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第43話:路⑤
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落下の衝撃に耐えるため膝を曲げ体を丸める。
無限と思われる時間の後、
足が柔らかい何かに乗った感触。
「っ!」
マットか!?
思う間もなく足をとられ斜めにすっ転がり、
そして天地が回転した。
天井の火の赤と、それから黒、すさまじい速さで交互に目の前に閃き――――――とどまるすべも無く体をゆすられた後、柔かい塊に体ごと突っ込み回転が止まった。
「う、げほ、ごほっ!」
喉と鼻に何かがつかえ、激しくその場で咳き込む。
生徒を掴んでいた手を離して身を起こすと、ステージの奥側に積まれた幕と衣装の山の中に居ることがわかった。
横を見ると生徒会長がいた、バトンから長く垂れ下がった幕の端を斜めに引っ張りながら息を荒げている。
……ああ、そうか、地上に垂れていたバトンに吊ってあった幕を、とっさに斜めに引っ張って俺たちを受け止めたのか。
肩で息をしながらこちらを見、「無事だな」とつぶやくと、手にしていた幕をバサッと放り投げた。
「出口を開けとくからアイツを連れて来い」と言い置くと舞台袖へと身をひるがえし、椅子を積んだワゴンの脇にしゃがみこんで床を探り始めた。
その時、客席側から大きな音が響いた。音の方へ首を振ったが目に飛び込んできたのは火の壁だった。俺たちが転がっている間に追加で降ってきたらしい例の手作りの色ものの幕は、ステージ上の観客席側に横に広がり、客席とステージを隔てるかのように炎を上げていた。
はぜる火のゆらぐ隙間から観客席にいくつか、火のついた木材が落ちているのが見えた。木材の乗った椅子は火こそあげていないもののブスブスと燻り、黒い煙を上げている。その上からそれをかき消すかのように雨が降りかかっていた。
もう屋根にも火が拡がっているのか……!?
観客席側の窓を見上げるとトラス式天井の高い屋根を這うように炎が燃え広がり、ステージ側の燃えおちた箇所から雨が降りこんでいた。雨が火の勢いを削ぐよりも、広がる速度の方が速いようだ。
急ごうと振り返ると、目の前の幕の山がグワッと持ち上がり、布が割れて生徒の姿が現れた。
「う、えほ、げほっ!」
勢いよく立ち上がった生徒は、まだ体にかかっている布切れや幕を払い落としながら激しく咳をつく。
おそらく煙では無く、このやたら埃っぽい布地のせいだろう。
空気の流れかこちら側に煙は来ていない。
手を差し伸べようとすると、何かがまた降ってくる気配を感じた。
見上げればおき火をあげた燃えさしが二、三個。バサッと音を立てすぐ真横に落ちた。
「う……ッわ!?」
生徒は悲鳴を上げ、直後、恐慌をきたしたように突然駆け出した。
手を伸ばしたが、急に巻き上がった灰色の埃の煙に目をやられ、掴みそこねた。
布の山から一気に飛び降りた生徒はけつまづいて、そのままステージの木地の上に倒れこんだ。
追って山を跳びおり生徒の脇に着地し、伏せたまま咳をついている体を抱え上げようと膝をかがめた途端、またも頭上から落下物の気配。
見れば火のついた幕が裾を大きく広げてこちらに降りかかってきていた。
つい先ほどまで俺たちが居た地点に、熱風を巻き起こして着地する。
広がって布の山を覆ったそれから、みる間に火が燃え拡がっていく。
逃げようと生徒会長が居た方に目をやると、火のついた布の山から飛び出した細長い幕が目に入った。
他の布地と絡まり合いながらしゃがみこんでいる生徒会長の背中近くまで連なっている。
このやたら燃えやすい布のこと、間違いなく導火線のように火が走っていくだろう……!
くそ……だから、ちょっとは片付けろ!! 使ったものは、元の場所にもどせと習わなかったのか!?
たぐりよせようと手を伸ばし幕を掴もうとした瞬間、手の先から逃げるかのように布が動いた。
振り返ると、転んでいたはずの生徒が膝を立てたまま、懸命に手足を動かし布をたぐり寄せていた。
巻き取るように手元に全て引っ張りきって、立ち上がってまとめて横に放り投げようとした、その刹那、
脇にあった布の山から生徒の体へと火が駆け上がった!
「……布から離れろ!目をつぶれ!!」
肩から下ろした消火器のピンを引き抜き、布の山から離れるように動いた生徒のわき腹の火めがけて噴射する。
「うひゃっ」
布から手を離し袖で顔を抑えている生徒の、真っ白になった腹部から火が消えたのを見てとってから消火器をおろす。
「怪我はないか!?」
「た、多分、大丈夫、です、うう、べほっ……」
こげた制服の上から腹をさぐりながら、生徒はまた咳をつく。
「う、げほッ・・・・・・よし、逃げるぞ!」
俺もまた咳をつきながら、生徒の手を引いて走りだした。
立ち上がった様子で分かっていたが、やはり体はかなり回復しているようだった。
舞台脇の生徒会長が居た場所へたどりつく。すると先ほどまで無かった穴が地面に開いており、その中から闇に半分顔を隠した生徒会長が手招いていた。
「こっちだ、急げ」
穴に駆け込み階段を走って降りると生徒会長はすぐに天井の扉を閉めきる。すると差し込む光が消えた周囲は真の闇となった。
火の明るさに慣れた瞳はつぶれたようにくらんだ。
すぐに近くでライトがつき、最初に「頭上注意!」と書かれた看板が照らし出された。
そして灯りは足元の階段へと下がっていき、生徒会長が歩み始めると共に階段の先を照らし出していく。
それを目印に生徒会長の後に続いて歩き始めた。
「この先に外への出口がある、ついてこい」
生徒会長の声が、コンクリートとカビの匂いの闇に反響した。
無限と思われる時間の後、
足が柔らかい何かに乗った感触。
「っ!」
マットか!?
思う間もなく足をとられ斜めにすっ転がり、
そして天地が回転した。
天井の火の赤と、それから黒、すさまじい速さで交互に目の前に閃き――――――とどまるすべも無く体をゆすられた後、柔かい塊に体ごと突っ込み回転が止まった。
「う、げほ、ごほっ!」
喉と鼻に何かがつかえ、激しくその場で咳き込む。
生徒を掴んでいた手を離して身を起こすと、ステージの奥側に積まれた幕と衣装の山の中に居ることがわかった。
横を見ると生徒会長がいた、バトンから長く垂れ下がった幕の端を斜めに引っ張りながら息を荒げている。
……ああ、そうか、地上に垂れていたバトンに吊ってあった幕を、とっさに斜めに引っ張って俺たちを受け止めたのか。
肩で息をしながらこちらを見、「無事だな」とつぶやくと、手にしていた幕をバサッと放り投げた。
「出口を開けとくからアイツを連れて来い」と言い置くと舞台袖へと身をひるがえし、椅子を積んだワゴンの脇にしゃがみこんで床を探り始めた。
その時、客席側から大きな音が響いた。音の方へ首を振ったが目に飛び込んできたのは火の壁だった。俺たちが転がっている間に追加で降ってきたらしい例の手作りの色ものの幕は、ステージ上の観客席側に横に広がり、客席とステージを隔てるかのように炎を上げていた。
はぜる火のゆらぐ隙間から観客席にいくつか、火のついた木材が落ちているのが見えた。木材の乗った椅子は火こそあげていないもののブスブスと燻り、黒い煙を上げている。その上からそれをかき消すかのように雨が降りかかっていた。
もう屋根にも火が拡がっているのか……!?
観客席側の窓を見上げるとトラス式天井の高い屋根を這うように炎が燃え広がり、ステージ側の燃えおちた箇所から雨が降りこんでいた。雨が火の勢いを削ぐよりも、広がる速度の方が速いようだ。
急ごうと振り返ると、目の前の幕の山がグワッと持ち上がり、布が割れて生徒の姿が現れた。
「う、えほ、げほっ!」
勢いよく立ち上がった生徒は、まだ体にかかっている布切れや幕を払い落としながら激しく咳をつく。
おそらく煙では無く、このやたら埃っぽい布地のせいだろう。
空気の流れかこちら側に煙は来ていない。
手を差し伸べようとすると、何かがまた降ってくる気配を感じた。
見上げればおき火をあげた燃えさしが二、三個。バサッと音を立てすぐ真横に落ちた。
「う……ッわ!?」
生徒は悲鳴を上げ、直後、恐慌をきたしたように突然駆け出した。
手を伸ばしたが、急に巻き上がった灰色の埃の煙に目をやられ、掴みそこねた。
布の山から一気に飛び降りた生徒はけつまづいて、そのままステージの木地の上に倒れこんだ。
追って山を跳びおり生徒の脇に着地し、伏せたまま咳をついている体を抱え上げようと膝をかがめた途端、またも頭上から落下物の気配。
見れば火のついた幕が裾を大きく広げてこちらに降りかかってきていた。
つい先ほどまで俺たちが居た地点に、熱風を巻き起こして着地する。
広がって布の山を覆ったそれから、みる間に火が燃え拡がっていく。
逃げようと生徒会長が居た方に目をやると、火のついた布の山から飛び出した細長い幕が目に入った。
他の布地と絡まり合いながらしゃがみこんでいる生徒会長の背中近くまで連なっている。
このやたら燃えやすい布のこと、間違いなく導火線のように火が走っていくだろう……!
くそ……だから、ちょっとは片付けろ!! 使ったものは、元の場所にもどせと習わなかったのか!?
たぐりよせようと手を伸ばし幕を掴もうとした瞬間、手の先から逃げるかのように布が動いた。
振り返ると、転んでいたはずの生徒が膝を立てたまま、懸命に手足を動かし布をたぐり寄せていた。
巻き取るように手元に全て引っ張りきって、立ち上がってまとめて横に放り投げようとした、その刹那、
脇にあった布の山から生徒の体へと火が駆け上がった!
「……布から離れろ!目をつぶれ!!」
肩から下ろした消火器のピンを引き抜き、布の山から離れるように動いた生徒のわき腹の火めがけて噴射する。
「うひゃっ」
布から手を離し袖で顔を抑えている生徒の、真っ白になった腹部から火が消えたのを見てとってから消火器をおろす。
「怪我はないか!?」
「た、多分、大丈夫、です、うう、べほっ……」
こげた制服の上から腹をさぐりながら、生徒はまた咳をつく。
「う、げほッ・・・・・・よし、逃げるぞ!」
俺もまた咳をつきながら、生徒の手を引いて走りだした。
立ち上がった様子で分かっていたが、やはり体はかなり回復しているようだった。
舞台脇の生徒会長が居た場所へたどりつく。すると先ほどまで無かった穴が地面に開いており、その中から闇に半分顔を隠した生徒会長が手招いていた。
「こっちだ、急げ」
穴に駆け込み階段を走って降りると生徒会長はすぐに天井の扉を閉めきる。すると差し込む光が消えた周囲は真の闇となった。
火の明るさに慣れた瞳はつぶれたようにくらんだ。
すぐに近くでライトがつき、最初に「頭上注意!」と書かれた看板が照らし出された。
そして灯りは足元の階段へと下がっていき、生徒会長が歩み始めると共に階段の先を照らし出していく。
それを目印に生徒会長の後に続いて歩き始めた。
「この先に外への出口がある、ついてこい」
生徒会長の声が、コンクリートとカビの匂いの闇に反響した。
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これからまた、のろのろと更新再開をしていく予定です。
宜しければまた、お付き合い頂けると嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました。
個人的には風紀委員長受け希望(*´ω`*)
続き楽しみにしてます(^o^ゞ
ご感想ありがとうございます!
雑食嗜好の上に嗜好がコロコロ変わる癖があるため確約はできないのですが…
委員長が受けをする場面が入る確立は今のところ高いかなあ、と思っています。
攻めをする場面が入る確立も結構高いのですが、もし
地雷で無いようでしたら読んで頂けると嬉しいです(*´∀`)