見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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旅行記

14、寸劇体験~2、新撰組見参~

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 苛立った気持ちを抑えながら、女侍は店内に入っていき、今にも刀を抜き放ちそうな二人の浪人たちに歩み寄った。
 文句を言ってきそうな二人の言葉を無視して、女侍は浪人たちの腕をひねりあげ、店の床にたたきつけた。
 わめく二人の言葉を無視して、女侍は浪人たちの着物の襟をつかみ、ずるずると引きずりながら店の外へと出た。

「て、てめぇ、なにしやがる!!」
「痛い目見たいのか?!」
「店に迷惑をかけるそなたたちこそ、痛い目を見たいようだな」

 チャキ、と鍔を鳴らし、女侍は二人の浪人に冷ややかな視線を送った。
 その視線にうすら寒いものを感じたのか、浪人たちは静かになり、その場を立ち去って行った。

「やれやれ……すまない、騒がせてしまったな」
「い、いえ」
「これはわずかばかりだが詫びだ。取っておいてくれ」

 女侍はそういって二朱銀銭を三枚ほど置いていった。
 当時、串団子は団子五個で一本であり、五文であった。それが三本であるため、都合、十五文。
 三朱も出せばおつりが出るのだが、女侍はおつりを受け取る様子もなくその場を立ち去って行った。

 屋敷まで戻る道中、女侍は背後から数人、誰かがつけてきている気配を感じ取った。
 よもや、先ほどのごろつきたちか。
 そう考え、脇道に入り、ついてきている連中を待ち構えた。
 すると、案の定、先ほど店で喧嘩をしようとしていた浪人が二人、女侍の目の前に現れた。

「まったく、懲りない連中だな……それで?わたしに報復でもするつもりか?」
「はっ!わかってんだったら話が早ぇや。おい、お前ぇら!この女侍に痛い目みせてやろうぜ!!」

 浪人の一人が号令をかけると、浪人たちはいっせいに刀を引き抜き、その切っ先を女侍に向けた。
 徒党を組まなければ女一人に立ち向かうこともできないのか、と女侍はため息をつきながら、刀を抜き、刃を返した。
 女とはいえ、武家の生まれ。そして、道場主である父親より、師範代を任せられるほどの腕前とあって、彼女から漏れ出る剣気はすさまじかった。
 だが、それを振り払うように浪人の一人が雄たけびを上げながら刀を振りかざし、突進してきた。
 女侍はがら空きになっていた浪人の腹に、手にしている刀の峰を叩き付けた。
 最初の犠牲となった浪人は、刀を落とし、腹を抑えながら苦しそうにうめき、その場にうずくまった。
 この様子では、しばらくは立つこともできないだろう。

――まずは一人……しかし、この人数。果たしてわたし一人でさばききれるか?

 茶屋で遭遇した二人の浪人以外に、さきほど倒した浪人も含めて相手は八人。
 両脇が漆喰の壁に囲まれているので、完全に包囲されることはないが、さすがに一対七はつらい。
 囲まれる前に逃げたほうがいいか、そう考えたときだった。

「そこの浪人ども!何をしている!!」
「新撰組だ!神妙にしろっ!!」

 突然、二つの声が聞こえてきた。
 声がした方へ視線を向けると、そこには浅葱色のだんだら模様の羽織をまとった侍が二人いた。
 その羽織を見た瞬間、浪人たちに動揺が走った。

「み、壬生の狼?!」
「し、新撰組だと!!」
「くそっ!市中見回りかよ!!」

 浪人たちが口走ったように、目の前にいるだんだら羽織の侍たちは、ここ最近になって京都の治安維持を担う京都守護役の下部組織、新撰組の隊士だった。

「関係ねぇ、たたんじまえ!!」

 だが、お上の組織だからと言ってびくつくほど浪人の肝っ玉は小さくはなかった。
 むしろ、二人しかいないのだから、数の利がこちらにあることに変わりはない。
 その判断が生み出した余裕と油断なのだろう。
 浪人たちは忘れていた。目の前にいる女侍はともかく、だんだら羽織の侍二人は、いくつかの修羅場をくぐり抜けてきたという経験があるということを。

「やれやれ……義を見てせざるは勇無きなり、それ即ち、士道不覚悟」
「ここで逃げたら切腹ってことですね?土方さん」
「そういうことだ、宗次郎。それに一人に対して六人ってのは見過ごせねぇ。まして相手は女だ。いくら腕が立とうが大の大人が寄ってたかって一人の娘を大勢で襲うってのは気に入らねぇ」

 引き抜いた刀を肩に担ぎながら、土方、と呼ばれた隊士は返した。
 ですね、ともう一人の隊士も刀を抜き、構えた。

「新撰組副長、土方歳三。おとなしく投降すれば痛い目をみないで済むぞ」
「同じく一番隊長、沖田総司。個人的には切り結んでもいいですよ?あなたたちにその覚悟があるのなら、の話ですが」

 二人が名乗った瞬間、浪人たちの背筋に、ざわり、と冷たいものが走り、鳥肌が立った。
 先ほど、女侍が放った剣気も相当なものだったが、目の前にいる二人が放っているものは、剣気だけではない。明確な殺気も入り混じっていた。
 油断すれば、いや、一瞬でも気を抜けば気配だけで気を失いそうだ。

「ぐぅっ……」
「び、びびってんじゃねぇ!!壬生狼がなんぼのもんじゃ!!」
「数はこっちが上だ!囲んでたたんじまえば……」

 数の上では優勢であることはわかっているが、それでも勝てる気がしない。
 それどころか、思い浮かぶのは血を流し、壁に背を預けている自分の姿や、首と体が離れ離れになって倒れている姿だった。
 本能的に死を理解してしまった浪人たちは、奥歯がかみ合わず、カチカチと小さな音を響かせていた。
 そのうち、浪人の一人が刀を落とし、しりもちをついてしまった。
 それに続くように、一人、また一人と浪人たちは逃げ出し、最後に立っている浪人は一人だけになってしまった。

「どうする?数の利はひっくり返ったが?」
「おとなしくお縄を頂戴するならそれもよし、逃げるなら逃げるで構わないが?」

 せめもの慈悲なのだろう、二人がそう語り掛けるや否や、残った最後の一人は刀を納めることも忘れてその場から走り去っていった。
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