見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

18、百鬼夜行との遭遇

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 夕食を終えて、護と月美は風森邸の屋根の上にいた。
 二人とも、あとは寝るばかりの状態であるようで、すでに寝巻代わりの浴衣に着替えている。
 そんな二人は、苦しそうに腹をさすっていた。

「……亜妃さん、本当に張り切ってたんだな……」
「うん……さすがにあんなに食べられないよ……」

 その原因は、亜妃の作った手料理の多さだったようだ。
 護にしても月美にしても、人より食べる量が多い。
 霊力をより高めるため、二人とも修行の一環として、普段からわざと霊力を放出、あるいは神経や精神を張りつめらせることで、霊力を削り続けている。
 ちょうど、筋肉をある程度、疲労させ、超回復を起こさせることで筋力アップを図るトレーニングの要領だ。
 だが、霊力を消費させ、精神力あるいは体力の消耗につながり、その消耗が「空腹」という形で現れることが多い。
 そのため、普段から人よりも食べる量がほんの少し、多くなってしまうのだ。

「いつもならこんなになるまで食べないんだけど」
「亜妃さんの料理、どれも美味いんだから仕方ないよな」

 だが、今回は亜妃の料理がどれも美味だったため、つい箸が進んでしまったようだ。
 なお、亜妃と亜妃の夫である賢祐、友護も二人と同じ理由で人より多く食べる傾向にあり、そのおかげで、亜妃が調理した食材は残さず綺麗になくなったことを明記しておく。

「ん?」
「来た、かな?」

 不意に二人の表情が引き締まる。
 足もとから微弱ではあるが、それなりに濃い妖気が流れ込んできているのを感じ取ったのだ。
 その妖気で二人は百鬼夜行が現れたのではないかと感じ、ほぼ同時に屋根の下をのぞいた。
 二人の視線の先には、大きな蛇や双頭の蛇、比較的大きな蜘蛛などの妖だけではない。
 足の生えた琵琶や手足のほかにつま先の部分に一つ目が輝いている草履などの付喪神、火の玉やろくろ首など、わりと有名な妖怪たちが所せましと行列を組んで歩いている。
 千年前の京都であれば、おそらくは普通に見られたであろう光景が、今、二人の足もとに広がっていた。

「いくぞ」
「うん」

 しかし、護と月美にとって、この光景はもはや見慣れたもの。
 当たり前に存在している光景であるため、二人の顔に恐怖は浮かんでいない。
 護が合図を送ると、月美もほぼ同時に屋根から飛び降りる。
 地面に落ちる寸前で護はその手に印を結び、言霊を唱えた。

「風神召喚」

 護が言霊を唱えると、風の繭が二人を包み、着地の衝撃を抑えてくれた。
 突然、二人の術者が百鬼夜行の隣に現れたため、何体かの妖は動揺している。
 彼ら百鬼夜行を組む妖にとって、術者の存在は天敵そのもの。
 自分たちを退治しに来た術者が来た、と、勘違いしてもおかしくはない。
 だが、運のいいことに、護と月美のことをよく知っている妖がその百鬼夜行に参加していた。
 そのため、他の連中は護たちを気にすることなく、そのままぞろぞろと立ち去って行く。

「いつも上からながめてるけど、あいつら楽しそうだよな」
「うん、なんだかお散歩してるみたい」
「まぁ、実際、散歩のようなものなのだ」

 立ち去っていく妖たちを見送りながら、護がそんなことを呟くと、月美がなんとも可愛らしい喩えを出す。
 その喩えに、言葉を返すものがいた。
 視線を下に向けると、そこには先ほどの夜行の列からわざわざ外れてここまでやってきた妖連中が。

「どうしたんだよ?普段は百鬼夜行の行列をおどかそうなんてしないのに」
「お前ら、まさか俺らを退治しようなんて考えてんじゃないだろうな?」

 口々に出てくる妖たちのいわれなき被害妄想に、勘弁してくれ、といわんばかりに護はため息をついた。

「するかよ、そんなこと。面倒くさい」

 面倒くさいとは言うが、本音を言えば悪さもしない妖たちを退治するほど余裕があるわけではない。
 多くの術者はそうであるが、護本人は、たとえそんな余裕があったとしても、退治するつもりは毛頭ないようだ。
 人間が夜の世界に足を踏み入れるようになったとはいえ、人間と妖は科学万能の現代でも、住み分けることができている。
 下手にこちらから干渉しなければ、妖の側からちょっかいを出してくることはないし、逆に妖の側からちょっかいをかけてこなければ、こちらも干渉するつもりは毛頭ない。
 そういった相互不干渉という暗黙の了解は、今でも妖と術者の間に息づいているのだから。

 その暗黙の了解を受け入れ、守ることで、人と妖の間に均衡がもたらされていることも事実であるため、わざわざそれを崩すようなまねはしない。
 もっとも、そうとも知らない一般人は、ためらいもなくその均衡を崩す。
 最終的に悲惨な最期を遂げるか、胡散臭いと普段から言っている術者に頼ることになるのだが。

「そんなことより、ここ最近、何か妙なことが起こってないか?人がいなくなるだとか、ものが消えるだとか」

 護の質問に対し、妖たちは首をかしげた。
 人間同様、ある程度の知性を持ち合わせている妖たちではあるが、人間よりも怪異や異常というものに敏感だ。
 そのため、なにか怖いことがあると脊髄反射並の敏感さでそれを避けようとする傾向が強い。
 おそらく、それは口にする時も同じなのだろう。
 できる限り思い出さないようにして、怖い思いをしないようにするというのは、ある意味で利口な手段だ。

 だが、目の前にいるのは陰陽師だ。
 陰陽師は自分たちの困りごとも解決してくれる、稀有な存在。
 ならば、話しておいたほうが後々、自分たちにとって得な方向へ動くということを、目の前の妖たちは本能に近い部分で知っていた。

「あ、ひょっとしてあれじゃないか?」
「あぁ、そうかもしれねぇな」
「おぉ、あれか!」

 なにか心当たりがあるらしく、妖たちはしきりに「あれ」と連呼していた。
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