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第19話:嵐の始まり
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すぐに風紀委員用の携帯電話の登録番号を検索する。
副委員長の番号があったため電話をかけ、先ほどの教員の指示をそのまま伝えた。自分は災害対策委員会にすぐ合流するため各委員への伝達は任せるとだけ付け加えて電話を切る。
玄関まで行き、靴を履こうとしたところで靴下を履いていない事に気がつき、ドアを開けて待っている昴に声を掛けた。
「すまん、靴下を貸してくれないか」
昴はすぐ取って返し、黒の揃いを一つ貸してくれた。
足を通しそのまま先行する昴に続いて階下へと降りる。
1階に着いて辺りを見渡せばラウンジにはすでにずらりと教員が並んでいた。
行列の手前には『災害対策委員会本部』と書かれた紙を貼り付けた立て看板がある。
幾人か制服の生徒も見え、その列の先頭の生徒の顔を見れば生徒会長だった。
何処に並べばいいか分からないので辺りを見回すと、教師が手招きしているのが目に入ったのでそちらに向かった。
手招きの教師は恐らく先ほど電話をよこした風紀委員顧問教師だろう。
近づいてみれば声よりもずっと年配そうな様子で、初老程度と見えた。
その後ろに何も言わず並ぶと、教師もまた何も言わず前へ向き直り、列の前にある卓上のマイクを調節している人物に目をやっていた。恐らく下される指示を待っているのだろう。
どこに目をやるでもなく教師の白髪交じりの後頭部に目を据えていると、ふと急速に気分が悪くなるのを感じた。
自分を囲う指示を待つ無言の人々の人いきれと気配とが、突如圧迫感を持って迫ってくるのを感じた。
先ほど昴に説明している自分の考えによれば、この人々は二日前に生まれたにも関わらず、それ以前の過去を見たように語る嘘つきの群れという事になる。
自分の考えによれば、というのはおかしな物言いだが、俺は昴に考えを話していた段階ではまだどこか思考遊戯的な感覚を持って話していた面があったのだ。感情を差し置いて、ただ因果をたどり推測を立てていたに過ぎない。
しかし今、こうして心がどこにあるかわからない人々の列の内に混ざれば、考えがたちまち感情を駆り立てるかのように不安感と恐怖が立ち昇る。
伺われているかのような落ち着かない気配を辺り中に感じ、まるで獣の閉じようとしている顎の間に置かれたかのような気分になる。
冷えるような息を呑んで、目だけで昴の姿を探す。
斜め前にいた昴の背中は一人白衣なのですぐ見つけることができた。
その姿が目に入ることで、明らかに気分が少し落ち着いたのを感じた。
取り戻した心でまた、先ほどの話の続きを考える。
先ほど昴に考えを多少話したがまとまりきっていない事が山ほどあるのだ。
例えば、『俺の過去』をつらつら語った風紀副委員長、その他生徒達はいったいどんなつもりでそれを話していたのか、ということ。
彼らは何かの魔物のようなもので、俺を騙す気でそのような行動を取っているのか、それとも本気でそうと思い込んでいるような状態なのか。
もしどちらだとしても、それは空寒く恐ろしい事だ。
できるだけ昴の背中だけ目に入れるようにして思考を続けていると、突然マイクを通した音声がホールに響いた。
「あ、あ、マイクテストです」
調整を終えたらしく、男はそう言うとマイクを座っている別の人物に手渡した。
マイクを受け取った人物の前にある長机手前には本部長と書かれた紙が垂れている。
こういう時の本部長なのだから恐らく校長か理事長だろう。
座ったままマイクに向けてすぐ発言を始めた。
「本日14時頃に台風により予備電源が故障した事態を受け、非常対策委員会本部を設置しました。
動員体制は1号配備です。これから災害対策委員会のマニュアルに従い、台風時の災害対策を行います。
安全防護班、安全点検班、避難誘導班は警備会社の方と共に南棟の非常電源装置の状況確認に向かってください。
安全防護班班長から受けた状況報告により非常電源装置復旧活動に人員が不要と本部が判断した場合、安全点検班に見回りの開始を指示します。安全点検班は指示を受けたらただちに各所の状況確認のため見回りに向かって下さい。本部が避難誘導の必要無しと判断した場合、避難誘導班も安全点検班と見回りに向かってください。
救急医療班は事務所の設営と備品の確認。救護班は救急医療班の作業を手伝い、本部より指示を受けたら負傷者救護にあたって下さい。
全体説明は以上です。
これより各班ごとの説明に移ります。各班員は班長の指示に従って行動して下さい」
発言を受けるとこれまで本部側を向いて一列に並んでいた人々は、各列の先頭の教員を取り巻き、列ごとの円座を組むように動き始めた。俺も流れに従い自分の前にいた風紀委員顧問らしい教師を囲むように位置取る。
風紀委員顧問らしき教師は円座が出来るのを見計らい発言を始めた。
「安全点検班は、先程の本部長の指示通りに電源の確認に向かいます。
その後本部から見回り開始の指示を受けたら事前に決めた小班に分かれ見回りを始めて下さい。
安全点検第一班と合流時の避難誘導班の指揮は私、笹垣が執ります。
安全点検第二班の指揮は恐川風紀委員長が執ります。
付近の山林や河川の状況確認、校舎の電気系統の確認と最終的な施錠は一班が行うので、二班はいつも通り校舎と寮の状況を内外から確認して下さい。
風紀委員長は見回りの指示を受けたら生徒寮B棟に向かい、ラウンジで待機している二班の班員と合流後、無線機器を各小班に配り見回りを開始するよう指示を出して下さい。
その後は本部からの指示を受け第二班全体の指揮を執りながら所属する小班を率いて見回りを行って下さい。
ここまでで、何か質問はありますか」
俺は先ほど受けた指示を咀嚼するように頭の中でたどっていた。
自分も見回りをしながら無線機器を使い他班の指揮を執らなくてはならないらしい。
災害マニュアルなど勿論見ていないから指揮のための事前知識が無いし、どうしたものかと考える。
少し考えてから、質問をするのはやめることにした。
今日の午前にも見回りはした、見回りなんだからほとんど内容は同じだろう。
間違っていれば変に思われる事もあるだろうが、『事前に決めた』事項を全く知らないように質問しても変に思われるのは同じだろう。
なら余計なやり取りをしない方が気分がマシだ。
それに昴が言ったような『頭を疑われてどこかに閉じ込められる程度のポカ』をやらかしてはいけないが、多少変に思われるくらいはどうでもいい事だ。
考え終わると同時にまた風紀顧問らしき教師が話し始める。
「次に見回り時の注意事項を説明します。
河川、用水路、大きな溝など増水の可能性のある箇所には立ち寄らない事。
見回り時に危険箇所、設備の破損、負傷者を発見した場合はすぐに報告する事。
危険箇所の例としては水が溢れている下水道、崩れそうな崖、倒木等があります。例に限らず異変を感じたらすぐ報告して下さい。
がけ崩れの危険がある場合はすぐに危険箇所から離れて報告を行い、その後の指示を仰いでください。
危険箇所への通行禁止用の用具の設置は大雨洪水警報の解除後に行います……」
「生徒会顧問の後藤先生が居られません」
風紀委員顧問らしき教師の説明途中に、真後ろから生徒会長の声が上がるのが聞こえた。
振り返れば生徒会長が挙手発言したところだったらしく挙げた手を下ろすところだった。
後ろの円座周辺で教師陣がざわめき始める。
「あれ、そういえば……」
「はあ、また後藤先生ですか……」
生徒会長と同じ円座に居たジャージを着た体育教師らしき人物がため息をついて肩を落とす動作を取る。
「日ごろからホストみたいな服装でふらふらして碌でもないことばかり生徒に言っていると思ったら、こんな時はいない、全く持って…」
その時階段から誰やらが降りてくる足音が聞こえた。
少し経つとパジャマ姿の男が現れ、あくびをしながら降りてきた。
「あれ、皆さんおそろいで。
なんかネットがつながらないんすけど、用務員さんと情報担当の先生この中にいますかね?
サーバ落ちてません?」
場に不釣り合いな間抜けた発言をした男は、よく見れば古文の『金瓶梅』の教師だった。
「後藤先生!何ですか!非常招集をかけたでしょう!」
「あ、そっか、ていうことは停電が起こったかな…?」
「何してたんですか、あなたは!」
強い口調で体育教師が言うが、パジャマの男は受け流すような口調で答える。
「すいません、ちょっと寝てました」
「あれほど招集がかかる可能性があると言ったでしょう!鼻歌みたいな返事して!
普段の服装から思ってたがやる気あるんですか!」
体育教師らしき逞しい体格の男が金髪の男に食って掛かる。
「や、すいませんねえ。気を付けます」
間延びした声で逆なでしそうな返事をするパジャマの男。
会話を聞きながら、ぞわぞわ、またぞろ背中を駆ける落ち着かなさを感じる。
自分の意思があるかわからない人々の茶番のような会話、聞くのがどうにも辛い。
寒気を感じていると目の前をパジャマの男が横切った。
その時男がかなり奇妙な格好をしている事に気が付いた。
パジャマであるというだけではなく、その柄がおかしい。
北海道のご当地キティちゃんが全面に印刷された七分丈のピンク色のパジャマ。
どうにもこうにも全く似合ってない。
普段なら吹き出していたかもしれないが、打ち解けた気持ちをこの世界にまるで持っていない今、ただシュールで奇妙な光景のように感じた。
頭痛の気配を感じつつ、また少し別のことが気にかかった。
そういえば、昴から受けたホスト教師のキャラクター説明の内にこんな事項は無かった。
ルーズであるとか服の趣味が悪いとか、そんな説明は全く無かったはずだが、こいつはいったいどういう役回りなのだろう。
背後の円座に合流したパジャマの男と体育教師はまだ少し揉め、その後にパジャマの男が机の上に積まれていたジャンパーをつまんで引っ掛けるのが見えた。着替えに戻るほどの時間は無いという判断らしかった。
生徒会長は騒動の間特に何も言わなかった。
「恐川、どうした」
気が付くと、風紀委員顧問らしい教師に顔を覗き込まれ、自分が所属する班の円座の注目を浴びている事に気が付いた。
後ろの会話に気を取られている間、教師の指示をまるで聞いていない状態になっていたようだ。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「すいません、大丈夫です」
ああ、しまった、と即答してしまってから思う。
めまいがするとでもいって寝かせてもらえば良かったのだ。
俺は馬鹿だ。
「そうか?ぼんやりしたお前なんてらしくないな。
気を付けてくれよ」
俺らしさ、
俺らしさ、とは…
俺の何を見て何が俺らしく何を俺だと思っているのだろうか…?
ミシミシ、背中を痛めるような気配をよこしていた寒気が、一段と深まる。
なんとかそこから気を持ち直して話を聞き返すと、今は連絡用の無線の使い方について解説していたところだったらしい。
無線の使い方の解説を受け、そのまま電源確認に向かう一団についてロビーを出発した。
副委員長の番号があったため電話をかけ、先ほどの教員の指示をそのまま伝えた。自分は災害対策委員会にすぐ合流するため各委員への伝達は任せるとだけ付け加えて電話を切る。
玄関まで行き、靴を履こうとしたところで靴下を履いていない事に気がつき、ドアを開けて待っている昴に声を掛けた。
「すまん、靴下を貸してくれないか」
昴はすぐ取って返し、黒の揃いを一つ貸してくれた。
足を通しそのまま先行する昴に続いて階下へと降りる。
1階に着いて辺りを見渡せばラウンジにはすでにずらりと教員が並んでいた。
行列の手前には『災害対策委員会本部』と書かれた紙を貼り付けた立て看板がある。
幾人か制服の生徒も見え、その列の先頭の生徒の顔を見れば生徒会長だった。
何処に並べばいいか分からないので辺りを見回すと、教師が手招きしているのが目に入ったのでそちらに向かった。
手招きの教師は恐らく先ほど電話をよこした風紀委員顧問教師だろう。
近づいてみれば声よりもずっと年配そうな様子で、初老程度と見えた。
その後ろに何も言わず並ぶと、教師もまた何も言わず前へ向き直り、列の前にある卓上のマイクを調節している人物に目をやっていた。恐らく下される指示を待っているのだろう。
どこに目をやるでもなく教師の白髪交じりの後頭部に目を据えていると、ふと急速に気分が悪くなるのを感じた。
自分を囲う指示を待つ無言の人々の人いきれと気配とが、突如圧迫感を持って迫ってくるのを感じた。
先ほど昴に説明している自分の考えによれば、この人々は二日前に生まれたにも関わらず、それ以前の過去を見たように語る嘘つきの群れという事になる。
自分の考えによれば、というのはおかしな物言いだが、俺は昴に考えを話していた段階ではまだどこか思考遊戯的な感覚を持って話していた面があったのだ。感情を差し置いて、ただ因果をたどり推測を立てていたに過ぎない。
しかし今、こうして心がどこにあるかわからない人々の列の内に混ざれば、考えがたちまち感情を駆り立てるかのように不安感と恐怖が立ち昇る。
伺われているかのような落ち着かない気配を辺り中に感じ、まるで獣の閉じようとしている顎の間に置かれたかのような気分になる。
冷えるような息を呑んで、目だけで昴の姿を探す。
斜め前にいた昴の背中は一人白衣なのですぐ見つけることができた。
その姿が目に入ることで、明らかに気分が少し落ち着いたのを感じた。
取り戻した心でまた、先ほどの話の続きを考える。
先ほど昴に考えを多少話したがまとまりきっていない事が山ほどあるのだ。
例えば、『俺の過去』をつらつら語った風紀副委員長、その他生徒達はいったいどんなつもりでそれを話していたのか、ということ。
彼らは何かの魔物のようなもので、俺を騙す気でそのような行動を取っているのか、それとも本気でそうと思い込んでいるような状態なのか。
もしどちらだとしても、それは空寒く恐ろしい事だ。
できるだけ昴の背中だけ目に入れるようにして思考を続けていると、突然マイクを通した音声がホールに響いた。
「あ、あ、マイクテストです」
調整を終えたらしく、男はそう言うとマイクを座っている別の人物に手渡した。
マイクを受け取った人物の前にある長机手前には本部長と書かれた紙が垂れている。
こういう時の本部長なのだから恐らく校長か理事長だろう。
座ったままマイクに向けてすぐ発言を始めた。
「本日14時頃に台風により予備電源が故障した事態を受け、非常対策委員会本部を設置しました。
動員体制は1号配備です。これから災害対策委員会のマニュアルに従い、台風時の災害対策を行います。
安全防護班、安全点検班、避難誘導班は警備会社の方と共に南棟の非常電源装置の状況確認に向かってください。
安全防護班班長から受けた状況報告により非常電源装置復旧活動に人員が不要と本部が判断した場合、安全点検班に見回りの開始を指示します。安全点検班は指示を受けたらただちに各所の状況確認のため見回りに向かって下さい。本部が避難誘導の必要無しと判断した場合、避難誘導班も安全点検班と見回りに向かってください。
救急医療班は事務所の設営と備品の確認。救護班は救急医療班の作業を手伝い、本部より指示を受けたら負傷者救護にあたって下さい。
全体説明は以上です。
これより各班ごとの説明に移ります。各班員は班長の指示に従って行動して下さい」
発言を受けるとこれまで本部側を向いて一列に並んでいた人々は、各列の先頭の教員を取り巻き、列ごとの円座を組むように動き始めた。俺も流れに従い自分の前にいた風紀委員顧問らしい教師を囲むように位置取る。
風紀委員顧問らしき教師は円座が出来るのを見計らい発言を始めた。
「安全点検班は、先程の本部長の指示通りに電源の確認に向かいます。
その後本部から見回り開始の指示を受けたら事前に決めた小班に分かれ見回りを始めて下さい。
安全点検第一班と合流時の避難誘導班の指揮は私、笹垣が執ります。
安全点検第二班の指揮は恐川風紀委員長が執ります。
付近の山林や河川の状況確認、校舎の電気系統の確認と最終的な施錠は一班が行うので、二班はいつも通り校舎と寮の状況を内外から確認して下さい。
風紀委員長は見回りの指示を受けたら生徒寮B棟に向かい、ラウンジで待機している二班の班員と合流後、無線機器を各小班に配り見回りを開始するよう指示を出して下さい。
その後は本部からの指示を受け第二班全体の指揮を執りながら所属する小班を率いて見回りを行って下さい。
ここまでで、何か質問はありますか」
俺は先ほど受けた指示を咀嚼するように頭の中でたどっていた。
自分も見回りをしながら無線機器を使い他班の指揮を執らなくてはならないらしい。
災害マニュアルなど勿論見ていないから指揮のための事前知識が無いし、どうしたものかと考える。
少し考えてから、質問をするのはやめることにした。
今日の午前にも見回りはした、見回りなんだからほとんど内容は同じだろう。
間違っていれば変に思われる事もあるだろうが、『事前に決めた』事項を全く知らないように質問しても変に思われるのは同じだろう。
なら余計なやり取りをしない方が気分がマシだ。
それに昴が言ったような『頭を疑われてどこかに閉じ込められる程度のポカ』をやらかしてはいけないが、多少変に思われるくらいはどうでもいい事だ。
考え終わると同時にまた風紀顧問らしき教師が話し始める。
「次に見回り時の注意事項を説明します。
河川、用水路、大きな溝など増水の可能性のある箇所には立ち寄らない事。
見回り時に危険箇所、設備の破損、負傷者を発見した場合はすぐに報告する事。
危険箇所の例としては水が溢れている下水道、崩れそうな崖、倒木等があります。例に限らず異変を感じたらすぐ報告して下さい。
がけ崩れの危険がある場合はすぐに危険箇所から離れて報告を行い、その後の指示を仰いでください。
危険箇所への通行禁止用の用具の設置は大雨洪水警報の解除後に行います……」
「生徒会顧問の後藤先生が居られません」
風紀委員顧問らしき教師の説明途中に、真後ろから生徒会長の声が上がるのが聞こえた。
振り返れば生徒会長が挙手発言したところだったらしく挙げた手を下ろすところだった。
後ろの円座周辺で教師陣がざわめき始める。
「あれ、そういえば……」
「はあ、また後藤先生ですか……」
生徒会長と同じ円座に居たジャージを着た体育教師らしき人物がため息をついて肩を落とす動作を取る。
「日ごろからホストみたいな服装でふらふらして碌でもないことばかり生徒に言っていると思ったら、こんな時はいない、全く持って…」
その時階段から誰やらが降りてくる足音が聞こえた。
少し経つとパジャマ姿の男が現れ、あくびをしながら降りてきた。
「あれ、皆さんおそろいで。
なんかネットがつながらないんすけど、用務員さんと情報担当の先生この中にいますかね?
サーバ落ちてません?」
場に不釣り合いな間抜けた発言をした男は、よく見れば古文の『金瓶梅』の教師だった。
「後藤先生!何ですか!非常招集をかけたでしょう!」
「あ、そっか、ていうことは停電が起こったかな…?」
「何してたんですか、あなたは!」
強い口調で体育教師が言うが、パジャマの男は受け流すような口調で答える。
「すいません、ちょっと寝てました」
「あれほど招集がかかる可能性があると言ったでしょう!鼻歌みたいな返事して!
普段の服装から思ってたがやる気あるんですか!」
体育教師らしき逞しい体格の男が金髪の男に食って掛かる。
「や、すいませんねえ。気を付けます」
間延びした声で逆なでしそうな返事をするパジャマの男。
会話を聞きながら、ぞわぞわ、またぞろ背中を駆ける落ち着かなさを感じる。
自分の意思があるかわからない人々の茶番のような会話、聞くのがどうにも辛い。
寒気を感じていると目の前をパジャマの男が横切った。
その時男がかなり奇妙な格好をしている事に気が付いた。
パジャマであるというだけではなく、その柄がおかしい。
北海道のご当地キティちゃんが全面に印刷された七分丈のピンク色のパジャマ。
どうにもこうにも全く似合ってない。
普段なら吹き出していたかもしれないが、打ち解けた気持ちをこの世界にまるで持っていない今、ただシュールで奇妙な光景のように感じた。
頭痛の気配を感じつつ、また少し別のことが気にかかった。
そういえば、昴から受けたホスト教師のキャラクター説明の内にこんな事項は無かった。
ルーズであるとか服の趣味が悪いとか、そんな説明は全く無かったはずだが、こいつはいったいどういう役回りなのだろう。
背後の円座に合流したパジャマの男と体育教師はまだ少し揉め、その後にパジャマの男が机の上に積まれていたジャンパーをつまんで引っ掛けるのが見えた。着替えに戻るほどの時間は無いという判断らしかった。
生徒会長は騒動の間特に何も言わなかった。
「恐川、どうした」
気が付くと、風紀委員顧問らしい教師に顔を覗き込まれ、自分が所属する班の円座の注目を浴びている事に気が付いた。
後ろの会話に気を取られている間、教師の指示をまるで聞いていない状態になっていたようだ。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「すいません、大丈夫です」
ああ、しまった、と即答してしまってから思う。
めまいがするとでもいって寝かせてもらえば良かったのだ。
俺は馬鹿だ。
「そうか?ぼんやりしたお前なんてらしくないな。
気を付けてくれよ」
俺らしさ、
俺らしさ、とは…
俺の何を見て何が俺らしく何を俺だと思っているのだろうか…?
ミシミシ、背中を痛めるような気配をよこしていた寒気が、一段と深まる。
なんとかそこから気を持ち直して話を聞き返すと、今は連絡用の無線の使い方について解説していたところだったらしい。
無線の使い方の解説を受け、そのまま電源確認に向かう一団についてロビーを出発した。
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