BL世界に迷い込んだ人、死を賭し風紀を取り締まる(旧:オリジナルBLでよくある設定の世界に迷い込んだ人の話)

とりのようこ

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第21話:怪奇メロディ

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 「恐川君……風紀委員長、待ってください」

 名前を出されても自分の事と思わず、風紀委員長と言われた段階でどうやら呼ばれているのは俺だと気付いた。
 振り向くと手を上げて俺を呼び止めていたらしき昴と目が合う。
 昴はすぐ反対側を振り向き、教員らしき男に声を掛ける。
 
 「すいません、淀川先生。
 生徒寮E棟に前任者が医療物資を置いていたはずです。
 この棟にあるものだけでは非常時に心もとないので回収してこようと思います。
 風紀委員長はこの後生徒寮方面に向かうので、一緒に行こうと思います」
 
 「今すぐ回収が必要ですか?
 あなたは養護教諭、救急医療班の要ですからなるべく本部から動かないでほしいのですが。
 他の方に依頼された方がいいと思いますよ」

 『淀川先生』は最もな事を言い昴を引き止める。

「前任者が整頓をしない状態で物資を置いているので、誰かに指示を出すより勝手が分かる私が取りに行った方が早いと思います。
 見回りの各班はまだ移動を始めたばかりです。
 生徒寮は近いので見回りが本格的に始まる前に戻ります。
 無線機器を持って行きますので何かありましたら連絡して下さい」

「…そうですか?分かりました。
 戻る際は連絡願います」

 押し切るような昴の物言いに、『淀川先生』はそれ以上は食い下がらず、無線機器を渡して救急医療班と書かれた看板の向こうに引っ込んだ。

「さ、じゃあ行きましょうか。恐川君」

 一連のやり取りの間、馬鹿みたいに口を開けてしまっていたような気がする。
 振る舞いが違うだけで別人の様に見える。
 そういえば出会った最初から大口を上げてBLBL言っている姿しか見た事がない。
 講義中にたまに冷静な様子を見せていたような気はするが、いかんせん騒いでいる印象が強すぎた。
 頭によぎるのはぎゃあぎゃあ騒いだり走ってる姿のみ。
 目の前にいる冷静な教員はまるで別の人物のようだ。

 俺の気がよそに行っている間に昴は合羽を着込んでいた。
 はっとして長靴を履いて二人で寮の外に出る。

「…誰だ、お前は」

 完全に二人だけになったときに、思わず呟いていた。

「え、どうしたの?」

「別人過ぎるだろう」

「え、僕の例利(れいり)な保健室の麗人っぷりに驚いたの?」

 昴はふふ、と笑って口の片端を上げる。

「あ…いや、お前はお前なんだな」

 何となく、ほっとした。
 いや正直、突然別人に入れ替わる事すらありえるような状況だ。
 相当に安堵して、細く長くため息をついてしまった。

「ところで、何の用だったんだ?」

 どう考えても俺に用があって適当な用事をでっち上げただろうので、息をつきおわってすぐ話を切り出す。

「ん、ちょっと、一言だけ言っておきたくてね」

「一言?」

「うん、なんだか遠目からも気がそれているように見えたからさ」

「気…?」

 意が分からず、鸚鵡オウム返しで返答していた。

「うん…そりゃあ気もそれるだろうし、こんな状況での用事は嫌だろうし、この世界が気持ち悪くて仕方ないだろうなあとは思うけどね…。でもね、様子が分からないうちに目立つ振る舞いはしない方がいいと思うんだ」

「…別に、まだ君に風紀委員長らしく振る舞えって言ってる訳じゃないよ。
 どうやって出来たかも分からない、何が見つめているかも分からないこの世界で、あまり目立つことはしない方がいい気がするんだ。
 キツいかもしれないけど、気合を入れて、おかしな様子は見せない方がいいと思うよ……」

「それを言うために?」

 思わず聞き返していた。
 自分は現世に戻る気が無いのに戻りたがっている俺のために、わざわざ用事をでっち上げてそれを言いに来てくれたらしい。

「それだけといえば、それだけだね。
 言っておかなくちゃと思ってさ…」

 その物言いに、胸が痛んだ。
 その心が嬉しく、そしてその分だけやるせなくなる。

「そうだな、正直かなり動転してるが…確かにそうだな、気を付けるよ」
 
「その、ありがとう」

 それくらいしか言えなかった。

 本当はまだ言いたいことがあるのだが、昴と俺との間には、降りしきる大粒の雨の幕よりもっと厚い暗幕がかかっているような気がして、言葉が続かなかった。
 近いが、とても遠い。

 そのまま、ひたひたと雨のぬかるみを踏んで歩を進めるとすぐに生徒寮の前につく。
 自分の部屋のある寮の前を通り過ぎ、どんどん校舎から見て奥の方へと進んでいく。
 すると、先を行く昴がとある建物の前で足を止めた。
 出入り口の看板には生徒寮E棟とあった。
 他の寮と同じく小綺麗な様子だが、人の居ない建物特有の寂しい雰囲気を感じる。

「ここがE棟、今より生徒の人数が多かった頃に使われていて現在は使われていない…という設定の場所さ」

 そう言いながら昴は鍵束をポケットから取り出し解錠した。
 合羽を脱いでスリッパに履き替え建物内に進む昴に続いて靴箱のスリッパを取り出す。

「あれ、ついてきてくれるの?見回りはいいの?」

「ああ、少し付き合うよ。
 見回りは用事にけりがついたくらいで待機している風紀委員に連絡してから向かう事にする」

 本当なら早めに行った方がいい。
 風紀顧問の教師は俺が生徒寮に向かって出た時間を知っているのだから、あまり合流が遅くなると不自然に思われる可能性がある。
 けれどもどうにも、もう少し昴と居たかった。
 正体不明の人間とばかり話していて、かなり疲れていた。
 例え考えがあまりに遠かったとしても、心があり自分を思いやってくれた人間と居たかった。

「日誌によると前任者は、この建物の2階の多目的室に物資を積んでた…らしいよ」

 少し歩いた先に現れた階段を、鍵束を振って昴が示す。

「……どうも、かなり細かく設定されているんだな、この世界は」

 先ほど見た電気室の様子が頭をよぎる。
  
 そのまま階段を二階まで上がり、すぐ脇にある多目的室のドアを開けた。
 確かに、広い部屋中に様々なものが積まれていて乱雑な様子だ。
 しかし放置されていた…との事だが全く埃っぽくない。

「埃が全然無いな」

「…まあ、2日前に出来たと考えれば……」
 
 昴が自分で言って嫌そうな顔をした。
 やっぱりそれを考えるのは嫌らしい。

「小説世界の、設定ミス…なのかもね」

 確かに、製造日の記載の件といい、所々作りに粗がある世界なのかもしれない。
 
 昴はドサドサと包帯の類いを手持ちの袋につめはじめた。
 外装に何も書かれていない袋を掴み、包帯を取り出していく。

「…やたら手際がいいが、何で何も書かれていない袋の中身が全部分かるんだ?」 

 内部の様子が分かるとは確かに言っていたが、中身の違う袋を開ける事が無いのが不思議だ。
 多少は間違えそうなものだが。

「ええとね、保健室に『前任者のメモ』が残っていたんだけど、この部屋においてある物の様子がかなり細かく書いてあったんだ」

「へえ…散らかっているだけに見えるが、考えて置いてある訳だな。
 そう言うやつはたまに居るよな。
 デスクは散らかってるが、何か貸してほしいというとすぐにそこから目的の物を出してくるようなやつ。
 整頓は出来ないが整理は出来るとでも言うのかな。
 つまり、前任者はそう言う人間だった……」

「という設定、なんだろうね…」

 言いながら昴は手を休めず袋詰めを続けている。
 その、がさがさばさばさといった音に混じって、ふと弦をはじくような澄んだ音が聞こえてきた。
 
「…なにか、聞こえないか?」

「え、聞こえないよ」

「いや、聞こえる。
 なんだかこう…地獄みたいな重い調子のメロディーが…」
 
 一音のみではなく、すぐに連続したメロディーが聞こえてきた。
 聞き覚えがあるのだが曲名をド忘れしてしまった、これは何だったか…。

「えっとだね、さすがにこんな時に怪談はちょっとやめてほしいというか」

 昴が少し眉をひそめる。

「いや、違う、本当に聞こえるんだ。
 めちゃくちゃに暗い、ゴシック調のメロディーが…」

「ええ?聞こえないよ。全然」

 かなりはっきりした音に思えるが、昴には全く聞こえないのか。
 どうもこの体は本当に地獄耳のようだ。

「上だ」

 そういって部屋を出ようとすると昴に呼び止められる。

「待ってよ、本当に怖い話とかじゃなくて?」

「こんな時に怪談なんてしない。
 これはピアノだ。実際に誰かが弾いてる音がする」

「ちょ、ストップ!
 待ってよ、こんな台風の中、人も居ない寮にわざわざ潜り込んでピアノを弾くなんて…幽霊じゃないの…?」

 そう言って昴が自分の肩をかき抱き震え上がるような動作を取る。
 幽霊だけが怖いなんて変な話だ、と思った。この世界の人間だって、そうは変わらない存在だと思うが。

「幽霊かは分からんが…取り敢えず見に行ってみよう」

「ええ…嫌だよ……」

「そうか。じゃあ俺だけで行って来よう。
 こんな日にこんな訳の分からない事をするやつは、もしかしたら現世から転移してきて訳も分かってない人間かもしれないからな。
 まずは顔を見に行って来る」

「あ、そうか」

 昴がちょっと安心したような表情になる。

「じゃあ僕もついていこうかな」
 
 そのまま二人、部屋を出てすぐの階段を早足で昇り始める。
 上階に上がるほどに音楽ははっきり聞こえてきた。

「そうだね、幽霊じゃないよ、きっと。たぶん。
 きっと転移してきた人さ。
 そうそう。きっとそう。
 多分そうだ」
 
 ぶつぶつ、昴が呟いている。
 どうにもやたら幽霊が怖いらしい。
 改めて考えてみても、この期に及んで幽霊だけが怖いなんて本当に変な話だ。

「…幽霊と、この世界の人間とに、そんなに差が有るか?」

「さ、差は、あるよ!何を言うのさ!」

 昴は目を見開いて言い返す。

「無いと思うがな……」

 生きている人間に見えながら正体が分からないものよりは、死んでいるように見えて死んでいる幽霊の方がまだ良心的では無いだろうか。

「違うよ!僕は幽霊には萌えない!」
 
 萌える、か。
 本当に昴は、幽霊と大した変わりも無いようなこの世界の人間の劇を見て、まだ『萌える』のだろうか?
 …分からない。

「…お前は、本当にこの世界の人間の劇を見て、まだ楽しめるのか?」

「……」
 
 呟いた俺の言葉を受け、昴は昨日の夜に茶を飲み交わした時のような暗い表情を見せる。

 そして、少し早足になって俺を追い越して先へ行ってしまった。
 しかし、一階分階段を上ったくらいの地点で歩速をゆるめてまた俺の隣につき、こちらを見返してきた。

「…君、デゼニーランドは好きかな?」

 藪から棒になんだろうか。

「…よく人につき合わされて行ったが、特に好きでも嫌いでもないな」

「そう、あそこに行く人たちは、着ぐるみのキャラクター達とよく写真を撮っているよね。
 もちろん彼らは着ぐるみの中に人間が入っている事を百も承知してる。
 それでも、キャラクターの事が好きだし、着ぐるみと写真を撮りたいし、手も振ってもらいたいものだよね」

「僕もそれとおんなじ、まあ、それだけの事だよ」

 そう言ってふいとまた前を向いた。

 …本当に?
 キャラクターの着ぐるみが好きな人間はそりゃあたくさんいるが、現世に帰ることを断ってまで着ぐるみと写真を撮り続けたい人間が、そういるだろうか。
 自分の考えから連動するように不気味なイメージが浮かぶ。
 夕闇の境にかかっても遊園地で着ぐるみと写真を取り続け、そのまま背景がこの世ならざる虹のまだらになり、二度とこの世に帰れなくてもキャラクターと戯れる人物が脳裏に浮かぶ。
 
 タッ、とまた足を速め俺より先行した昴と俺との間にある段差は6段程度だが、それが100段にも200段にも広がっていくような気がした。
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