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【続編】
111:もっと一緒にいたい【続編ここから】
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カーテンの隙間から差し込む、透き通るような陽射しで目が覚めた。
「……アズレーク?」
あんなにしっかり抱きしめられて眠りについたはずなのに。
隣にいるはずのアズレークの姿はない。
伸ばした手で触れるシーツは既に冷たい。
今日は王宮へ出向くかどうか。
確認せずに休んでしまったが。
カロリーナの一件があったのだ。
その前はグレイシャー帝国に出向いたりで、仕事を休んでいた。
早く式を挙げろと国王陛下からいくら言われても。
目の前にはすべきことが山積みなのだろう。
それにアズレークは……魔術師レオナルドは、一度は自身の番|(つがい)はこの世界に存在しないと色恋沙汰への関心を失い、国に尽くすと決めたのだ。結果、仕事中毒(ワーカホリック)と言われるほど、日々激務をこなしてきた。私が見つかったからといって、急に手を抜くわけにはいかないのだろう。
ゆっくり起き上がり、窓の外を眺める。
つい数週間前は。
窓から見える庭の木々に葉はなかったのに。今は沢山の青々とした葉でおおわれている。
春を待ちわびた木々は日々の天候の変化に敏感だ。その生命力であっという間に花を咲かせ、種子を成し、緑の葉を生い茂らせている。ガレシア王国は、氷の帝国と言われるグレイシャー帝国と違い、春は駆け足で通り過ぎ、温暖な夏がすぐに始まる。夏と言われる期間はとても長い。5月末から10月上旬までの日照時間はうんと長くなり、日没が夜の21時過ぎという日が当たり前になる。
舞踏会も頻繁に行われ、人によって6月から3カ月というバカンスシーズンに突入するのだが。はたしてアズレークはどうなのだろう?
そんなことを思いながら、身支度を始めた。
◇
「とっても甘い香りが漂ってきてしまって。もうすぐお昼なのにね。なんだかティータイムを始めたくなってしまうわ」
アズレークに昼食を届けるため、挽肉たっぷりのパイを焼いたのだが。スノーが「甘いパイも欲しい!」と言い出した。パイと言えば、林檎パイが定番。でも林檎は……。
林檎はスノーの大好物ではあるのだけど。呪い林檎のこともある。何よりも長い冬は終わった。もう初夏の入口も見えている。ならばと桃を使ったピーチパイを焼いたのだが。厨房には桃の甘い香りが漂い、義母のロレナが思わずやってくる事態になっていた。
ピーチパイは二つ焼いている。一つはロレナにティータイムにどうぞと譲ることにして、バスケットにはミートパイとピーチパイ、ピクルスや瓶詰のオリーブをいれていく。
「さあ、スノー、出発よ」
カロリーナの『呪い』により運動不足だったスノーは、外出を心待ちにしていた。アイボリーのフリルのついた実にお上品なワンピースを着ているのに、ものすごい勢いでエントランスに向け、駆けて行く。
「お義母様、それではレオナルドにお昼を届けに行ってきます」
「ええ、気を付けて。いってらっしゃい。スノーちゃんも、気を付けて!」
ロレナに見送られ、馬車に乗り込む。
スノーはいつも以上にはしゃぎながら、エントランスで見送りをするロレナに手を振っている。
いつも通り馬車に揺られ、王宮につくと。
スノーは警備の騎士に連れられ、庭園へと向かう。
警備の騎士が珍しくスノーに声をかけている。聞こえてきた会話は……。
「恐ろしい『呪い』にかけられたと聞いたよ。元気になって良かったね」
「だって、スノーにはレオナルドさまとパトリシアさま、それにお義母さまとお義父さまがいるから。みーんな、スノーのために頑張ってくれたから!」
その微笑ましい会話とスノーたちを見送ると、私は足早にアズレークの……レオナルドの執務室へと向かう。
昨晩、久々にアズレークの腕の中に抱かれて眠ることができた。いや、久々というわけではない。ロレンソの屋敷でも二人で抱き合って休んでいる。それでも……足りない。もっとアズレークと一緒にいたい。彼に触れていたい……という気持ちが常にある。
だから。
はやる気持ちが行動や表情に出ないよう注意しながら、執務室の扉をノックする。
「はい」
聞いたことのない女性の声が聞こえてきた。
驚く間もなく、ドアが開けられる。
目に飛び込んできた女性の姿に息を飲む。
黒みがかったストレートの紅い髪。炎のような赤い瞳。血色のいい白い肌。
レオナルドが着ているのと同じ白い軍服を着ているのだが……。
胸元の大きな膨らみ、くびれたウエスト、太股にフィットしたズボンと言い、軍服なのに軍服と思えない艶やかさがある。さらに口元のほくろが何とも言えない色香を漂わせている。
だ、誰……!?
アルベルトを追いかけ、宮殿にも王宮にも何度も足を運んでいたが、こんな美女、見たことがない。一度見たら、絶対に忘れないハズだ。
「ああ、パトリシア。お昼を届けてくれたのだね」
レオナルドの声にハッとして我に返り、美女から視線をはずす。
一方のキリッとした美女は扉を片手で押さえ、私が中に入れるようにしてくれている。
よく見ると、軍服の上からでも鍛えられていると分かる腕をしていた。ふくらはぎの筋肉といい、ただ美しいだけの女性ではないと気づく。何せレオナルドの執務室の扉は重い。女性が片手で支えていることに驚いてしまう。
「パトリシア?」
いつまでも中に入らないので、レオナルドが不思議そうな顔をしている。慌てて、執務室の中に入ると、逆に美女は部屋から出ようとしている。
「グロリア、待ってほしい」
レオナルドが呼び止めると、その美女――グロリアは扉から手を離す。パタンと扉が閉まった。
「……アズレーク?」
あんなにしっかり抱きしめられて眠りについたはずなのに。
隣にいるはずのアズレークの姿はない。
伸ばした手で触れるシーツは既に冷たい。
今日は王宮へ出向くかどうか。
確認せずに休んでしまったが。
カロリーナの一件があったのだ。
その前はグレイシャー帝国に出向いたりで、仕事を休んでいた。
早く式を挙げろと国王陛下からいくら言われても。
目の前にはすべきことが山積みなのだろう。
それにアズレークは……魔術師レオナルドは、一度は自身の番|(つがい)はこの世界に存在しないと色恋沙汰への関心を失い、国に尽くすと決めたのだ。結果、仕事中毒(ワーカホリック)と言われるほど、日々激務をこなしてきた。私が見つかったからといって、急に手を抜くわけにはいかないのだろう。
ゆっくり起き上がり、窓の外を眺める。
つい数週間前は。
窓から見える庭の木々に葉はなかったのに。今は沢山の青々とした葉でおおわれている。
春を待ちわびた木々は日々の天候の変化に敏感だ。その生命力であっという間に花を咲かせ、種子を成し、緑の葉を生い茂らせている。ガレシア王国は、氷の帝国と言われるグレイシャー帝国と違い、春は駆け足で通り過ぎ、温暖な夏がすぐに始まる。夏と言われる期間はとても長い。5月末から10月上旬までの日照時間はうんと長くなり、日没が夜の21時過ぎという日が当たり前になる。
舞踏会も頻繁に行われ、人によって6月から3カ月というバカンスシーズンに突入するのだが。はたしてアズレークはどうなのだろう?
そんなことを思いながら、身支度を始めた。
◇
「とっても甘い香りが漂ってきてしまって。もうすぐお昼なのにね。なんだかティータイムを始めたくなってしまうわ」
アズレークに昼食を届けるため、挽肉たっぷりのパイを焼いたのだが。スノーが「甘いパイも欲しい!」と言い出した。パイと言えば、林檎パイが定番。でも林檎は……。
林檎はスノーの大好物ではあるのだけど。呪い林檎のこともある。何よりも長い冬は終わった。もう初夏の入口も見えている。ならばと桃を使ったピーチパイを焼いたのだが。厨房には桃の甘い香りが漂い、義母のロレナが思わずやってくる事態になっていた。
ピーチパイは二つ焼いている。一つはロレナにティータイムにどうぞと譲ることにして、バスケットにはミートパイとピーチパイ、ピクルスや瓶詰のオリーブをいれていく。
「さあ、スノー、出発よ」
カロリーナの『呪い』により運動不足だったスノーは、外出を心待ちにしていた。アイボリーのフリルのついた実にお上品なワンピースを着ているのに、ものすごい勢いでエントランスに向け、駆けて行く。
「お義母様、それではレオナルドにお昼を届けに行ってきます」
「ええ、気を付けて。いってらっしゃい。スノーちゃんも、気を付けて!」
ロレナに見送られ、馬車に乗り込む。
スノーはいつも以上にはしゃぎながら、エントランスで見送りをするロレナに手を振っている。
いつも通り馬車に揺られ、王宮につくと。
スノーは警備の騎士に連れられ、庭園へと向かう。
警備の騎士が珍しくスノーに声をかけている。聞こえてきた会話は……。
「恐ろしい『呪い』にかけられたと聞いたよ。元気になって良かったね」
「だって、スノーにはレオナルドさまとパトリシアさま、それにお義母さまとお義父さまがいるから。みーんな、スノーのために頑張ってくれたから!」
その微笑ましい会話とスノーたちを見送ると、私は足早にアズレークの……レオナルドの執務室へと向かう。
昨晩、久々にアズレークの腕の中に抱かれて眠ることができた。いや、久々というわけではない。ロレンソの屋敷でも二人で抱き合って休んでいる。それでも……足りない。もっとアズレークと一緒にいたい。彼に触れていたい……という気持ちが常にある。
だから。
はやる気持ちが行動や表情に出ないよう注意しながら、執務室の扉をノックする。
「はい」
聞いたことのない女性の声が聞こえてきた。
驚く間もなく、ドアが開けられる。
目に飛び込んできた女性の姿に息を飲む。
黒みがかったストレートの紅い髪。炎のような赤い瞳。血色のいい白い肌。
レオナルドが着ているのと同じ白い軍服を着ているのだが……。
胸元の大きな膨らみ、くびれたウエスト、太股にフィットしたズボンと言い、軍服なのに軍服と思えない艶やかさがある。さらに口元のほくろが何とも言えない色香を漂わせている。
だ、誰……!?
アルベルトを追いかけ、宮殿にも王宮にも何度も足を運んでいたが、こんな美女、見たことがない。一度見たら、絶対に忘れないハズだ。
「ああ、パトリシア。お昼を届けてくれたのだね」
レオナルドの声にハッとして我に返り、美女から視線をはずす。
一方のキリッとした美女は扉を片手で押さえ、私が中に入れるようにしてくれている。
よく見ると、軍服の上からでも鍛えられていると分かる腕をしていた。ふくらはぎの筋肉といい、ただ美しいだけの女性ではないと気づく。何せレオナルドの執務室の扉は重い。女性が片手で支えていることに驚いてしまう。
「パトリシア?」
いつまでも中に入らないので、レオナルドが不思議そうな顔をしている。慌てて、執務室の中に入ると、逆に美女は部屋から出ようとしている。
「グロリア、待ってほしい」
レオナルドが呼び止めると、その美女――グロリアは扉から手を離す。パタンと扉が閉まった。
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