとうございます。
可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。
ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。
お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします!
23/01/08 表紙画像を変更しました

門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~
渡琉兎
ファンタジー
15歳から20年もの間、王都の門番として勤めていたレインズは、国民性もあって自らのスキル魔獣キラーが忌避され続けた結果――不当解雇されてしまう。
最初は途方にくれたものの、すぐに自分を必要としてくれる人を探すべく国を出る決意をする。
そんな折、移住者を探す一人の女性との出会いがレインズの運命を大きく変える事になったのだった。
相棒の獣魔、SSSランクのデンと共に、レインズは海を渡り第二の故郷を探す旅に出る!
※アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、で掲載しています。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~
空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。
どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。
そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。
ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。
スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。
※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる