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ローゼン王国の王都は高い城壁に囲まれた巨大な都市だ。城壁の外には広大な草原が広がり、豊かな川が流れている。そして、城壁が唯一途切れるところには岩山がそびえ立ち、その山に背を預けるようにして築城されているのがローゼン城であった。大自然の要塞に身を預け、しかし国に向かって優美に優雅に建つその姿は「白鳥」と称され、わざわざ他国から城を一目見るためだけにローゼンを訪れる者が後を絶たない程であった。

そのローゼン城の一室、豪華な客室で所在なさげに辺りを見回しているのが、この国の未来の女主人フリジアーナ・エル・ルマリーその人である。流れるような銀髪に、滑らかな白い肌。国一番の美女と評されてもおかしくないその容姿であるが、国に彼女の素顔を知るものはほとんど居ない。王宮の奥でひっそりと隠されるように育った幻の王女。それがフリジアーナであった。自国のことすら王宮の外のことはほとんど知らないというのに、他国、それも今最も大きく力のあるローゼン王国の未来の皇妃なんて、とても自分に務まるとは思えない。

昨日入城してから多くの女官やメイド、重役が挨拶をしに訪れてきた。人と会うことがそもそもあまり得意でないフリジアーナにとって、すでにこの挨拶ラッシュが苦行である。そして、またドアがノックされた。

「フリジアーナ様、第三皇子エルンスト殿下とお連れ様がお目通りを願っております。」
「……どうぞ。」

エルンストのことはさすがに覚えた。自分の夫となる第一皇子アルスの腹違いの弟であり、皇室騎士団の団長だか、部隊長だか。確かフリジアーナと同じ年で、今回挨拶した人々の中では最も話がしやすい印象だった気がする。

「フリジアーナ姫、時間をいただき感謝します。」
「エルンスト様。わざわざのお運びありがとうございます。」
「今回はサンセリア教の本拠地でもあるサン・レイ教会からシスター方に来てもらいました。ルマリー王国もサンセリア教の信仰厚い国でしたよね。」
「!はい!!シスター様、お運びいただき感謝申し上げます。わたくしはフリジアーナ・エル・ルマリー。ルマリー王国第五皇女でございます。」

『フリジアーナ皇女殿下にご挨拶申し上げます。』

一歩下がって片膝をつく。頭を下げて挨拶をすると、皇女がすっ飛んできてマリーの肩をガッと掴んだ。

「シスター様が膝をつくなんて!おやめください、私わたくしような者にそのような……!」

あまりの慌てぶりに困惑したマリーがエルンストをそっと見れば、彼は困ったような顔をして「ほらな」とでも言うように首を傾げた。これが「様子がおかしい」ということらしい。ふぅ、と気づかれない程度に溜息を洩らしたリフィアがそっと立ち上がりながらマリーに言った。

「マリー様、教会と王家の権力配分は国によって様々です。一旦お立ちになって、姫とお話させていただきましょう。」

ここはフリジアーナの自室なので、エルンストはあらかじめ隣の部屋に茶の用意をさせていた。そちらに移動して、姫の話を聞く。女性同士の方が話をしやすいだろう、ということで、部屋にはフリジアーナとマリー、リフィアの三人だけとなる。

「あの、姫。早速で失礼ですが、今回王宮からお付きの侍女の方は来られなかったのですか?」
「……来て、おりません。わたくしに侍女はおりませんでしたから。」
「侍女が、いない?えっと、ご入城の際は大変な侍従の数だったとお伺いしていましたが……。」
「あれは、お姉様、第三皇女のための行列だったので。私が入城してすぐに引き上げていきました。」

これにはこの世界に来てまだ一年たっていないマリーですら驚いた自国の皇女が他国に嫁ぐのに、共に他国に来る者が居ないなんて、あまりに冷たい。

「あ、ただ、侍従が誰も居ないわけではないのです。ポリアという護衛兼侍従が居ります。今は外に控えております。」

ポリアは浅黒い肌に癖のある灰色の髪を短く切り揃えた、簡素な服の少女だった。皇女のお付きというにはかなり心許ない。何かと訳アリであることは間違いないフリジアーナに、マリーとリフィアは優しく微笑み掛けた。少しでも力になりたい、という気持ちが伝わるように。

「皇女殿下、私たちは教会からご挨拶に参りましたが、気軽な話し相手にして頂けたらとても嬉しく思っております。」
わたくしのことはどうぞフリジアーナとお呼びくださいませ。まぁ、シスター様がお話相手になってくださるなんて、なんて幸せなのでしょうか……!」
「私は治癒師のマリーと申します。どうぞお気軽にマリーとお呼びください、フリジアーナ様。」
「私はマリー様のお世話をさせていただいております、リフィアと申します。どうぞ何でもお申し付けくださいませ。」
「マリー様、リフィア様、神に仕え、民に尽くす方々と親交が深められて幸せです。わたくしは王宮の離れで神に祈りを捧げながら、本や自然と共に生きて参りましたので。」

読書が好きだと言うフリジアーナは、趣味の話になると途端に饒舌になり、そこからはとても楽しいひと時となった。すっかり打ち解けた三人をエルンストが優しく見守っている。あっという間に時間は過ぎ、お茶会はお開きとなった。最後に礼をして場を辞するところだが、マリーが握手を求める。

「どうかフリジアーナ様に神のご加護がありますように。お祈りさせてください。」
「は、はい……。」

握手を求められたことのないフリジアーナがおずおずと手を差し出す。その手をマリーが両手で包み込み、そして温かな白い光がフリジアーナを優しく覆ったのだった。




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