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奮闘記
6、少女との出会い~少年と少女は大樹の下で出会い~
しおりを挟む鎮守の森に入ると、近所に在る森とはまた違う、厳かで清浄な雰囲気を護はその肌で感じ取る。
その雰囲気に呑まれ、つい立ち止まって周囲を見回してしまう。
だが、自分がここにきた役割を思い出し、頭を振り、気合いを入れ直し、眼を閉じ、森に流れる風を感じ取ろうとした。
だが、不思議なことに、何も感じない。
「……変なの」
初めての感覚に、護はぽつりとつぶやく。
風は確かに森の中を吹き抜け、護の体をなでている。
だが、その風に霊的な力を感じない。
――いつもなら風にも霊力を感じるのに、何かに邪魔されてるような感じがする
狐は土の性質を持つ獣で、葛葉姫命は『天狐』と呼ばれる霊力を備えた狐の中で最上位に存在する霊獣としての側面を持っている。
この森がその神の神域であるためか、土の力を強いようだ。
普段なら風から感じ取ることができる霊力を、まったく感じ取ることができないのは、強すぎる土の霊力に阻害されているからだろう。
だが、それは護にとって困った事態でもある。
「まいったな……」
護は風に関わる術には長けているが、反面、木や土に関わる術は少し苦手だ。
だからと言って、避けてきているわけではないし、基本的な遁術と互いの属性で補助しあう術ならある程度使うことはできる。
苦手だからと使わないわけにはいかず、護は近くにあった木に触れて、眼を閉じた。
「森に潜むその息吹、根より感じ、我に伝えたまえ――急々如律令《きゅうきゅうじょりつりょう》」
紡いだ言葉に霊力を込め、護は意識を集中させる。
その瞬間、触れている木から森全体に視覚を広がっていき、やがて視界は森の全体へと広がっていく。
徐々に視界が絞られ、最後に浮かんだのは、この森の中央にある大樹。その根元で眼を閉じ、眠っている装束をまとった人影が見える。
そこまで見えたとき、視界はゆっくりとブラックアウトし、やがて何も見えなくなった。
どうやら、森の木が護に協力できるのはここまでだったようだ。
「……ありがとう」
額を木の幹にあて、そっと木に対して礼を言った。そのまま、桜の大樹が見えた方向へ走って行った。
――けど、最後に見えたあの女の子……あれ?
ふと、走りながら考えていると、護の中に一つの疑問が浮かんで来た。
なぜ、女の子だと思ったのだろう。
直感的にそう思ってしまったのだろうが、なぜ装束しか見えていないのに、同じ年齢くらいの少女だと感じたのだ。
もっとも、あの神使が巫女と口にしたから、先入観で少女と思ったのかもしれないが、徐々にいつまでもわからないことを考えていても仕方がない、と思うようになり。
「……ま、考えても仕方ないか……」
とつぶやいて、それ以上、このことについて考えることはやめ、走り続けた。
やがて護は桜の木の近くに到着し、一度立ち止まりゆっくりと息を整えてから、護は桜の近くまで歩み寄っていく。
そこには、先ほど木が見せてくれたように、一人の黒い長髪の少女が桜の木の根元で眠っている。
――……かわいい
護はその少女を見た瞬間、そう思った。
寝ていることがわからなければ、人形なのではないかと思ってしまうくらいだ。
そんな感想を抱きながら、護はそっと少女に近づき、肩をたたいたり、前後に揺らしたりして、なんとか起こそうとした。
「……んにゅ……」
とろんとした眼を護に向け、少女はそっと腕を伸ばし、抱きついた。
あまりに突然と言えば突然だったので、護は対応することができず、なされるがままに抱きつかれ、押し倒されてしまう。
「な、お、おい……」
「すぴぃ……」
少女は護に抱きついたまま、眠っていた。
「……はぁ……どうしたものかな、これ……」
護はそうつぶやきながらため息をついた。
だが、起こしては悪いと思い、護は少女を抱き上げ、出会った時と同じように桜の木の根元に寝かせてその傍らに腰かけ、少女が完全に目を覚ますのを待つことに。
だが、一時間近くが経過しても少女は一向に目を覚ます気配はなかった。
彼女が目を覚ますまでここにいると決めはしたが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。
「……一体、どのくらい寝るんだ。この子は……」
苛立ちをおさえながら、半ば呆れたような口調で、近くにいる少女に視線を向けて、護はつぶやいた。
それもそのはず。
寝ぼけて抱き着いてきた名も知らない少女は、今もなお、護に寄りかかる形でただただ静かなに寝息を立てて、眠り続けているのだから。
護自身はそれなりに気が長いというか、かなりのんびりとしている性格だという自覚はある。
だから、この少女が目を覚ますまではこのままでいてもいいだろう、と判断して、彼女が目を覚ますまで待っているつもりでいた。
そのつもりだったのだが、我慢の限界が近くなってくる。
いくら両親への伝令として式を残してきたとはいえ、あまり長く時間をかけるといらぬ心配をかけるかもしれない、と思い至り、仕方なく最終手段をとることを決意した。
――少し荒っぽいけど、ごめん
心の中で謝り、少女の目の前で思いっきり手をたたいた。
ぱん、という鋭い音が森中に鳴り響きわたると、少女も眼を開け、何事かと周囲を見回す。
先ほど、一瞬だけ眼を覚ました時とは違い、眼はしっかりとあいている。
またすぐに眠りに落ちそうな様子もない。
どうやら、今のでようやく目が覚めたようだ。
「あれ……?ここは……??あ、そっか。わたし、寝てたんだ」
少女は自分が置かれた状況を理解したのか、そうつぶやいた。
その様子に、呆れた、と思いつつも、護はそれを態度に出すことなく、少女に声をかける。
「おはよう。そして、はじめまして」
目を覚ました少女に対し、護はそっと溜息をついて挨拶を交わした。
当然、少女は声がした方向、つまり護の方へ視線を向け。
「あ、えと……」
少女はいきなり目の前に現れた少年に対し、何を言っていいのかわからず、おろおろと首を振りだした。
その様子を察した護は、少し困ったような顔で、どうしたものかと考える。
だが、ひとまずは自己紹介か、ということに思い至り、自分の名前を名乗ることにした。
「おれは土御門護。君は?」
いい加減、自分が置かれた状況にいらだっていたのか、ややぶっきらぼうになりながら、護は少女に名乗った。
少女は、護はなぜ不機嫌そうにしているのかわからなかったためか、それとも内気な性格であるためなのか、少女は少しおどおどとした態度で口を開く。
「わ……わたしは、風森月美……ここの神社の巫女、なの。修行中だけど」
月美と名乗った少女は、そこまで言うと、顔を伏せてしまった。
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