見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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呪怨劇

30、因縁ある一族との邂逅

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 佳代に呪詛を行うだけの力を与え、その反動を向かわせるよう仕向けた悪霊について知らなければならない。
 そう直感した護は、時間もないため、翼に直接聞いてみることにした。

――いまの時間なら、父さんは書斎にいるはず

 普段、翼がこの時間ならばどこにいるか思い出し、まっすぐに書斎へと向かっていくが、ふとあることを思い出した。

――あれ?そういや、誰かがうちに来てたよな? てことは、今は来客対応してるのか?

 遠慮した方がいいかとも思ったのだが、あまり時間的な猶予が残されていないこの状況だ。
 多少、無作法だということはわかっているのだが、なりふり構っている場合ではないため、本当に来客かどうかを確かめてから行動を決めても遅くはない。
 自分にそう言い訳をして、護は書斎へと急いだ。
 書斎に到着すると、護は二つの霊力の波を感じ取った。
 片方は父親のものであることはすぐにわかったのだが、もう片方の霊力は感じた覚えがない。

――ん?もしかして、仕事関係の人か??

 書斎の前に立ち、感じ取った霊力の強さから調査局の職員であると予測した護は、回れ右をしようとしたが、どうしたものかと考え始める。
 時間がないのも確かなのだが、翼が調査局職員を自宅の書斎に招き入れるということは、かなり切羽詰まった事態ということでもある。
 そうなると、優先度としては翼自身の事情の方が高くなるため、話を聞いてもらえない可能性が高い。いや、ほぼ確実に聞いてもらえない。
 なりふり構っていられないからと、行動に出たのはいいが、こうなった時の翼の頑固さはよく知っている。

――こりゃ、無駄足になる前に戻った方がいいかもしれないな

 そう判断した時だった。

「土御門さん、どうやら、部屋の前にどなたかいるようですが」
「あぁ、私の倅です。護、ちょうどいいから入りなさい」

 突然、扉越しに翼が自分のことを呼び出してきたため、護は書斎の中へと入る。
 書斎には翼のほかにもう一人、スーツを着た若い女性がいたが、彼女を見た瞬間、護の指がぴくりと動き、呪符を取り出しかけた。
 それは目の前にいる術者に敵意を抱き、先手を打つときに出ようとする行動だ。
 護の反応に合わせ、一瞬遅れて、女性もジャケットの内ポケットから呪具を取り出そうと身構え、動きを止める。
 下手をすればこのまま書斎が術比べの場になりかねない、そんな一触即発の状況を鎮めたのは、ほかならぬこの書斎の主人だ。

「二人とも、落ち着け……護、気持ちはわからなくもないが、今回はお前が悪い」
「……すみません、つい先日に遭遇した怨霊と霊力の波が少しばかり似ていたので」
「そうか……なに、気にすることはない。結果的に、こうして争わずに済んだのだからな」

 女性は薄く笑みを浮かべてそう返したが、すぐに鋭い視線を護に向けてきた。

「ところで、先ほど言っていた、私に霊力の波が少し似ているという怨霊。どこで、見たのかな?」

 ぞくり、と護の背に冷たいものが走る。
 敵意や憎悪、怒り。そういった負の感情をぶつけられることは今までも多くあった。
 だからこそ、受け流すこともできたし、程度の差こそあれ、耐えることができないわけでもなかった。
 だが、自分にぶつけられたこの感情は、今まで経験したそれらとはまったく別のもののようだ。
 今まで浴びせられたことのない感情の波に動揺してしまった護は、言葉を紡げずにいると、見かねた翼がそっとため息をついて。

「芦屋さん、少しは抑えてくれ。倅が話すことができないではないか」
「すみません、土御門さん。君も、すまなかった」
「い、いえ……あの、お答えする前に一つお伺いしても?」
「あぁ、何かな?」

 恐る恐る、といった様子で護は、芦屋、と呼ばれたその女性に問いかけた。

「芦屋さんはもしかして、芦屋道満の」
「あぁ、子孫にあたる」

 護の問いかけに、女性はそう返してきた。
 どうやら、千年の時を経て、再び因縁の一族同士が出会ったようだ。

「そうだな、いつまでも芦屋と呼ぶのもややこしいだろう。満、と呼んでくれて構わない」
「芦屋さん、それは……」
「人を名前の言霊で縛ることがどれだけ重いことか。それを知らない君ではないはずだ」
「名乗ることを信頼の証として受け取ってほしい、と?」
「そういうことだ」

 先祖の逸話から考えれば、芦屋道満の子孫が土御門家の人間に自分の名前を明かすことはためらわれること。
 たとえ芦屋道満の子孫でなくとも、術者にとって名前とはうかつに明かしてはいけないものであり、知られることはできる限り避けなければならない。
 それを正常な状態で明かそうとしているということは、それだけ信頼を寄せているということの裏返しでもある。

「わかりました」
「素直でよろしい。もっとも、裏がないか疑わないのは、術者として修行不足なのだろうが」
 「何かあればすぐに返り討ちにしますので」
 「なるほど……そこについては自信があるのか」

 からかうつもりだったのだが、返ってきた言葉に女性は顔を引きつらせた。
 護の言葉がはったりではないことは、彼の目から感じ取れる覇気から感じ取ることができる。

――こいつ、本気で返り討ちにするつもりだな? 十代半ばか後半というところなんだろうが、敵にしたら厄介なことになるだろうな

 自分が護と同い年の頃にも、護と同様の覇気を感じさせる術者見習いはいた。
 その術者見習いたちは、現在は調査局に勤めたり、神職などの隠れ蓑となる職に就きつつ術者として活躍したり。
 それぞればらばらの進路を進んでいるが、全員、それなりの実力を持つ術者として名をはせている。
 目の前の少年も、どんな進路を進むかはわからないが、いずれ術者として大成する。
 そんな確信を満は抱いていた。

――さすが、安倍晴明の血筋か。翼さんも調査局の中ではかなりの実力者と言われているが、彼はいずれそれを超えるんじゃないか?

 安倍晴明の血筋というものに末恐ろしいものを感じながら、女性は護に自分の名を明かす。

「特殊状況調査局職員、芦屋満だ。以後、見知り置き願うよ。土御門の若様」
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