54 / 276
異端録
6、予兆
しおりを挟む
しばらくの間、ハンバーガーショップで明美と談笑していた月美だったが、夕食の時間が近くなり。
「あ、ごめん。そろそろ帰らないと」
「へ?もうそんな時間なの?!」
月美の指摘で、明美もようやく時計を見て、驚いたような声をあげる。
門限が厳しいというわけではないらしいが、それでも夕飯前には帰宅していたいという気持ちはあるらしい。
「そろそろお店、出ようか」
「そだね」
月美の提案にあっさりと同意し、明美は店を出る支度をした。
店を出た二人はそのまま家路に就いたのだが、この店から明美の家までの道の途中には土御門神社がある。
必然的に月美は明美と並んで帰ることになり、その間に様々なことを質問されることとなった。
「へぇ?あの土御門が一緒に勉強ねぇ」
当然、居候先である土御門神社のことにまで話が広がり、護と家でどのように過ごしているのかも問いかけられた。
術者であることは伏せて、当たり障りのない範囲で答えたのだが、その内容を聞いた明美は、普段の護からは想像できないらしく。
「……ちょっと想像できないわ」
とあり得ないとでも言いたそうな顔をしていた。
「そうなの?」
「だって、あいつ、ほとんど一人でいるんだよ?」
月美が首をかしげながら問いかけると、明美ははっきりと答えた。
おまけに、と明美はさらに続ける。
「無愛想だし、人と関わろうとはしないし。話しかけても無視するし、いつの間にか姿をくらませているし」
「へ、へぇ……」
明美の口から飛び出してくる言葉に、月美は苦笑を浮かべる。
確かに、明美が話していることは間違ってはいない。
間違っていないのだが、月美は護がそんな態度を取っている理由を知っている。
――護は、小学生の頃にひどいいじめにあったせいで他人を信じることをやめたって言ってたけど、それだけじゃない
護は幼いころから、その並外れた霊力と見鬼の才が災いして、人には見えないものを見ることができたため、同級生からも変人として扱われていた。
ただ変人扱いするだけならばともかく、ある事件をきっかけに、化け物呼ばわりされるようにもなったという。
その事件がきっかけで、同級生たちは護から距離を取るようになり、護は自然と孤立していったらしい。
だが、護が持つ生来の優しさがなくなったわけではない。
「人と距離を置こうとしてるけど、頼ったら助けようとしてくれるよ?護は本当はそれくらい優しい人だもん」
その優しさを知っている月美が、明美にそう説明した。
だが、普段の護の態度が態度であるためか、明美は信じることができないらしい。
「ごめん。優しい土御門とか、想像できないわぁ……」
額を抑えながら、そう返していた。
「そうかな?」
「だって話しかけても返事しかしないし、授業中に落とした消しゴム拾ってくれることもないし、宿題見せてくれたことなんて一度もないし」
「……最後のはさすがに優しさなんじゃないかなぁ?」
明美がいままで経験してきた護とのやりとりを聞いて、月美は苦笑しながらそう返す。
なお、落ちた消しゴムを拾わなかったのは、単純に消しゴムの存在に気づかなかったからであるのだが、それは明美が知る由もない。
月美が苦笑を浮かべていると、ふと背筋に冷たいものを感じた。
――妖気?けど、まだ明るいのに……
通常、妖が姿を見せはじめるのは、黄昏時の暗くなり始める時間帯だ。
春の彼岸を過ぎ、日も長くなってきたこの頃は、太陽が空にある時間帯でもある。
そのため、まだ妖たちが活動するには少しばかり早い。
日が暮れるまでの間、妖たちは暗がりの中に身をひそめ、じっと気配を殺しているはずだ。
だというのに、感覚を研ぎすますことなく、妖気を感じ取れた。
それだけの力を持った妖、あるいは人に憑りついて活動しているということなら、話は早いのだが。
――そんな強い力を持っている妖がここにいるなんて話は聞いたことがない……
通常、力のある妖は自然とのつながりが強いため、人里から離れた森や山などに隠れ、身をひそめていることが多い。
だが、都会化が進み、森や山がなくなりつつある東京に、はたしてそれだけの力を持つ妖がいるのだろうか。
月美がそのことを疑問に感じていると、明美が声をかけてきた。
「月美、ついたよ。ほら、あそこ」
明美に促され、月美は明美が指さす方向へ視線を向けると、そこには浅葱色の袴姿で、竹箒を手にしている護がいた。
どうやら、境内の掃除をしていたようだ。
「あ、護……ただいま」
「おかえり。桜沢はさっきぶりか。月美が世話になったな」
「え?う、うん……」
まさか護の方から声をかけてくるとは思わなかったのか、明美はぽかんとしながら返す。
だが、すぐに護の服装に違和感を感じたらしい。
「てか、土御門。あんた、なんでそんな恰好でここにいんの?」
と聞いていた。
「この神社、俺ん家」
明美の質問に護が短く答えると、明美は納得顔になった。
だが、その言葉の意味を理解した瞬間、目を見開き、驚きの声をあげる。
「うぇっ??!!あんた、神社の息子だったの??!!」
「だったら悪いか?つか、苗字で気づけ」
「それもそっか……って!悪いとは言ってないじゃん!つか、なんで話さなかったのよ?!」
「話したぞ?忘れただけだろ」
「あたし、聞いてない!!」
「なら、一年の時にクラスが違ったかのどっちかだ」
「同じクラスだったでしょうが!!」
「知らんな」
「あ、あのぉ……」
明美の反論が激しくなっていく中で、月美はおずおずと二人に声をかけてきた。
「そろそろ、おしまいにしない?切りがないし」
その一言で、明美はそれ以上の反論をやめた。
明美が反論してこない以上、護もそれ以上、何も口を開くことはない。
ひとまず、この場が収まったことに、月美はほっとため息をついて、境内へとあがっていった。
「それじゃ、明美。また明日」
「ばいばい!土御門も、またね」
月美がにこやかに別れの挨拶を告げると、明美は微笑みを浮かべながら返し、護にも別れを告げた。
もっとも、護はそれに言葉で返すことなく、無言で手を上げるだけだったのだが。
その様子に、さきほどの饒舌なやりとりが、実は嘘なのではないかという疑念を抱きながら、明美はいそいそと家路についたのだった。
「あ、ごめん。そろそろ帰らないと」
「へ?もうそんな時間なの?!」
月美の指摘で、明美もようやく時計を見て、驚いたような声をあげる。
門限が厳しいというわけではないらしいが、それでも夕飯前には帰宅していたいという気持ちはあるらしい。
「そろそろお店、出ようか」
「そだね」
月美の提案にあっさりと同意し、明美は店を出る支度をした。
店を出た二人はそのまま家路に就いたのだが、この店から明美の家までの道の途中には土御門神社がある。
必然的に月美は明美と並んで帰ることになり、その間に様々なことを質問されることとなった。
「へぇ?あの土御門が一緒に勉強ねぇ」
当然、居候先である土御門神社のことにまで話が広がり、護と家でどのように過ごしているのかも問いかけられた。
術者であることは伏せて、当たり障りのない範囲で答えたのだが、その内容を聞いた明美は、普段の護からは想像できないらしく。
「……ちょっと想像できないわ」
とあり得ないとでも言いたそうな顔をしていた。
「そうなの?」
「だって、あいつ、ほとんど一人でいるんだよ?」
月美が首をかしげながら問いかけると、明美ははっきりと答えた。
おまけに、と明美はさらに続ける。
「無愛想だし、人と関わろうとはしないし。話しかけても無視するし、いつの間にか姿をくらませているし」
「へ、へぇ……」
明美の口から飛び出してくる言葉に、月美は苦笑を浮かべる。
確かに、明美が話していることは間違ってはいない。
間違っていないのだが、月美は護がそんな態度を取っている理由を知っている。
――護は、小学生の頃にひどいいじめにあったせいで他人を信じることをやめたって言ってたけど、それだけじゃない
護は幼いころから、その並外れた霊力と見鬼の才が災いして、人には見えないものを見ることができたため、同級生からも変人として扱われていた。
ただ変人扱いするだけならばともかく、ある事件をきっかけに、化け物呼ばわりされるようにもなったという。
その事件がきっかけで、同級生たちは護から距離を取るようになり、護は自然と孤立していったらしい。
だが、護が持つ生来の優しさがなくなったわけではない。
「人と距離を置こうとしてるけど、頼ったら助けようとしてくれるよ?護は本当はそれくらい優しい人だもん」
その優しさを知っている月美が、明美にそう説明した。
だが、普段の護の態度が態度であるためか、明美は信じることができないらしい。
「ごめん。優しい土御門とか、想像できないわぁ……」
額を抑えながら、そう返していた。
「そうかな?」
「だって話しかけても返事しかしないし、授業中に落とした消しゴム拾ってくれることもないし、宿題見せてくれたことなんて一度もないし」
「……最後のはさすがに優しさなんじゃないかなぁ?」
明美がいままで経験してきた護とのやりとりを聞いて、月美は苦笑しながらそう返す。
なお、落ちた消しゴムを拾わなかったのは、単純に消しゴムの存在に気づかなかったからであるのだが、それは明美が知る由もない。
月美が苦笑を浮かべていると、ふと背筋に冷たいものを感じた。
――妖気?けど、まだ明るいのに……
通常、妖が姿を見せはじめるのは、黄昏時の暗くなり始める時間帯だ。
春の彼岸を過ぎ、日も長くなってきたこの頃は、太陽が空にある時間帯でもある。
そのため、まだ妖たちが活動するには少しばかり早い。
日が暮れるまでの間、妖たちは暗がりの中に身をひそめ、じっと気配を殺しているはずだ。
だというのに、感覚を研ぎすますことなく、妖気を感じ取れた。
それだけの力を持った妖、あるいは人に憑りついて活動しているということなら、話は早いのだが。
――そんな強い力を持っている妖がここにいるなんて話は聞いたことがない……
通常、力のある妖は自然とのつながりが強いため、人里から離れた森や山などに隠れ、身をひそめていることが多い。
だが、都会化が進み、森や山がなくなりつつある東京に、はたしてそれだけの力を持つ妖がいるのだろうか。
月美がそのことを疑問に感じていると、明美が声をかけてきた。
「月美、ついたよ。ほら、あそこ」
明美に促され、月美は明美が指さす方向へ視線を向けると、そこには浅葱色の袴姿で、竹箒を手にしている護がいた。
どうやら、境内の掃除をしていたようだ。
「あ、護……ただいま」
「おかえり。桜沢はさっきぶりか。月美が世話になったな」
「え?う、うん……」
まさか護の方から声をかけてくるとは思わなかったのか、明美はぽかんとしながら返す。
だが、すぐに護の服装に違和感を感じたらしい。
「てか、土御門。あんた、なんでそんな恰好でここにいんの?」
と聞いていた。
「この神社、俺ん家」
明美の質問に護が短く答えると、明美は納得顔になった。
だが、その言葉の意味を理解した瞬間、目を見開き、驚きの声をあげる。
「うぇっ??!!あんた、神社の息子だったの??!!」
「だったら悪いか?つか、苗字で気づけ」
「それもそっか……って!悪いとは言ってないじゃん!つか、なんで話さなかったのよ?!」
「話したぞ?忘れただけだろ」
「あたし、聞いてない!!」
「なら、一年の時にクラスが違ったかのどっちかだ」
「同じクラスだったでしょうが!!」
「知らんな」
「あ、あのぉ……」
明美の反論が激しくなっていく中で、月美はおずおずと二人に声をかけてきた。
「そろそろ、おしまいにしない?切りがないし」
その一言で、明美はそれ以上の反論をやめた。
明美が反論してこない以上、護もそれ以上、何も口を開くことはない。
ひとまず、この場が収まったことに、月美はほっとため息をついて、境内へとあがっていった。
「それじゃ、明美。また明日」
「ばいばい!土御門も、またね」
月美がにこやかに別れの挨拶を告げると、明美は微笑みを浮かべながら返し、護にも別れを告げた。
もっとも、護はそれに言葉で返すことなく、無言で手を上げるだけだったのだが。
その様子に、さきほどの饒舌なやりとりが、実は嘘なのではないかという疑念を抱きながら、明美はいそいそと家路についたのだった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
修学旅行のはずが突然異世界に!?
中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。
しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。
修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!?
乗客たちはどこへ行ったのか?
主人公は森の中で一人の精霊と出会う。
主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。
鴉の運命の花嫁は、溺愛される
夕立悠理
恋愛
筝蔵美冬(ことくらみふゆ)は、筝蔵家の次女。箏蔵家の元には多大な名誉と富が集まる。けれどそれは、妖との盟約により、いずれ生まれる『運命の花嫁』への結納金として、もたらされたものだった。美冬は、盟約に従い、妖の元へ嫁ぐことになる。
妖。人ならざる者。いったいどんな扱いをうけるのか。戦々恐々として嫁いだ美冬。けれど、妖は美冬のことを溺愛し――。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
かのじょにせつなき青春なんてにあわない~世界から忘れられた歌姫を救いだせ~
すずと
青春
「あなただけが私を忘れてくれなければ良い。だから聞いて、私の歌を」
そう言って俺の最推しの歌姫は、俺だけに単独ライブを開いてくれた。なのに、俺は彼女を忘れてしまった。
大阪梅田の歩道橋を四ツ木世津《よつぎせつ》が歩いていると、ストリートライブをしている女性歌手がいた。
周りはストリートライブなんか興味すら持たずに通り過ぎていく。
そんなことは珍しくもないのだが、ストリートライブをしていたのは超人気歌手の出雲琴《いずもこと》こと、クラスメイトの日夏八雲《ひなつやくも》であった。
超人気歌手のストリートライブなのに誰も見向きもしないなんておかしい。
自分以外にも誰か反応するはずだ。
なんだか、世界が彼女を忘れているみたいで怖かった。
疑問に思った世津は、その疑問の調査をする名目で八雲とお近づきになるが──?
超人気歌手だった彼女とその最推しの俺との恋にまつまる物語が始まる。
歴史酒場謎語り――安倍晴明とは何者か?
藍染 迅
ライト文芸
安倍晴明とは何者か? どこで生まれ、どう育ったのか?
陰陽師としての異能とは何だったのか? なぜ晴明神社に祀られるまで讃え、畏れられたのか?
言い伝えの断片を拾い集め、歴史の裏側に迫る。
二人の呑み助による「歴史謎語り」。
飲むほどに謎は深まる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる