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奮闘記
19、事態は静かに動き出す
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出雲でひそかに起きている、『何か』。
それについて解決の糸口を探るために護と月美は百鬼夜行に何か知らないかを問いかけていた。
案の定、妖たちは何か心当たりがあるらしく、二人の質問に対してしきりに、『あれ』、という言葉を連呼していた。
「おぉ、知ってるぞ!ここいらのガキンチョが消えてるってやつだろう?」
「俺も知ってるぞ!検非違使《けびいし》……じゃない、今は警察っていうのか。そいつらが必死になって探してるみたいだけど、全っ然、みっかんないんだってな!」
子供が消えている。
その言葉を聞いた月美と護は同時に顔を見合わせた。
そんな事件は、聞いたことも読んだこともなかったのだ。
いや、あるいは、見落としてしまうほど小さな記事だったのか。
いずれにしても、妖たちが感じた異常事態となれば、陰陽師として、そして術者として、放置しておくわけにはいかない。
護はそのことを詳しく聞くため、さらなる問いかけをした。
「どこでいなくなってるとか、わかるか?」
「ん~……たしか、池のある学校だったと思うけど」
妖は、記憶があいまいで覚えてないんだ、としょぼくれてしまった。
護は思い出してくれた妖に礼を言い、頭をなでる。
その顔は、人間に接するそれとは真反対の、とても慈しみに満ちた顔だった。
--------------
ちょうどそのころ。
繁華街の占い師は、自身の卦《け》を読んでいた。
ふとした予感のようなものを感じたのだ。
自分の目的を妨げる障害になる可能性がある何かが、出雲に。いや、自分の近くにやってきた。
占い師としての勘が、自分にそう告げていた。
その予感めいたものが気になり、こうして、これからのことを占っているのだ。
もっとも、自分の未来のことを占うことは、占い師にとっての禁忌《タブー》に触れることである。
そのため、これから自分に起こることではなく、この町、あるいはこの地に起きること、というかなり広い範囲での事柄についての占いになってしまう。
具体的な方策が立てづらくなるだけでなく、卦で出た結果というものは、抽象的だ。
しかも、一度その事柄について占ったら、たとえどのような結果であろうとも、その日は二度と同じ内容の占いを行うことが出来ないという定めがある。
ふと、占い師の手が止まった。
どうやら、占いを終えたようだ。だが、その表情はどこか複雑だった。
「……これは……」
そこに現れていた結果は、何者かの望みがかなうであろうというものと、大いなる災いが起こるであろうというものの二つだった。
文面通りに判断すれば、この地にいる誰かの望みがかなうと同時に、大きな災いが降りかかってくるということのようだ。
しかし、解釈はいろいろと存在する。
災いが起こるから、願いがかなうのか、願いをかなえる代償が災いなのか。
はたまた、望みをかなえることと災いが起こることが同じ現象を意味しているのか。
それはわからないが、占い師はこの口角を吊り上げて微笑んだ。
「いいわ……どちらにせよ、私は私の願いをかなえるだけ」
妖艶な笑みを、フードの下で浮かべながら、占い師はなおもくすくすと笑みを浮かべていた。
------------
――ぴちゃり、ぴちゃり。
水の滴る音が聞こえる。
一寸先も見通せない、闇の中で、ただただ、その音だけが響いている。
その闇の奥で、一つの白い影がうずくまっていた。
牛のような体つきをしているその影は、ゆっくりと、体にうずめていた顔を上げた。
そこにあったものは、牛の顔ではなく、人の顔。
その顔はどこを見るでもなく、口を開き、言葉を紡いだ。
「お前は人と――」
人面牛がつぶやいたその言葉は、何を言っているのか聞いた人間にはわからない。
だが、なぜかその言葉には無視できない何かがあった。
その言葉を聞いていると、なぜか本当にそのことが起きるのではないか。
自然と、そんな感覚を覚えた。
そして、その感覚と同時に、脳裏にある文章が浮かびあがってきた。
『そのもの、畜生より生まれ出ずる妖なり。この妖が発する言葉、災いの予言なり。その災い、いかなる手段を用いても、回避することあたわず。予言を告げしのち、その妖の命は絶たれる。その妖の姿、畜生の体に人の顔なり』
その文章が記された書物には、さらにこう記してあった。
その妖が名を「件《くだん》」と称す。件の放つ予言は絶対なり、と。
――件より下された予言は、いかなる手段を用いても、違えることはできない。たとえそれが、神の意思であったとしても。
それについて解決の糸口を探るために護と月美は百鬼夜行に何か知らないかを問いかけていた。
案の定、妖たちは何か心当たりがあるらしく、二人の質問に対してしきりに、『あれ』、という言葉を連呼していた。
「おぉ、知ってるぞ!ここいらのガキンチョが消えてるってやつだろう?」
「俺も知ってるぞ!検非違使《けびいし》……じゃない、今は警察っていうのか。そいつらが必死になって探してるみたいだけど、全っ然、みっかんないんだってな!」
子供が消えている。
その言葉を聞いた月美と護は同時に顔を見合わせた。
そんな事件は、聞いたことも読んだこともなかったのだ。
いや、あるいは、見落としてしまうほど小さな記事だったのか。
いずれにしても、妖たちが感じた異常事態となれば、陰陽師として、そして術者として、放置しておくわけにはいかない。
護はそのことを詳しく聞くため、さらなる問いかけをした。
「どこでいなくなってるとか、わかるか?」
「ん~……たしか、池のある学校だったと思うけど」
妖は、記憶があいまいで覚えてないんだ、としょぼくれてしまった。
護は思い出してくれた妖に礼を言い、頭をなでる。
その顔は、人間に接するそれとは真反対の、とても慈しみに満ちた顔だった。
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ちょうどそのころ。
繁華街の占い師は、自身の卦《け》を読んでいた。
ふとした予感のようなものを感じたのだ。
自分の目的を妨げる障害になる可能性がある何かが、出雲に。いや、自分の近くにやってきた。
占い師としての勘が、自分にそう告げていた。
その予感めいたものが気になり、こうして、これからのことを占っているのだ。
もっとも、自分の未来のことを占うことは、占い師にとっての禁忌《タブー》に触れることである。
そのため、これから自分に起こることではなく、この町、あるいはこの地に起きること、というかなり広い範囲での事柄についての占いになってしまう。
具体的な方策が立てづらくなるだけでなく、卦で出た結果というものは、抽象的だ。
しかも、一度その事柄について占ったら、たとえどのような結果であろうとも、その日は二度と同じ内容の占いを行うことが出来ないという定めがある。
ふと、占い師の手が止まった。
どうやら、占いを終えたようだ。だが、その表情はどこか複雑だった。
「……これは……」
そこに現れていた結果は、何者かの望みがかなうであろうというものと、大いなる災いが起こるであろうというものの二つだった。
文面通りに判断すれば、この地にいる誰かの望みがかなうと同時に、大きな災いが降りかかってくるということのようだ。
しかし、解釈はいろいろと存在する。
災いが起こるから、願いがかなうのか、願いをかなえる代償が災いなのか。
はたまた、望みをかなえることと災いが起こることが同じ現象を意味しているのか。
それはわからないが、占い師はこの口角を吊り上げて微笑んだ。
「いいわ……どちらにせよ、私は私の願いをかなえるだけ」
妖艶な笑みを、フードの下で浮かべながら、占い師はなおもくすくすと笑みを浮かべていた。
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――ぴちゃり、ぴちゃり。
水の滴る音が聞こえる。
一寸先も見通せない、闇の中で、ただただ、その音だけが響いている。
その闇の奥で、一つの白い影がうずくまっていた。
牛のような体つきをしているその影は、ゆっくりと、体にうずめていた顔を上げた。
そこにあったものは、牛の顔ではなく、人の顔。
その顔はどこを見るでもなく、口を開き、言葉を紡いだ。
「お前は人と――」
人面牛がつぶやいたその言葉は、何を言っているのか聞いた人間にはわからない。
だが、なぜかその言葉には無視できない何かがあった。
その言葉を聞いていると、なぜか本当にそのことが起きるのではないか。
自然と、そんな感覚を覚えた。
そして、その感覚と同時に、脳裏にある文章が浮かびあがってきた。
『そのもの、畜生より生まれ出ずる妖なり。この妖が発する言葉、災いの予言なり。その災い、いかなる手段を用いても、回避することあたわず。予言を告げしのち、その妖の命は絶たれる。その妖の姿、畜生の体に人の顔なり』
その文章が記された書物には、さらにこう記してあった。
その妖が名を「件《くだん》」と称す。件の放つ予言は絶対なり、と。
――件より下された予言は、いかなる手段を用いても、違えることはできない。たとえそれが、神の意思であったとしても。
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