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騒動劇
28、文化祭二日目~迷惑なお客様に塩コーヒーを~
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接客している月美が男子生徒に言い寄られている姿を見た護が怒る中、月美もまた、しつこく言い寄ってきている相手に辟易していた。
普段ならば、護が威圧するか、静かに威圧しながら毒を吐いているところだ。
だが、護は注文されたものを準備することに忙しいし、月美自身も接客をしているため、そうもいかない。
仮にここで毒を吐いたとしたら、自分たちのクラスにどのような影響が出るかわかったものではないからだ。
「あの、わたし、そろそろ行かないとなんですが……」
「えぇ?いいじゃんよ、もうちょっと!ね?ね?」
どうにか穏やかにその場を離れようとしていたが、接客対応していた客人はどうにか月美をその場にとどめようとしていた。
普通の喫茶店であれば、迷惑行為として咎められても仕方のない行為だが、文化祭ということで心のタガが外れているのだろう。
もはやお構いなしといった状態だ。
――あぁ、もう……いい加減にしてほしいんだけどなぁ……
心中で苛立ちを抑えながら、月美はあくまでも表面上は穏やかに対応を続けていた。
だが、正直に言えば、もうそろそろ堪忍袋の緒が切れて、爆発四散しそうな状態だった。
そんな月美の心理状態を知ってか知らずか、いや、知っていたとしてもそれを無視して我を通す勢いで、生徒は月美を引き留めていた。
「いいじゃん!ね?もうちょっと、俺とおしゃべり……」
「……ふぅ……」
男子生徒のしつこさに、月美はため息をついた。
お客様は神様、というが、それは一定の倫理があり、それを守り、なおかつお金を払ってくれるからだ。
迷惑行為をするような人間は、神ではない。
ここはしっかりと不快であることを示して、自分がしていることが迷惑行為以外の何物でもないことを知らしめる必要がある。
そう判断した月美は、苛立ちを隠す様子もなく、不快感たっぷりの視線を男子生徒に向けた。
「失礼ですが、これ以上の行為はお店にも迷惑となります。以降、『ご主人様』ではなく、『大変失礼なお客様』として扱わせていただくこととなりますが、よろしいでしょうか」
「……た、大変失礼しました……」
月美の想像以上に冷たい視線と、重苦しい雰囲気に、男子生徒はたじろぎ、それ以上は何も言えなくなってしまった。
男子生徒がおとなしくなったことを確認すると、月美は冷たい笑みを向けて一瞥し、そのままバックヤードへとむかっていった。
「や、やべぇ……」
「風森さん、怒るとあんなに怖いんだ……」
「知らなかった……」
「……俺、怒らせないように気を付けないと……」
普段、月美が誰かに言い寄られているときは、護が前面に立ち、がっつり威嚇をしているため、他人に冷たい態度を取ることはないし、まして毒を吐く必要がなくなってしまっているのだ。
そのため、そういった場面に遭遇することが、普通の学校生活での場面では見かけることはない。
だが、先述の通り、今は護と物理的に距離を置かざるを得ない状況となっている。
そのため、月美が自己防衛をしなければならず、こうして、普段ならば絶対にしない冷たい態度や毒を吐く行動をしているのだ。
月美の今まで見たことのない姿に、クラスメイト達が戦々恐々としている中、月美は注文されたものを受け取りに、バックヤードの受付へと向かった。
どうやら、注文自体は別のクラスメイトにして、ほかの客に対応していた月美に声をかけたようだ。
「お待ちどう」
「ありがとう」
「……仕置きは?」
「した。正直、わたしは足りない」
「ならよかった。こっちのを奴に渡せ。何に手を出したか理解するはずだ」
「そう?……まぁ、わかったわ」
そう言われて、月美は首をかしげはしたが、護に言われる通り、コーヒーを先ほどの男子生徒の前に置いた。
再び声をかけようとした男子生徒だったが、当然、それを許すような雰囲気はまとっておらず、背筋が凍りそうなほど冷たい視線を向けられ、一言も声をかけることができなかった。
仕方なしに、月美に再び声をかけることをあきらめて、月美が置いていったコーヒーを口にした。
その瞬間、男子生徒は顔をしかめた。
コーヒーの苦さに、ではない。
本来ならばコーヒーでは味わうことができないはずの、まったく異質の味と、コーヒー本来の風味が織りなす不協和音に顔をしかめたのだ。
「……しょっ……?!な、なんなんだよ、いったい……」
どうやら、男子生徒は少し強い塩気を感じたらしい。
普通、コーヒーは、砂糖かミルク、あるいはその両方を入れたり、あるいはホイップクリームやアイスクリームを乗せたり、人によってはウィスキーを入れてカクテルにすることで楽しむことができるものだ。
だが、塩を入れる、ということはない。
それはバックヤードに控えている係もわかっているはずだ。
だというのに、なぜこのコーヒーは隠し味とは言い難い塩気があるのか。
文句を言ってやろうかと思った男子生徒だったが、ふと、コーヒーカップの下にメモが置かれていることに気づき、手に取って、書かれている内容を読んでみた。
そこには、走り書きではあったが、読めなくはない文字で一言。
『他人の彼女に手を出すな』
と脅しじみた言葉が書かれていた。
これを書いた人間がコーヒーを淹れた人間ということはわかっているため、男子生徒は受付のほうへ視線を向ける。
そこには、不機嫌そうに眉を顰め、まるで汚物を見るかのような冷たい視線を向ける男子がいた。
その男子がほぼ常に月美と一緒に行動し、下心丸出しで月美に近づこうものなら即座に噛みつく番犬であることを知っていた男子生徒は、その嗅覚の鋭さと威圧感に恐怖を抱いた。
同時に、この塩コーヒーは警告を兼ねた嫌がらせであることを察し、しばらくの間、月美にだけは声をかけまいと誓うのだった。
普段ならば、護が威圧するか、静かに威圧しながら毒を吐いているところだ。
だが、護は注文されたものを準備することに忙しいし、月美自身も接客をしているため、そうもいかない。
仮にここで毒を吐いたとしたら、自分たちのクラスにどのような影響が出るかわかったものではないからだ。
「あの、わたし、そろそろ行かないとなんですが……」
「えぇ?いいじゃんよ、もうちょっと!ね?ね?」
どうにか穏やかにその場を離れようとしていたが、接客対応していた客人はどうにか月美をその場にとどめようとしていた。
普通の喫茶店であれば、迷惑行為として咎められても仕方のない行為だが、文化祭ということで心のタガが外れているのだろう。
もはやお構いなしといった状態だ。
――あぁ、もう……いい加減にしてほしいんだけどなぁ……
心中で苛立ちを抑えながら、月美はあくまでも表面上は穏やかに対応を続けていた。
だが、正直に言えば、もうそろそろ堪忍袋の緒が切れて、爆発四散しそうな状態だった。
そんな月美の心理状態を知ってか知らずか、いや、知っていたとしてもそれを無視して我を通す勢いで、生徒は月美を引き留めていた。
「いいじゃん!ね?もうちょっと、俺とおしゃべり……」
「……ふぅ……」
男子生徒のしつこさに、月美はため息をついた。
お客様は神様、というが、それは一定の倫理があり、それを守り、なおかつお金を払ってくれるからだ。
迷惑行為をするような人間は、神ではない。
ここはしっかりと不快であることを示して、自分がしていることが迷惑行為以外の何物でもないことを知らしめる必要がある。
そう判断した月美は、苛立ちを隠す様子もなく、不快感たっぷりの視線を男子生徒に向けた。
「失礼ですが、これ以上の行為はお店にも迷惑となります。以降、『ご主人様』ではなく、『大変失礼なお客様』として扱わせていただくこととなりますが、よろしいでしょうか」
「……た、大変失礼しました……」
月美の想像以上に冷たい視線と、重苦しい雰囲気に、男子生徒はたじろぎ、それ以上は何も言えなくなってしまった。
男子生徒がおとなしくなったことを確認すると、月美は冷たい笑みを向けて一瞥し、そのままバックヤードへとむかっていった。
「や、やべぇ……」
「風森さん、怒るとあんなに怖いんだ……」
「知らなかった……」
「……俺、怒らせないように気を付けないと……」
普段、月美が誰かに言い寄られているときは、護が前面に立ち、がっつり威嚇をしているため、他人に冷たい態度を取ることはないし、まして毒を吐く必要がなくなってしまっているのだ。
そのため、そういった場面に遭遇することが、普通の学校生活での場面では見かけることはない。
だが、先述の通り、今は護と物理的に距離を置かざるを得ない状況となっている。
そのため、月美が自己防衛をしなければならず、こうして、普段ならば絶対にしない冷たい態度や毒を吐く行動をしているのだ。
月美の今まで見たことのない姿に、クラスメイト達が戦々恐々としている中、月美は注文されたものを受け取りに、バックヤードの受付へと向かった。
どうやら、注文自体は別のクラスメイトにして、ほかの客に対応していた月美に声をかけたようだ。
「お待ちどう」
「ありがとう」
「……仕置きは?」
「した。正直、わたしは足りない」
「ならよかった。こっちのを奴に渡せ。何に手を出したか理解するはずだ」
「そう?……まぁ、わかったわ」
そう言われて、月美は首をかしげはしたが、護に言われる通り、コーヒーを先ほどの男子生徒の前に置いた。
再び声をかけようとした男子生徒だったが、当然、それを許すような雰囲気はまとっておらず、背筋が凍りそうなほど冷たい視線を向けられ、一言も声をかけることができなかった。
仕方なしに、月美に再び声をかけることをあきらめて、月美が置いていったコーヒーを口にした。
その瞬間、男子生徒は顔をしかめた。
コーヒーの苦さに、ではない。
本来ならばコーヒーでは味わうことができないはずの、まったく異質の味と、コーヒー本来の風味が織りなす不協和音に顔をしかめたのだ。
「……しょっ……?!な、なんなんだよ、いったい……」
どうやら、男子生徒は少し強い塩気を感じたらしい。
普通、コーヒーは、砂糖かミルク、あるいはその両方を入れたり、あるいはホイップクリームやアイスクリームを乗せたり、人によってはウィスキーを入れてカクテルにすることで楽しむことができるものだ。
だが、塩を入れる、ということはない。
それはバックヤードに控えている係もわかっているはずだ。
だというのに、なぜこのコーヒーは隠し味とは言い難い塩気があるのか。
文句を言ってやろうかと思った男子生徒だったが、ふと、コーヒーカップの下にメモが置かれていることに気づき、手に取って、書かれている内容を読んでみた。
そこには、走り書きではあったが、読めなくはない文字で一言。
『他人の彼女に手を出すな』
と脅しじみた言葉が書かれていた。
これを書いた人間がコーヒーを淹れた人間ということはわかっているため、男子生徒は受付のほうへ視線を向ける。
そこには、不機嫌そうに眉を顰め、まるで汚物を見るかのような冷たい視線を向ける男子がいた。
その男子がほぼ常に月美と一緒に行動し、下心丸出しで月美に近づこうものなら即座に噛みつく番犬であることを知っていた男子生徒は、その嗅覚の鋭さと威圧感に恐怖を抱いた。
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