見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

25、告白とは邪魔されるもの

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 その頃、月美は麻衣と別れ、一人で例の占い師のいる場所に足を運んでいた。
 しかし、麻衣が書き記してくれた場所には。

――誰もいない……それどころか、人がいた気配すら感じない

 本来、一つの場所に人がとどまる時、何かしらの想いがその場所にしみつくことが多い。
 しかし、ここには何もなく、まっさらといっても過言ではない状態だ。
 まるで、ここだけ切り取られたかのような印象を受けた月美は、この場所が怪しいと感じた。

――ここまでまっさらなのは、逆におかしい……

 月美は護が作ってくれた符を一枚取り出して折りたたみ、人の目につかない場所にその符を置く。
 さらにその上に符が隠れる程度の大きさの石を置き、風で飛ばされないようにする。
 その後、少し離れた位置から符の上に置いた石を見て、符が見えないことと石の位置が不自然ではないことを確認すると、月美はそそくさとその場を離れた。

――これ以上、ここにいるのはまずい。根拠はないけど、これ以上、ここにいたくない

 根拠があるというわけではない。
 強いて言うならば直感だ。
 直感というものは、普通の人間は軽んじてしまうことが多いが、術者はそんなことはしない。
 月美も例外ではなかった。
 直感で少しでも早くこの場を離れた方がいいと判断し、即座に行動に移したが、その判断は正しかったらしい。
 何事もなく、帰宅することができた。
 帰宅することはできたのだが。

――まさか……あの子、勘づいたのかしら?

 目深にフードをかぶっているその人物が、少し離れた場所から月美の背を見送り、妖艶な笑みを浮かべていた。

――まぁ、いいわ。そろそろ誰か気づいてくれないと、面白くないし。何より……最後の生贄は、強い力を持つものでないと、意味がない。

 心のうちでそう呟き、女性はなおも妖しい笑みを浮かべながら、月美が置いて行った符を手に取り、破り捨てた。
 細かく破り、紙切れと化してしまった符を流れてきた風に流すと、どこからか折り畳み式の机と風呂敷、行燈《あんどん》、羅盤《らばん》を取りだし、まるで何事もなかったかのように開店準備を整えた。

------------

 風森家に戻った月美は、護が部屋にいるかどうか確かめるため客間へ向かった。
 客間の戸を叩き、中にいるかどうかを確認したが返事がしないまま、すっと戸が開く。
 だが、この部屋を使っている青年の姿が目の前にはない。
 足元を見ると、白桜が前足を器用に使い、戸をあけている様子が見えた。

「護は?」
「眠っている……少し、無理をしたらしい」

 月美は白桜が視線を向けている方向へ目を向けると、護が目を閉じて横になっている光景が目に入った。
 その枕元には、黄蓮がまるで護の顔を覗き込むようにして佇んでいる。
 月美は何も聞くことなく、護の枕元まで近づいていく。
 すると、黄蓮が月美の隣に移動してうずくまった。

「黄蓮、何があったのか、聞いたらだめかな?」
「こいつがそれを望まない」

 護に視線を向けたまま問いかけてきた月美に、黄蓮はうずくまったまま答えた。
 黄蓮と白桜は使鬼の中では最も早い時期に護と契約を結んだため、護の気持ちは一番わかっている。
 その気持ちを汲んでの答えなのだろう。
 だが、月美も十年以上、護と幼馴染をしてきたのだから、護の気持ちはわかっているつもりだ。
 わかっているつもりだが。

「……言ってくれないと、余計に心配になるよ……」
「言いたければ、こいつが自分で話すだろう。その時に聞いてやればいい」
「うん……」

 白桜の言葉に、月美はうなずくしかなかったが、顔には悲しみに陰っている。
 どうやら、本当に心配しているらしい。
 本当ならば事情を話してやるべきなのだろう。
 だが、白桜と黄蓮も、月美が本気で護を心配していることがわかっている。
 だからこそ、護の口から語らせてやりたい。
 そう考えていた。

「……ごめんな、心配させて」

 いつの間に起きたのか、うっすらと目を開け、護は唐突に月美に謝罪する。
 上半身を起こそうとするが、月美から肩を押さえられ、起き上がるに起き上がれなかった。

「おい……」
「だめ。無理しないで……」
「お、おい……」


 抗議しようとする護をよそに、月美はその頭を膝に乗せた。
 いくら幼馴染とはいえ、異性に膝枕をするということ自体に苦情を言おうとしたが、月美の真剣なまなざしと声色に遮られる。

「これくらいはさせて?というか、護にしかできないんだよ?こんなこと」

 やられた護もそうだが、やっている月美も頬を紅くしている。
 しばらくの間、護は月美の膝枕に頭を預け、眼を閉じ、心を落ち着かせた。
 再び目を開けて、護は月美を見る。
 月美は護が見たことに気づくと、そっと微笑み、首を傾げてきた。
 護はまっすぐに月美を見つめ、言葉を紡いだ。

「ずっと、ずっと言おうと思っていたことがあるんだ」
「うん」
「月美。俺は、お前のことが」

 好きだ、と言いかけたその瞬間。

「二人とも、飯ができたから、早く降りてきてくれ」

 突然、部屋の外から聞こえてきた友護の声に、護は口を噤んだ。
 このタイミングで口をはさんできたということは、おそらく、聞かれていたということなのだろう。
 その事実を理解した二人は。

「……行こうか」
「……うん」

 羞恥心で顔を真っ赤にしながらうなずき、廊下へ出る。
 その背中を見守りながら、白桜と黄蓮はそっとため息をついていた。
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