BL世界に迷い込んだ人、死を賭し風紀を取り締まる(旧:オリジナルBLでよくある設定の世界に迷い込んだ人の話)

とりのようこ

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第18話:物語の行方

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 窓から向き直れば食い入るようにこちらを見つめていた昴と目線が合う。
 俺はすぐに目線を外しリモコンを見つけリビングの明りをつけた。
 急に薄暗くなったため明りを付け忘れて今まで話をしていたが、こんな話を暗い場所でするべきじゃない。

「…この世界を紡ぐ物語は恋物語で、主人公と恋人が結ばれる時が物語の終わりと言っていたな…。
 それまでの期限がどれほどあるのか、検討はつくか?」

「多分に…一年以内だと思う。長くても本年度の三月、学年が変わるまでだ。
 でもわからない、文化祭で終る話も多いし、『非・王道学園物語』なら夏休みくらいで話が終ってしまう事だってある……」

 確かめるようにゆっくりと、昴は応える。

「じゃあ三ヶ月程度から一年以内、期限はその程度という事か……」

 予測はついていたがあまりに短い。

「成るほど…分かった。
 俺はこの世界と共に消える気は無い、期限内で脱出のために片端から出来る事を試して手を尽くしたいと思う。
 …どうも風紀委員長の演技をしている時間は無さそうだ」

 昴は、先ほどまでと同じく息を呑んだような表情のまま応えない。

「先程付き合うといったばかりで前言を翻してすまないが……」

「…いーよ」

 少し、間をおいて低い声が返ってきた。

「…事情が事情だ…。さっきまでとはまるで話が変わっちゃったし、しょうがないね…。
 僕だってまさか期限がついているなんて考えてもなかった……」

 腕を組み、考え込むような仕草をとりながら話す昴。
 後半に向かうにつれ声が小さくなっていき、最後の方は独り言を零しているかのように口中で囁いていた。

「…でも、どうする気なの。
 脱出のために出来る事をするって言ったけど、なにか当てはあったりするの?」

 考え事から顔を持ち上げ、問いを投げてくる。

「とりあえずは、仲間を探そうと思っている。
 お前と俺以外にも現世からこの世界へ呼び出された人間が居るかもしれない。
 正直言ってどうすれば脱出出来るのか全く検討はついてないが、人が集まれば何か知恵も出るかもしれないからな」

 見込みと当て込みだらけの案だが、昨日の今日起こった全く未知の事態に対しにわかに出した案としてはそう悪くも無いと思う。

「仲間か…どうやって探すの?」

 昴が不安そうに見返す。

「……良さ気な具体策は浮かんでない」
 
 それを考えるほどの時間も無かった。

「一人一人当たろうかくらいに考えていたが、残り時間を考えるとそれはあまりに悠長かもしれないと思っている」

「…確かに、もし夏休みまでしか期限が無かったら仲間を探すだけで終っちゃう可能性があるね……」

「そうだな…仲間が他に居るか居ないかもわからないわけだしな。
 もういっそ放送ででも呼びかけてみるか」

「…ええ……それはちょっと…、それだとなんだかどっかのアニメみたいだ……。
 『生徒諸君の中で異世界から来た人は居ないか』って感じ…?
 ……やめとこうよ」

「…駄目か?適当に言っただけだが、時間の無さを考えればそう悪くも無いような気がしてきているんだが」

「普段から冗談を言っているようなキャラならともかく、仕事第一の真面目な『風紀委員長』の発言がそれじゃ発狂を疑われかねないよ。
 もし精神病院にでも閉じ込められちゃったら仲間探しどころじゃなくなるよ…」

「……」

 それもそうだ。
 この世界の人間がいかに2日前に生まれたばかりでも、普通の人間らしく動いているのだからそんな対処を取られる事だってありうる。
 どうにも焦っているようだ。
 焦っていない人間が居たらおかしい状況だと思うが、とにかくこのままここで詰めても碌な案は出なそうだ。

「…分かった。
 いい案はすぐ出そうにもないし、仲間を探す方法はまた後で考えようと思う。
 とにかくまず、委員会は明日やめてこようと思う。
 学期の区切り以外の時期に委員会を止められる仕組みになっているかは分からないが、家庭の事情などを偽れば委員長は辞められるだろう。

 …約束を違えて悪いとは思うが」

「…もう、それは気にしないで。
 …流石に僕も命を投げてまで付き合えなんて言わないさ」

 その言葉にはっと昴を見返す。
 俯いていて、表情は分からない。
 命を投げてまで、と確かに言った。
 言葉の強さに驚き見返しただけだったが、そこで昴がまだ一言もここから出たいなどと言っていない事に気がついた。
 この世界に残る事が何を示しているか分かっているのに、まだ戻らないつもりなのか。
 
 いつ旅人の命をそのまま飲み込んで終るかも分からない世界で、なおその世界の住人の空芝居を見続けたいのか。
 そしてやってくる短いこの世界の終わりと共に消えてしまうのか。

 それではあまりに、

「昴、お前も一緒に帰ろう」

 気がつくと、昴の両肩に手を置いて顔を覗き込んでいた。
 上げた顔は、ただ驚きだけを映している。

「…僕は…」

「…お前はいい性格をしてるが、悪いやつでもない。
 消えると分かっている世界においていくのは、俺は嫌だ。

 …もし来た時間と同じ時間に戻れるとしたらクリスマスの一週間前になるはずだな。
 同僚の『五年付き合ってた彼女に振られた傷心記念パーティ』にプレゼントを持っていかないと行けないんだ。
 ……買出しにでも付き合ってくれないか」

「……君」

「用事ついでに東京駅の『KITTE』に行こうと思っていたんだ。
 ちょうどお前の家と俺の家の中間のはずだな。
 …プレゼント選びに付き合ってくれないか。
 何を買って送れば慰めの足しになるんだか、いまいち思い浮かばなくて困っていたんだ」

 昴の瞳が、驚いたように早く瞬く。
 そのまま、しばらく俺の顔に目をやったまま何も言わず同じ姿勢で居たが、一息ついたくらいでゆっくり一歩、身を離された。

「……ごめん、とても嬉しいよ。
 会ったばかりなのにそこまで言ってくれるのは。
 でも、
 ……ごめんね」

 伏せた目のその言葉、予測していた答え。
 俺はなおも言い募る。

「そうか…ここまでつき合わせて悪かった。
 風紀委員長を演じるのはもう無理だが、もし現世に一緒に戻ってくれたらその埋め合わせになんでもしたいと思っている」

「現世の君かあ…でも、もう『風紀委員長』の演技はしてもらえないもんなあ…」

 悲しげに目を伏せたままで、軽口のような事を言う昴。

「言っておくが俺はもともとの顔もかなりいいんだぞ。
 お前が今の俺の姿を見てもし楽しいのなら、同じ程度楽しいだろう事は保証するぞ」

「…すごい自信」

 昴がくす、と笑う。
 ようやく笑った。

「でも、あっちの世界にはBLのいいお相手役も、それに王道学園も無いじゃないか」

「でも素顔で話す事はできる。
 …俺はお前の事をもう少し知りたい。
 お前が現世でどんなやつなのかは全く分からない、互いに口で素性を言っただけだから嘘なのかもしれないしな。
 でもお前は、間違いなく面白いやつだ。
 俺は現世でお前に会いたい」

「!」

 息を詰める音が聞こえた。

「……ああ……残念だなあ…」

 しばらく置いて辛そうな表情から一転、この上なく寂しそうに昴は笑う。

「君が風紀委員長を降りる事、本当に残念だ……。
 君ほどハマり役の人、きっと他に居ないだろうな……」

 そんなに寂しげな様子を見せながら、一緒に帰るとは言わないのか。
 柔らかな拒絶にもうそれ以上どうしていいか分からなくなり、顔に手を伸ばしていた。
 もう少し、近づきたい。
 人には確かに、あまりにそれぞれ特有の多くの事情がある。
 ただ生きていればよいのだと叫び相手を背負い込むにはまだ距離がありすぎた。
 そんな思いが、頬に手を伸ばさせる。
 昴は驚いたように顔を上げた。

 俺の指先を頬に受け、驚いて見開いた瞳が震えているのが、見て取れた。
 目の中に映りこんだ俺の影とその後ろのテレビの明りとが、彷徨うように震えている。
 
 あれ、この手、どうすればいいんだ?
 そこで我にかえり、引っ込みも付かず、出した手をどう始末すればいいやら思案もつかずに瞳の影を見続ける。
 何を言っていいか分からないが何か言おう、と口を開けた時に、部屋の明りが突然落ちた。
 
 室内は夕方のようなうす闇に包まれる。

「…なんだ……?」

「停電……」

 昴がハッと、気を取り戻したように消えた灯りを見上げて呟く。
 それと同時に、電話の着信音が鳴り響く。
 昴は白衣のポケットに手を突っ込み取り出した携帯電話に応答する。

「はい、高井です。
 …はい、はい、はい…。
 …分かりました、教員寮ロビーにすぐ集合ですね」

 何の電話だ?

 電話を切ってから昴が顔を上げる。

「あ、今の電話なんだけど…」

 昴が説明しようとした矢先に、別の着信音が鳴り響いた。
 ポケットに突っ込んだままにしていた風紀用の携帯電話が鳴っている。
 取り出して送信元の表示を確認すると、「風紀担当:笹垣先生」とある。

「はい、恐川です」

 電話を取ると低い、中年程度だろうと思われる男の声が応答した。

「恐川、先刻市内で停電が発生した。
 と同時にこの雨風で、老朽化していた南棟の天井が抜け落ちて浸水し非常電源装置が故障したようだ。
 教員による災害対策委員会と一緒に動いてほしい。
 今もし、高井先生の部屋にいるのなら先生と一緒に一階のラウンジに下りてきてくれ。
 風紀委員にも四十分以内に集まるよう召集をかけてくれ。
 集合場所は生徒用B棟ラウンジ。待機するように言っておいてくれ」

 電話を切ると昴が救急箱を抱えて、空いた手をドアノブにかけたままこちらを見ていた。

「君も呼集かい?」

 ドアを開け、出るように指図しながら聞いてくる。

「ああ、お前と一緒に一階に降りろとの指示だった」

 天井を振り仰いでため息をつく。本当にめまいがするような気がした。

「なんでこんな日にこんないざこざが起きなきゃならないんだ」

 本当にそんな場合じゃない。
 参加などしたくもない。
 けれどもまだ風紀委員長を辞めていないのだから、付き合う必要があるのだ。
 忌々しい。

「昴、いまから病気になって寝込んでていいか?」

「仮病を使うには、あまりにはっきりと返事をしちゃったよね……」

 嫌で嫌で仕方ないが、今日だけは付き合うしか無さそうだ。
 
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