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第25話:ならず者どもは雨を行く
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そのまま、玄関まで下りて合羽と長靴を付け再度外へ出てC棟へ向かう。
その途中も生徒会長はずっと貝の様に押し黙っていた。
その後の見回りはかなりスムーズに進んだ。
C棟でも、たて続けに見回ったほかの生徒寮でもB棟のような騒ぎが起こらなかったためだ。
生徒達は俺達を見かけた最初、ほんの少しの間だけ騒ぐものの、生徒会長の不機嫌な様子を見た途端に騒ぎのトーンを落とした。
騒ぎが消えるわけではないものの、進路の邪魔に成るほど近づいてきたり、話しかけられる事は無くなった。
生徒会長とも会話が無いため足止めをくらうような事は何も起こらず、C、D棟の見回りはB棟の1/3程度の時間で済ませられた。
こいつが静かだと本当に楽だ、と2m程度後ろから聞こえ続ける足音を伺いつつ考える。
足音はもう大きなものでは無くなっているが、不機嫌な表情と無言はずっと維持したままだ。
その不機嫌の原因は間違いなく俺だが、今フォローする気はまるで起こらない。
対策を打っていない今のままの状態で何を話してもボロが出るだけと分かりきっているし、そもそも本当に人間らしい感情から怒っているのかすら分からないのだから。
とにかく一刻も早くこの不毛な時間を終らせようと早足で歩き続け、ときたま無線で入る報告を受ける時だけ立ち止まって応答し、終わればまた歩き出す。ひたすらそれを繰り返していた。
「田中から恐川委員長へ、第三校舎南棟の見回り終了しました、特に異常はありません。この後は予定通り部活棟方面に向かう予定です。どうぞ。」
「恐川より田中へ、部活棟周辺は既に小此木達が見回りに向かっているため、進路を変えて武道館の見回りを行ってほしい。どうぞ。」
「田中から恐川委員長へ、武道館ですね。了解しました。」
「麻生から恐川委員長へ、倒木を見つけました。第二校舎東側、開校50周年記念樹付近に木が倒れかかっています。雨に木の根元がやられて倒れたようです。落雷では無いため火災の恐れはありません。周辺に負傷者は居ませんでした。どうぞ。」
「恐川より麻生へ。了解、危険区域として本部に報告して通行禁止にしてもらう。
そこから離れて見回りを続けてくれ。どうぞ。」
「麻生から恐川委員長へ、了解しました。」
報告はこまめに入るものの、大事は起こって無いようなので捌くのは簡単だ。
自分からも報告と連絡をしながら割り当ての棟の見回りを進めていく。
「恐川より佐藤へ、こちらはこれからE棟へ向かう。
どこにいるか教えてほしい。どうぞ。」
「佐藤より委員長へ。現在は第2倉庫付近に居ます。今のところ異常無し。
あと20分程度見回りにかかりそうです。どうぞ。」
「恐川より佐藤へ、佐竹達が第一体育館の見回りを終えたので屋内練習場方面へ移動している。そちらは単独班で充分と思われるため、倉庫付近の見回りが終ったら別の場所を見回って欲しい。見回りが終った時点で連絡してくれ。どうぞ。」
「佐藤より委員長へ、了解しました。」
「田中より委員長へ。武道館へ向かう途中に負傷者一名発見しました。
自転車ごと溝に落ちて気絶していたので、救助して自転車小屋の下に運びました。
今は意識が回復しています。打ち身が足に少し有る様子です。どうぞ。」
「恐川より田中へ、負傷者の件了解した、救護班を呼ぶので到着までそこに居てくれ。どうぞ」
「田中から委員長へ。了解しました。待機しています。」
何だ最後の報告は、と思いつつ無線機器をポケットにしまい直し、次の棟へ向かうべく雨の中に出る。
こんな日に自転車で脱走とはロックな話だ。
台風が来るとサーフィンをしに行く若者的な何かなんだろうか。
そういえば学年に一人は必ず居たもんだ、修学旅行とかイベント時に必ず馬鹿なことをして悪目立ちするやつが。
何となく人間味を感じるような気がしないでもない。
人間味、か。思い返してみれば、生徒会長の反応もなんだか人間じゃないものが化けているとはとても思えないほど真に迫るものがあった。
何と言うか…本当に、"風紀委員長・恐川"とずっとやりあってきたかのような態度だった。
…もし、そうだとすれば、あいつの見てきた恐川とは一体誰なのだろう。
分からない。
天を降り仰ぐと雨が目隠しビニールの向こうから目に降りかかってくる。
次々と視界に水の薄幕を広げてはすぐに雫となって視界の横へと流れ去って行く。
雨は、天の一点から放射上に拡がり降り注いでいるように見える。
この雨は、何処からやってきているのだろうか。
目に映る天を覆う雨雲の向こうにはちゃんと成層圏があって、その向こうには宇宙が拡がっているのだろうか…
いやいや、駄目だ、とまた思考を差し止める。
よそう、宇宙のことなんて平常時に考えていても気が遠くなる事があるテーマだ。
こんな時に絶対に考えるべきじゃない。
全く、本当にどうにも、何か考えずに居られない性分みたいだ。
心を無にして見回りを終らせねばと更なる早足で次の巡回先であるJ棟方面に歩を取ろうとしたが、そこでふと昴の言っていた言葉が頭を掠めた。
『Fクラス寮の南側のフェンスが壊れそう』、『台風で壊れる可能性も有りその時は優先的に警備したほうがいいかもしれない』…
そういえば次に回るJ棟は問題児を集めたFクラス専用の寮であるらしい。
他の寮に関してはクラスごとの寮分けなどしていないが、Fクラスだけは特別問題が多いのでまとめて1つの棟に入れられ隔離されており、外出禁止の日は外に通じる出入り口は締め切られ正門に警備が立ち通行を管理されるのだとか。
何だか刑務所じみているが、強姦常習犯が居る事を考えれば対応として正しいのかもしれない。
生徒の人権問題で騒がれたりはしないだろうかと聞いた瞬間思ったが、そう言うことで騒ぎそうな世界観とは思えないとすぐ自答した。
…ちょっと待てよ、昴がそう言っていた…ということは、つまり?
ふと頭に浮かんだ考えに対処するため、無線機器をポケットから取り出し送信ボタンを押す。
「恐川より、生徒寮見回り担当の風紀委員へ。
現在見回っている棟の巡回が終ったら、G棟に集合してくれ。
台風の前に、J棟の南側のフェンスが壊れかけているという情報があった。
この風雨で完全に壊れてしまい、そこから生徒が脱走する可能性がある。
すでに勝手に外出した生徒が見つかっている、脱走生徒が出る可能性は高い。
今見回っている棟を急いで出る必要は無い、通常通り今居る棟を見回り終わったら次にG棟の東門前に集まってくれ。」
無線機器の送信ボタンを離し、また合羽のポケットに戻す。
…物語において、「何かが起こるかもしれない」と語られた時、大抵それは後で実際に起こる。
可能性だけ語られて終わる事は殆ど無い。事に、「問題を起こしそうな不良が居る。」みたいな内容であれば、その問題は確実に起こる。
この世界が物語の中であるならば、脱走も確実に起こるんじゃないだろうか。
そう思って応援を呼んだ。
別に誰が何人逃げ出そうがどうでもいいが、たった二人では大勢に出くわして実力行使で来られた時心もとない。
生徒寮を見回っている班員だけで12人いる。皆屈強そうな外観だし、その人数で充分だろう。
集合までの待ち時間が多少あるため、G棟の軒下の雨のかからないベンチに座って休憩を取る。
G棟はJ棟に一番近い。
棟は必ずアルファベット順に並んでいるわけではなく、H棟とI棟はなぜか北側にかなり離れた所にある。
そのためG棟東側からはJ棟の西側のフェンスが見える。
生徒会長は合羽の上だけ脱いで壁際のベンチにドカッと座り、腕を組み壁にもたれかかって目を瞑った。
自分は他のベンチで無線機器と逆側のポケットにしまっていたスマートフォンを出して怪談投稿サイトを開いていた。
ときたま入る報告を受けつつ新着の怪談をチェックする。そうしていると、15分も経った頃には全員集まっていた。
自分と生徒会長を合わせて全員で14名。
7人ずつの2班に分け、それぞれが時計周りと半時計周りでJ棟周辺を見回るように指示を出した。
時計回りに回る組がJ棟方面に歩き出す背中を見てから、こちらも出発しようかと説明中もベンチで眠っていた生徒会長の方を振り返る、とすでに生徒会長は元通り合羽を着て歩き出そうとしている所だった。
ソツの無いやつだ。
そのまま、こちらの組もJ棟に向けて歩き出し、J棟のぐるりを巡るフェンスにたどり着くと先ほどの組と逆の方に進路を取る。
ぴちゃぴちゃ、ぬかるみの水を掻き分ける音を立てながら歩いていると、突如雨を縫って悲鳴が上がるのが聞こえた。
「嫌だ!誰かっ…、誰かぁ……!!」
声変わりをしていない少年特有の高い声。
強姦事件多発、と言う昨日の議題が頭をよぎる。
ちょっと逡巡した間に他の風紀委員が先行しフェンスの破れ目があるはずの南側方面へと走り始めたので、すぐに後を追って駆ける。
フェンスの切れ目で左折し、少し走ると、ある地点でフェンスが外に向けて倒れ掛かっているのが遠目に見えた。走りながら近づくと斜めに倒れ掛かったフェンスと真っ直ぐ立っているフェンスの間に逆三角に開いた切れ目を、次々飛び越している半裸の男達が見える。
走りながら無線機器の送信ボタンを押し風紀委員に連絡を取る。
「J棟南側フェンスが壊れ生徒が脱走している、生徒寮見回り組は急いでそちらに向かってくれ。
副委員長は本部に伝達を頼む。」
フェンスの破れ目までたどり着くと先行していた風紀委員と脱走者達が対峙していた、そのまま走って先頭に居る風紀委員の隣に並ぶ。
脱走生徒たちは何故か上半身裸だったり、Tシャツ一枚の薄着のものばかりだ。それぞれ小脇に荷物を抱え、今は足を止めて風紀委員達を見返していた。
先行していた風紀委員がそれに怒鳴り付ける。
「お前ら!外出禁止だぞ!何をしている!」
「風紀か…、もう来たのか。おい、どうするよ?」
フェンス脇にいた長髪の男が隣にいる右半分が白、左半分が黒髪の男に呼びかける。
「ち、構うかよ。
人数が少ないうちに畳んで逃げちまえ!」
白黒髪の男がそうがなった途端、俺に一番近い場所に立っていた青い髪の男が突如突進してきた。
言葉も言い終わらぬうちに走り出したその反射と突進の速さには少し驚いたが、体重をかけ打ち込もうと引いた手の筋は大降りで遅い。
めくらめっぽうに男が突き出した左腕の右側に屈んで回ると、すぐ足を払い上げる。
と、男はひっくり返り蹴り上げた勢いのまま背中から水溜りに突っ込んだ。
跳ね上がった泥水がフードの目隠しビニールにかかり前が見えなくなったのでフードを後ろに跳ね除ける。
途端、対峙していた不良生徒達から叫び声があがった。
「うわ!恐川だ!!」
「マジか!最初に出くわすとは…!」
青髪の男に続けてこちらに詰め掛けようとしていた集団はざわめき足を止める。
「おいお前ら、何ださっきの悲鳴は!」
逡巡している集団に向け、俺の後ろからやってきた生徒会長が走って来ざまに怒鳴りつけた。
「んだてめぇは。」
白黒髪の男は腕を組んだまま顎をしゃくって下目で生徒会長を睨みつける。
「答えろ。」
生徒会長の問いにこちらも重ねて問いかける。
「あ?悲鳴だぁ?」
問い掛けられた生徒は斜めに倒れたフェンスに肘から先をかけて、意地が悪そうに顔を引き歪め笑って答える。
「あーそりゃゴキブリだよ。ゴキブリ。
J棟だけ設備がなってねえからよ。すげえデカいのがよく出てくんだよ、そんで軟弱なカマみたいな奴が悲鳴でもあげたんだろ?」
ふん、と鼻で笑って言い放ったところへ、
「嫌だっ…!助けてぇ…!!」
「はっ!泣こうが叫ぼうが誰も来ねえよ!」
再度の悲鳴と、絵に描いたような悪漢のセリフが続けざまに聞こえ、白黒髪の男の付いたばかりの嘘を暴いた。
左を向きフェンスの隙間から目をこらして悲鳴の方向を伺うと、建物のコの字型に開けた空間の奥側、突き出した2階の軒下に引き込まれ襲われている男子生徒が見えた。体の大きな生徒にのしかかられて素足をばたつかせ叫んでいる。
「は、そうかお前らがゴキブリか。確かにこんな大きなやつ見たことねぇな。
出たってんなら根こそぎ潰さねぇとな…?」
フードの下の口をゆがめ、生徒会長は不適に不良生徒を挑発する。
「あア!?人を虫呼ばわりとは随分育ちがいいな!
顔も見せねえ卑怯者が俺たちをどうやるってよ?」
白黒の髪の男は苛立たしげに鼻と目をひきつらせながら生徒会長を威嚇する。
「おい、やんのか?恐川だぞ…。」
「馬鹿、状況的にやるしかねえよ…!もう見られちまってんだからな…!」
挑発に答えて殺気立った生徒達は今にもこちらに押し寄せてきそうな気配だ。
見たところ校舎側に居るものとフェンスの外に居るもの全員合わせても20人程度。
近くに居るものから畳んでしまえば何とか成るだろう。
もみ合っているうちに恐らく別働隊も来る。
「…やるぞ。」
昴の言い分だと、こいつも何か武道が出来るはずだ。
「強い」風紀委員長と張り合うのだから相当のやり手だろうと声を掛けた。
「言われずとも。」
答えて取った構えはボクシングのそれだ。
生徒会長が構えを取ったのを合図にしたかのように不良たちはこちらに雪崩を打って走り出した。
その途中も生徒会長はずっと貝の様に押し黙っていた。
その後の見回りはかなりスムーズに進んだ。
C棟でも、たて続けに見回ったほかの生徒寮でもB棟のような騒ぎが起こらなかったためだ。
生徒達は俺達を見かけた最初、ほんの少しの間だけ騒ぐものの、生徒会長の不機嫌な様子を見た途端に騒ぎのトーンを落とした。
騒ぎが消えるわけではないものの、進路の邪魔に成るほど近づいてきたり、話しかけられる事は無くなった。
生徒会長とも会話が無いため足止めをくらうような事は何も起こらず、C、D棟の見回りはB棟の1/3程度の時間で済ませられた。
こいつが静かだと本当に楽だ、と2m程度後ろから聞こえ続ける足音を伺いつつ考える。
足音はもう大きなものでは無くなっているが、不機嫌な表情と無言はずっと維持したままだ。
その不機嫌の原因は間違いなく俺だが、今フォローする気はまるで起こらない。
対策を打っていない今のままの状態で何を話してもボロが出るだけと分かりきっているし、そもそも本当に人間らしい感情から怒っているのかすら分からないのだから。
とにかく一刻も早くこの不毛な時間を終らせようと早足で歩き続け、ときたま無線で入る報告を受ける時だけ立ち止まって応答し、終わればまた歩き出す。ひたすらそれを繰り返していた。
「田中から恐川委員長へ、第三校舎南棟の見回り終了しました、特に異常はありません。この後は予定通り部活棟方面に向かう予定です。どうぞ。」
「恐川より田中へ、部活棟周辺は既に小此木達が見回りに向かっているため、進路を変えて武道館の見回りを行ってほしい。どうぞ。」
「田中から恐川委員長へ、武道館ですね。了解しました。」
「麻生から恐川委員長へ、倒木を見つけました。第二校舎東側、開校50周年記念樹付近に木が倒れかかっています。雨に木の根元がやられて倒れたようです。落雷では無いため火災の恐れはありません。周辺に負傷者は居ませんでした。どうぞ。」
「恐川より麻生へ。了解、危険区域として本部に報告して通行禁止にしてもらう。
そこから離れて見回りを続けてくれ。どうぞ。」
「麻生から恐川委員長へ、了解しました。」
報告はこまめに入るものの、大事は起こって無いようなので捌くのは簡単だ。
自分からも報告と連絡をしながら割り当ての棟の見回りを進めていく。
「恐川より佐藤へ、こちらはこれからE棟へ向かう。
どこにいるか教えてほしい。どうぞ。」
「佐藤より委員長へ。現在は第2倉庫付近に居ます。今のところ異常無し。
あと20分程度見回りにかかりそうです。どうぞ。」
「恐川より佐藤へ、佐竹達が第一体育館の見回りを終えたので屋内練習場方面へ移動している。そちらは単独班で充分と思われるため、倉庫付近の見回りが終ったら別の場所を見回って欲しい。見回りが終った時点で連絡してくれ。どうぞ。」
「佐藤より委員長へ、了解しました。」
「田中より委員長へ。武道館へ向かう途中に負傷者一名発見しました。
自転車ごと溝に落ちて気絶していたので、救助して自転車小屋の下に運びました。
今は意識が回復しています。打ち身が足に少し有る様子です。どうぞ。」
「恐川より田中へ、負傷者の件了解した、救護班を呼ぶので到着までそこに居てくれ。どうぞ」
「田中から委員長へ。了解しました。待機しています。」
何だ最後の報告は、と思いつつ無線機器をポケットにしまい直し、次の棟へ向かうべく雨の中に出る。
こんな日に自転車で脱走とはロックな話だ。
台風が来るとサーフィンをしに行く若者的な何かなんだろうか。
そういえば学年に一人は必ず居たもんだ、修学旅行とかイベント時に必ず馬鹿なことをして悪目立ちするやつが。
何となく人間味を感じるような気がしないでもない。
人間味、か。思い返してみれば、生徒会長の反応もなんだか人間じゃないものが化けているとはとても思えないほど真に迫るものがあった。
何と言うか…本当に、"風紀委員長・恐川"とずっとやりあってきたかのような態度だった。
…もし、そうだとすれば、あいつの見てきた恐川とは一体誰なのだろう。
分からない。
天を降り仰ぐと雨が目隠しビニールの向こうから目に降りかかってくる。
次々と視界に水の薄幕を広げてはすぐに雫となって視界の横へと流れ去って行く。
雨は、天の一点から放射上に拡がり降り注いでいるように見える。
この雨は、何処からやってきているのだろうか。
目に映る天を覆う雨雲の向こうにはちゃんと成層圏があって、その向こうには宇宙が拡がっているのだろうか…
いやいや、駄目だ、とまた思考を差し止める。
よそう、宇宙のことなんて平常時に考えていても気が遠くなる事があるテーマだ。
こんな時に絶対に考えるべきじゃない。
全く、本当にどうにも、何か考えずに居られない性分みたいだ。
心を無にして見回りを終らせねばと更なる早足で次の巡回先であるJ棟方面に歩を取ろうとしたが、そこでふと昴の言っていた言葉が頭を掠めた。
『Fクラス寮の南側のフェンスが壊れそう』、『台風で壊れる可能性も有りその時は優先的に警備したほうがいいかもしれない』…
そういえば次に回るJ棟は問題児を集めたFクラス専用の寮であるらしい。
他の寮に関してはクラスごとの寮分けなどしていないが、Fクラスだけは特別問題が多いのでまとめて1つの棟に入れられ隔離されており、外出禁止の日は外に通じる出入り口は締め切られ正門に警備が立ち通行を管理されるのだとか。
何だか刑務所じみているが、強姦常習犯が居る事を考えれば対応として正しいのかもしれない。
生徒の人権問題で騒がれたりはしないだろうかと聞いた瞬間思ったが、そう言うことで騒ぎそうな世界観とは思えないとすぐ自答した。
…ちょっと待てよ、昴がそう言っていた…ということは、つまり?
ふと頭に浮かんだ考えに対処するため、無線機器をポケットから取り出し送信ボタンを押す。
「恐川より、生徒寮見回り担当の風紀委員へ。
現在見回っている棟の巡回が終ったら、G棟に集合してくれ。
台風の前に、J棟の南側のフェンスが壊れかけているという情報があった。
この風雨で完全に壊れてしまい、そこから生徒が脱走する可能性がある。
すでに勝手に外出した生徒が見つかっている、脱走生徒が出る可能性は高い。
今見回っている棟を急いで出る必要は無い、通常通り今居る棟を見回り終わったら次にG棟の東門前に集まってくれ。」
無線機器の送信ボタンを離し、また合羽のポケットに戻す。
…物語において、「何かが起こるかもしれない」と語られた時、大抵それは後で実際に起こる。
可能性だけ語られて終わる事は殆ど無い。事に、「問題を起こしそうな不良が居る。」みたいな内容であれば、その問題は確実に起こる。
この世界が物語の中であるならば、脱走も確実に起こるんじゃないだろうか。
そう思って応援を呼んだ。
別に誰が何人逃げ出そうがどうでもいいが、たった二人では大勢に出くわして実力行使で来られた時心もとない。
生徒寮を見回っている班員だけで12人いる。皆屈強そうな外観だし、その人数で充分だろう。
集合までの待ち時間が多少あるため、G棟の軒下の雨のかからないベンチに座って休憩を取る。
G棟はJ棟に一番近い。
棟は必ずアルファベット順に並んでいるわけではなく、H棟とI棟はなぜか北側にかなり離れた所にある。
そのためG棟東側からはJ棟の西側のフェンスが見える。
生徒会長は合羽の上だけ脱いで壁際のベンチにドカッと座り、腕を組み壁にもたれかかって目を瞑った。
自分は他のベンチで無線機器と逆側のポケットにしまっていたスマートフォンを出して怪談投稿サイトを開いていた。
ときたま入る報告を受けつつ新着の怪談をチェックする。そうしていると、15分も経った頃には全員集まっていた。
自分と生徒会長を合わせて全員で14名。
7人ずつの2班に分け、それぞれが時計周りと半時計周りでJ棟周辺を見回るように指示を出した。
時計回りに回る組がJ棟方面に歩き出す背中を見てから、こちらも出発しようかと説明中もベンチで眠っていた生徒会長の方を振り返る、とすでに生徒会長は元通り合羽を着て歩き出そうとしている所だった。
ソツの無いやつだ。
そのまま、こちらの組もJ棟に向けて歩き出し、J棟のぐるりを巡るフェンスにたどり着くと先ほどの組と逆の方に進路を取る。
ぴちゃぴちゃ、ぬかるみの水を掻き分ける音を立てながら歩いていると、突如雨を縫って悲鳴が上がるのが聞こえた。
「嫌だ!誰かっ…、誰かぁ……!!」
声変わりをしていない少年特有の高い声。
強姦事件多発、と言う昨日の議題が頭をよぎる。
ちょっと逡巡した間に他の風紀委員が先行しフェンスの破れ目があるはずの南側方面へと走り始めたので、すぐに後を追って駆ける。
フェンスの切れ目で左折し、少し走ると、ある地点でフェンスが外に向けて倒れ掛かっているのが遠目に見えた。走りながら近づくと斜めに倒れ掛かったフェンスと真っ直ぐ立っているフェンスの間に逆三角に開いた切れ目を、次々飛び越している半裸の男達が見える。
走りながら無線機器の送信ボタンを押し風紀委員に連絡を取る。
「J棟南側フェンスが壊れ生徒が脱走している、生徒寮見回り組は急いでそちらに向かってくれ。
副委員長は本部に伝達を頼む。」
フェンスの破れ目までたどり着くと先行していた風紀委員と脱走者達が対峙していた、そのまま走って先頭に居る風紀委員の隣に並ぶ。
脱走生徒たちは何故か上半身裸だったり、Tシャツ一枚の薄着のものばかりだ。それぞれ小脇に荷物を抱え、今は足を止めて風紀委員達を見返していた。
先行していた風紀委員がそれに怒鳴り付ける。
「お前ら!外出禁止だぞ!何をしている!」
「風紀か…、もう来たのか。おい、どうするよ?」
フェンス脇にいた長髪の男が隣にいる右半分が白、左半分が黒髪の男に呼びかける。
「ち、構うかよ。
人数が少ないうちに畳んで逃げちまえ!」
白黒髪の男がそうがなった途端、俺に一番近い場所に立っていた青い髪の男が突如突進してきた。
言葉も言い終わらぬうちに走り出したその反射と突進の速さには少し驚いたが、体重をかけ打ち込もうと引いた手の筋は大降りで遅い。
めくらめっぽうに男が突き出した左腕の右側に屈んで回ると、すぐ足を払い上げる。
と、男はひっくり返り蹴り上げた勢いのまま背中から水溜りに突っ込んだ。
跳ね上がった泥水がフードの目隠しビニールにかかり前が見えなくなったのでフードを後ろに跳ね除ける。
途端、対峙していた不良生徒達から叫び声があがった。
「うわ!恐川だ!!」
「マジか!最初に出くわすとは…!」
青髪の男に続けてこちらに詰め掛けようとしていた集団はざわめき足を止める。
「おいお前ら、何ださっきの悲鳴は!」
逡巡している集団に向け、俺の後ろからやってきた生徒会長が走って来ざまに怒鳴りつけた。
「んだてめぇは。」
白黒髪の男は腕を組んだまま顎をしゃくって下目で生徒会長を睨みつける。
「答えろ。」
生徒会長の問いにこちらも重ねて問いかける。
「あ?悲鳴だぁ?」
問い掛けられた生徒は斜めに倒れたフェンスに肘から先をかけて、意地が悪そうに顔を引き歪め笑って答える。
「あーそりゃゴキブリだよ。ゴキブリ。
J棟だけ設備がなってねえからよ。すげえデカいのがよく出てくんだよ、そんで軟弱なカマみたいな奴が悲鳴でもあげたんだろ?」
ふん、と鼻で笑って言い放ったところへ、
「嫌だっ…!助けてぇ…!!」
「はっ!泣こうが叫ぼうが誰も来ねえよ!」
再度の悲鳴と、絵に描いたような悪漢のセリフが続けざまに聞こえ、白黒髪の男の付いたばかりの嘘を暴いた。
左を向きフェンスの隙間から目をこらして悲鳴の方向を伺うと、建物のコの字型に開けた空間の奥側、突き出した2階の軒下に引き込まれ襲われている男子生徒が見えた。体の大きな生徒にのしかかられて素足をばたつかせ叫んでいる。
「は、そうかお前らがゴキブリか。確かにこんな大きなやつ見たことねぇな。
出たってんなら根こそぎ潰さねぇとな…?」
フードの下の口をゆがめ、生徒会長は不適に不良生徒を挑発する。
「あア!?人を虫呼ばわりとは随分育ちがいいな!
顔も見せねえ卑怯者が俺たちをどうやるってよ?」
白黒の髪の男は苛立たしげに鼻と目をひきつらせながら生徒会長を威嚇する。
「おい、やんのか?恐川だぞ…。」
「馬鹿、状況的にやるしかねえよ…!もう見られちまってんだからな…!」
挑発に答えて殺気立った生徒達は今にもこちらに押し寄せてきそうな気配だ。
見たところ校舎側に居るものとフェンスの外に居るもの全員合わせても20人程度。
近くに居るものから畳んでしまえば何とか成るだろう。
もみ合っているうちに恐らく別働隊も来る。
「…やるぞ。」
昴の言い分だと、こいつも何か武道が出来るはずだ。
「強い」風紀委員長と張り合うのだから相当のやり手だろうと声を掛けた。
「言われずとも。」
答えて取った構えはボクシングのそれだ。
生徒会長が構えを取ったのを合図にしたかのように不良たちはこちらに雪崩を打って走り出した。
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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