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再臨譚
2、進路を決めるのは自分自身
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着替えを済ませた二人は、小刻みに震えながら、リビングへ向かった。
長時間、冷たい水に当たったせいで体の芯から冷えているのだ。
焚火で暖を取った程度では、完全に冷えが取れるわけではないのだろう。
「あらあら、すっかり冷えちゃったみたいね」
リビングに入ると、のんびりとした口調で雪美が出迎え、二人の前に作り立ての生姜湯を差し出した。
「それを飲んで、まずは温まりなさい?風邪ひいちゃうわよ?」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございますぅ……」
いまだ震えながら、二人は差し出された生姜湯が並々と注がれた湯飲みを手に取った。
指先からじんわりと、生姜湯の熱が体に伝わり、ゆっくりと二人の体を温める。
熱すぎて持つことができない、ということがないのがまたありがたい。
湯呑を口元に運び、生姜湯を飲もうとしたが。
「あっち!」
「あつっ!」
「あらあら。慌てたらだめよ?火傷するじゃない」
二人の悲鳴を聞いた雪美は、呆れた、という顔で遅れながらの忠告をした。
今言われても、と護と月美は同時にジトっとした視線を雪美に向けたのだが、視線を向けられている本人は飄々とした態度で二人に背を向けた。
こうなっては、もう何を言っても聞く耳を持たないことを経験的に知っている二人は、のどまでせりあがってきた文句を押し込み、息を吹きかけ、冷ましながら、生姜湯をゆっくりと口に含んだ。
蜂蜜とレモン果汁を入れているのか、生姜の辛みと一緒に酸味と甘みが口に広がり、ゆっくりと体を温め始める。
「あぁ……しみる……」
「あったかい……」
湯飲みから口を離すと、二人そろってひとここちついたようなため息が漏れ出た。
一見すると年を経た老年夫婦のように見えなくもないその光景に、雪美は苦笑を浮かべていたのだが、そんなことに二人は気づく様子はない。
「それを飲み終わったら、二人とも勉強しなさいね?そろそろ期末でしょ?」
「も、もちろん、勉強します!ね?護」
「いや、そりゃもちろんするけども」
「晩御飯、その間に作っちゃうから。できたら呼ぶからね」
雪美のその言葉に、護と月美は返事をしてから湯呑に残った生姜湯を飲み干した。
空になった湯呑を雪美に渡し、それぞれの部屋に引き上げようとした時、ふと、何かを思い出したように雪美が二人に問いかけた。
「そういえば、あなたたち、進路はどうするか決めたの?」
「あ。そういや、もうそんな時期か」
「あぁ、進路かぁ……わたし、どうしよう?」
雪美の問いかけで思い出したのか、二人そろって頭を抱えた。
頭を抱えてはいるが、護も月美も将来のことは考えている。
いや、すでに決定しているといっても過言ではない。
「まぁ、護はお父さんの跡を継がないといけないから、大学を選ぶだけで終わりそうだけど。月美ちゃんは自由に決めていいのよ?」
「え?」
「だって、あなたはあくまでうちのお客様よ?あなたの進路にまで口出しはできないわよ。必要になる諸々は支援するけれどね」
護は土御門家の唯一の跡取り。
当然、土御門家の次期当主として、家業を受け継ぐことになる。
土御門家の家業は、表向きでは神社の神主であるため、神職としての資格が取得できる大学へ進学する必要がある。
普通ならば反発が起きて別の進路へ向かいたいと思うのだろうが、護は幼いころから自分が家業を継ぐことになるだろうということは理解していたし、納得もしていた。
そして、その気持ちは今も変化していない。
むしろ、いまさら進路を変えることなどできないほど、決意は固いものになっていた。
対して、月美は土御門家に身を寄せてこそいるが、無理に神職を継ぐ必要はない。
あくまでも土御門家の世話になっている客分であるため、彼女がどのような進路を選ぶかは、完全に個人の自由だ。
指摘や忠告はすることもあるだろうが、最終的にどうするか、どうしたいか。
その選択は月美の意思一つで簡単に変えることができる。
「え?けど」
「もちろん、貴女が護と同じ大学に通いたいというのなら、それも選択肢の一つよ。けれど、ほかに勉強したいことがあるのなら、そちらを優先していいの」
「あの、いきなりそんなこと言われても……わたし、護と同じ学部に行こうと思ってたので」
突然、自由にしていいと言われたことに困惑した月美が、自分の思い描いていたことを雪美に打ち明けた。
否定されるかもしれない、という考えがあったのだろうか、月美は少しばかりびくついているようにも感じた護は、助け船を出そうと口を開きかけた。
だが、それよりも一瞬早く、雪美が。
「それがあなたの選択だというのなら、わたしがそれについてどうこう言う資格はないわ」
「母さん、それ、放任するから勝手にしろって聞こえるけど?」
「あら、そうかしら?けど、あまり介入するのもよくないでしょう?」
「まぁ、そうかもだけど」
「だったら、いいじゃない。そんなことよりも、早く勉強しなさい?」
成長し、高校生となった子どもに対し、干渉しすぎるというのはあまりよくないという考えがあるのか、雪美は護の言葉にそう返して、さっさと自分の部屋へ戻るよう、二人を促した。
あまり干渉されることにいい気分になれないというのは、たしかにそうだが、かといって、冷たく突き放すような言い方をしなくてもいいではないか、とも同時に思っていた。
もっとも、雪美が月美を突き放すつもりは毛頭ないことは、すでにわかっていたので、何も言うつもりはなかったのだが。
「んじゃ、そうする。月美、行こうか」
「え?う、うん」
雪美に促される形で、護は月美と一緒にそれぞれの自室へ戻っていった。
長時間、冷たい水に当たったせいで体の芯から冷えているのだ。
焚火で暖を取った程度では、完全に冷えが取れるわけではないのだろう。
「あらあら、すっかり冷えちゃったみたいね」
リビングに入ると、のんびりとした口調で雪美が出迎え、二人の前に作り立ての生姜湯を差し出した。
「それを飲んで、まずは温まりなさい?風邪ひいちゃうわよ?」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございますぅ……」
いまだ震えながら、二人は差し出された生姜湯が並々と注がれた湯飲みを手に取った。
指先からじんわりと、生姜湯の熱が体に伝わり、ゆっくりと二人の体を温める。
熱すぎて持つことができない、ということがないのがまたありがたい。
湯呑を口元に運び、生姜湯を飲もうとしたが。
「あっち!」
「あつっ!」
「あらあら。慌てたらだめよ?火傷するじゃない」
二人の悲鳴を聞いた雪美は、呆れた、という顔で遅れながらの忠告をした。
今言われても、と護と月美は同時にジトっとした視線を雪美に向けたのだが、視線を向けられている本人は飄々とした態度で二人に背を向けた。
こうなっては、もう何を言っても聞く耳を持たないことを経験的に知っている二人は、のどまでせりあがってきた文句を押し込み、息を吹きかけ、冷ましながら、生姜湯をゆっくりと口に含んだ。
蜂蜜とレモン果汁を入れているのか、生姜の辛みと一緒に酸味と甘みが口に広がり、ゆっくりと体を温め始める。
「あぁ……しみる……」
「あったかい……」
湯飲みから口を離すと、二人そろってひとここちついたようなため息が漏れ出た。
一見すると年を経た老年夫婦のように見えなくもないその光景に、雪美は苦笑を浮かべていたのだが、そんなことに二人は気づく様子はない。
「それを飲み終わったら、二人とも勉強しなさいね?そろそろ期末でしょ?」
「も、もちろん、勉強します!ね?護」
「いや、そりゃもちろんするけども」
「晩御飯、その間に作っちゃうから。できたら呼ぶからね」
雪美のその言葉に、護と月美は返事をしてから湯呑に残った生姜湯を飲み干した。
空になった湯呑を雪美に渡し、それぞれの部屋に引き上げようとした時、ふと、何かを思い出したように雪美が二人に問いかけた。
「そういえば、あなたたち、進路はどうするか決めたの?」
「あ。そういや、もうそんな時期か」
「あぁ、進路かぁ……わたし、どうしよう?」
雪美の問いかけで思い出したのか、二人そろって頭を抱えた。
頭を抱えてはいるが、護も月美も将来のことは考えている。
いや、すでに決定しているといっても過言ではない。
「まぁ、護はお父さんの跡を継がないといけないから、大学を選ぶだけで終わりそうだけど。月美ちゃんは自由に決めていいのよ?」
「え?」
「だって、あなたはあくまでうちのお客様よ?あなたの進路にまで口出しはできないわよ。必要になる諸々は支援するけれどね」
護は土御門家の唯一の跡取り。
当然、土御門家の次期当主として、家業を受け継ぐことになる。
土御門家の家業は、表向きでは神社の神主であるため、神職としての資格が取得できる大学へ進学する必要がある。
普通ならば反発が起きて別の進路へ向かいたいと思うのだろうが、護は幼いころから自分が家業を継ぐことになるだろうということは理解していたし、納得もしていた。
そして、その気持ちは今も変化していない。
むしろ、いまさら進路を変えることなどできないほど、決意は固いものになっていた。
対して、月美は土御門家に身を寄せてこそいるが、無理に神職を継ぐ必要はない。
あくまでも土御門家の世話になっている客分であるため、彼女がどのような進路を選ぶかは、完全に個人の自由だ。
指摘や忠告はすることもあるだろうが、最終的にどうするか、どうしたいか。
その選択は月美の意思一つで簡単に変えることができる。
「え?けど」
「もちろん、貴女が護と同じ大学に通いたいというのなら、それも選択肢の一つよ。けれど、ほかに勉強したいことがあるのなら、そちらを優先していいの」
「あの、いきなりそんなこと言われても……わたし、護と同じ学部に行こうと思ってたので」
突然、自由にしていいと言われたことに困惑した月美が、自分の思い描いていたことを雪美に打ち明けた。
否定されるかもしれない、という考えがあったのだろうか、月美は少しばかりびくついているようにも感じた護は、助け船を出そうと口を開きかけた。
だが、それよりも一瞬早く、雪美が。
「それがあなたの選択だというのなら、わたしがそれについてどうこう言う資格はないわ」
「母さん、それ、放任するから勝手にしろって聞こえるけど?」
「あら、そうかしら?けど、あまり介入するのもよくないでしょう?」
「まぁ、そうかもだけど」
「だったら、いいじゃない。そんなことよりも、早く勉強しなさい?」
成長し、高校生となった子どもに対し、干渉しすぎるというのはあまりよくないという考えがあるのか、雪美は護の言葉にそう返して、さっさと自分の部屋へ戻るよう、二人を促した。
あまり干渉されることにいい気分になれないというのは、たしかにそうだが、かといって、冷たく突き放すような言い方をしなくてもいいではないか、とも同時に思っていた。
もっとも、雪美が月美を突き放すつもりは毛頭ないことは、すでにわかっていたので、何も言うつもりはなかったのだが。
「んじゃ、そうする。月美、行こうか」
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雪美に促される形で、護は月美と一緒にそれぞれの自室へ戻っていった。
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