176 / 276
騒動劇
8、衣装決定
しおりを挟む
文化祭の催し物を決めるクラス会議から二週間。
各クラスでは、着々と準備が進んでいた。
護たちのクラスも例外ではなく、メニューに乗せるお菓子やドリンクはもちろん、席を何人掛けにするか、メニュー表やテーブルクロスに内装のデザイン、さらに仮決め状態ではあるがシフトも組み終わった。
残るは、メイド服と執事服。ユニフォームをどうするかだったのだが、ここで完全にクラスの意見は二つに割れていた。
執事服はまだいい。
基本的に燕尾のジャケットを着るか、黒のベストを着れば、あとの問題はネクタイだけで、それは個々人の自由となるのだから。
だが、メイド服は別だ。
正統派のヴィクトリアやミニスカートが特徴のフレンチもそうだが、和服の上にエプロンを着た女給をはじめとした和服メイドやメイド喫茶で制服として採用されているようなデザインのものまで、かなり幅が広い。
その中から一つを選ぶとなると、男子も女子もそれぞれのこだわりが出てくるものだ。
現に。
「ここはミニスカート一択!フレンチこそ男のロマン!!」
「馬鹿野郎!ロングスカートにフリルエプロン!これこそ正当なメイドってもんだ!!」
「どうせなら、猫耳とかつけてコスプレみたいにして楽しみたいからどっちでもいいんだけど」
「ならつけ耳とつけ尻尾も買わないとかな?」
こうして大論争が繰り広げられていた。
その論争を聞きながら、護は。
――よくそこまで熱くなれるなぁ……
と、どこか感心していた。
護個人としては、統一する必要は感じていないため、好きなようにすればいいのではないかという意見なのだが、それを口にすると猛反発が起きそうなのでやめていた。
こうしている間にも、クラスメイトたちは自分が推薦する衣装がいかに素晴らしいかを語りだし、もはやお祭り騒ぎとなっていた。
「ねぇ、護」
「ん?どした?」
その中で、月美が突然、護に声をかけてきた。
普段、こういうときに月美の方から話しかけてくることはないため、護は不思議に思いながら月美の方へ視線を向けた。
「護は、わたしにどんなメイド服、着てほしい?」
「……え?……あ、えぇと……」
突然の質問に、護は困惑し、口ごもってしまった。
メイドはおろか、昨今のサブカルチャーに興味を持っている暇が全くなかった上に、そもそも興味がないため、どんなメイド服がいいか聞かれても困るというのが本音のところだ。
「月美ならどれ着ても似合うと思うけど、ミニスカだけは嫌だな」
「え?なんで??可愛いと思うけど」
「クラスの男子連中どころか、外から来た連中にお前をいやらしい目で見てもらいたくなく。というか、そんな視線が向いてると思っただけでこの学校ぶっ壊したくなる」
護としてはやはり恋人が他人にいやらしい目で見られることは不愉快のようだ。
周囲は考えが古いとか、独占欲が強いとか批判はされそうだが、不愉快なものは不愉快なのだからしかたがない。
それを理解している様子で、護から返ってきたその答えに、呆れたような、しかしどことなく嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「そっか……なら、ミニスカ以外のなら何がいい?」
「そうだな……ヴィクトリア風も捨てがたいけど、やっぱり和装メイドかな」
「あ、そっちなんだ。着物なんて見慣れてるだろうから選ばないって思ってたけど」
「いや、見慣れてるのは巫女服とか直衣とかだから。着物とは別だから」
着物と言っても、月美が言っているのは神官服である直衣や巫女服のことだろう。
日本人の民族衣装という意味での『着物』であれば、あながち間違いでもないのだろうが、それとこれとは話が違う。
「でも、わたしも女給さんのほうがいいかなぁ」
「そのこころは?」
「慣れてるから」
「女給服に?着物に?」
「和装に」
可愛いからとか着てみたかったから、というよりも、どうやら慣れの問題だったらしい。
月美がそれでいいなら、と護はこのことについて、特に何も言うことはなかった。
が、護と月美のやりとりを聞いていたらしい明美が思い切り手を上げた。
「女給さんとかいいんじゃない?」
「おバカ!執事服は洋装なのよ!雰囲気が……」
「……いや、待て……」
「……和洋折衷の使用人喫茶……いけるんじゃない?!」
今までの流れから、更なる大嵐が巻き起こるかと思いきや、意外にも好評のようだ。
だが、和装メイドということは、エプロンの下は当然、和服ということになる。
和服ということは着物ということなのだが、着物ではなく洋装が一般的になり、基本的に着られなくなってきてから数世紀。
「でも着物の着付けなんて、できないわよ?!」
「旅館の浴衣くらいしか着たことないよ……」
「浴衣ならなんとかいけるけど……」
当然、着物を着るための技術も一般的ではなくなり、今を生きる女子高生たちのほとんどは着物を着ることなどない。
着物を着てみたい、とは思っていても、そもそも着ることができないのだ。
そのことに気づいた彼女たちの間には、暗く重苦しい空気が漂い始めていた。
だが、ここで出てきた佳代の思わぬ一言でその空気は一変した。
「……ねぇ、なにも本格的なのじゃなくて、二、三枚、浴衣を重ね着してもいいんじゃない?」
浴衣は、その発祥が『湯帷子』と呼ばれる入浴着であったこともあるためか、直接肌に触れるが、本来、着物は長襦袢という肌着を着た上に重ねて着るものだ。
ならば、浴衣のような着物で重ね着をしてもおかしくはないのではないか、というものだった。
「……エプロンで前部分は隠れるし、柄も気にしないでいい……」
「さすがに色は合わせる必要あるかもだけど……いける?」
「……いけるかもしれない!」
「吉田さん、ありがとう!!」
「え……あ、い、いや……」
もともとが人見知りであったことと、いじめられていた経験から、同級生に認められることなどあまりなかった佳代は、一気に浴びせられた称賛の嵐に困惑していた。
その様子を横目に、月美と明美はくすくすと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
結局、男子は執事服、女子はなんちゃって女給ということで話が落ち着き、知り合いにコスプレイヤーがいるというクラスメイトが、それなりの報酬で作ってもらえるか、あるいは製作の指導をしてもらえるか交渉することとなり、この日は解散となった。
各クラスでは、着々と準備が進んでいた。
護たちのクラスも例外ではなく、メニューに乗せるお菓子やドリンクはもちろん、席を何人掛けにするか、メニュー表やテーブルクロスに内装のデザイン、さらに仮決め状態ではあるがシフトも組み終わった。
残るは、メイド服と執事服。ユニフォームをどうするかだったのだが、ここで完全にクラスの意見は二つに割れていた。
執事服はまだいい。
基本的に燕尾のジャケットを着るか、黒のベストを着れば、あとの問題はネクタイだけで、それは個々人の自由となるのだから。
だが、メイド服は別だ。
正統派のヴィクトリアやミニスカートが特徴のフレンチもそうだが、和服の上にエプロンを着た女給をはじめとした和服メイドやメイド喫茶で制服として採用されているようなデザインのものまで、かなり幅が広い。
その中から一つを選ぶとなると、男子も女子もそれぞれのこだわりが出てくるものだ。
現に。
「ここはミニスカート一択!フレンチこそ男のロマン!!」
「馬鹿野郎!ロングスカートにフリルエプロン!これこそ正当なメイドってもんだ!!」
「どうせなら、猫耳とかつけてコスプレみたいにして楽しみたいからどっちでもいいんだけど」
「ならつけ耳とつけ尻尾も買わないとかな?」
こうして大論争が繰り広げられていた。
その論争を聞きながら、護は。
――よくそこまで熱くなれるなぁ……
と、どこか感心していた。
護個人としては、統一する必要は感じていないため、好きなようにすればいいのではないかという意見なのだが、それを口にすると猛反発が起きそうなのでやめていた。
こうしている間にも、クラスメイトたちは自分が推薦する衣装がいかに素晴らしいかを語りだし、もはやお祭り騒ぎとなっていた。
「ねぇ、護」
「ん?どした?」
その中で、月美が突然、護に声をかけてきた。
普段、こういうときに月美の方から話しかけてくることはないため、護は不思議に思いながら月美の方へ視線を向けた。
「護は、わたしにどんなメイド服、着てほしい?」
「……え?……あ、えぇと……」
突然の質問に、護は困惑し、口ごもってしまった。
メイドはおろか、昨今のサブカルチャーに興味を持っている暇が全くなかった上に、そもそも興味がないため、どんなメイド服がいいか聞かれても困るというのが本音のところだ。
「月美ならどれ着ても似合うと思うけど、ミニスカだけは嫌だな」
「え?なんで??可愛いと思うけど」
「クラスの男子連中どころか、外から来た連中にお前をいやらしい目で見てもらいたくなく。というか、そんな視線が向いてると思っただけでこの学校ぶっ壊したくなる」
護としてはやはり恋人が他人にいやらしい目で見られることは不愉快のようだ。
周囲は考えが古いとか、独占欲が強いとか批判はされそうだが、不愉快なものは不愉快なのだからしかたがない。
それを理解している様子で、護から返ってきたその答えに、呆れたような、しかしどことなく嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「そっか……なら、ミニスカ以外のなら何がいい?」
「そうだな……ヴィクトリア風も捨てがたいけど、やっぱり和装メイドかな」
「あ、そっちなんだ。着物なんて見慣れてるだろうから選ばないって思ってたけど」
「いや、見慣れてるのは巫女服とか直衣とかだから。着物とは別だから」
着物と言っても、月美が言っているのは神官服である直衣や巫女服のことだろう。
日本人の民族衣装という意味での『着物』であれば、あながち間違いでもないのだろうが、それとこれとは話が違う。
「でも、わたしも女給さんのほうがいいかなぁ」
「そのこころは?」
「慣れてるから」
「女給服に?着物に?」
「和装に」
可愛いからとか着てみたかったから、というよりも、どうやら慣れの問題だったらしい。
月美がそれでいいなら、と護はこのことについて、特に何も言うことはなかった。
が、護と月美のやりとりを聞いていたらしい明美が思い切り手を上げた。
「女給さんとかいいんじゃない?」
「おバカ!執事服は洋装なのよ!雰囲気が……」
「……いや、待て……」
「……和洋折衷の使用人喫茶……いけるんじゃない?!」
今までの流れから、更なる大嵐が巻き起こるかと思いきや、意外にも好評のようだ。
だが、和装メイドということは、エプロンの下は当然、和服ということになる。
和服ということは着物ということなのだが、着物ではなく洋装が一般的になり、基本的に着られなくなってきてから数世紀。
「でも着物の着付けなんて、できないわよ?!」
「旅館の浴衣くらいしか着たことないよ……」
「浴衣ならなんとかいけるけど……」
当然、着物を着るための技術も一般的ではなくなり、今を生きる女子高生たちのほとんどは着物を着ることなどない。
着物を着てみたい、とは思っていても、そもそも着ることができないのだ。
そのことに気づいた彼女たちの間には、暗く重苦しい空気が漂い始めていた。
だが、ここで出てきた佳代の思わぬ一言でその空気は一変した。
「……ねぇ、なにも本格的なのじゃなくて、二、三枚、浴衣を重ね着してもいいんじゃない?」
浴衣は、その発祥が『湯帷子』と呼ばれる入浴着であったこともあるためか、直接肌に触れるが、本来、着物は長襦袢という肌着を着た上に重ねて着るものだ。
ならば、浴衣のような着物で重ね着をしてもおかしくはないのではないか、というものだった。
「……エプロンで前部分は隠れるし、柄も気にしないでいい……」
「さすがに色は合わせる必要あるかもだけど……いける?」
「……いけるかもしれない!」
「吉田さん、ありがとう!!」
「え……あ、い、いや……」
もともとが人見知りであったことと、いじめられていた経験から、同級生に認められることなどあまりなかった佳代は、一気に浴びせられた称賛の嵐に困惑していた。
その様子を横目に、月美と明美はくすくすと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
結局、男子は執事服、女子はなんちゃって女給ということで話が落ち着き、知り合いにコスプレイヤーがいるというクラスメイトが、それなりの報酬で作ってもらえるか、あるいは製作の指導をしてもらえるか交渉することとなり、この日は解散となった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ
壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。
幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。
「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」
泣きじゃくる彼女に、彼は言った。
「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」
「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」
そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。
※2019年10月、完結しました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
覚悟ガンギマリ系主人公がハーレムフラグをへし折りつつ、クールな褐色女戦士をデレさせて異世界を救うパワー系ダークファンタジー/ヴァンズブラッド
鋏池穏美
ファンタジー
【絶望の中目覚めた『無詠唱特殊魔術』で崩壊世界を駆け抜ける──敵意や痛みを力に変える、身体強化系最強主人公の無双劇】
魔素が溢れ、暗がりで魔獣蠢く崩壊世界ミズガルズ──
この狂った世界で産み落とされたノヒンは、山賊一家に育てられ、荒んだ幼少期を過ごしていた。
初めて仕事を任されたその日、魔獣の力をその身に宿した少女『ヨーコ』と出会い、恋に落ちる。
束の間の平穏と幸せな日々。だがそれも長くは続かず──
その後ヨーコと離別し、騎士へとなったノヒンは運命の相手『ジェシカ』に出会う。かつて愛したヨーコとジェシカの間で揺れるノヒンの心。さらにジェシカは因縁の相手、ラグナスによって奪われ──
発動する数千年前の英雄の力
「無詠唱特殊魔術」
それは敵意や痛みで身体強化し、自己再生力を限界突破させる力。
明かされる神話──
NACMO(ナクモ)と呼ばれる魔素──
失われし東方の国──
ヨルムンガンドの魔除け──
神話時代の宿因が、否応無くノヒンを死地へと駆り立てる。
【第11回ネット小説大賞一次選考通過】
※小説家になろうとカクヨムでも公開しております。
花ひらく妃たち
蒼真まこ
ファンタジー
たった一夜の出来事が、春蘭の人生を大きく変えてしまった──。
亮国の後宮で宮女として働く春蘭は、故郷に将来を誓った恋人がいた。しかし春蘭はある日、皇帝陛下に見初められてしまう。皇帝の命令には何人も逆らうことはできない。泣く泣く皇帝の妃のひとりになった春蘭であったが、数々の苦難が彼女を待ちうけていた。 「私たち女はね、置かれた場所で咲くしかないの。咲きほこるか、枯れ落ちるは貴女次第よ。朽ちていくのをただ待つだけの人生でいいの?」
皇后の忠告に、春蘭の才能が開花していく。 様々な思惑が絡み合う、きらびやかな後宮で花として生きた女の人生を短編で描く中華後宮物語。
一万字以下の短編です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる