見習い陰陽師の高校生活

風間義介

文字の大きさ
上 下
136 / 276
呪怨劇

38、終局~その後~

しおりを挟む
 どうにか道満を撃退した護は、力なく地面に倒れる。
 霊力も気力も使い果たし、何もやる気が起きず、いっそこのまま眠りたい。
 そう思うほどに疲労困憊してしまっていた。

「あぁ……ったく、余計な体力使ったな……」

 すっかり暗くなってしまった空を見上げ、ため息をつきながら、そうつぶやく。
 実際、道満と対峙するというだけで、かなりのプレッシャーだった。
 加えて、道満が使ってきた術に対して、どのような術で対抗すればいいかを常に頭の片隅で考えながら術を行使していたのだ。
 精神力も集中力も限界に近かった。
 気を抜くと、そのまま眠ってしまうのではないかとすら思えるほどに疲れ切っていたのだが、ここで眠るわけにもいかない。
 
「……芦屋さん、これで満足ですか?」
「あぁ……まぁ、奴自身はどこかに転移したのだろうが、ひとまずこれでしばらく出てくることはないだろうが。まぁ、構わんさ」

 護に問いかけられた満は苦笑を浮かべる。
 そもそも、満がこの場に居合わせることの条件は、手を出さないこと。
 本当ならば、自分の手で因縁に決着をつけたかったのだろう。
 だが、それが叶わなかったという点を除けば、道満の力を大幅にそぐことができたということは、満足のいく結果だった。

「除霊できたわけではないから、芦屋家の汚名をそそいだことにはならないが……まぁ、ひとまずの決着としては上々だろう」
「なら、よかった」

 満の答えに、そっとため息をつき、護は目を閉じた。
 そのまま、護の意識はゆっくりとまどろみの中へと沈んでいった。
 目を覚ました時、護の視界に見慣れた天井が飛び込んでくる。
 どうやら、満と話をしてすぐに眠ってしまい、ここに運び込まれたようだ。
 そのままもうひと眠りしたいところだったが。

――そういや、吉田の方はどうなったんだ?

 呪詛を返すということ自体が初めてであったうえに、今回はかなり乱暴な方法で呪法を行った。
 その結果がどうなっているのか、それを確認しないわけにはいかない。
 どうにか眠気を打ち消しながら、佳代が使っている部屋へとむかった。

「吉田、いいか?」
「あれ?護??」
「え?土御門くん??ちょっと待って」

 中から月美の声がしたかと思うと、佳代の声が続き、ごそごそと身動きする音がした。
 だが、それがおさまると、部屋の戸が少し開き、そこから月美が顔をのぞかせてくる。

「どうしたの?」
「あぁ、あのあとどうなったか、吉田の様子を見にな」
「そっか」

 返ってきた答えに、月美はどこか満足そうな柔らかな笑みを浮かべた。

「ちょっと待ってて? 佳代もいま目を覚ましたところだし、着替えたいだろうから」
「ん? あぁ、わかった」

 ここで、俺は別に気にしない、というようなデリカシーのない発言をする勇気は護にはない。
 それにそもそも、そんなことを言うつもりもないため、あっさりと了承した。
 それから一分としないうちに、再び戸が開き、佳代が顔をのぞかせる。

「どうしたの? 土御門くん」
「あのあと、不調がないかだけ確認しに来たんだけど……大丈夫のようだな」
「うん、おかげさまで。あ、あの」
「ん?」
「あ、ありが、とう」
「何が?」
「助けて、くれたんでしょ?」
「お前がやらかしたことの尻拭いをしたけだ。全部のことが解決したわけじゃないし、これが終わったからってお前へのいじめがなくなるわけでもない」
「それでも、わたしは化け物にならなくて済んだんだよ?だから、ありがとう」

 敵意ではなく、純粋培養された感謝の念が向けられている。
 どす黒い感情を向けられることには慣れていても、純粋な感謝を向けられることには慣れていない。

「……別に。これが俺の仕事だからな」
「もう! どういたしましてって、なんで素直に言えないのかな?」
「ほんとのことだろ?」
「だとしても! こういうときは、素直に『どういたしまして』でいいの!!」

 若干、頬を膨らませてむくれながら、月美が文句を言ってくる様子に、護は苦笑を浮かべながら月美をなだめていた。
 二人のそんなやり取りを横目で見ながら、佳代は微笑みを浮かべていた。
 同時に。

――やっぱり、敵わないなぁ

 元々の人見知りで内気な性格もあるが、自分であれば、護にさきほどのように返されてしまったら、何も言うことができなくなってしまう。
 それ以上、会話が続かなくなってしまうのだが、たとえ幼馴染というアドバンテージがあったとしても、月美はしっかりと護に言葉を返している。
 そんなところが少しだけ羨ましいと思えていた。
 それと同時に。

――二人のこんな光景を、こんなすぐ近くで見ることができなくなるのは、少し寂しいかも

 護との霊的なつながりを持っているが、あくまで生成りに変じてしまった自分の姿を隠すためのもの。
 生成りから完全に鬼になる心配がなくなったいま、そのつながりは必要のないものだ。
 護からも、鬼に変じる心配がなくなった時点でつながりは消し去ると告げられている。

――必要なくなった以上、霊的なつながりは消す。それは当然なんだけど、つながりがなくなると、わたしが土御門くんと月美ちゃんの近くにいる理由もなくなる。それは、仕方ないことだけど……

 佳代も、そのことは理解はできるし、納得もしているつもりだ。
 だがやはり、寂しいと感じてしまうのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...