見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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呪怨劇

3、違和感とその原因たる少女

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 練習が開始されてから早くも三日が経過すると、生徒たちはパートごとの振り付けを覚え、どのタイミングでどうつなげていくのかを覚えていくだけとなっていた。
 もっとも、それが一番難しいところでもあるのだが。

 閑話休題それは置いておいて

 今日も今日とて、練習に励んでいた護だったが、ふと、違和感を覚えた。
 空気が異様に"重い"と感じる。
 その理由はわからないが、その重い空気がどこから流れてくるのか、それは理解できた。
 
――気配が流れてきてるのは、ここからか……

 いったい、何があるのか。
 護は気にかかってしまい、空気が流れてきたほうを覗き込んだ。
  そこには、一人の女子を囲む数人の女子の姿があった。いかにも、"いじめ"の現場らしい光景だ。

――あぁ……面倒だなぁ、こりゃ……

 現場を目撃した護は、見捨てようと背を向けた。
 もし、囲まれてい女子が月美であったら、あるいは明美であったら、助けに行くだろう。だが、それ以外の女子であったら、助ける義理はない。
 加えて、ここで助けに入ったとしても、どうせ目を離せばもう一度、同じことをしてくる。
 そこでまた助けてもらえるかもしれない、という期待をされても困るのだ。何より。

――困っていたら助けてもらえるかもしれない。そんな甘すぎる期待をすること自体が間違ってるんだよ……

 心の中でそう吐き捨てながら、護の脳裏には、かつて自分が受けた屈辱が浮上してきてくる。
 今でこそ、周囲との関わりを最小限にすることで、いじめを受ける可能性そのものを排除できていたが、幼少期はそうではない。
 人には見えないものを視認できる。
 ただそれだけのことで周囲の大人たちは護を化物呼ばわりを始め、それに便乗した同年代の子供たちまで護を化物と呼ばわりを始め、護をいじめてきた。
 それ以来、護は他人と関わることを嫌っている。
 本当に見捨てるようなことはしないのだが、自分の周囲の人間以外はたとえ死にそうな状態であっても見捨てるほど、心が冷徹にもなった。

――面倒事はごめんだ。悪いが、俺はこのまま立ち去る……

 心中でそうつぶやき、そのままその場を離れようと歩き始めたが、その背に再びあの重い空気を感じ取り、思わず振り返った。
 空気の中心をよくよく探ってみると、囲まれている少女――佳代であることに気づく。

――あいつ……こんな肌で感じられるほどの怨念を?……だとしたら、ちょっとまずいな

 見鬼の才覚を持つ人間であれば、感知することができるほどの強い怨念を放つことができる人間はそういない。いるとすれば、それは憎悪に囚われたもの。
 鬼。そう呼ばれても差支えのないものだけだ。

――このままいけば、生成なまなりになるのは確実、か……

 生成りとは、人が鬼へと変わる手前の状態のことを言う。
 それを過ぎてしまえば、人は鬼となり、二度と戻ることはできなくなってしまう。

――月美や父さん、母さん。それに明美と……ついでに清以外の人間はどうでもいいのは確かだ。けど、人外になってしまうことは止めたいし、人のままでいられるように手助けくらいはしてやるか

 気づくと、護は女子を囲んでいる集団のほうへと足を向けていた。

 「おい」
 「あ?あんだよ」
 「なんだ、土御門じゃん」
 「あたしらになんか用でもあんの?」

 不良グループのようなテンプレートのようなセリフに、若干、苦笑を浮かべながら、護は囲まれている佳代に声を掛けた。

 「用事があんのは、吉田のほうだ」
 「わ、わた、し?」
 「先生が呼んでる。なんか用事があるらしい。さっさと行こう」

 護はそう言って、佳代の腕をつかみ、その場から無理やり引っ張る。
 制止する女子たちの声を聞くことなく、護は佳代を伴い、その場から離れていった。

 「ここまで来ればいいだろ」

 いじめの現場から佳代を連れ出した護は、そうつぶやき、佳代のほうへと視線を向けた。
 彼女は何かにおびえるようにおどおどとしている。

――いじめていた女子達がいないはずなのだが……?

 彼女がおびえている理由を思案した護だったが、その理由が自分の手もとにあることに気づき。

 「すまん」
 「う、ううん……」

 謝罪し、つかんでいた腕を離す。
 佳代は消えてしまいそうな声で返したが、それ以降、何もしゃべらなくなってしまった。
 クラスメイトとはいえ、護もあまりおしゃべりをする方ではない。
 必要最低限の意思疎通はできるが、こういうときにどう声をかければいいかわからなかった。
 かといって、このまま放っておくこともできず、沈黙を貫く以外の選択肢を取ることができない。

――どうすっかな……というか、こんなとこ月美か清に見られたら厄介なことになるしなぁ

 事情を説明すれば、理解してくれるだろうが、清はこんな光景を面白がらないはずはないだろうし、月美は不機嫌になることくらい簡単に想像できた。
 かといって、このままここで解散、というのも、それはそれで気まずい。

――ほんとにどうしたもんかな……

 護が考えを巡らせていると、目の前にいる佳代の方から声をかけてきた。

 「あ、あの……助けてくれて、ありがとう。も、もう大丈夫だから、行っていいよ?」
 「うん?そうか、なら俺はここで」

 佳代の口から、もう大丈夫、という言葉を聞くと、護はその場から立ち去っていった。
 佳代の言葉を本当に信用していいのかどうか、そのあたりの判断に困っていたことは言うまでもない。
 だが、このままこうしていてもらちが明かないため、自分の口から出した言葉に責任を取るだろうという、突き放すような理由でその場を離れることにしたようだ。
 そうとは知らず、佳代は去っていく護のその背中を、若干、頬を朱色に染めながら見送っていた。
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