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第40話:路②
しおりを挟む受け取った消火器とシーツを脇に抱えて、連絡のために無線の委員会用送信ボタンを押そうとしたところで先に受信が入った。
「古川です、委員長、…と会長!
指示通りに鉄格子の無い窓の真下にマットを積んでおきました!
ほかに何かご指示はありますか!? どうぞ」
ちょうど俺が指示しようとしていた事を、先に報告された。
そうか、生徒会長がさっき降りたとき、風紀委員に会って指示していたのか。
こいつも外に出た時に窓の事に気がついて、救出時の脱出経路にしようとしてたんだな。
しかし、そこまで気のつくやつがここへ戻ってきて火元の部屋に飛び込もうとしていたということは、それ以外の手段がなかったということだ。
改めてのっぴきならない状況を思い知らされる。
「分かった、ありがとう。
火災が広がりそうな状況になっている。
燃えさしなどが落下する可能性があるので速やかに建物から離れてくれ。以上!」
無線機をポケットにしまい、突入の準備をする。
受け取った消火器のホース受部分に外から紐を巻いて外れないよう固定し、ホースと消火器の間に腕を通して肩にかける、それから逆側の肩に縦に細く畳んだシーツをかけて腰で結んでたすき掛けにして、同じ側の肩に転がっていたロープを巻きつけた。
ついでに脇に落ちていたヘルメットを被った。ツバがあるので視界が確保できるだろう。
準備を終え窓へ向かう途中で目に付いたナイフ、これも棚から掴みとってポケットに突っ込む。
緊急時に何かを切り払う必要もあるかもしれない。
と、ナイフがポケットの中で何かにガチンとぶつかった。スマホだ。
そこで気がついた。会長との連絡手段が必要だ。
会長は無線機を持っていない。
スマホは持っているだろうが、『生徒会長と仲の悪い風紀委員長』のスマホには果たして生徒会長の番号が登録してあるだろうか。
急いでスマホを覗くと『御堂修一郎』とフルネームで登録されていた。
良かった、『バカ』とか『アホ』とかで登録されてなくて。
そうだったら番号を聞く手間がかかってしまう。
番号をタップするとすぐ会長が応答し、直接聞こえる音声と電話越しの音声が二重になって聞こえた。
「おい、通話中にしておいてくれ、それで様子が分かるだろ」
「わかった、それよりお前、命綱をつけろ」
「いらん、やり直す時間は無い」
窓に走り寄りながら答えた。
着けていれば落ちても助かるだろうし、もう一度綱をよじ登って再挑戦することも出来るだろう。
けれどその間に2分、確実に経ってしまう。そしたらタイムオーバーだ。
それにこの綱を命綱にしてしまったら、この窓の近くに綱をくくり付け、向こう側に渡った後にほどく事になるのだから持っていけなくなる。
生徒を窓から降ろすことになるかも知れないし、その時必要になるのだから置いてはいけない。
下にマットがあるにしても、そのまま飛び降りるよりある程度綱で降りた方が安全だ。
一回だ、それでやるしかない。
「おい、それだと……!」
生徒会長はまだ何か続けて言っているようだが、しかしもう答えている時間は無い。
窓枠に乗り込んで窓を開け、嵐の向こうを睨む。
先ほどよりかなり雨足が弱くなっている。台風の目に入ったのだろうか。
これなら、外を通っていくのも先ほどの暴風時よりはやりやすそうだ、……だが、火が拡がるのも早くなるだろう。
もともとなかった猶予は更に無くなっている。
頭のどこかが、ちりちり熱くなっているように感じた。雨に吹き付けられても冷える気配がない。
手を窓の右の枠に添え体をねじって右側、進行方向を見据えた。
助走をつけることができる空間的余裕は無い。ぐっと体を後ろに引いて、弾みをつけて右斜め前に思い切り踏み出した。次の瞬間、嵐のただ中に浮いていた。
雨が顔に叩きつけるように降り注ぐ。
切れ切れの視界の中に次の足場が迫ってきて、足が硬い地を捉えた……途端、視界が横に滑った!
「ぐ……!」
苔か…!
まともに踏みつけてずるりと左に滑っていく右足。
それに逆らいグンと上体を思い切り前に倒す、その勢いを乗せて左足で足場を踏みつけ、体勢を崩したまま跳躍する。
そして再度宙に舞った。
渦巻くしぶきを受けながら、視野に捕らえた次の足場の様子をみて、驚いた。
亀裂が走っている!
足場の付け根、建物との境界側あたりに窓に沿って巨大な亀裂が走っていて足場が風に揺れていた。
――――しまった…!
駄目だ! 落ち……
いや、待て!
とっさに壁側に上半身をねじって手を上に伸ばす。窓の上に突き出した枠を引っ掛けるようにしてなんとか掴んだ。
バン、と思い切り窓にぶつかったが、衝撃に耐え、細い窓枠に急いでつま先だけ掛けた。
掴んだ木の枠はその間大きな軋みをあげ続けていた。
どこもかしこもガタがきているようだ。
とにかく、俺が渡る間だけ何とか持ってくれ!
少し息を整える。そしてギイギイと軋み雨にぬるつく木枠を掴みながら少しずつ横に移動し、なんとか窓の端にたどり着いた。
そこは建物の端でもあった。
首を伸ばして建物の裏を覗くと、今ある足場と同じ高さに木の足場が続いていた。
それに乗り移り、また端まで伝っていくと先ほど屋内の廊下から透かして見えた窓にたどり着いた。
肩から消火器を外して、底の部分で思い切りガラスを打つ。
割れたガラスの隙間から手を差し込んで内鍵を開け、体をかがめて隙間を通り抜けようとした瞬間、
ーーーー大きな音が聞こえた。
はるか下方で、ガラガラ、何か落下するような巨大な音。
もしかすると、あの風に揺れていた足場が落ちたのか?
雨にぬれた肩が、さらに冷たくなったように感じた。
肩をすぼめようやく窓枠をくぐり抜けてから、改めて室内を見回す。
まだ部屋の奥まで見渡すことができ、煙の気配は薄いように見えたが、きな臭い匂いを強く感じた。
生徒はドアの前に山と積まれたステージ台の前に、廊下側から見た時と同じ姿勢のまま倒れていた。
肩からほどいたシーツで急ぎ鼻と口を覆いながら、ポケットのスマホに向けて叫ぶ。
「室内に着いたぞ!」
「ああ、で、あのバカは生きてんのか?」
あお向けに倒れている生徒の脇に屈み頬をたたくと、すぐに目を薄くひらき、おぼつかない目つきでこちらを見かえす。
「おい、火事だ…逃げるぞ。立てるか?」
生徒は、ぐぐ、と手足に力を込め立ち上がろうとしたようだが、力の入らない弱々しい様子だった。
「意識はあるが足を痛めているようだ。窓から降ろして脱出する」
生徒に肩を貸しながら、生徒会長に状況を伝える。
よろめく体を立ち上がらせたところで濡れたシーツの半分を生徒にかぶせて端で口をおさえさせた。
「いいか、できるだけ低い姿勢で歩くんだ。急いで」
通ってきた窓から綱でくくった生徒を降ろして、それを伝って自分も下に降りよう。
動きづらそうな生徒を支えながら、もと来た窓の方へ体を返す、と、窓の外に火の舌がちらちらとおどるのが映った。次の瞬間ブワッと、火はふくらんで室内に舞いこんだ!
外壁から火が回ったか……!
「窓はダメだ!火が回って使えなくなった!どこに行った方がいいかわかるか!?」
「なら目の前の階段をのぼれ!
登れば足場がある、一階分だけ登ってそこに伏せてろ!
後は何とかする!」
煙が縦に昇る速度は非常に速く、螺旋階段を使うのは危険だ、が、そうするしかなさそうだ。
「わかった」と言うとすぐシーツの端を口に当て、半ば生徒を抱えるようにして急ぎ階段に押しかけた。
そして、一段目に足をかけた途端、後ろで爆音が響いた。
振り返ると、火元の部屋側のドアが弾けとび、火砕流が走っていた。
廊下側のドアの前に積んであったステージ台は火砕流に巻き込まれ、勢いよくメラメラと燃え上がっている。先程まで生徒が居た場所だ。
知らず唾を呑んだのを感じたが、すぐ階段に向き直り次の段に足をかけた。
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