見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

37、戦いの行方

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「だから俺は、その均衡を崩そうとしているあなたを止めます。止めてみせます」

 そう宣言した瞬間、護の体が少しふらついた。
 どうにか踏ん張って立ち続けていたが、その様子を見た伊邪那美は、明らかに様子がおかしいことに気づく。
 だが、その原因が何であるかはすでに察していた。

「そなた、死ぬ気か?」
「死ぬ気でかからないと、あなたをその依り代から引き離すことはできない」

 その瞳には、先ほどから見せていた必死さとはまた違う色の感情が浮かんでいた。

「それに何より、あなたが依代にしているその女は、俺の大切な人を傷つけた。あの子の親友を巻き込んだ。その代償は支払ってもらわないといけない」

 その瞳に宿っていたものは、自分の大切なものを傷つけたことを許せないという怒りだった。
 理をゆがめさせないためとか、鳴海の行いが間違っているからとか、そんな使命感や正義感は二の次。
 理を守るのは結果であり、護の目的はあくまでも、月美と月美の親友を傷つけた鳴海を一発ぶん殴ってやることだけだった。
 
「な、なに……?」

 あまりに身勝手な答えだったためか、伊邪那美は唖然とする。
 それが、今まで見せることがなかった唯一の、そして一瞬の隙となった。
 その隙を逃さず、護は握りしめた独鈷杵に、残っている炎と霊力をありったけ込めて斬りかかる。
 その瞬間、まるで魂が抜けていくような感覚を覚えた。

――いよいよ、時間か

 護はその感覚から、自分の命が残り僅かであることを悟った。
 けれども、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 決着はつけなければならないから。

「終わらせましょう。あなたの夢を、あなたの願いを」

 護は再び独鈷杵を構え、伊邪那美に斬りかかる。
 だが、おとなしく斬られてくれるわけがない。
 伊邪那美も護が振り下ろした刃をその剣で受け止め、護に斬り返してきた。
 伊邪那美の剣が護の肩を、腕をかすめるたびに、鮮血が飛び散り、護の体に激痛が走るが、護は剣をふるい続けた。
 幾度にもわたる刃と刃のぶつかり合いの中、伊邪那美に再び、ほんのわずかな隙ができる。

「おぉぉぉぉぉぉ!!」

 護はその隙を逃すことなく、独鈷杵を突き出し、伊邪那美の腹部に突き刺した。
 その切っ先から、血しぶきが飛び、顔だけでなく、独鈷杵を握る手に彼女の生温かな血が伝わってきている。
 だが、護はそれを気にすることなく、独鈷杵を握っていない方の手で刀印を結び、今あるありったけの霊力を集中させ、言霊を唱えた。

「雷神降臨、急々如律令!」

 護の渾身の言霊に応えたかのように、天空から雷が落ち、独鈷杵に落ちる。
 雷の霊力は独鈷杵を伝わり、伊邪那美の体を焼いた。
 雷の力を受けた伊邪那美の体からは、焦げ臭いにおいが広がる。
 込められた力が強すぎたのだろう、肉だけでなく髪も焼け、ちりちりと細かい音をたて、崩れ落ちた。
 独鈷杵に落ちた雷が収まると、伊邪那美は、いや、伊邪那美が憑依した鳴海は、力なく目を閉じている。

「そなたの覚悟のほど、確かに見届けた」

 鳴海の体から抜けた伊邪那美は、半透明の霊体の姿で護にそう告げる。
 戦いが終わったことを悟った護は、独鈷杵の刃を引き抜き、鳴海を横にして伊邪那美の方を見た。

――美しい……

 鳴海という依り代から解放された女神に抱いた感想は、ただその一言に尽きた。
 霊体となった伊邪那美は、どこか悲しそうな眼差しを鳴海に向けている。

――もしかしたら、伊邪那美は見てみたかったのかもしれないな……死人である想い人とどう過ごしていくのかを

 その光景を、伊邪那岐が言いつけを守り、無事に自分を黄泉の世界から現世へ連れだすことができたとしたら、という『もしも』の歴史に重ねて。
 より強い願いを持つものが止めたため、鳴海の願いはかなえられなかった。
 だが不思議と、護に対して憎しみや怒りを覚えていない。
 それは鳴海の願いがどういうものなのか、最初からわかっていたからだろう。

――もとより、死者を蘇らせることは理に背くこと。ならば、これでよかったのだろう

 理とは、神そのもの。
 それを歪めることは、神である自分自身を歪めることでもある。
 一度できた歪みは、まだ歪んでいないほかの理も巻き込み、変質させてしまう。
 自分一人ならばまだしも、自分が産み落とした神々のみならず、愛した男神まで巻き込むことになる。
 そんな結果は、伊邪那美とて望んでいない。
 だが、鳴海と強く共感してしまったために、自分で止まることができなかった。
 それを止めた目の前のこの子どもに、感謝しこそすれ憎しみや怒りを向けるわけにはいかない。

「ありがとう」

 止めてくれた年若い術者にその言葉を贈ると、伊邪那美はすっとその姿を消してしまった。
 護はそれを見届けると、大きくため息をついて、その場に座り込んだ。
 表情はすっきりしたものではあったが、その瞳には、どこかやり切れない想いがくすぶっていたのだが、それに気づいたものはここにはいなかった。
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