半年間でその根性叩き直して差し上げます!

冬木光

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9 王太子登場!

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王宮の一角。貴族たちですら容易に入ることが出来ない、王城裏手の庭園には贅沢にもガラスで作られた温室がひっそりと佇んでいた。

その中は常春。日の光と温度調整の魔法で以て一年を通し一定の温度に保たれている。

様々な花が咲き乱れているが、中央にある東屋まで強すぎる香りが届くことはない。そこはあくまで茶を愉しむ場。花たちはあくまでもその茶の香りにそっと寄り添うようにして咲いていた。

完璧な空間に、完璧な女性が二人。

王妃シャトルーズ・モスカータと、側妃アンリ・マティス・モスカータである。

ロズリーは緊張が高ぶりすぎて、全身をカチコチにこわばらせていた。今は婆やがそっと背に手を当ててくれていても、それに気づくことが出来ないほどである。

招待状のあるお茶会だったから、てっきり他の貴族令嬢たちが数名呼ばれているとばかり思っていた。しかし、ふたを開けてみればこの通り。あまりのことに、今すぐ卒倒しそうである。

「ロズリー嬢は随分と緊張しているように見える。ワタクシに会うのは初めてでないと思うが、そんなに恐ろしい女に見えるかしら?アンリ。」
「いえ、王妃様。本日も大変お美しゅうございます。ですが、あまりの美しさ故緊張するのは道理。ましてこのように年若きお嬢様に緊張するなという方が酷というものでございますわ。」
「それもそうか。ではロズリー嬢、まずはその緊張とやらをほぐすため、ワタクシの自慢の茶を飲んでみるが良い。これは我が故郷で獲れる中でも特に質の良い品でな。いつもワタクシの心を解してくれるのよ。」
「お心遣い、痛み入ります。」

そう言いながらカップに伸ばした手が震えている。一度グッと手に力を込めてから、カップを持ち上げた。幸いにも、カチャカチャとはしたない音を立てることなく、また茶を飲む時の音もたてずに済む。何とか口にした茶はこれまでに飲んだものとは明らかに一線を画し、華やぐような薫りの余韻が鼻腔に残った。

ほぅ、と吐き出した息までが素晴らしい香りに包まれている。

「これは……大変美味しゅうございます。王妃陛下の故郷、ローゼン王国の茶葉なのですか?」
「えぇ、かの国はかつて大いなる魔法が支配する強大な国であったが、今は他の国と何ら変わりのない平凡で平穏な国となった。だが、茶の産業は今も世界で類を見ない程栄えているの。良い香りを楽しむが良い。」
「はい、おかげさまで体の余分な力が抜けてまいりました。」
「そのように見えるわね。王妃陛下と私に挟まれて、こんなに早く落ち着いてくる令嬢もなかなか居ないでしょう。」

ふふふ、と側妃アンリが上品に笑った。しばらくの間、茶の話や好むドレスの話、供された菓子の話、昨今の夜会についてなど、他愛のない話が続いた。王妃も側妃もかなり仲が良いようで、姉妹の茶会に招待された親戚の子、のような風体になって来る。

そして、場の緊張もだいぶほぐれた頃、唐突に王妃が切り出した。

「おぉ、すっかり遅くなったが、ロズリー、聖女の認定誠にめでたい。」
「おめでとうございます、ロズリー。素晴らしい功績ですわね。」
「ありがとうございます、このモスカータのため、尽力していく所存にございます。」

ほんの少し、声が震えた。会話で少し緊張が解れたとはいえ、やはり何らかの思惑がそこにあると思うと、どうしても身体が強張ってしまう。

「聖女殿とはいえ、素直なご令嬢、か。ロズリー、そう固くならずとも良い。ワタクシたちに考えがあると分かってそう緊張するのだろうが、あまり無体な事を強いるつもりはない。」
「なれど王妃様、この王室の事に関わらせようとしているのは間違いないではないですか。」
「そうだが……、アンリ、そなたならもっと緊張させずに話が出来たと言うのか?」
「いえ、それは難しい事。ですから、緊張したままでよいではありませんか。早く本題に入ってあげたほうが、ロズリーのためでしょう。」

アンリが助け舟を出してくれた。そう、もう殺すなら早く殺してくれという心境になっているのだ。恐らく婚約の話になるのだろうが、この中途半端な状況が一番精神的に辛い。

「そうか、ではもうさっさと本題に入ろう。ロズリー、我が子、王太子アレクサンダーと婚約してもらえまいか。」

こう、と決めたら突っ走るタイプらしい王妃が、直球でぶち込んできた。ロズリーは予想していた話題とはいえ、あまりの剛速球に固まるしかない。

「母上、そのようなストレートな物言いをしたら、どんなご令嬢でも固まってしまいますよ。」

穏やかな声が背後から聞こえた。振り返ると、そこには話題に出たばかりの本人が佇んでいる。

王太子アレクサンダー・モスカータ。王妃の実子であり、継承権第一位の皇子だ。既に立太子しているが、まだ婚約者が居ないという異例の事態となっている。

「アレクサンダー、盗み聞ぎとは何事ですか。」
「盗み聞ぎとは失敬な。母上がこの時間に来いと仰せだったのではありませんか。」
「それはそうですが。あぁ、紹介しましょう。今代の聖女ロズリー・サーナリアン公爵令嬢です。ロズリー、知っているでしょうがこれが我が子アレクサンダーです。」
「王太子殿下に拝謁いたします。」

ロズリーは立ち上がって礼を取った。

「やぁ、ロズリー嬢。この度は聖女認定おめでとう。」
「ありがとうございます、恐悦至極に存じます。」
「はは、そんなに固くならずに。私たちは又従兄妹またいとこではないか。」
「血の繋がりがあるとはいえ、サーナリアン公爵家はあくまで臣下でございますので。こちらにいらっしゃる皆様方は私共の主君でございます。祖父からそのように厳しく言いつかっております。」

困ったように微笑む王太子に、ロズリーはハッキリと線を引いた。実際、アレクサンダーを始めとする皇子、皇女たちはロズリーと又従兄妹またいとこに当たる。年齢も近い事から、公爵家程地位が高ければ幼いころより王宮に出入りし、交流を持つのも普通の事だ。

しかし、ロズリーの祖父初代サーナリアン公はそれを良しとしなかった。サーナリアンはあくまで臣籍降下した家門であり、王族ではない。故に、王宮は軽々しく入る場所ではなく、あくまで家臣として慎ましく過ごすこと。それがサーナリアンの家訓でもある。

残念ながら父にその家訓は浸透せず、むしろ反発をしていた問題児であったが故に今は意味もなく王宮に出入りしているが、ロズリー達にはまだ祖父の家訓が適応されていた。

「先代のサーナリアン公のことはよく覚えているよ。大変厳しい方だが、優しさも持ち合わせた素晴らしい方だった。」
「祖父をお褒め頂き大変うれしゅうございます。私にとっても大変厳しく、そして優しい祖父でございました。」

ロズリーにとって、祖父は「規範」であり「模範」であり、「憧れ」であった。人生の三分の一を王族として過ごしたからだろうが、その身からは威厳が溢れており、己を厳しく律しながら、領地の人々のために尽くした名君だったからだ。

「ロズリー嬢には公の教えが生きているのだね。」
「はい、祖父は今でも私の師であり、目標でございます。」
「アレク、ロズリー嬢を見習わなければならぬようだな。そなたもう少し己を律する術を持つべきだ。」
「母上は私に本当に手厳しい。これでも日々研鑽を積んでいるのですよ。」

アレクサンダーが困ったように笑う。王妃はまるで今思いついたかのようにポンと手を打つと、若い二人を交互に見ながら言った。

「そなたたち、せっかく年も近いというのに共に過ごしたことがほとんどなかったな。ワタクシは早々に婚約をと考えていたが、まずは親睦を深めるが良かろう。アレク、ロズリーに庭園の案内をしてあげなさい。」
「まぁ、それは素敵な考えですわ。アレクサンダー様、ロズリーはわたくしから見ても貴族令嬢の鏡のような方。まして今代の聖女様ですから、きっと得られるものがあると存じますわ。」

王妃と側妃にそう言われてしまっては、どうしようもない。少し困ったように微笑みながら差し出されたアレクサンダーの手を、否が応でも取らざるを得ないロズリーであった。





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