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呪怨劇
38、終局~その後~
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どうにか道満を撃退した護は、力なく地面に倒れる。
霊力も気力も使い果たし、何もやる気が起きず、いっそこのまま眠りたい。
そう思うほどに疲労困憊してしまっていた。
「あぁ……ったく、余計な体力使ったな……」
すっかり暗くなってしまった空を見上げ、ため息をつきながら、そうつぶやく。
実際、道満と対峙するというだけで、かなりのプレッシャーだった。
加えて、道満が使ってきた術に対して、どのような術で対抗すればいいかを常に頭の片隅で考えながら術を行使していたのだ。
精神力も集中力も限界に近かった。
気を抜くと、そのまま眠ってしまうのではないかとすら思えるほどに疲れ切っていたのだが、ここで眠るわけにもいかない。
「……芦屋さん、これで満足ですか?」
「あぁ……まぁ、奴自身はどこかに転移したのだろうが、ひとまずこれでしばらく出てくることはないだろうが。まぁ、構わんさ」
護に問いかけられた満は苦笑を浮かべる。
そもそも、満がこの場に居合わせることの条件は、手を出さないこと。
本当ならば、自分の手で因縁に決着をつけたかったのだろう。
だが、それが叶わなかったという点を除けば、道満の力を大幅にそぐことができたということは、満足のいく結果だった。
「除霊できたわけではないから、芦屋家の汚名をそそいだことにはならないが……まぁ、ひとまずの決着としては上々だろう」
「なら、よかった」
満の答えに、そっとため息をつき、護は目を閉じた。
そのまま、護の意識はゆっくりとまどろみの中へと沈んでいった。
目を覚ました時、護の視界に見慣れた天井が飛び込んでくる。
どうやら、満と話をしてすぐに眠ってしまい、ここに運び込まれたようだ。
そのままもうひと眠りしたいところだったが。
――そういや、吉田の方はどうなったんだ?
呪詛を返すということ自体が初めてであったうえに、今回はかなり乱暴な方法で呪法を行った。
その結果がどうなっているのか、それを確認しないわけにはいかない。
どうにか眠気を打ち消しながら、佳代が使っている部屋へとむかった。
「吉田、いいか?」
「あれ?護??」
「え?土御門くん??ちょっと待って」
中から月美の声がしたかと思うと、佳代の声が続き、ごそごそと身動きする音がした。
だが、それがおさまると、部屋の戸が少し開き、そこから月美が顔をのぞかせてくる。
「どうしたの?」
「あぁ、あのあとどうなったか、吉田の様子を見にな」
「そっか」
返ってきた答えに、月美はどこか満足そうな柔らかな笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってて? 佳代もいま目を覚ましたところだし、着替えたいだろうから」
「ん? あぁ、わかった」
ここで、俺は別に気にしない、というようなデリカシーのない発言をする勇気は護にはない。
それにそもそも、そんなことを言うつもりもないため、あっさりと了承した。
それから一分としないうちに、再び戸が開き、佳代が顔をのぞかせる。
「どうしたの? 土御門くん」
「あのあと、不調がないかだけ確認しに来たんだけど……大丈夫のようだな」
「うん、おかげさまで。あ、あの」
「ん?」
「あ、ありが、とう」
「何が?」
「助けて、くれたんでしょ?」
「お前がやらかしたことの尻拭いをしたけだ。全部のことが解決したわけじゃないし、これが終わったからってお前へのいじめがなくなるわけでもない」
「それでも、わたしは化け物にならなくて済んだんだよ?だから、ありがとう」
敵意ではなく、純粋培養された感謝の念が向けられている。
どす黒い感情を向けられることには慣れていても、純粋な感謝を向けられることには慣れていない。
「……別に。これが俺の仕事だからな」
「もう! どういたしましてって、なんで素直に言えないのかな?」
「ほんとのことだろ?」
「だとしても! こういうときは、素直に『どういたしまして』でいいの!!」
若干、頬を膨らませてむくれながら、月美が文句を言ってくる様子に、護は苦笑を浮かべながら月美をなだめていた。
二人のそんなやり取りを横目で見ながら、佳代は微笑みを浮かべていた。
同時に。
――やっぱり、敵わないなぁ
元々の人見知りで内気な性格もあるが、自分であれば、護にさきほどのように返されてしまったら、何も言うことができなくなってしまう。
それ以上、会話が続かなくなってしまうのだが、たとえ幼馴染というアドバンテージがあったとしても、月美はしっかりと護に言葉を返している。
そんなところが少しだけ羨ましいと思えていた。
それと同時に。
――二人のこんな光景を、こんなすぐ近くで見ることができなくなるのは、少し寂しいかも
護との霊的なつながりを持っているが、あくまで生成りに変じてしまった自分の姿を隠すためのもの。
生成りから完全に鬼になる心配がなくなったいま、そのつながりは必要のないものだ。
護からも、鬼に変じる心配がなくなった時点でつながりは消し去ると告げられている。
――必要なくなった以上、霊的なつながりは消す。それは当然なんだけど、つながりがなくなると、わたしが土御門くんと月美ちゃんの近くにいる理由もなくなる。それは、仕方ないことだけど……
佳代も、そのことは理解はできるし、納得もしているつもりだ。
だがやはり、寂しいと感じてしまうのだった。
霊力も気力も使い果たし、何もやる気が起きず、いっそこのまま眠りたい。
そう思うほどに疲労困憊してしまっていた。
「あぁ……ったく、余計な体力使ったな……」
すっかり暗くなってしまった空を見上げ、ため息をつきながら、そうつぶやく。
実際、道満と対峙するというだけで、かなりのプレッシャーだった。
加えて、道満が使ってきた術に対して、どのような術で対抗すればいいかを常に頭の片隅で考えながら術を行使していたのだ。
精神力も集中力も限界に近かった。
気を抜くと、そのまま眠ってしまうのではないかとすら思えるほどに疲れ切っていたのだが、ここで眠るわけにもいかない。
「……芦屋さん、これで満足ですか?」
「あぁ……まぁ、奴自身はどこかに転移したのだろうが、ひとまずこれでしばらく出てくることはないだろうが。まぁ、構わんさ」
護に問いかけられた満は苦笑を浮かべる。
そもそも、満がこの場に居合わせることの条件は、手を出さないこと。
本当ならば、自分の手で因縁に決着をつけたかったのだろう。
だが、それが叶わなかったという点を除けば、道満の力を大幅にそぐことができたということは、満足のいく結果だった。
「除霊できたわけではないから、芦屋家の汚名をそそいだことにはならないが……まぁ、ひとまずの決着としては上々だろう」
「なら、よかった」
満の答えに、そっとため息をつき、護は目を閉じた。
そのまま、護の意識はゆっくりとまどろみの中へと沈んでいった。
目を覚ました時、護の視界に見慣れた天井が飛び込んでくる。
どうやら、満と話をしてすぐに眠ってしまい、ここに運び込まれたようだ。
そのままもうひと眠りしたいところだったが。
――そういや、吉田の方はどうなったんだ?
呪詛を返すということ自体が初めてであったうえに、今回はかなり乱暴な方法で呪法を行った。
その結果がどうなっているのか、それを確認しないわけにはいかない。
どうにか眠気を打ち消しながら、佳代が使っている部屋へとむかった。
「吉田、いいか?」
「あれ?護??」
「え?土御門くん??ちょっと待って」
中から月美の声がしたかと思うと、佳代の声が続き、ごそごそと身動きする音がした。
だが、それがおさまると、部屋の戸が少し開き、そこから月美が顔をのぞかせてくる。
「どうしたの?」
「あぁ、あのあとどうなったか、吉田の様子を見にな」
「そっか」
返ってきた答えに、月美はどこか満足そうな柔らかな笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってて? 佳代もいま目を覚ましたところだし、着替えたいだろうから」
「ん? あぁ、わかった」
ここで、俺は別に気にしない、というようなデリカシーのない発言をする勇気は護にはない。
それにそもそも、そんなことを言うつもりもないため、あっさりと了承した。
それから一分としないうちに、再び戸が開き、佳代が顔をのぞかせる。
「どうしたの? 土御門くん」
「あのあと、不調がないかだけ確認しに来たんだけど……大丈夫のようだな」
「うん、おかげさまで。あ、あの」
「ん?」
「あ、ありが、とう」
「何が?」
「助けて、くれたんでしょ?」
「お前がやらかしたことの尻拭いをしたけだ。全部のことが解決したわけじゃないし、これが終わったからってお前へのいじめがなくなるわけでもない」
「それでも、わたしは化け物にならなくて済んだんだよ?だから、ありがとう」
敵意ではなく、純粋培養された感謝の念が向けられている。
どす黒い感情を向けられることには慣れていても、純粋な感謝を向けられることには慣れていない。
「……別に。これが俺の仕事だからな」
「もう! どういたしましてって、なんで素直に言えないのかな?」
「ほんとのことだろ?」
「だとしても! こういうときは、素直に『どういたしまして』でいいの!!」
若干、頬を膨らませてむくれながら、月美が文句を言ってくる様子に、護は苦笑を浮かべながら月美をなだめていた。
二人のそんなやり取りを横目で見ながら、佳代は微笑みを浮かべていた。
同時に。
――やっぱり、敵わないなぁ
元々の人見知りで内気な性格もあるが、自分であれば、護にさきほどのように返されてしまったら、何も言うことができなくなってしまう。
それ以上、会話が続かなくなってしまうのだが、たとえ幼馴染というアドバンテージがあったとしても、月美はしっかりと護に言葉を返している。
そんなところが少しだけ羨ましいと思えていた。
それと同時に。
――二人のこんな光景を、こんなすぐ近くで見ることができなくなるのは、少し寂しいかも
護との霊的なつながりを持っているが、あくまで生成りに変じてしまった自分の姿を隠すためのもの。
生成りから完全に鬼になる心配がなくなったいま、そのつながりは必要のないものだ。
護からも、鬼に変じる心配がなくなった時点でつながりは消し去ると告げられている。
――必要なくなった以上、霊的なつながりは消す。それは当然なんだけど、つながりがなくなると、わたしが土御門くんと月美ちゃんの近くにいる理由もなくなる。それは、仕方ないことだけど……
佳代も、そのことは理解はできるし、納得もしているつもりだ。
だがやはり、寂しいと感じてしまうのだった。
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