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第23話:生徒会長・御堂修一郎
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B棟玄関口に入ってすぐ見渡せるラウンジ内には、すでに風紀のメンバーが揃っているようだった。
ラウンジ中に三々五々適当に散らばり、小集団に分かれて談話などしている。
ソファに腰かけて居るものもあれば、窓際のカウンター席に突っ伏して文庫本を読んでいるものもある。
歩いて行くとこちらに気が付いたものから挨拶をし立ち上がるが、振り返らず言い争っている一団があった。
間近に寄ると一団のうちのこちら側を向いていた風紀委員の一人が、俺に気が付きお疲れ様です、と声を掛けてきた。
それにつられて集団の全員がこちらを振り返る。
その中には生徒会長の顔があった。
「なんだ、やけに遅かったな?」
胸を張り、腕を組んだ偉そうな様子。
片方の唇を吊り上げ、挑発的な態度で見返してくる。
そこで、昴の説明の事を思い出した。
『傲岸不遜、俺様、天上天下唯我独尊』だったか。
言われてみれば正にそのように仕立てられた姿と言える。
「ちょっと他に用があったんだ。
お前は風紀に何の用だ?」
詰問に対しては適当な嘘をついて答え、相手への質問に切り替える。
「俺も見回りをしようと思ってな。
お前たちの見回りについていく事にした。
そう言うとこいつらが、ギャンギャンうるさくてな」
そういって親指を立てて後ろに居る、先ほど生徒会長と言い争っていた風紀委員を指す。
指された風紀委員が言い返す。
「あなたが見回る必要は無いと思いますよ。
報告はどうせ全部本部へ行くんですから、本部に居たら様子は分かるでしょう。
風紀委員は細大漏らさず状況を報告しますから、あなたがわざわざ来る必要は無いと思いますよ?」
結構な剣幕で噛みついている。
「何か被害があったら後日生徒会から各委員にそれに関する出動要請を出すかもしれないだろ。
だから俺は自分の目で状況を見ておきたいんだよ。
大体いいかどうかを決めんのは恐川だろ?
下っ端の口出すこっちゃねーよ」
腕を組み見下すように言い放つ会長。
…なるほど、そういう事か。
あまりこいつと接触したくないが、俺と一緒に見回る訳でも無いだろうし別に付いてくるくらいはいいんじゃないだろうか。
一番上の人間が緊急時に見回りに参加するのならそれは『視察』と言える。普通に言えば悪い事では無いので断るのも難しい。
「構わん。一人休みだからその班に入ってもらおう」
「恐川、俺はお前の班に入るぞ」
「…なぜだ」
何を言い出すんだこいつは。
こんな奴が付いてきたら疲れること請け合いだ。
頭がこんがらがっている今、俺はボロを出さずに居られる自信がない。
嬉々としてそれを責め立てるこいつの様子が目に見える。
「どうせ報告も連絡もお前の所に集まるんだろ。それを聞いていた方が様子が分かるからな」
「報告も連絡も受けるがお前にはどうせ聞こえないぞ」
どうにもこうにも一緒に来てほしくない、やめてくれとばかり言い返す。
「お前からの本部への報告は聞こえるだろ。見回りながらでも状況がなるべく分かり易い所に居たいんだよ」
くそ、何でそうしぶといんだ。
ボロを突かれる以外にも来てほしくない理由がもう一つある。
こいつはきっと道々で昴が言った『生徒会長』らしい行動をとるんだろう。
『傲岸不遜・尊大』かつ『学園の人気者』らしい振る舞いを。
それを見る度に俺は、「作られた人物」である事をまざまざと感じ、それに寒気を感じてしまうのだろう…。
昴の説明の中で一番個性と人物像がはっきりしていた『生徒会長』のそれを見るのが、一番堪える気がする。
だから本当に本当に来て欲しくない、欲しくないが…
「そうか。好きにしろ」
断る口実が尽きてしまい、そう言うしかなかった。
後ろから風紀委員たちの潜めた声が聞こえてくる。
「老田は、会長がああ言いだすだろう事を知ってたから色々口実つけて会長に来るなって言ってたんだよな…。二人を一緒にさせないためにさ。」
「ああ、それでか…まあ道々言い争いになりそうだもんな…」
老田…そうか、分かっていたなら付いて来ると言った時点で反対したのに。
多分、人の話なんて聞かない『キャラクター』だろうから何を言ってもどうせ無駄なんだろうが…。
しかし来ると決まったものは仕方ない。
可及的速やかに見回り作業を終わらそう。
すぐにビニルバッグをローテーブルに置いて開け、無線機器を小班ごとに配る。
配布が終わると、説明を切り出した。
「ではこれから見回りに向かう。
我々は寮と校舎の見回りのみを行う、それ以外の箇所は先生方が見回る予定だ。
やり方は、基本的には普段行っている見回りと同じだ。
それに加えて、台風時特有の被害が無いか、負傷者が居ないかに気を付けて見回ってくれ。
台風時特有の被害には風雨による校舎内外の破損、倒木や下水道の冠水等がある。
上記以外にも異常があったらすぐ連絡してくれ。
見回り終了時はいつも通り、終了時点で連絡をするように。
見回りの方法そのものについての説明は以上だ。
それから、今回は生徒会長が見回りに加わるため編成の変更がある。
俺は会長と組んで回るので、窪田は今日休みの鳥居の班に入ってくれ。変更点はそれだけだ。
では、これから無線の使い方について説明する。
連絡のタイミングに関しては普段行っている携帯電話による連絡の時と全く同じだ。
使い方は…」
無線の使い方を顧問教師に教わったまま風紀委員達に伝えると、そのまま見回り開始の指示を出した。
歩き出すと会長が少し後ろからついて来る。
俺の後ろにつくような性格か?と疑問を感じたが、すぐに巡回路を知らないだけだと思い至った。
俺の小班はそのままB棟の見回りに向かう予定だったので、ラウンジを抜けて生徒寮の廊下方面へ進路を取る。
廊下に近づくと、生徒たちが廊下に集まっているのが見て取れた。
それまでバラバラ散り散りに廊下で詰めあっていたらしき生徒たちが、近づくと一斉にこちらを振り返り詰め寄せた。
「あああ…御堂様…恐川様…!」
一番間近にいた生徒が大きな声を出した時、ちょっとびくっとしてしまった。
態度に出ていなければいいが。
「お二人ともがご一緒…なんて麗しい景色…!」
一人が叫ぶと次々に生徒達が様々なことを叫び出す。
「御堂様…その堂々としたお姿、己の支配を疑わぬゆるぎないその瞳…。
まるで諸国に命令を下す王のようだ…」
「なら恐川様は騎士だ。勇者として知られた騎士の様な凛々しいたたずまい…ああ!僕を討伐して!」
突拍子もないことを勝手勝手に言いながら通行路の前にたむろしていて、とても邪魔だ。
「見回り中だ。後にしてくれ」
手で払う仕草と共にそう言うが、先頭の生徒が退いてもすぐ後ろの注意を聞いていなかった奴が交替で前に出てきて、なかなか通れるほど道幅が空かない。
とにかくこの見回りを早めに終わらせたいので強く言おうと息を吸った瞬間、先に後ろの生徒会長ががなった。
「こら!お前ら、邪魔だ!引っこんでねえか!」
すると全員少し後ろに下がりようやく通れる程度の道ができた。
その細い道を歩いているうちにも、いろんな言葉が聞こえる。
「御堂様!もっと罵ってください…!」
「『犬』とか、『豚』とか、『雑魚』とか…ええと…、そうだ、『クズ』とか言ってください!」
「『愚民』とかはどう?ちょっと良くない?」
「僕は『グズでのろまな亀』って言って欲しいな…!」
「古っ、『スチュワーデス物語』!?お前何歳なの!?」
「再放送で見たんだよー」
「恐川様…その厳しい眼差し…痺れてしまう…。」
「あなたはとんでもないものを盗んでいきました…!僕の心です…!」
「恐川様はそんな汚いもの盗まないよっ、下んない事言ってないでそこどいてよっ、僕先頭に居たのに何で割り込んでくるわけっ!」
マラソンランナーが走ってきた街頭脇のような騒ぎだ。
つまるところ、俺と生徒会長は『人気者』であり、彼らはそれを表現するための舞台装置という事か。
喧噪の廊下を抜け食堂方面に突っ切るとようやく人がまばらになってくる。
生徒会長が脇道に居る人間に道々どなり続けようやく通ることができた。
食堂までつくと、思わずため息が漏れる。ここには人は居ないようだ。
息をついていると柱の陰から一人の男子生徒が飛び出してきた。
ほっそりとした少女のような美貌の生徒だ。
俺に挨拶をしてから、目の前を横切っていき生徒会長の前に立つ。
「御堂様…見回りお疲れ様です…」
「ああ、お前か、どうした?」
生徒は俺をちらりと見やり、耳を貸せという仕草を生徒会長に取る。
顔を寄せる会長に腕を巻き付け、耳元で囁く。
しかし俺には丸聞こえだった。
「今日の『伽』は僕の当番なんです。10時ごろに、お部屋に行きますね…」
俺の耳は何でこんなにいいんだろう。
聞きたくない事もよく聞こえる。
く、と生徒会長が笑うのが見える。
「や、今日はお前じゃないよな?一昨日だったはずだ」
生徒の顎に指をかけて顔を上げさせ、それを覗き込みクックッと笑う会長。
「ふふ、ごめんなさい」
「なんだ、試すような真似をして?」
「えへへ…なんだか最近、僕忘れられているんじゃないかなって思っちゃって…。 ちゃんと覚えられていて良かった…」
会長の頭の後ろに回した手で髪をなでるような仕草をし、媚態を含んだ目と笑いを生徒会長に投げつける。
「忘れる訳ないだろ?」
そういって会長は男子生徒の華奢な腰を引き寄せる。
唖然として思わずここまで見てしまった。我に帰り不自然ではない程度の速度で彼らから距離を取り後ろを向いた。
しかし、それで声をさえぎる事はできない。
「ま、でもそういう駆け引き、嫌いじゃないな…、
お前さ、今夜来いよ…?」
「え…でも…今夜は雲井の番ですよ?
彼だって待ってますから……」
「一緒に来いよ」
「…ええ…!僕、そういうのはしたこと無い……」
「いいだろ……」
「……恥ずかしいけど、修一郎様が望むなら……」
俺は、この辺りで耐えきれなくなり目の前の柱に頭を預けていた。
なんで俺には耳が付いているんだろう。
見たくもない他人の恋愛シーン、昴の語っていた生徒会長らしい『夜の兵(つわもの)』っぷり、色んなものを見た複合ダメージで頭痛が巻き起こっている。
ため息をついて頭をあげる。
すると未だ見慣れぬ自分の姿が目に入った。
頭を預けた柱の向こうの壁の鏡に自分の姿が映っていた。
…少し明るめの色のウェーブした髪、背の高い男らしい立ち姿。
異邦人。
これは本当に誰なんだろうか。
またも正気が震える気配を感じ、鏡の自分自身から目をそらすと、次に自分の後ろに映り込んだ生徒会長達が口づけを交わしている様子が目に飛び込んできた。
まだやってるのかと呆れて見ていると、男子生徒が会長の肩越しに鏡に映る俺に目線を寄越してきた。目が合った瞬間、口づけを交わしたままに、口の端を吊り上げて笑ってみせた。
明らかに媚態を孕んだその表情に、また沸き起こるめまいを感じた。
ラウンジ中に三々五々適当に散らばり、小集団に分かれて談話などしている。
ソファに腰かけて居るものもあれば、窓際のカウンター席に突っ伏して文庫本を読んでいるものもある。
歩いて行くとこちらに気が付いたものから挨拶をし立ち上がるが、振り返らず言い争っている一団があった。
間近に寄ると一団のうちのこちら側を向いていた風紀委員の一人が、俺に気が付きお疲れ様です、と声を掛けてきた。
それにつられて集団の全員がこちらを振り返る。
その中には生徒会長の顔があった。
「なんだ、やけに遅かったな?」
胸を張り、腕を組んだ偉そうな様子。
片方の唇を吊り上げ、挑発的な態度で見返してくる。
そこで、昴の説明の事を思い出した。
『傲岸不遜、俺様、天上天下唯我独尊』だったか。
言われてみれば正にそのように仕立てられた姿と言える。
「ちょっと他に用があったんだ。
お前は風紀に何の用だ?」
詰問に対しては適当な嘘をついて答え、相手への質問に切り替える。
「俺も見回りをしようと思ってな。
お前たちの見回りについていく事にした。
そう言うとこいつらが、ギャンギャンうるさくてな」
そういって親指を立てて後ろに居る、先ほど生徒会長と言い争っていた風紀委員を指す。
指された風紀委員が言い返す。
「あなたが見回る必要は無いと思いますよ。
報告はどうせ全部本部へ行くんですから、本部に居たら様子は分かるでしょう。
風紀委員は細大漏らさず状況を報告しますから、あなたがわざわざ来る必要は無いと思いますよ?」
結構な剣幕で噛みついている。
「何か被害があったら後日生徒会から各委員にそれに関する出動要請を出すかもしれないだろ。
だから俺は自分の目で状況を見ておきたいんだよ。
大体いいかどうかを決めんのは恐川だろ?
下っ端の口出すこっちゃねーよ」
腕を組み見下すように言い放つ会長。
…なるほど、そういう事か。
あまりこいつと接触したくないが、俺と一緒に見回る訳でも無いだろうし別に付いてくるくらいはいいんじゃないだろうか。
一番上の人間が緊急時に見回りに参加するのならそれは『視察』と言える。普通に言えば悪い事では無いので断るのも難しい。
「構わん。一人休みだからその班に入ってもらおう」
「恐川、俺はお前の班に入るぞ」
「…なぜだ」
何を言い出すんだこいつは。
こんな奴が付いてきたら疲れること請け合いだ。
頭がこんがらがっている今、俺はボロを出さずに居られる自信がない。
嬉々としてそれを責め立てるこいつの様子が目に見える。
「どうせ報告も連絡もお前の所に集まるんだろ。それを聞いていた方が様子が分かるからな」
「報告も連絡も受けるがお前にはどうせ聞こえないぞ」
どうにもこうにも一緒に来てほしくない、やめてくれとばかり言い返す。
「お前からの本部への報告は聞こえるだろ。見回りながらでも状況がなるべく分かり易い所に居たいんだよ」
くそ、何でそうしぶといんだ。
ボロを突かれる以外にも来てほしくない理由がもう一つある。
こいつはきっと道々で昴が言った『生徒会長』らしい行動をとるんだろう。
『傲岸不遜・尊大』かつ『学園の人気者』らしい振る舞いを。
それを見る度に俺は、「作られた人物」である事をまざまざと感じ、それに寒気を感じてしまうのだろう…。
昴の説明の中で一番個性と人物像がはっきりしていた『生徒会長』のそれを見るのが、一番堪える気がする。
だから本当に本当に来て欲しくない、欲しくないが…
「そうか。好きにしろ」
断る口実が尽きてしまい、そう言うしかなかった。
後ろから風紀委員たちの潜めた声が聞こえてくる。
「老田は、会長がああ言いだすだろう事を知ってたから色々口実つけて会長に来るなって言ってたんだよな…。二人を一緒にさせないためにさ。」
「ああ、それでか…まあ道々言い争いになりそうだもんな…」
老田…そうか、分かっていたなら付いて来ると言った時点で反対したのに。
多分、人の話なんて聞かない『キャラクター』だろうから何を言ってもどうせ無駄なんだろうが…。
しかし来ると決まったものは仕方ない。
可及的速やかに見回り作業を終わらそう。
すぐにビニルバッグをローテーブルに置いて開け、無線機器を小班ごとに配る。
配布が終わると、説明を切り出した。
「ではこれから見回りに向かう。
我々は寮と校舎の見回りのみを行う、それ以外の箇所は先生方が見回る予定だ。
やり方は、基本的には普段行っている見回りと同じだ。
それに加えて、台風時特有の被害が無いか、負傷者が居ないかに気を付けて見回ってくれ。
台風時特有の被害には風雨による校舎内外の破損、倒木や下水道の冠水等がある。
上記以外にも異常があったらすぐ連絡してくれ。
見回り終了時はいつも通り、終了時点で連絡をするように。
見回りの方法そのものについての説明は以上だ。
それから、今回は生徒会長が見回りに加わるため編成の変更がある。
俺は会長と組んで回るので、窪田は今日休みの鳥居の班に入ってくれ。変更点はそれだけだ。
では、これから無線の使い方について説明する。
連絡のタイミングに関しては普段行っている携帯電話による連絡の時と全く同じだ。
使い方は…」
無線の使い方を顧問教師に教わったまま風紀委員達に伝えると、そのまま見回り開始の指示を出した。
歩き出すと会長が少し後ろからついて来る。
俺の後ろにつくような性格か?と疑問を感じたが、すぐに巡回路を知らないだけだと思い至った。
俺の小班はそのままB棟の見回りに向かう予定だったので、ラウンジを抜けて生徒寮の廊下方面へ進路を取る。
廊下に近づくと、生徒たちが廊下に集まっているのが見て取れた。
それまでバラバラ散り散りに廊下で詰めあっていたらしき生徒たちが、近づくと一斉にこちらを振り返り詰め寄せた。
「あああ…御堂様…恐川様…!」
一番間近にいた生徒が大きな声を出した時、ちょっとびくっとしてしまった。
態度に出ていなければいいが。
「お二人ともがご一緒…なんて麗しい景色…!」
一人が叫ぶと次々に生徒達が様々なことを叫び出す。
「御堂様…その堂々としたお姿、己の支配を疑わぬゆるぎないその瞳…。
まるで諸国に命令を下す王のようだ…」
「なら恐川様は騎士だ。勇者として知られた騎士の様な凛々しいたたずまい…ああ!僕を討伐して!」
突拍子もないことを勝手勝手に言いながら通行路の前にたむろしていて、とても邪魔だ。
「見回り中だ。後にしてくれ」
手で払う仕草と共にそう言うが、先頭の生徒が退いてもすぐ後ろの注意を聞いていなかった奴が交替で前に出てきて、なかなか通れるほど道幅が空かない。
とにかくこの見回りを早めに終わらせたいので強く言おうと息を吸った瞬間、先に後ろの生徒会長ががなった。
「こら!お前ら、邪魔だ!引っこんでねえか!」
すると全員少し後ろに下がりようやく通れる程度の道ができた。
その細い道を歩いているうちにも、いろんな言葉が聞こえる。
「御堂様!もっと罵ってください…!」
「『犬』とか、『豚』とか、『雑魚』とか…ええと…、そうだ、『クズ』とか言ってください!」
「『愚民』とかはどう?ちょっと良くない?」
「僕は『グズでのろまな亀』って言って欲しいな…!」
「古っ、『スチュワーデス物語』!?お前何歳なの!?」
「再放送で見たんだよー」
「恐川様…その厳しい眼差し…痺れてしまう…。」
「あなたはとんでもないものを盗んでいきました…!僕の心です…!」
「恐川様はそんな汚いもの盗まないよっ、下んない事言ってないでそこどいてよっ、僕先頭に居たのに何で割り込んでくるわけっ!」
マラソンランナーが走ってきた街頭脇のような騒ぎだ。
つまるところ、俺と生徒会長は『人気者』であり、彼らはそれを表現するための舞台装置という事か。
喧噪の廊下を抜け食堂方面に突っ切るとようやく人がまばらになってくる。
生徒会長が脇道に居る人間に道々どなり続けようやく通ることができた。
食堂までつくと、思わずため息が漏れる。ここには人は居ないようだ。
息をついていると柱の陰から一人の男子生徒が飛び出してきた。
ほっそりとした少女のような美貌の生徒だ。
俺に挨拶をしてから、目の前を横切っていき生徒会長の前に立つ。
「御堂様…見回りお疲れ様です…」
「ああ、お前か、どうした?」
生徒は俺をちらりと見やり、耳を貸せという仕草を生徒会長に取る。
顔を寄せる会長に腕を巻き付け、耳元で囁く。
しかし俺には丸聞こえだった。
「今日の『伽』は僕の当番なんです。10時ごろに、お部屋に行きますね…」
俺の耳は何でこんなにいいんだろう。
聞きたくない事もよく聞こえる。
く、と生徒会長が笑うのが見える。
「や、今日はお前じゃないよな?一昨日だったはずだ」
生徒の顎に指をかけて顔を上げさせ、それを覗き込みクックッと笑う会長。
「ふふ、ごめんなさい」
「なんだ、試すような真似をして?」
「えへへ…なんだか最近、僕忘れられているんじゃないかなって思っちゃって…。 ちゃんと覚えられていて良かった…」
会長の頭の後ろに回した手で髪をなでるような仕草をし、媚態を含んだ目と笑いを生徒会長に投げつける。
「忘れる訳ないだろ?」
そういって会長は男子生徒の華奢な腰を引き寄せる。
唖然として思わずここまで見てしまった。我に帰り不自然ではない程度の速度で彼らから距離を取り後ろを向いた。
しかし、それで声をさえぎる事はできない。
「ま、でもそういう駆け引き、嫌いじゃないな…、
お前さ、今夜来いよ…?」
「え…でも…今夜は雲井の番ですよ?
彼だって待ってますから……」
「一緒に来いよ」
「…ええ…!僕、そういうのはしたこと無い……」
「いいだろ……」
「……恥ずかしいけど、修一郎様が望むなら……」
俺は、この辺りで耐えきれなくなり目の前の柱に頭を預けていた。
なんで俺には耳が付いているんだろう。
見たくもない他人の恋愛シーン、昴の語っていた生徒会長らしい『夜の兵(つわもの)』っぷり、色んなものを見た複合ダメージで頭痛が巻き起こっている。
ため息をついて頭をあげる。
すると未だ見慣れぬ自分の姿が目に入った。
頭を預けた柱の向こうの壁の鏡に自分の姿が映っていた。
…少し明るめの色のウェーブした髪、背の高い男らしい立ち姿。
異邦人。
これは本当に誰なんだろうか。
またも正気が震える気配を感じ、鏡の自分自身から目をそらすと、次に自分の後ろに映り込んだ生徒会長達が口づけを交わしている様子が目に飛び込んできた。
まだやってるのかと呆れて見ていると、男子生徒が会長の肩越しに鏡に映る俺に目線を寄越してきた。目が合った瞬間、口づけを交わしたままに、口の端を吊り上げて笑ってみせた。
明らかに媚態を孕んだその表情に、また沸き起こるめまいを感じた。
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