見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

39、夢殿で告げられる少女の想い

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 護が眼を開けると、満天の星空と桜並木が眼に入った。
 満天の星空は自分の、そして桜並木は彼女の夢殿に現れる光景だ。

――あれ?もしかして、俺と月美の夢がつながった?けど、なんで夢殿に?というか、月美はどこに??

 護は自分が夢殿にいることを、そして月美の夢とつながっていることを悟った。
 同時に、護はここにいるはずの月美を探そうと頭を動かす。
 その瞬間、後頭部に違和感を覚えた。
 その時になって初めて、誰かの膝に頭を預けていることに気づき、上を見る。
 すると、そこには月美の寝顔が見えた。
 護はそっと自分の手を、まるで護を抱きしめるように伸ばしている月美の手に重ねる。
 その瞬間、自分の胸に違和感を覚えた。

――あれ?なんだ、これ??

 何か固いものが置かれている。
 いや、ような感覚から、その正体を確かめようと、護はそっと月美の手を動かす。
 自分の胸元を見ると、勾玉が自分の胸に埋まっていた。
 その勾玉が、現世で月美が自分の胸に押し付けたものと酷似していることを思い出した護は。

――そういえば、この勾玉を押し付けられてから焔が収まっていったような……まさか、この勾玉が炎を抑制してくれたのか?

 勾玉に視線を向け、掘り起こされた記憶からそう推察した。
 いずれにしても、月美に聞いてみなければわからない。
 月美を起こそうと、護が立ち上がろうとした瞬間。

「んぅ……」

 頭上から月美の声が聞こえてきた。
 目を向けると、目を覚ましたらしい月美が、自分の方へと視線を落として微笑んでいる。

「あ、護。目が覚めたのね?」
「ちょっと前にな。なぁ、月美。この勾玉はいったい?」

 護は答えを知っているはずの月美に問いかける。
 問いかけられた月美は、この勾玉を手に入れるまでの経緯も教えてくれた。

「シロ様、ううん。御使い様から、護が件の予言を受けたことを聞いたの」

 月美はさらに、護は死を予言されたことや、それを回避するための方法を教えてくれたことを話した。
 それらを聞いたとき、護は。

――ありえない

 という感想を抱いていた。
 月美の話が本当だというのなら、それは件の予言を覆したということにほかならない。
 だが、白狐ができないことを教えるとも思えなかった。
 ということは。

「まさか、本当に覆したのか?件の予言を」
「たぶんね。でも……」

 そこまで言って、月美は目を伏せる。
 件の予言は、決して外れることのない絶対のものであり、だ。
 無理に予言を覆そうとすれば、必ずどこかでひずみが生まれることになる。
 そして、そのひずみはやがて世界に多大な損害を与えてしまう。
 それこそ、鳴海が行おうとした死者蘇生と同じか、それ以上の規模の損害を。

「だから、代償が必要だったの。件の予言を覆しても、その埋め合わせができるほどの代償が」
「何を、何を代償にしたんだ?」
「わたしが持っている関係性《記憶》だよ。わたしと、わたしの家族。それにわたしが今まで出会った護以外の人たちとの思い出を」

 護の問いかけに、月美は涙を瞳にためながらも、まっすぐに護を見つめて答える。
 自分が関わってきた人々の記憶から自分の記憶を消し去り、「風森月美」という人間に関する大部分の記憶だった。
 今頃は、亜妃や友護だけでなく、桃花や麻衣の記憶からも、月美のことは消えているはずだ。
 だが、それだけではなかった。

「けど、だったらなんで俺は月美のことを覚えてるんだよ?」
「もう一つ、対価を払ったの」

 親しい人間や、自分を生んだ親、血を分けた兄弟の記憶から存在が消える。
 それは確かに、死と同じだ。
 だが、それならば護も月美のことを忘れていなければならない。
 風森月美という人間の存在を生きながら完全に消し去るには、土御門家や護との関係性も必要になる。
 本来ならばそれらも対価として差し出さなければならないのに、護の記憶から月美の存在は消えていない。
 それが、自分が払ったもう一つの代償のおかげだという。

「なんなんだ、もう一つの対価って?」
「あなたから離れず、あなたのそばにいること」

 記憶を失うということは、護の心からも自分がいなくなってしまってしまうということでもある。
 自分の存在を完全に消し去るためとはいえ、それはでは意味がない。
 足りない分を補うため、もう一つの対価として護のそばにいて、常に力の暴走を抑えることを、生まれ育った出雲の地から立ち去ることが追加されたのだ。
 今まで育ってきた故郷を離れ、その土地にいる大切な人たちとの思い出を消去する。
 それは、風森月美という少女の存在を認識する存在が、護と土御門に連なる人間以外にいなくなるということだ。
 それは、見方を変えれば護の命の代わりに、月美が自分の命を差し出したことと同じだ。
 それが、月美が差し出すことの出来る、件の予言した護の死を回避する対価として、護の命の代用品たりえるものだった。
 それを聞いた護は、悲しげに顔をゆがめた。

「どうして……どうしてそうまでして」
「わたしが、あなたのそばにいたい、そう願ったからだよ」

 護が言葉を言いきる前に、月美は優しく微笑み、そっと、護を抱きしめた。

「わたしの一番好きな人は、いなくなってほしくない人は、あなただから」

 月美がそう言うと、桜の花びらが強風に舞った。護の視界は刹那のうちに桜の花びらで覆い尽くされ、やがて、何も見えなくなった。
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