BL世界に迷い込んだ人、死を賭し風紀を取り締まる(旧:オリジナルBLでよくある設定の世界に迷い込んだ人の話)

とりのようこ

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第38話:まどい

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「おい!どうして戻ってきた、講堂の外に―――!」

「あ?
 何で俺がお前の命令なんか聞かなきゃなんねえんだ。
  まだ中に生徒がいるだろ。お前こそとっとと逃げろ」

 ざん、と水音が響く。
 遮蔽物しゃへいぶつの隙間から見た生徒会長は、バケツを置くところだった。
 
 こいつ、まさか……!
 
「待て!何を考えてる!
 その部屋には入るな、火元だぞ!」

「そう言ってたな」

 言いながらシーツを被り体に巻きつけている。

「よせ!
 消防か校内の応援がもうすぐ来る、とにかくそれまで待て!」

 ……嘘だ。
 本当はそんなものが間に合うとは思ってない、
 だが、とにかく火元に飛び込ませるわけには行かない。

「間に合わねえよ。
 木造の講堂が燃え広がるのはあっという間だ。
 ここは山の上だし台風に人手を取られて消防は遅れるかも知れねえ。
 応援が来ても人数が増えるだけ、この状況で何が出来るわけでも無いだろ。
 お前もわかってんじゃねえのか」

 駄目だ、やはり会長も気がついている。
 淡々と言いながら手早くシーツを体の前で留め、持ってきたらしい消火器を手繰り寄せる。
 
「そうかもしれないが……とにかくそこからは入れない!
 もう天井に火が達しているから消火はできない!
 それに火がくすぶってるのが見えた、ドアを開けたらバックドラフトが……」
 
「だとしても、もう他にどうしようもねえだろ。
 倒れてる馬鹿の所へはこっからしか行けねえんだ。
 お前も打つ手が無いからまだそこに居んだろ?」

 こちらを見返した目に宿る強い意志の光。一瞬言葉を止めそうになるが、会長がノブに手を伸ばそうとしたのを見て我に返った。

「俺の方から壁を伝って生徒の所へ行けるかもしれない、突入は待て!」
 そう、あの鉄格子の無い窓に、外壁を伝って行く事が出来れば、窓を割って部屋に入れるかもしれない。

 生徒会長はノブに伸ばしていた手を下ろした。応えたと見なし、急いで窓を開け、雨の中に首を出して螺旋階段側の外壁を見る。

 鉄格子の無い窓まで伝って行ける様な足場は無いかと見れば壁の一番向こう側まで2つほど、窓の横に沿って20センチ程度突き出した足場が続いているのが分かった。しかし足場同士にはかなり距離がある。
 たたき付ける雨のしぶきで、黒く濡れた足場の細かな様子は良く見とれない。
 渡す板でもあれば、と思ったが、足場は下側に傾斜しているようで、板を掛けられるかは心もとない。

 飛べばぎりぎり届くかもしれないと言うほどの距離。この激しい雨の様子ではその見立ても正しいかは分からない。

 下を見れば校舎の外壁に沿って花壇がしつらえられ、尖った木の柵がそれを囲っていた。花壇から校舎に至るまでの地面は石畳で覆われている。
 高さは三階だが、建物の作りか中三階から四階程度の高さがあるようだ。落ちる場所が悪ければ、死ぬ可能性は十分ある。

 ――――――――――死。



 そこで、しばし立ちすくんだ事に気がついた。
 
 驚いた。今、俺は立ち止まったのか?
 今まで人を助けるのに、躊躇ちゅうちょしたことなど無かった。

 何回も、人を助けたことはあった。
 線路上に落ちた人、増水した河川に落ちた子供。
 
 そんな時、足を止めたり迷うことは無かったのだ。自分がほんの子供だったころを除いては。
 いつも気がついたら体が先に動いていた。
 ……では、どうして、今。

 いや、違う、当たり前だ。
 そうだ。相手が人間じゃないかもしれないと思っているからだ。
  
 人ならぬ魂の無い存在、それどころか悪魔のようにこちらを取って食うかもしれない存在。
 そんなものに騙されて命を落とすかもしれない、そう思っているのだから当然だ。


 ―――――しかし、おれはそんな大事を、さっきまで忘れて、いたのか?
 なぜ。
 いくら火事場だからといっても。


 
 ……本当に、この世界の全ては幻なのか?
 バカみたいな事を言いながら鍋を食べて、心配そうにアジシオをよこしてきた。突然喧嘩を売ってきてあまつさえ殴りかかってきて……、誰かを呪ったり憎んだり叫んだり。
 あの声の全てに、命が無かったのだろうか。騒ぎは全て幻なのか。
  

 それは………



「30秒だ、もういい」

 自分の思いの世界から引き戻される。
 ―――しまった!振り返ると生徒会長はシーツをかませた手をノブにかけようとしていた。

「……やめろ!」

「もう待ったろ。
 もういい。
 お前もとっとと逃げろ」

「よせ、死ぬ気か!」

とっさに転がっていたホウキを隙間から押し込み、ドアと生徒会長の間を遮る。
 ―――何故俺はこんなに必死なのだろう?
 幻かもしれないと疑っている相手に。
 ……けれども、それでも。

生徒会長はホウキの柄をひっ掴むと、遮蔽物の隙間からギッと睨みつけてきた。

「うるせえよ!下がってろ邪魔くせえ!
   何もしねえなら邪魔すんじゃねえ!」

 叫ぶと思い切りホウキを押し返してきた。
 半端な体勢で腕を伸ばしていたため、押し負けてたたらを踏む。

「く……ッ!」

「おい、本当に、お前も逃げろ。
 風紀だのなんだの言ってもただの生徒、
 危ない事をする必要はねえ」

体勢を戻して見ると、先ほどまでの激情と打って変わった無表情。淡々とそう告げた。
「お前だって―――――――――――」

「俺?
 俺は生徒会長だからな。
 生徒は皆俺のものだ。
 俺の目の前で勝手な事はさせねえよ」

 俺の言を待たずノブを捻る。

「じゃ、連絡はよろしくな」
 そう、こともなげに。


 





 ―――――――――――――勝手な。
 なんて勝手な。

 勝手に、こんな世界に呼び出して、
 勝手に、火事に巻き込み、
 勝手に、人の事を持ち上げて騒いで
 世界の終わりだのBLだの呪いだの強姦だの。

 幻か何かすらわからないまま人を欺いて。
 そのあげく、俺の目の前で火に飛びこんで人を助けようとする。
 

 




 どいつもこいつも、

 

 勝手な。
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