見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

31、黒幕の元へ

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 眼を開けると、そこには闇が広がっていた。
 ときどき、上の方から水の撥ねる音が聞こえる。
 どうやら、ここは水鏡の向こう側の世界のようだ。

――月美は……

 夢の中だとわかっているが、わかっていても護は月美の姿を探してしまう。
 すると、うずくまっている一人の少女が眼に入る。
 桜色のワンピースと桜のワンポイントがついたカチューシャ。月美の今朝の格好だ。

「月美!」
「……護?」

 護の声に気づいたのか、月美は護の方へ駆け寄った。
 だが、月美は護に触れることができるまであと一歩、というところで立ち止まる。
 護は不審に思ったが、その理由をすぐに察することができた。
 月美が差し出している手のひらが、不自然な位置で止まっている。
 どうやら、目で捉えることができない壁があるようだ。
 その壁に触れる月美の指先が白くなっていることから、彼女が精一杯の力を込めて、この壁を押していることがわかった。
 護も壁を殴ってみる。
 だが人間の力では、いや、おそらくどれほど強い圧力をかけたとしても、この壁を壊すことはできないだろう。

――くっそ!重機でもあれば話は変わるんだろうけど、そんなもん、ここにはない!!どうすることも、できないってのか!!

 月美が目の前にいるというのに何もできないという悔しさで奥歯をかみしめ、護は月美の手のひらが置かれている場所に手を置いた。
 そこに月美の体温を感じることはできない。
 それでも、確かめずにはいられないことがあった。
 まっすぐに月美を見つめ、護は確かめなければならないことを、確かめずにはいられないことを問いかけた。

「月美、まだ無事なんだな?」

 月美は、護のその瞳と声色から、自分のことを本気で心配していることを理解した。
 そのことがうれしくて、月美の顔が緩んだ。
 だが、自分たちがいまいるこの場所がどんな場所なのか、誰よりも理解していた月美は、すぐに戻るよう警告する。

「早く戻って!魂だけでここに来るのは危険すぎるよ!!」
「けど!」

 護はこの場を離れるわけにはいかないと、抵抗する。
 それを、月美は優しい声色で諭した。

「まだ大丈夫だから。護が来てくれたから、きっと道ができる。だからお願い、その道をたどって、わたしを探して?」

 その声色に、護はそれ以上、抵抗することができなくなる。
 月美は、護が魂の状態でここに来たことを悟っていた。
 そして、護も今の自分がどんな状態なのか、理解している。

――わかってる。魂だけの、霊体に近い状態でこの場所にとどまることは、危険だということは……

 たとえ土御門家の中で随一の霊力を持っている護であっても、肉体と魂がそろった完全な状態でなければ、妖や邪な思いをも持った相手に太刀打ちできない。
 頭では理解しているが、感情はそうもいかない。
 月美に諭されたことで護は感情の制御し、少しだけ冷静になることはできたが、もう片方の手を強く握り締めていた。
 ぱたぱたと、手のひらに食い込んだ爪が皮膚を破り、そこから血が流れるほど、強く。
 ようやく落ち着いた護は、月美をまっすぐに見つめて約束した。

「絶対、助ける」
「うん。待ってる」

 見つめ返してそう答える月美の目からは、一筋の涙がこぼれていた。

------------

 再び目を開くと、そこは月美の部屋だった。
 どうやら、夢殿に向かったと思われたのか、倒れたまま放置されていたらしい。
 もっとも突然、倒れた人間にかまっていられるほど余裕がないということでもあるのだろうが。
 いずれにせよ、護がやることは一つだった。

「御霊《みたま》のゆく道、指示せ」

 護が右手で刀印を結び、言霊を唱える。
 その瞬間、すぅっと、一筋の淡い光を発する糸が目の前に現れた。
 その糸は護の胸から伸び、部屋の外へと伸びている。
 護は術がうまく発動したことを確認すると、一度自分の部屋に戻り、独鈷と呪符、数珠を取り出し、糸をたどり始めた。
 玄関まで行くと、思い出したように立ち止り、二体の使鬼を呼ぶ。

「紅葉《こうよう》、黒月《こくげつ》。友護さんと亜妃さんに月美を見つけたと伝えてくれ」
「場所は?」
「俺もこれから向かう。だから二人の道案内を頼む」
「わかった」
「よかろう」

 護の指示を受けた紅葉と黒月は、亜妃と友護のいる場所まで駆けだした。
 それを見送ることなく、護は糸をたどって走り出す。
 しばらく走っていくと、校舎裏にあるビオトープがある中学校に到着した。
 フェンスの向こうに見えるビオトープの水面に、自分の胸から伸びている糸が続いていることから、ここが入り口となっているはすぐにわかる。
 入り口を見つけることはできたのだが、ここで一つ、問題が浮上してきた。

――どうやって侵入しよう……

 大学を除く教育機関というものは、外の人間を非常に警戒する。
 特に最近は生徒の保護者か学校関係者、あるいは学校から招待されたか、訪問を約束した人間でなければ、校内を単独でうろつくこともできない。
 まして、この地域の人間ではない護にとっては、学校に侵入するということそれ自体が容易ではないのだ。

――髪を使って即席の式を作って騒動を起こさせて、その隙にってのが一番手っ取り早いけど……

 やや物騒なことを考えたが、護はすぐにその考えを振りはらった。
 下手に騒動を起こして校内の生徒や教職員に怪我をさせるのは、護としても不本意だ。
 なにより、騒動を起こすために自分の体の一部を使って即席の式を作ったとしても、出てくる姿は自分とうり二つのものになる。
 そうなると、下手をすれば、自分が不審者扱いされることになることは明白だ。
 どうしたものか、と思考をめぐらせていた護だったが。

――仕方ない。気配を消して、このまま侵入するか

 ひねり出てきた答えは一番シンプルで、かつ単純な方法だった。
 護は踏ん切りをつけて、そっと刀印を結び、自分の周囲に風を起こさせる。
 ふわり、と風が護の体を浮かし、フェンスの向こう側へと運んだ。
 幸いなことに、周囲には人影すら見当たらなかった。
 好機とばかりに、護はビオトープまで近づき、懐にしまっていた鳴海の符を取り出して言霊を紡ぐ。

「御霊の轍、指示せ」

 言霊を紡ぎ、糸の伸びている先を見ると、水面にぽっかりと穴があいていた。
 どうやら、ここから先が月美のとらわれている場所につながっているようだ。
 護は持ち歩いていた袋から、一本の針を取り出し、刀印を結んだ指で針をなで、そのままビオトープの付近に突き刺した。
 すると、その針から煙が立ち昇る。
 普通なら、この時点で火事の通報が出されてもおかしくないが、この煙は護があとから追いかけてくる友護や使鬼たちに場所を知らせるために仕掛けた目印のようなもの。
 見鬼の才を持っていない限り、この学校にいる人間はその煙を見ることすらできない。

「さてと、行くか!」

 術が機能していることを確認した護は、再び立ち上がり、水面にあいた穴を見つめ、まるでこれからどこかに出かけるかのような口調で呟く。
 そして次の瞬間、護は迷うことなく、穴の中に飛び込んだ。
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