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第22話:副生徒会長・梓公則
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疲れたのか昴は少し進んだ先でまた歩を緩めたが、同じタイミングで俺も歩速を緩めたので差はそのままに、おし黙って階段を上り続けた。
沈黙と足音しか無い無人の建物の中で、階段を上るほどに不気味なメロディーははっきり聞こえるようになる。
昴がようやく声を出す。
「聞こえる…本当に不気味なメロディーが、なんだいこのゴシック調は…。
聞いた事があるけど…えーと、何だっけこれは……」
先ほどの話題などなかったかのように、話を切り出した。
そういえば昨日の夜茶を飲んだ時に暗い様子を見せた時も、次の日はまるでそんなものは見間違えとばかり陽気になっていた。
それについてかける言葉は見当たらなかったので、そのまま切り出された話に返事する。
「…俺は思い出した。これは『オペラ座の怪人』だ」
「あ、そうだそうだ、確かそれだ!
見た見た、夜中のBS放送で去年くらいに。
…で、こんな台風の薄暗い無人の建物で、なんでこんな曲をわざわざ……」
「…まあ、あまりに合いすぎてるな、大分酔狂なやつだ」
「うう、幽霊じゃなくても確実に変人だ……」
お前が言うのか。
とは思ったが、何となくそれ以上口を開く気も起きず黙ってそのまま上に上がる。
五階に上がってすぐの右手に談話室と書かれたドアがあり、ピアノの音はそこから聞こえてきていた。
ドアを開けずに中の様子を探ろうとしたが、あいにくガラスは擦りガラスで中は見取れない。
ドアの隙間から覗こうと思い、音を立てないようドアノブをゆっくり回す。
しかしドアノブが回り切った時点で中から声を掛けられた。
「誰かな、覗き見するみたいにゆっくりドアをひねるのは…。
泥棒じゃないのならこそこそせずに、入っておいで」
昴に目で合図を送ると、頷かれたのでそのままドアを開けた。
趣味のいい調度の広々とした部屋、嵐模様を映す窓の前に、ピアノに手をかけたままこちらを見据える生徒が一人。
またも整った顔、白い顔を縁取る茶色の髪を肩に届く程度に伸ばしている。
少女漫画の中からそのまま抜け出たような容姿の男だ。
ピアノの前に立つ姿は、それとワンセットで作られた瀬戸物に見えるほど様になっている。
これは多分、小説の『メインキャスト』ではないだろうか。
「おや、まさか君とはね、ここは見回り対象じゃないですよね、恐川?」
俺の名前を知っているらしい。誰だろう?
どうせ昴に聞けば分かるだろうと振り返ろうとすると俺の後ろに隠れるようにしていた昴に背中で囁かれる。
「副会長だ…この人は副生徒会長、梓公則君だよ。
君のクラスメイトでもある。」
やっぱり『メインキャスト』なんだな。
「どうしたんです、君の事だし、僕の曲を聴きに来たわけではないですよね?
用が無いなら早く立ち去ったらどうですか」
背後に居る昴に振り返らずに声を潜めて聞く。
「これは、ハイでいいと思うか?」
少なくともこの世界の様子が分からない旅人のようには見えないし、それとなく異邦人か探りを入れられる状況でも無さそうだ。
正体は確かめたし、もう下に降りて風紀委員に合流した方がいいだろう。
「…真面目な『風紀委員長』なら…まあ一言は咎めるかもしれないね。
なぜって、この人は本当はさっきの場所にいるべきだったんだ、生徒会は全員招集されてたはずだからね。
腹痛で休むって他の先生に連絡を寄こしてたから、ここに居るってことはサボりだね。
ついでに言えばここは立ち入り禁止区域だから不法侵入だ」
余罪が多いな。面倒だが言及する必要があるらしい。
「別にお前に用はないが、腹痛で休みじゃなかったのか?」
「ええ、そうですよ」
ふっ、と息をつき、副会長はサラサラと髪を揺らし下を向く。
「でもね、ほら、こんなに素敵な嵐の日じゃないですか。
腹痛に苦しみベッドに臥せっていたのですが、窓の外でうねる嵐の音が心に渦巻いて離れず…何とか浅い眠りに束の間ついたのですが、目が覚めるとここに立っていたものです。
そう、僕の内なる芸術家の精神が、嵐の世界に受けた感銘を音楽で表す事を求めて夢うつつにここまで足を運ばせたのです。芸術家とあらば、嵐の日はピアノを弾かずには居られないものですからね」
嵐を望む窓を背景に、浸りきったような表情で空を見ながらとつとつ独り言のように語り続けている。
返事を返さずにいるとまたじゃかじゃかピアノを鳴らし始めた。
間近で聞いて初めて気が付いたがかなり下手だ。
奇妙なテンポと不規則かつ頻繁に外れる音が、音曲を耳障りなものに仕立てている。
「昴…めちゃくちゃ変な奴だぞ。
副会長ってこんななのか?説明になかったぞ……」
「う、うーん、腹黒キャラではあるはずなんだけど……。
まあ、でも、美形悪役が言いそうなセリフの感じではあるような……」
「そうかな…美形悪役って、普通はピアノとか弾かせたら上手くないか?
これじゃあ…ジャイアンだ」
「ああ…うん、そこは上手で居てほしかったな。僕としては…」
話し中も狂ったテンポの不思議な変速のメロディーが流れ続け、間近で聞き続けていると神経がけば立つのを感じる。
「ま、君のような人には僕のような熱く震える魂を持つ芸術家の煩悶…分からないでしょうがね」
そう言いながら、ジャーンとピアノをかき鳴らす。
こんな短いセンテンスで音を外すあたりに、天性の音才の無さを感じる。
「ま、サボるにしてもこんな誰か来るかもしれない場所でじゃんじゃかピアノを弾くやつの気持ちは確かにわからんがな……」
そこまで言うと背後からまた昴に囁かれる。
「そうだ、さっきはそこまで思い至らなかったけど、この人、もしかするとこの部屋の鍵まで盗んでいるかもしれない。
ここは警備会社に管理を依頼しているはずだから、どこかのドアの鍵が一定時間空いていたら警備会社に連絡が行くはずなんだ。
つまり、彼自身がこの寮に入る何らかの手段を持っていることになる。
生徒会メンバーは寮のマスターキーを持つ権限はないから、鍵を持っているとしたら盗んだことになるんだ……」
まだ余罪があるのか。じゃあとりあえずそれも問い正しておこう。
「ところでお前、どうやってここに入ったんだ?」
「ドアの鍵が開いてましてね」
「嘘を付け、警備会社が入っているから一定時間鍵が開いてたら連絡が来るはずだ」
昴に聞いた事をそのまま言い、詰めると副会長はピアノの手を止め、息をついて髪をかき上げる。
「じゃあ、白状しましょうか。一階の物置裏の壁に補修済みの破れ目があるんですが、ネジを回すと中に入れるようになっているんですよ…」
…杜撰な管理体制だな。
どうせ空の寮に金目のものなんか無いだろうし、そんなもんでもいいのかもしれないが。
「…修繕依頼を出しておこう。お前はもうここには入るな。立ち入り禁止だ」
多分施設管理課があるだろう。
報告しておこう。…面倒くさいが。
「この事、生徒会長に言いますか?」
副会長はピアノから顔を上げ、片方の口の端だけを吊り上げた挑戦的な表情でこちらを見やる。
俺が話して咎めだてられるとまずいという事だろうか。
職務的には言うのが正解かもしれないが面倒なら言わないだろう、どう答えても良かったが、咎めだてられても別段困らなさそうな面白がるような表情をしているのが少し気になったので、はぐらかすような返事をした。
「サボりについてか?不法侵入についてか?まあ伝えるかもしれないな」
「…それは困りますね。僕はご存知の通り優等生なんですからね」
そういって手の甲を上にして五本の指で自分の胸を示し、顎を上げる気取った仕草を取る。
「そうですね、じゃ、取引でもしましょうか」
「?」
ぱ、と突然立ち上がり、こちらに近づいてくる。
警戒して昴を背後にかばい摺り足で下がるが、ずかずかとそのまま懐まで入って来た。
間近まで来ると、に、と口の端だけを上げた作り笑いを見せる。
「これをあげますから、どうか黙っていて下さいね」
そう言うと手の平をとられ、キャンディをざらざら落とされた。
何を寄こされるかと固唾を飲んで見ていたが、拍子抜けした。
べっこう飴だ。ボンボンでもつまんでいそうなものだが、案外地味な菓子。
そう思った後に、受け取った菓子をつい、じとっと見てしまった。
どうにもまた食べ物を見るのが嫌になっているようだ。
「おや、べっこう飴は嫌いですか?」
顔を上げると、間近く覗き込まれていた。
「…賄賂は、受け取らん」
多分食べないだろうので返そうとすると、開いた手の上に手を重ねて掌を閉じさせられる。
「あはは、こんなのが賄賂になるもんですか。確かに『黄金色の菓子』ですけどね。
ま、気が向いたら黙ってて下さい。お代官様」
そういうと踵を返し、ピアノに向かう。
飄々としたよく分からないやつだ。
その時背中の昴に声を掛けられた。
「あのさ、大分時間が経っちゃってるよ。
僕も、君も、もう移動しないとまずそうだよ」
は、として時計を見ると、確かに思ったより時間が過ぎていた。
「鍵をかけていくから破れ目から早めに戻れ…、じゃあな」
副会長を見返り声を掛けると、またボロボロとピアノをかき鳴らしていた男は、片手だけをひらひら上げて答えた。
「何だったんだ、あれは……」
階段を降り、先ほどの部屋から相当離れてから呟いた。
「さあ…謎だね」
「あまりに怪しい。悪役か何かじゃないのか」
話の途中で昴も美形悪役と言っていたし、正にそんな役回りなんじゃないだろうか。
「そうかもしれないね。
『王道BL学園物語』のキャラの役割は話ごとに違うから、彼は今回の話では悪役で、もしかしたら何かの企みごとのためにあそこに居たのかもしれないね」
「…悪役ならキーキャラクターという事になるな。
この世界の事を知るのなら、あいつを調べた方がいいかもしれないな」
「そうかもしれないね。
ま、それにしても明日以降だ。
今日は見回りだけで手いっぱいになると思うよ」
そうだな、と答えたところで玄関に着いた。
もとどおり合羽と長靴を装備しなおして、玄関口の鍵をかけ、生徒寮B棟まで歩いて戻る。
B棟玄関口前で、別れる事になる昴に声を掛けた。
「じゃあ、気をつけろよ」
「うん、僕は後は本部にいるだけだから大丈夫、見回りに行く君こそ気を付けたほうがいいよ」
昴は俺の顔を心配げな表情で見ながら言う。少しそうしていたが、やがて踵を返して教員寮方面に歩き始めた。
「じゃ、またね」
こちらを振り返り手を振ると、そのまま雨の中に消えて行く。
俺は生徒寮B棟の玄関口へと立ち入った。
沈黙と足音しか無い無人の建物の中で、階段を上るほどに不気味なメロディーははっきり聞こえるようになる。
昴がようやく声を出す。
「聞こえる…本当に不気味なメロディーが、なんだいこのゴシック調は…。
聞いた事があるけど…えーと、何だっけこれは……」
先ほどの話題などなかったかのように、話を切り出した。
そういえば昨日の夜茶を飲んだ時に暗い様子を見せた時も、次の日はまるでそんなものは見間違えとばかり陽気になっていた。
それについてかける言葉は見当たらなかったので、そのまま切り出された話に返事する。
「…俺は思い出した。これは『オペラ座の怪人』だ」
「あ、そうだそうだ、確かそれだ!
見た見た、夜中のBS放送で去年くらいに。
…で、こんな台風の薄暗い無人の建物で、なんでこんな曲をわざわざ……」
「…まあ、あまりに合いすぎてるな、大分酔狂なやつだ」
「うう、幽霊じゃなくても確実に変人だ……」
お前が言うのか。
とは思ったが、何となくそれ以上口を開く気も起きず黙ってそのまま上に上がる。
五階に上がってすぐの右手に談話室と書かれたドアがあり、ピアノの音はそこから聞こえてきていた。
ドアを開けずに中の様子を探ろうとしたが、あいにくガラスは擦りガラスで中は見取れない。
ドアの隙間から覗こうと思い、音を立てないようドアノブをゆっくり回す。
しかしドアノブが回り切った時点で中から声を掛けられた。
「誰かな、覗き見するみたいにゆっくりドアをひねるのは…。
泥棒じゃないのならこそこそせずに、入っておいで」
昴に目で合図を送ると、頷かれたのでそのままドアを開けた。
趣味のいい調度の広々とした部屋、嵐模様を映す窓の前に、ピアノに手をかけたままこちらを見据える生徒が一人。
またも整った顔、白い顔を縁取る茶色の髪を肩に届く程度に伸ばしている。
少女漫画の中からそのまま抜け出たような容姿の男だ。
ピアノの前に立つ姿は、それとワンセットで作られた瀬戸物に見えるほど様になっている。
これは多分、小説の『メインキャスト』ではないだろうか。
「おや、まさか君とはね、ここは見回り対象じゃないですよね、恐川?」
俺の名前を知っているらしい。誰だろう?
どうせ昴に聞けば分かるだろうと振り返ろうとすると俺の後ろに隠れるようにしていた昴に背中で囁かれる。
「副会長だ…この人は副生徒会長、梓公則君だよ。
君のクラスメイトでもある。」
やっぱり『メインキャスト』なんだな。
「どうしたんです、君の事だし、僕の曲を聴きに来たわけではないですよね?
用が無いなら早く立ち去ったらどうですか」
背後に居る昴に振り返らずに声を潜めて聞く。
「これは、ハイでいいと思うか?」
少なくともこの世界の様子が分からない旅人のようには見えないし、それとなく異邦人か探りを入れられる状況でも無さそうだ。
正体は確かめたし、もう下に降りて風紀委員に合流した方がいいだろう。
「…真面目な『風紀委員長』なら…まあ一言は咎めるかもしれないね。
なぜって、この人は本当はさっきの場所にいるべきだったんだ、生徒会は全員招集されてたはずだからね。
腹痛で休むって他の先生に連絡を寄こしてたから、ここに居るってことはサボりだね。
ついでに言えばここは立ち入り禁止区域だから不法侵入だ」
余罪が多いな。面倒だが言及する必要があるらしい。
「別にお前に用はないが、腹痛で休みじゃなかったのか?」
「ええ、そうですよ」
ふっ、と息をつき、副会長はサラサラと髪を揺らし下を向く。
「でもね、ほら、こんなに素敵な嵐の日じゃないですか。
腹痛に苦しみベッドに臥せっていたのですが、窓の外でうねる嵐の音が心に渦巻いて離れず…何とか浅い眠りに束の間ついたのですが、目が覚めるとここに立っていたものです。
そう、僕の内なる芸術家の精神が、嵐の世界に受けた感銘を音楽で表す事を求めて夢うつつにここまで足を運ばせたのです。芸術家とあらば、嵐の日はピアノを弾かずには居られないものですからね」
嵐を望む窓を背景に、浸りきったような表情で空を見ながらとつとつ独り言のように語り続けている。
返事を返さずにいるとまたじゃかじゃかピアノを鳴らし始めた。
間近で聞いて初めて気が付いたがかなり下手だ。
奇妙なテンポと不規則かつ頻繁に外れる音が、音曲を耳障りなものに仕立てている。
「昴…めちゃくちゃ変な奴だぞ。
副会長ってこんななのか?説明になかったぞ……」
「う、うーん、腹黒キャラではあるはずなんだけど……。
まあ、でも、美形悪役が言いそうなセリフの感じではあるような……」
「そうかな…美形悪役って、普通はピアノとか弾かせたら上手くないか?
これじゃあ…ジャイアンだ」
「ああ…うん、そこは上手で居てほしかったな。僕としては…」
話し中も狂ったテンポの不思議な変速のメロディーが流れ続け、間近で聞き続けていると神経がけば立つのを感じる。
「ま、君のような人には僕のような熱く震える魂を持つ芸術家の煩悶…分からないでしょうがね」
そう言いながら、ジャーンとピアノをかき鳴らす。
こんな短いセンテンスで音を外すあたりに、天性の音才の無さを感じる。
「ま、サボるにしてもこんな誰か来るかもしれない場所でじゃんじゃかピアノを弾くやつの気持ちは確かにわからんがな……」
そこまで言うと背後からまた昴に囁かれる。
「そうだ、さっきはそこまで思い至らなかったけど、この人、もしかするとこの部屋の鍵まで盗んでいるかもしれない。
ここは警備会社に管理を依頼しているはずだから、どこかのドアの鍵が一定時間空いていたら警備会社に連絡が行くはずなんだ。
つまり、彼自身がこの寮に入る何らかの手段を持っていることになる。
生徒会メンバーは寮のマスターキーを持つ権限はないから、鍵を持っているとしたら盗んだことになるんだ……」
まだ余罪があるのか。じゃあとりあえずそれも問い正しておこう。
「ところでお前、どうやってここに入ったんだ?」
「ドアの鍵が開いてましてね」
「嘘を付け、警備会社が入っているから一定時間鍵が開いてたら連絡が来るはずだ」
昴に聞いた事をそのまま言い、詰めると副会長はピアノの手を止め、息をついて髪をかき上げる。
「じゃあ、白状しましょうか。一階の物置裏の壁に補修済みの破れ目があるんですが、ネジを回すと中に入れるようになっているんですよ…」
…杜撰な管理体制だな。
どうせ空の寮に金目のものなんか無いだろうし、そんなもんでもいいのかもしれないが。
「…修繕依頼を出しておこう。お前はもうここには入るな。立ち入り禁止だ」
多分施設管理課があるだろう。
報告しておこう。…面倒くさいが。
「この事、生徒会長に言いますか?」
副会長はピアノから顔を上げ、片方の口の端だけを吊り上げた挑戦的な表情でこちらを見やる。
俺が話して咎めだてられるとまずいという事だろうか。
職務的には言うのが正解かもしれないが面倒なら言わないだろう、どう答えても良かったが、咎めだてられても別段困らなさそうな面白がるような表情をしているのが少し気になったので、はぐらかすような返事をした。
「サボりについてか?不法侵入についてか?まあ伝えるかもしれないな」
「…それは困りますね。僕はご存知の通り優等生なんですからね」
そういって手の甲を上にして五本の指で自分の胸を示し、顎を上げる気取った仕草を取る。
「そうですね、じゃ、取引でもしましょうか」
「?」
ぱ、と突然立ち上がり、こちらに近づいてくる。
警戒して昴を背後にかばい摺り足で下がるが、ずかずかとそのまま懐まで入って来た。
間近まで来ると、に、と口の端だけを上げた作り笑いを見せる。
「これをあげますから、どうか黙っていて下さいね」
そう言うと手の平をとられ、キャンディをざらざら落とされた。
何を寄こされるかと固唾を飲んで見ていたが、拍子抜けした。
べっこう飴だ。ボンボンでもつまんでいそうなものだが、案外地味な菓子。
そう思った後に、受け取った菓子をつい、じとっと見てしまった。
どうにもまた食べ物を見るのが嫌になっているようだ。
「おや、べっこう飴は嫌いですか?」
顔を上げると、間近く覗き込まれていた。
「…賄賂は、受け取らん」
多分食べないだろうので返そうとすると、開いた手の上に手を重ねて掌を閉じさせられる。
「あはは、こんなのが賄賂になるもんですか。確かに『黄金色の菓子』ですけどね。
ま、気が向いたら黙ってて下さい。お代官様」
そういうと踵を返し、ピアノに向かう。
飄々としたよく分からないやつだ。
その時背中の昴に声を掛けられた。
「あのさ、大分時間が経っちゃってるよ。
僕も、君も、もう移動しないとまずそうだよ」
は、として時計を見ると、確かに思ったより時間が過ぎていた。
「鍵をかけていくから破れ目から早めに戻れ…、じゃあな」
副会長を見返り声を掛けると、またボロボロとピアノをかき鳴らしていた男は、片手だけをひらひら上げて答えた。
「何だったんだ、あれは……」
階段を降り、先ほどの部屋から相当離れてから呟いた。
「さあ…謎だね」
「あまりに怪しい。悪役か何かじゃないのか」
話の途中で昴も美形悪役と言っていたし、正にそんな役回りなんじゃないだろうか。
「そうかもしれないね。
『王道BL学園物語』のキャラの役割は話ごとに違うから、彼は今回の話では悪役で、もしかしたら何かの企みごとのためにあそこに居たのかもしれないね」
「…悪役ならキーキャラクターという事になるな。
この世界の事を知るのなら、あいつを調べた方がいいかもしれないな」
「そうかもしれないね。
ま、それにしても明日以降だ。
今日は見回りだけで手いっぱいになると思うよ」
そうだな、と答えたところで玄関に着いた。
もとどおり合羽と長靴を装備しなおして、玄関口の鍵をかけ、生徒寮B棟まで歩いて戻る。
B棟玄関口前で、別れる事になる昴に声を掛けた。
「じゃあ、気をつけろよ」
「うん、僕は後は本部にいるだけだから大丈夫、見回りに行く君こそ気を付けたほうがいいよ」
昴は俺の顔を心配げな表情で見ながら言う。少しそうしていたが、やがて踵を返して教員寮方面に歩き始めた。
「じゃ、またね」
こちらを振り返り手を振ると、そのまま雨の中に消えて行く。
俺は生徒寮B棟の玄関口へと立ち入った。
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