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呪怨劇
13、煌々とたぎるは千年の恩讐
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護が教室に結界を張り、半日が過ぎようとしていた。
その結界の強度はかなりのものらしく、まだ昼休み前だというのに、多くの生徒たちが気分が悪そうに顔をゆがめていたり、青ざめた顔をしているようだ。
逆に、護達のクラスに所属していない生徒や教師たちには体調の変化がないらしい。
その様子から、少なくとも護たちの教室以外に瘴気が発生している場所は存在しない、と考えて間違い。
――そうとわかりゃ、動きようはあるな
教室に充満した瘴気を浄化しながら、護はそう確信し、次に自分が取るべき行動について考えていた。
――誰がやっているのか、その目星はついてる。問題は、いつ聞くのかだな
誰が、何のために瘴気を呼び出すような呪詛を行っているのか。
少なくとも、『誰が』という部分についてはだいたいの目星はついている。
だからといって、すぐに問う詰めるのは愚策だと、直感が告げていた。
とはいえ、聞かないわけにはいかないし、聞かないことには始まらないこともまた事実。
――さて、どうしたもんかな……
そんなことを考えていると、ふと護は自分の首筋に突き刺さるような気配を感じ取った。
まさか、何かにつつかれたか。
そう思い、首筋に触れてみたが、何かが刺さっているということはなかった。
そればかりか、腫物ができているわけでも、何かが張り付けられているというわけでもない。
――こういうときって、だいたい簡単に片付かないんだよなぁ……
長年というほどのものではないが、それなりに仕事の依頼をこなしてきた経験からそう直感する。
すぐに終わると思っていたが、様々な要素が複雑に絡み合い、解決が難しくなっていたり、一つの事象を片付けたら余計なものがやってきて、事態を深刻化させたり。
とにかく、そういった厄介事がやってくる仕事をしていると、大抵、何もいないのに何かの気配があるような感覚を覚えるのだ。
――どっちにしても、慎重にやっていくに越したことはないか
どのみち、この仕事を降りるという選択肢は、護の中に存在しない。
何が起きてもいいよう、心積もりだけしておくことにして、彼女にどうアプローチしていくのか、考え始めた。
その背中を、じっと見つめている老人に気づくことなく。
――ほぉ?わしの気配に気づくとは、若いというのになかなか鋭い
護が瘴気を浄化している間、背後からその姿を見ていた法師は、心中でそうつぶやいた。
護は見鬼であり、普通の人間では知覚できない妖や神霊といった存在を知覚する能力はあるが、それらの存在を必ず知覚できるというわけではない。
何かと同化することで気配を隠していたり、存在が消え去りそうなほど希薄になっていたり、術者が隠形術で隠していたりすると、知覚することが困難となる。
隠形術も術である以上、霊力の波や微かな違和感のようなものを認識することは可能だ。
だが、術者の実力が高ければ高いほど、感じ取ることが出来なくなってしまう。
――隠形術にはそれなりの自信があったが……
法師が戯れで隠形術にわずかな綻びを作った瞬間、漏れ出た気配を護が感じ取ったらしい。
その様子から、護がそれなりにできる術者であることを法師も察したようだ。
――おまけに、こうも早くに呪詛の瘴気を浄化し、あまつさえ瘴気が漏れ出ぬよう結界を作るとは……あ奴、わしの契約主と違い、才覚を持ったもののようだな
隠形術を維持しながら、法師はじっくりと護の顔を見る。
その顔にある微かな面影になぜか法師は苛立ちを覚えた。
いや、苛立ちだけではない。その胸の内にくすぶる炎は、憎悪や怒り、嫉妬、様々な感情がまぜこぜになったものだ。
そしてその炎に、法師は覚えがあった。
――あぁ、そうか。この炎は、憎悪か
どこでこの炎を感じたのか、想いを巡らせていると、法師の脳裏に一人の年若い、狩衣をまとった青年の姿が浮かび上がってきた。
その青年は、法師にとって因縁浅からぬ。いや、もはや因縁しかない相手である。
――平安の頃、都で随一の実力を持つと言われていた年若い陰陽師を少しばかりからかってやろうと、自分が引き連れていた使鬼を伴い、挨拶に行ったことがあったが
使鬼を奪われたばかりか、自分の名をその青年に渡す羽目になってしまった。
名とは最も短い呪。
特に術者にとって、自身の名を他の術者に明らかにするということは、その術者に自分の魂をつかませることと同じ。
法師はこの時、自分の魂を青年につかませてしまったのだ。
――儂よりも若いというのに、そんな芸当をしてみせた
そのような芸当ができる陰陽師に、法師は憧憬を抱く以上に嫉妬の念を抱いた。
いま、自分の胸にくすぶっているこの炎は、まさにその時に燃え上がった嫉妬の炎。
その炎で、法師はなぜ自分が苛立ちを覚えたのか、思い出した。
――あぁ、そうか。この若造、あの時のあ奴の顔にそっくりではないか!
かつて、自分の使鬼を奪い、名を縛った当代随一の陰陽師。
一度は、その陰陽師の妻となった女と共謀し、死に追いやったものの、大陸の伯耆上人と呼ばれる術者の助力で黄泉からの帰還を果たし、妻ともども自分を殺した男。
――そうか、あの若造、あやつの子孫か!!それならば、手心を加えることも、油断をすることもすまい!!千年にわたるこの恩讐、ここで晴らしてくれる!!!
その想いが、法師の胸中を駆け巡った。
その結界の強度はかなりのものらしく、まだ昼休み前だというのに、多くの生徒たちが気分が悪そうに顔をゆがめていたり、青ざめた顔をしているようだ。
逆に、護達のクラスに所属していない生徒や教師たちには体調の変化がないらしい。
その様子から、少なくとも護たちの教室以外に瘴気が発生している場所は存在しない、と考えて間違い。
――そうとわかりゃ、動きようはあるな
教室に充満した瘴気を浄化しながら、護はそう確信し、次に自分が取るべき行動について考えていた。
――誰がやっているのか、その目星はついてる。問題は、いつ聞くのかだな
誰が、何のために瘴気を呼び出すような呪詛を行っているのか。
少なくとも、『誰が』という部分についてはだいたいの目星はついている。
だからといって、すぐに問う詰めるのは愚策だと、直感が告げていた。
とはいえ、聞かないわけにはいかないし、聞かないことには始まらないこともまた事実。
――さて、どうしたもんかな……
そんなことを考えていると、ふと護は自分の首筋に突き刺さるような気配を感じ取った。
まさか、何かにつつかれたか。
そう思い、首筋に触れてみたが、何かが刺さっているということはなかった。
そればかりか、腫物ができているわけでも、何かが張り付けられているというわけでもない。
――こういうときって、だいたい簡単に片付かないんだよなぁ……
長年というほどのものではないが、それなりに仕事の依頼をこなしてきた経験からそう直感する。
すぐに終わると思っていたが、様々な要素が複雑に絡み合い、解決が難しくなっていたり、一つの事象を片付けたら余計なものがやってきて、事態を深刻化させたり。
とにかく、そういった厄介事がやってくる仕事をしていると、大抵、何もいないのに何かの気配があるような感覚を覚えるのだ。
――どっちにしても、慎重にやっていくに越したことはないか
どのみち、この仕事を降りるという選択肢は、護の中に存在しない。
何が起きてもいいよう、心積もりだけしておくことにして、彼女にどうアプローチしていくのか、考え始めた。
その背中を、じっと見つめている老人に気づくことなく。
――ほぉ?わしの気配に気づくとは、若いというのになかなか鋭い
護が瘴気を浄化している間、背後からその姿を見ていた法師は、心中でそうつぶやいた。
護は見鬼であり、普通の人間では知覚できない妖や神霊といった存在を知覚する能力はあるが、それらの存在を必ず知覚できるというわけではない。
何かと同化することで気配を隠していたり、存在が消え去りそうなほど希薄になっていたり、術者が隠形術で隠していたりすると、知覚することが困難となる。
隠形術も術である以上、霊力の波や微かな違和感のようなものを認識することは可能だ。
だが、術者の実力が高ければ高いほど、感じ取ることが出来なくなってしまう。
――隠形術にはそれなりの自信があったが……
法師が戯れで隠形術にわずかな綻びを作った瞬間、漏れ出た気配を護が感じ取ったらしい。
その様子から、護がそれなりにできる術者であることを法師も察したようだ。
――おまけに、こうも早くに呪詛の瘴気を浄化し、あまつさえ瘴気が漏れ出ぬよう結界を作るとは……あ奴、わしの契約主と違い、才覚を持ったもののようだな
隠形術を維持しながら、法師はじっくりと護の顔を見る。
その顔にある微かな面影になぜか法師は苛立ちを覚えた。
いや、苛立ちだけではない。その胸の内にくすぶる炎は、憎悪や怒り、嫉妬、様々な感情がまぜこぜになったものだ。
そしてその炎に、法師は覚えがあった。
――あぁ、そうか。この炎は、憎悪か
どこでこの炎を感じたのか、想いを巡らせていると、法師の脳裏に一人の年若い、狩衣をまとった青年の姿が浮かび上がってきた。
その青年は、法師にとって因縁浅からぬ。いや、もはや因縁しかない相手である。
――平安の頃、都で随一の実力を持つと言われていた年若い陰陽師を少しばかりからかってやろうと、自分が引き連れていた使鬼を伴い、挨拶に行ったことがあったが
使鬼を奪われたばかりか、自分の名をその青年に渡す羽目になってしまった。
名とは最も短い呪。
特に術者にとって、自身の名を他の術者に明らかにするということは、その術者に自分の魂をつかませることと同じ。
法師はこの時、自分の魂を青年につかませてしまったのだ。
――儂よりも若いというのに、そんな芸当をしてみせた
そのような芸当ができる陰陽師に、法師は憧憬を抱く以上に嫉妬の念を抱いた。
いま、自分の胸にくすぶっているこの炎は、まさにその時に燃え上がった嫉妬の炎。
その炎で、法師はなぜ自分が苛立ちを覚えたのか、思い出した。
――あぁ、そうか。この若造、あの時のあ奴の顔にそっくりではないか!
かつて、自分の使鬼を奪い、名を縛った当代随一の陰陽師。
一度は、その陰陽師の妻となった女と共謀し、死に追いやったものの、大陸の伯耆上人と呼ばれる術者の助力で黄泉からの帰還を果たし、妻ともども自分を殺した男。
――そうか、あの若造、あやつの子孫か!!それならば、手心を加えることも、油断をすることもすまい!!千年にわたるこの恩讐、ここで晴らしてくれる!!!
その想いが、法師の胸中を駆け巡った。
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