128 / 276
呪怨劇
30、因縁ある一族との邂逅
しおりを挟む
佳代に呪詛を行うだけの力を与え、その反動を向かわせるよう仕向けた悪霊について知らなければならない。
そう直感した護は、時間もないため、翼に直接聞いてみることにした。
――いまの時間なら、父さんは書斎にいるはず
普段、翼がこの時間ならばどこにいるか思い出し、まっすぐに書斎へと向かっていくが、ふとあることを思い出した。
――あれ?そういや、誰かがうちに来てたよな? てことは、今は来客対応してるのか?
遠慮した方がいいかとも思ったのだが、あまり時間的な猶予が残されていないこの状況だ。
多少、無作法だということはわかっているのだが、なりふり構っている場合ではないため、本当に来客かどうかを確かめてから行動を決めても遅くはない。
自分にそう言い訳をして、護は書斎へと急いだ。
書斎に到着すると、護は二つの霊力の波を感じ取った。
片方は父親のものであることはすぐにわかったのだが、もう片方の霊力は感じた覚えがない。
――ん?もしかして、仕事関係の人か??
書斎の前に立ち、感じ取った霊力の強さから調査局の職員であると予測した護は、回れ右をしようとしたが、どうしたものかと考え始める。
時間がないのも確かなのだが、翼が調査局職員を自宅の書斎に招き入れるということは、かなり切羽詰まった事態ということでもある。
そうなると、優先度としては翼自身の事情の方が高くなるため、話を聞いてもらえない可能性が高い。いや、ほぼ確実に聞いてもらえない。
なりふり構っていられないからと、行動に出たのはいいが、こうなった時の翼の頑固さはよく知っている。
――こりゃ、無駄足になる前に戻った方がいいかもしれないな
そう判断した時だった。
「土御門さん、どうやら、部屋の前にどなたかいるようですが」
「あぁ、私の倅です。護、ちょうどいいから入りなさい」
突然、扉越しに翼が自分のことを呼び出してきたため、護は書斎の中へと入る。
書斎には翼のほかにもう一人、スーツを着た若い女性がいたが、彼女を見た瞬間、護の指がぴくりと動き、呪符を取り出しかけた。
それは目の前にいる術者に敵意を抱き、先手を打つときに出ようとする行動だ。
護の反応に合わせ、一瞬遅れて、女性もジャケットの内ポケットから呪具を取り出そうと身構え、動きを止める。
下手をすればこのまま書斎が術比べの場になりかねない、そんな一触即発の状況を鎮めたのは、ほかならぬこの書斎の主人だ。
「二人とも、落ち着け……護、気持ちはわからなくもないが、今回はお前が悪い」
「……すみません、つい先日に遭遇した怨霊と霊力の波が少しばかり似ていたので」
「そうか……なに、気にすることはない。結果的に、こうして争わずに済んだのだからな」
女性は薄く笑みを浮かべてそう返したが、すぐに鋭い視線を護に向けてきた。
「ところで、先ほど言っていた、私に霊力の波が少し似ているという怨霊。どこで、見たのかな?」
ぞくり、と護の背に冷たいものが走る。
敵意や憎悪、怒り。そういった負の感情をぶつけられることは今までも多くあった。
だからこそ、受け流すこともできたし、程度の差こそあれ、耐えることができないわけでもなかった。
だが、自分にぶつけられたこの感情は、今まで経験したそれらとはまったく別のもののようだ。
今まで浴びせられたことのない感情の波に動揺してしまった護は、言葉を紡げずにいると、見かねた翼がそっとため息をついて。
「芦屋さん、少しは抑えてくれ。倅が話すことができないではないか」
「すみません、土御門さん。君も、すまなかった」
「い、いえ……あの、お答えする前に一つお伺いしても?」
「あぁ、何かな?」
恐る恐る、といった様子で護は、芦屋、と呼ばれたその女性に問いかけた。
「芦屋さんはもしかして、芦屋道満の」
「あぁ、子孫にあたる」
護の問いかけに、女性はそう返してきた。
どうやら、千年の時を経て、再び因縁の一族同士が出会ったようだ。
「そうだな、いつまでも芦屋と呼ぶのもややこしいだろう。満、と呼んでくれて構わない」
「芦屋さん、それは……」
「人を名前の言霊で縛ることがどれだけ重いことか。それを知らない君ではないはずだ」
「名乗ることを信頼の証として受け取ってほしい、と?」
「そういうことだ」
先祖の逸話から考えれば、芦屋道満の子孫が土御門家の人間に自分の名前を明かすことはためらわれること。
たとえ芦屋道満の子孫でなくとも、術者にとって名前とはうかつに明かしてはいけないものであり、知られることはできる限り避けなければならない。
それを正常な状態で明かそうとしているということは、それだけ信頼を寄せているということの裏返しでもある。
「わかりました」
「素直でよろしい。もっとも、裏がないか疑わないのは、術者として修行不足なのだろうが」
「何かあればすぐに返り討ちにしますので」
「なるほど……そこについては自信があるのか」
からかうつもりだったのだが、返ってきた言葉に女性は顔を引きつらせた。
護の言葉がはったりではないことは、彼の目から感じ取れる覇気から感じ取ることができる。
――こいつ、本気で返り討ちにするつもりだな? 十代半ばか後半というところなんだろうが、敵にしたら厄介なことになるだろうな
自分が護と同い年の頃にも、護と同様の覇気を感じさせる術者見習いはいた。
その術者見習いたちは、現在は調査局に勤めたり、神職などの隠れ蓑となる職に就きつつ術者として活躍したり。
それぞればらばらの進路を進んでいるが、全員、それなりの実力を持つ術者として名をはせている。
目の前の少年も、どんな進路を進むかはわからないが、いずれ術者として大成する。
そんな確信を満は抱いていた。
――さすが、安倍晴明の血筋か。翼さんも調査局の中ではかなりの実力者と言われているが、彼はいずれそれを超えるんじゃないか?
安倍晴明の血筋というものに末恐ろしいものを感じながら、女性は護に自分の名を明かす。
「特殊状況調査局職員、芦屋満だ。以後、見知り置き願うよ。土御門の若様」
そう直感した護は、時間もないため、翼に直接聞いてみることにした。
――いまの時間なら、父さんは書斎にいるはず
普段、翼がこの時間ならばどこにいるか思い出し、まっすぐに書斎へと向かっていくが、ふとあることを思い出した。
――あれ?そういや、誰かがうちに来てたよな? てことは、今は来客対応してるのか?
遠慮した方がいいかとも思ったのだが、あまり時間的な猶予が残されていないこの状況だ。
多少、無作法だということはわかっているのだが、なりふり構っている場合ではないため、本当に来客かどうかを確かめてから行動を決めても遅くはない。
自分にそう言い訳をして、護は書斎へと急いだ。
書斎に到着すると、護は二つの霊力の波を感じ取った。
片方は父親のものであることはすぐにわかったのだが、もう片方の霊力は感じた覚えがない。
――ん?もしかして、仕事関係の人か??
書斎の前に立ち、感じ取った霊力の強さから調査局の職員であると予測した護は、回れ右をしようとしたが、どうしたものかと考え始める。
時間がないのも確かなのだが、翼が調査局職員を自宅の書斎に招き入れるということは、かなり切羽詰まった事態ということでもある。
そうなると、優先度としては翼自身の事情の方が高くなるため、話を聞いてもらえない可能性が高い。いや、ほぼ確実に聞いてもらえない。
なりふり構っていられないからと、行動に出たのはいいが、こうなった時の翼の頑固さはよく知っている。
――こりゃ、無駄足になる前に戻った方がいいかもしれないな
そう判断した時だった。
「土御門さん、どうやら、部屋の前にどなたかいるようですが」
「あぁ、私の倅です。護、ちょうどいいから入りなさい」
突然、扉越しに翼が自分のことを呼び出してきたため、護は書斎の中へと入る。
書斎には翼のほかにもう一人、スーツを着た若い女性がいたが、彼女を見た瞬間、護の指がぴくりと動き、呪符を取り出しかけた。
それは目の前にいる術者に敵意を抱き、先手を打つときに出ようとする行動だ。
護の反応に合わせ、一瞬遅れて、女性もジャケットの内ポケットから呪具を取り出そうと身構え、動きを止める。
下手をすればこのまま書斎が術比べの場になりかねない、そんな一触即発の状況を鎮めたのは、ほかならぬこの書斎の主人だ。
「二人とも、落ち着け……護、気持ちはわからなくもないが、今回はお前が悪い」
「……すみません、つい先日に遭遇した怨霊と霊力の波が少しばかり似ていたので」
「そうか……なに、気にすることはない。結果的に、こうして争わずに済んだのだからな」
女性は薄く笑みを浮かべてそう返したが、すぐに鋭い視線を護に向けてきた。
「ところで、先ほど言っていた、私に霊力の波が少し似ているという怨霊。どこで、見たのかな?」
ぞくり、と護の背に冷たいものが走る。
敵意や憎悪、怒り。そういった負の感情をぶつけられることは今までも多くあった。
だからこそ、受け流すこともできたし、程度の差こそあれ、耐えることができないわけでもなかった。
だが、自分にぶつけられたこの感情は、今まで経験したそれらとはまったく別のもののようだ。
今まで浴びせられたことのない感情の波に動揺してしまった護は、言葉を紡げずにいると、見かねた翼がそっとため息をついて。
「芦屋さん、少しは抑えてくれ。倅が話すことができないではないか」
「すみません、土御門さん。君も、すまなかった」
「い、いえ……あの、お答えする前に一つお伺いしても?」
「あぁ、何かな?」
恐る恐る、といった様子で護は、芦屋、と呼ばれたその女性に問いかけた。
「芦屋さんはもしかして、芦屋道満の」
「あぁ、子孫にあたる」
護の問いかけに、女性はそう返してきた。
どうやら、千年の時を経て、再び因縁の一族同士が出会ったようだ。
「そうだな、いつまでも芦屋と呼ぶのもややこしいだろう。満、と呼んでくれて構わない」
「芦屋さん、それは……」
「人を名前の言霊で縛ることがどれだけ重いことか。それを知らない君ではないはずだ」
「名乗ることを信頼の証として受け取ってほしい、と?」
「そういうことだ」
先祖の逸話から考えれば、芦屋道満の子孫が土御門家の人間に自分の名前を明かすことはためらわれること。
たとえ芦屋道満の子孫でなくとも、術者にとって名前とはうかつに明かしてはいけないものであり、知られることはできる限り避けなければならない。
それを正常な状態で明かそうとしているということは、それだけ信頼を寄せているということの裏返しでもある。
「わかりました」
「素直でよろしい。もっとも、裏がないか疑わないのは、術者として修行不足なのだろうが」
「何かあればすぐに返り討ちにしますので」
「なるほど……そこについては自信があるのか」
からかうつもりだったのだが、返ってきた言葉に女性は顔を引きつらせた。
護の言葉がはったりではないことは、彼の目から感じ取れる覇気から感じ取ることができる。
――こいつ、本気で返り討ちにするつもりだな? 十代半ばか後半というところなんだろうが、敵にしたら厄介なことになるだろうな
自分が護と同い年の頃にも、護と同様の覇気を感じさせる術者見習いはいた。
その術者見習いたちは、現在は調査局に勤めたり、神職などの隠れ蓑となる職に就きつつ術者として活躍したり。
それぞればらばらの進路を進んでいるが、全員、それなりの実力を持つ術者として名をはせている。
目の前の少年も、どんな進路を進むかはわからないが、いずれ術者として大成する。
そんな確信を満は抱いていた。
――さすが、安倍晴明の血筋か。翼さんも調査局の中ではかなりの実力者と言われているが、彼はいずれそれを超えるんじゃないか?
安倍晴明の血筋というものに末恐ろしいものを感じながら、女性は護に自分の名を明かす。
「特殊状況調査局職員、芦屋満だ。以後、見知り置き願うよ。土御門の若様」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる