見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

5、少女との出会い~幼き頃の森にて~

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 護と月美が最初に出会ったのは、ちょうど十年前。
 新暦では十月、旧暦では『神無月』、出雲の地では『神月』のとき、護は家族とともに出雲を訪れていた。
 日本全国から集まってくる神々へ、その年に与えてくださった加護に対する感謝と、翌年も加護を与えてくださるよう、祈りをささげるためにこの場を訪れることが目的だ。
 だが、土御門家にとって、もう一つ。出雲大社を、出雲という土地を訪れる重大な目的があった。
 それは、出雲大社の近くにある少し規模の大きい稲荷神社への参拝。

 稲荷神は五穀豊穣の神であり、狐はその使いの獣とされている。
 そして、狐は安倍晴明の子孫である土御門家にとって、とても深い縁で結ばれているため、神々の集まるときには必ず、一年の感謝を他の神々とは別で伝えることが習わしになっているのだ。

 だが、この日、両親は護が人ゴミを嫌っていることを考慮してなのか。
 それとも現状、一族の中で霊力が最も高いためなのか。はたまた、幼いうちに一人で参拝できるようにする訓練のつもりだったのか、一足先にこの稲荷神社に行くように言われていた。
 両親からの言いつけの通り、護が一人で稲荷神社に行くと、一匹の狐が社の前にたたずんでいる。
 この狐の体が白いことと、人間が来たというのに逃げだす様子も、警戒する様子もなく、ただまっすぐに護の方へ視線を向けてきていることから、ただの狐ではないことは幼い護でも察することができた。
 そして、この狐が漂わせている雰囲気から、この社に祭られている神の使いなのではないだろうかと適当にあたりをつけ、それを確かめるために護は狐に問いかける。

「……この社の使いの方ですか?」
「……いかにも。我はこの社に祭られし神、葛葉姫命くずはひめのみこと様の御使いである」

 臆することなく、狐に問いかけた護は、返ってきたその言葉に、少し安堵した。
 葛葉姫命とは晴明の母親とされる白狐《びゃっこ》、『葛の葉』が神格を得てからあとにつけられた名前だ。
 どうやら、予想は的中したらしい。
 そのことに、護はほっと胸をなでおろした。
 たとえ幼くて修行中のみであっても、このことに気づかなければ、土御門の名折れ。
 そう感じていたからこその安堵だった。
 だが、目の前にいる白狐はそんな人間の事情など知ったことはないかのような様子で。

「……なるほど、晴明の血を継ぐものか。そうか、もうそのような時期なのか……」

 御使いは護を見るとそうつぶやき、目を閉じた。
 護は驚いたように目を丸くしたが、すぐに姿勢を正し、そっと頭を下げる。

 「土御門家当主、土御門翼が息子にございます。わけあって名乗ることができませんことをお許しください」

 護は御使いに対し、自身をそう表現し、紹介した。
 本来ならば、氏神の使いに自分の名を名乗るほうが礼儀としては正しいのだろう。
 だが、土御門家の家訓に、『名前はこの世界で最も短い呪』という言葉がある。
 名前というものは、この世界に存在する魂を、この世に縛る鎖のようなものであり、つながりをあらわすもの。
 ゆえに、名を相手に告げることはそのつながりを、魂を相手に渡してしまうことと同じことなのだとか。

 これは祖先である晴明が唱えたといわれるこの言葉であり、その言葉を家訓としている土御門では、分家も宗家も関係なく子どもに名を与えるときは、その名に何かしらの意味を持たせることを習わしとしている。
 さらに不用意に名前を名乗ってはいけない、と幼いころから徹底的に教え込む。
 名を告げることで相手に魂を捕まれてしまう。そうならないよう、たとえ神あるいはその使いであっても、安易に自分の名を告げてはいけない。
 護だけではなく、土御門の子どもたちは、ずっとそう教わっている。
 だから、たとえ自分の氏神の御使いに対しても、その姿勢を崩すつもりはない。
 そのことが分かっているからなのだろうか、御使いは、ふむ、とうなずき、満足そうな笑みを浮かべた。
 どうやら、護の意図を察してくれたようだ。

「ならば、こののち、私はそなたを『若』と呼ぶことにしよう。いつか、そなたの名を私に預けてくれるそのときまで、な」
「はい」

 護は御使いの深々と頭を下げる。
 その様子を見ながら、さっそくではあるが、と、御使いは護に頼みごとを投げかけてきた。

「では、若よ。お前に一つ依頼をしよう」
「え?」
「この社の後ろに在る鎮守の森。そこに一人の巫女が迷い込んでいる……放っておくことも考えたが、それではあまりに不憫なのでな。ここに導いてやってはくれないか」
「ずいぶん、いきなりですね」

 御使いの言葉に、護は思わず正直な感想をこぼす。
 その正直な感想に、御使いは満足そうに高笑いを浮かべ、確かにいきなりだな、と自分の依頼のその点については認めたが、依頼の内容を変えることはなく、しかと頼んだぞと告げてそのまま消えた。
 あとに残された護は、眉間にしわを寄せて、どうしたものかと考え始めたが、行きついた答えはすでに一つしかない。

「……御使いからの頼みだからなぁ」

 と聞こえないように配慮しながらつぶやいた。
 氏神の神使というだけで十分、信用に値する。
 もちろん、そこいらの悪戯狸や狐が化けている可能性もなくはないのだが、ここは仮にも神樹が存在する森林。
 当然、妖怪変化が苦手とする清浄な空気が流れているし、何より、森の周囲には結界が張られている。

 滅多なことでこの結界が破壊されることはないし、よほどの力がなければ妖は結界を突破することは不可能。
 なにより、ただの化け狐や化け狸が地元の人間ではない護のことを知っている可能性そのものが低い。
 変なことに巻き込まれるという事態にはならないだろう。
 そう考えながら、鳥居の前に両親が来た時の伝令として式を残し、本人はまっすぐに鎮守の森へ向かった。
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