BL世界に迷い込んだ人、死を賭し風紀を取り締まる(旧:オリジナルBLでよくある設定の世界に迷い込んだ人の話)

とりのようこ

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第14話:サバイバルブック③

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「そう、風紀委員長、君のことだね。大事な役割のキャラクターだ。」

「大事な役割なのに、重要キャラクターじゃないのか。」

「そうなんだ、そこが少し複雑な所だ。
 まず、『風紀委員長』の外見と性格は、きちんと定まっていないんだ。
 大抵は転校生を好きになるんだけど、転校生に惚れるエピソードも生徒会の面々ほどはっきり決まっていない。なので非重要キャラクターに分類した。
 けれども風紀委員長が演じる『風紀委員会の長』という役割は物語にとって非常に重要なんだ。」

「それはつまりどういう事だ?」

「順を追って話そう。風紀委員会は生徒会と対立している組織であり、そして生徒会と並ぶ学園内の二代権力組織の一つだ。
 生徒会は学校のイベントの企画運営、各種委員会の統括を担っており、権限は教師を凌ぐほどだ。
 風紀委員会は圧倒的な権力を持つ生徒会に対する監査と学園の警備を担う役割を勤める。
 生徒会と風紀委員会の対立は王道学園物語内の非常に重要な要素だ。
 生徒会と風紀委員会は、学校生活の様々なシーンで事あるごとに衝突を繰り返す様を描かれる。
 これにより学園内の組織間の勢力争いの構図と、仕事にしのぎを削る美しい男達の戦いを見せるという重要な要素が有るんだね。 
 風紀委員長とは王道学園名物のその戦いを最先端で彩る存在さ。
 生徒会と対立する二代巨頭の長たるべく全て生徒会長と張り合う存在じゃないとならない。
 その美貌、威圧感、実力、家柄、成績、全ては生徒会長に引けを取らない常にトップの存在だ。
 それにより生徒会と風紀委員会の実力伯仲の戦いぷりを象徴的に見せ付けるのさ。」

 『生徒会長―最強』、『風紀委員長―無敗』と書き出し、真ん中に『VS』をつけて、また教鞭で叩いて示している。
 その二つが衝突するといわゆる『矛盾』が発生しそうなのだが。

「だから、君個人の性格はあまり問題じゃないんだ。けれど、長たるものにふさわしくさっき言った要素だけ満たさないといけないんだ。」

「ちょっと待て、その話を聞くと風紀委員長を演じるのは無理そうだぞ。その要素を満たすのは演技では不可能だ。実力が追いつかないとどうしようもないだろう。」

 もっと簡単そうな役柄ならよいが、昴の告げたような人物を演じるのは無理だ。
 自分より頭がいいやつの演技なんて根本的に不可能なのだから。

「大丈夫、君ならできる。
 僕の勘がそう言っている。
 その偉そうな地の口調、妙な落ち着き、生徒会長へのその敵愾心、内心のサド性がにじみ出ている話し方、そして無駄に強い威圧感。
 大丈夫、君ならなれる。」

「お前は本当に失礼だな。
 にしてもやっぱり無理だろう。成績と実力だけは飾りようが無い。
 俺は別に仕事が特に出来たわけじゃない。学生時代の勉強だってそこそこしかしてこなかった。
 異世界に来たからって突然もともとの能力が上がるわけないんだからな。」

 自分で言いながら地味に刺さる。しかし本当のことだ。

「いや、できる!素でしゃべってそこまで風紀委員長らしいんだから絶対いける!
 能力も、多分だけど申し分ない素質はある気がするんだよね!
 大丈夫、僕には分かるよ。君ならなれる!
 鬼の中の鬼風紀委員長!あの星の中で一等輝く鬼に、君ならなれる!」

 鬼なのか星なのかよくわからない。
 語呂だけで言っている感のある言葉の羅列に、面白がっているだけなのが透けているように思える。

「お前は、面白がって言ってないか?本当にそれが見たいのか?」

「なに、僕の何を疑うのさ。僕はBL王道学園が本当に好きなんだ。
 ホスト教師が好きだし、やたら高級な食堂が好きだし、何故か生徒が書類を回さないだけで滞る王道学園の運営が大好きだ。双子の足をしゃぶりたいし、生徒会長の壁ドンを生でみてみたいし、転校生の噂を囁いてみたいさ。そして風紀委員長に『お仕置きが足りなかったようだな。』と言われている不良やそれを見て倒れるチワワを心から見たいんだよ!」

「何で犬が倒れるんだ。」

「突っ込むところそこ?小さなことは気にしないでよね。チワワってのは可愛い女の子のような男子生徒を少し馬鹿にして言う言葉さ。
 そしてそんなことはどうでもいいよ。
 僕のここまで深いBL王道学園への愛、そして風紀委員長の鬼畜っぷりを一目見て死にたいといつもこいねがっている本気を疑うなんて!
 君は酷い男だ!
 すでにフルスロットルの鬼畜だ!
 だから君が鬼になるのは簡単だ!
 鬼になれたら風紀委員長はもっと簡単だ!
 だから二人で頑張ろう!」

「つらつらしゃべって話をもとの路線に戻そうとするな。」

 話しながらやたら近づいてきた昴の額に手のひらを押し当て、距離を置きながら言う。
 
「ふんだ。
 いいじゃない。僕は本当に確かにそれが見たいのさ。
 それに、今更降りるなんて無しだよ。
 君が『風紀委員長』を努めるって言うから僕はこうしてマグネットやらホワイトボードやら引っ張ってきて君に労力を使って説明をしているんだよ。
 情報だけ引っ張るだけ引っ張ってさようなら、そんなのって酷いよ。
 そんな部分は鬼畜じゃいけないよ。
 人間としてあんまりじゃないか。」

 人間として、とは嫌な言い方をする。

「しないとは言っていない。無理だと言っているんだ。」

「できるもん。絶対に絶対にできるもん。」

「なんで駄々っ子なんだ。」

「もう、何でそんなに自信が無いの!
 絶対に出来る!
 君は僕が見込んだ男だ!
 必ずできる!
 僕だって協力は惜しまないよ。
 成績が不安!?風紀委員の仕事が分からない!?
 いいよ、どうせ暇なんだから僕のところに持ってくればいいよ!
 僕だって別段優秀じゃないけど、一人の仕事を二人でやれば全く違うはずだからね。
 僕は現役の薬学部所属の学生だから、理系なら力になれるよ!」

「薬学部なのか。
 俺の会社も薬を扱っているぞ。俺はちょっと部署が違うがな。
 俺の仕事は薬品製造機械の営業なんだ。」

 今現在の話の流れとは関係が無い話題だが、帰るのを嫌がっていた昴が現世での自分の話を持ち出した事に少し嬉しくなったので話を拡げるつもりで自分の話をしてみた。

「え!そうなの?」

「ああ、有名どころだとロートル製薬とかアズテック製薬とかにも機械を卸しているぞ。」

「へえ、大手だなあ。そうなんだ…どんな感じの仕事なの…。
 って、それは今はいいや。
 でも後で聞かせてね。」

 打ち切られてしまった。『後』か…。

「とにかくだ、君は出来る。
 僕との約束、守って。
 かならず風紀委員長をやり遂げて!」

 何でこんなに必死なんだろうか。

「…はあ、一応はやってみるが、全くそれらしく見えないと文句は言うなよ。」

「言わない!それに絶対に君は出来るんだから!」

 できるとは特に思えない。しかし何で昴はそこまでそんなものが見たいんだろうか。
 趣味というのは確かに人を地の果てまで走らせる力はあるものだが。

 そういえば俺の上司で珍しい種類の蟻を飼うのが好きな人が居たが、その人は趣味が高じて珍種の蟻の宝庫である南米に転居してしまった。
 毒蟻にかまれた顎をボール球のようにはれ上がらせたまま嬉しそうにピースサインをした写真を旅先から寄こしたのを見た時は、なんとも言えない好事家の狂気を感じた。

 昴にとってこの世界や、『風紀委員長』はあの上司にとっての毒蟻のようなものなのだろうか。
 
 必死に取りすがる昴の目を覗き込む。
 やたら真剣なその目は、改めて蟻好き上司の事を思い起こさせる。
 変人だが悪人ではなかった。繊細な気質で、彼を傷つけずに発言するのは難しそうだと部下ながら感じていたほどだった。
 そんな様子ながら何くれと無く世話を焼き気を使ってくれた恩恵にいつか報いようと思っていたが、上司は仕事の厳しい部署に飛ばされてしまい、水槽の中の蟻に語りかける頻度が増えていく日々を送るうちに、ある日決意してボリビアに移住してしまった。
 俺は彼に何も出来なかった。
 最後に憔悴した姿を社内で見かけたのは退社寸前。その時は自分の事ばかりにかまけていて声も掛けることが出来なかった。
 好事家の酔狂は面白げに語られることが多いが、上司が会社で扱われ方が悪くなるほどに蟻にのめりこんでいったところを見ると、どこかその熱意のうちには不遇にあえぐ心が趣味という水路をめがけてなだれ込んでいるようなところもあるのだろう。

その上司が蟻の話をしていた時の表情と、昴の表情が重なって見える。

 「わかったよ。出来る範囲でやってみる…。」

 そうだ、どうせ俺の世界の出来事じゃなし、失敗してもまるでダメージなんて無いんだからできる程度で昴の遊びに付き合ってみるか、と改めて思った。
 もしも片手間程度で出来ない量ならその時こそ無理といってやめてしまえばいいだけだ。
 脱出の邪魔に成るほどの作業量をこなすのは本末転倒だからな。
 それまではせいぜい付き合おう。

「じゃあ教えてくれ。風紀委員長はどのような振る舞いをするべきなんだ?」

「分かってくれたんだね!君は風紀委員長をやり切れるって事!」

 ぴょん、と音が聞こえそうな仕草でジャンプして俺の手を握りしめる昴。
 と思いきやすぐに離れてホワイトボードの前に立ち、満面の笑みでまた何かを書き始める。

「よし、じゃあ君が振舞うべき風紀委員長の性格について説明しよう。
 張り切っていこう!」

 『真面目or不良』と板書し、左手を腰に当て右手に教鞭を持ったポーズで振り返る。

「風紀委員長の性格は作品毎にそれぞれ異なる。
 けれどもここに上げた2種類のどちらかになる事が多いんだ。」

 ココッと音をたて、『真面目』と『不良』の文字を交互に叩く。

「一つは慇懃無礼で生真面目、武士のような物言いの堅物委員長。
 もう一つは自分が風紀を乱しているタイプの不良委員長だ。」

「…『恐川槇尾』がどちらであるかの調査、どうせやっているんだろう?」

「もちろん、ぬかりはないよ。
 風紀委員長『恐川槇尾』は真面目で慇懃無礼、第一ボタンをいつもきっちり上まで締めて校内中に睨みを利かせる冷徹な風紀委員長さ。
 そして武士のような口調で氷のような嫌味を俺様生徒会長にぶつける出来る男、それが君だよ。
 強姦事件巻き起こる校内にいつも鋭い目を光らせ、ご自慢の武術で不良どもをちぎっては投げちぎっては投げながら学園中を駆け回る、まさに学園のガーディアン…あれ…、あ、これはちょっとまずいか……?」

 昴が顎を親指と人差し指ではさんで『考え中』のポーズを取り、俯いてぶつぶつ呟き始めた。

「何がまずいんだ。」

「他は何とかなっても武術だけは演技で出来る振りが無理だ。
 君なにか武術やってたりしない?さすがにそこまで都合よくやってないよね、多分。」

「柔道なら小学校、空手なら中学から始めている。両方段持ちだ。」

「えっ…。」

 昴は俺の発言を受け、奇妙な表情をする。疑わしいものを見たかのような顔で俺の顔を見ている。

「どうした?」

「いや、君は最高の『風紀委員長』にふさわしい人材だと確信を深めて、内心飛び上がるほど喜んでいるんだけどさ…。
 けどね、なんだか……。
 さすがにおかしいんじゃない……?」

「……。おかしいな。」

「そうだよね……。やっぱり、君も気付いているよね。
 どうして、こんなにも君は『風紀委員長』にふさわしい性質なの?
 演技なんてまるでしていないのに口調だってあまりにそれらしい。
 おかしい。
 …気になるよ。
 これは一体どういうことなんだろう。」

「確かに、俺も気になっていた。
 突然別の人間になったにも関わらず、この世界の人間は俺に違和感をまるで感じてない。
 『恐川槇尾』の親友だったらしい人物ですらそうだ。」

「…うーん、気味が悪いなあ…。
 本当に、何なんだろう…。
 ああ、でも、その考察も、とりあえず後にしようか…。
 気になるけど今はとりあえず、風紀委員長の説明を終らせてしまおうと思う。」

「ああ……。」

 しかし、その話題は何ともいえぬ不気味をその場に残したように思えた。
 薄々気がついていたが、はっきり言われると本当に気味の悪い事だ。
 この世界が不気味な異界である事をふざけて忘れようと薄々考えていた心を、ずばりとえぐられた気がする。
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