BL世界に迷い込んだ人、死を賭し風紀を取り締まる(旧:オリジナルBLでよくある設定の世界に迷い込んだ人の話)

とりのようこ

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第9話:風紀委員会と台風前夜

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 眼を覚ますと高い天井が見えた、起き上がると赤い壁紙が眼に入る。
 一夜明ければ元の世界に戻っているかもしれないという希望はこれで砕かれた。
 大きくため息をついて弾みをつけてベッドから降りる。

 起き上がり手帳の予定表をみてはたと気付く。
 今日風紀委員会があることは知っていたが、よく考えると音頭を取るのは長である俺だろう。
 しかし議題などさっぱりわからない。

 これは困った。
 どうせ俺の見知らぬ異世界のことなのだから、とち狂って全て忘れた振りをしてもいいのだが、それをすると昴が怒り狂いそうだ。

 さてどうしたもんだろうか。ヒントは無いかと机の上段の引き出しを開くと、「風紀委員会-四半期議題(第一期)」と書かれたノートがあった。
 ノートの下には委員会の名簿もある。
 …素晴らしい。出来る子だ。


 ぱらぱらノートを開くと、今日の議題が細かく書いてあるページを見つけた。
 朝の支度を終えてから三十分程度読み込んで進行を空で言えることを確認すると、次に名簿に目を通す。一度全てのメンバーの顔と名前を確認した後に、今度は名前欄を隠して写真だけ見たとき名前を覚えているか確認する。
 覚えにくい名前があれば集中的に復唱する。
 すべてのメンバーの写真に対して名前が言えるようになったのを確認してから、名簿とノートを鞄に突っこみ部屋を出た。

 校舎へ続く林道には強風が吹き荒れていた。
 青い空を千切れ雲がすさまじい早さで走っている。風に逆らいながらスマホを覗くと緊急連絡メッセージが入っていた。
 メッセージの内容は「台風19号上陸に伴い市から暴風注意報が発令されています。午前10時時点で暴風警報が発令された場合本日の午後は休校とします、詳細な指示は登校してから担当教員から受けて下さい。」というもの。
 スマホの画面を見ている途中でふとある事を思いつき、歩きながら鞄を漁った。
 ポケット内にもう一つの携帯電話を見つけた。
 貼り付けたシールに風紀備品とある。やはり持っていたか。
 二つ折りの携帯電話を開くと全く同じ内容のメールがさらに早い時間に届いていることが分かった。一斉連絡のCC内の他メンバーを確認すると、委員会と部活の長へはこうしたメッセージが一般生徒より早く届くようになっているらしい事が分かる。
 留守番電話も入っており、連絡内容は午後の休校時に風紀委員が行う作業についての指示だった。

 危ないな。風紀委員長のキャラクターを聞くだにこういった情報のチェック漏れはあり得なさそうだ。向こうにいたときと同じく毎日チェックする必要がある。

 強風に抗って校舎にたどり着くと、すぐに売店へ向かいコーヒーとパンを買ってから風紀委員室へと足を向ける。
 誰も居ない室内、無駄に大きい風紀委員長のデスクに荷物を拡げまずは必要な書類を人数分作成しそれぞれ机に置いておく。
 それから一息ついてようやく朝食に口をつけた。
 飲み物を口に含むと否応無しに昨日のことが脳裏によぎるが、もう気にしないようコーヒーと共に思考を飲み下す。
 嵐に抗うようなけたたましい鳥の鳴き声が風の中から切れ切れに室内に届いたのを受けて窓の外を見やる。
 強風に耐えながら焦った様子で餌をついばむ小鳥を、あれは本物の生き物だろうかといぶかしく思いながら見下ろしてしまう。

 我ながら、恐ろしがってばかりいるとため息をつく。
 自分は本来そんなに怖がりの性分ではなかったはず。
 色々気にする事があったとしても、いつも最終的には成るように成れと思う性質だ。
 けれどもそれはあくまでこの世の理の上に立ってのこと。
 それまで培った自分の全てが無い世界で、まあ良いかと幸福に物思い無く生きられるほどに悟った性根など持っていない。
 俺はこの世界が恐ろしい。リアリティの無い空想がそのまま現れたようなこの世界。
 早く、脱出のためのアクションを取らねば、と、こうして休んでいる間もじりじりと心が焦げる様な焦りがこみ上げている。

 怪談が面白いのはあくまでそれが自分に襲いかかってこない安全なフィクションだからだ。

「おはようございます。ふふ、いつもどおり、お早いですね」

 考え事の後頭部を打つ声。
 ドアを開ける音は完全に耳に入っていなかった。
 振り返ると一人、またも相当な美形が立っている。
 黒髪の、前髪をパッツリ揃えた髪型とほっそりした立ち姿、女性と見まがう美貌は昔親戚が持っていた日本人形を彷彿とさせる様子だ。
 確か昨日確認した名簿では副会長だったはず。
 一人だけやたら顔がよかったため他と見分けがつけやすく一度で名前と顔を覚えることができた。

 それはそうと声を掛けられて時計を見ると会議の十分前になっていた。

「こちらで朝食を取ってるんですか、珍しいですね」

 珍しいのか。なんと答えたものだろう。
 『恐川』は普段の朝食はどうしてたんだろうか。部屋に自炊の後は無かった。
 冷蔵庫には封も切っていない食糧しかなかったし、基本的には食堂で食べていたのだろうか。

「ああ、今朝は寝坊して食堂へ行く暇が無くてな」

 とりあえず、予測をつけて回答する。

「え? …いつも自室で和食を取られていますよね? どうされたんですか?」

 見事外した。
 台所に自炊の気配なんて一切無かったぞ。
 『恐川槇尾』は嘘つきなのか?
 してもいない自炊を吹聴しているのか。
 しかし家庭的要素をアピールしたい女の子以外がそんな嘘、つく意味があるのか。
 少なくとも高校生男子が後輩にそんな嘘をつく動機が思い浮かばない。
 一体全体どういうことだろう。
 しかも『恐川槇尾』が付いた嘘の行動パターンが完全に俺と同じだ。
 この謎の一致は何だ?
 いくら怪談じみた世界とは言え、何でもありではない筈だ。

 心の中で首をひねっていると、どやどやと人が室内に入ってきた。
 時計を確認すると会議五分前になっている。
 しばらくすると室内の座席が満員になっていた。
 座っているのはこの学校には珍しく体格のいい…むくつけき男共といっていい様子の連中がほとんどだ。

 見渡せば昨日名簿で確認したメンバーが殆ど集まっているようだった。
 考え事はうっちゃって、会議を始めてしまわないといけない。

「全員集まったか?」

「鳥居が欠席しています。体調不良だそうです」

「そうか。他のものは揃っているか?」

「はい。」

「それではミーティングを始めよう。
  今日の議題は四つある。
 一つ目は来週から準備が始まる生徒会主催の新入生歓迎イベントについて。
 二つ目は強姦事件発生を受けて風紀の取締りを強化する事について。
 三つ目は外部からの転入生が来週来る事について。
 四つ目は台風の状態により午後が休校となった場合、行う作業についてだ。
 まず、新入生歓迎イベントの事に付いて話そうと思う」

「手元の書類の一項目目を見てほしい。来る五月二十四日に通例の新入生歓迎イベントが行われる。
 『新歓』としては大分遅いのはいつものご愛嬌だ」

 愛嬌かは分からないのだが、このイベント、名前こそ新歓イベントだが実質はそれに沿ったものではないらしい。
 この学校は中高一貫校であり、殆どの生徒が中等部から持ち上がりで高等部へ入校する。
 高等部入校時点で実質ほぼ全ての生徒同士に三年間の付き合いがすでにあるため、新歓イベントとは名ばかりのただの親睦イベントであるらしい。
 そのため他のあらゆるイベントの影響を受けて結構ころころと前後に開催時期が変わるらしい。
 こんなことも備考のページにぴっちりと細かい字で書いてあった。

「今年のイベント内容は投票により「鬼ごっこ」となった。
 通例行事である球技と違い、生徒同士の接触が発生するため、去年より警備体制を強化してイベントに望む事になった。
我々風紀はイベントには参加せず、取締りに全員参加することになる。これは生徒会からの要請だ。
 同性愛気風が強いこの学校ならではの事件、人気のある生徒への暴行等が発生する可能性が高いので、万を辞して望む必要があるだろう」

 副委員長が発言を受けふふっとおかしそうに笑う。

「…しかし、何でそんな面倒なイベントにしたんでしょうね。正直言ってバレーか何かでいいと思うんですが。大体人気生徒って殆ど生徒会メンバでしょう。なんで…自分達が被害を食うようなイベントを開催するんでしょうね。解せません。投票で一位になったとしても、危険性を掲げて案を避ければいいのに」

 うんうん、と他の委員達がうなずく。

「仕事が増えて確かに迷惑だな。抗議はしたが…」

 したらしい。ノートに自分用の備考として書いてあった。

「必ず投票一位のイベントを実施すると宣言したから生徒の要望を叶えたいと言われた」

 これも乱暴な筆跡で続けて書いてあった。

「ふん、人気取りの生徒会長らしいな」

 筋骨隆々の平役員がそう言う。

「協力の見返りとして風紀委員会の二期分予算の大幅の増加と、文化祭の手伝い作業免除、五月の生徒会から来る雑務の大幅免除の約束を取り付けた。大幅免除の内容を具体的に言うと作業が一割程度になる。

新歓イベントは楽しめなくなるが、例年と違い文化祭にはほぼ全日参加できる事となったため大いに楽しもう」

「おおっ、やったですね!」
室内に低いどよめきが満ちる。

「来週月曜が作業開始日だが、その日に生徒会メンバーとの作業認識合わせのミーティングを行う。森中副委員長と里田と滝口は参加してくれ。時間は生徒会都合により未定だ、生徒会から連絡が来次第、開催時間を連絡する。何か質問はあるかな」

 特に質問は挙がらなかったので次の議題へ進める事にする。

「さて、二つ目の議題に移ろう。
 ここ一ヶ月で強姦事件が三件発生している」

 治安が悪すぎないか。
 まるで新聞で見る新興国レベルの治安だ。
 口は止めずにいるが頭の中の声が突っ込みをいれているのが聞こえる。

「それに対して警備を強化することは先週告げたとおり。
 現場は全て人影の無い旧校舎。その周辺を中心に見回りを強化する。
 また、加害者はほぼFクラスの生徒であり、捕まえることが出来たのは全て下っ端だけだった。
 トカゲのしっぽ切りのように主犯を捕まえられていない状態だ。
 黒と決まっていない段階で表立ってマークは出来ないが、犯人の目星は付いているので、慎重にマークするように人員を配置する」

 自分で言いながらも何を言っているかよく分からない。
 朝この項目について読んだときも首を捻っていたが口に出すとなお意味が分からない。
 そんな事は警察に任せるべきだ。
 かわいそうに『恐川槇尾』、進学校のエリートなのにこんな仕事に追われ勉強する時間も無いんじゃないか。

「一網打尽にしたいですね、今度こそ」

 最前列に居る夏服からはちきれそうな腕を組んだたくましい男が言う。
 応、と力強い野太い声が後列から聞こえる。

「今度こそ全て成敗したいですね」
 と中列の別の男が、前傾姿勢で握りこぶしに力をこめ応える。

 この集団は火付け盗賊改めか。
 話しているとズンズン頭痛が深まるのを感じる。

 物騒な学校だ。
 強姦を警察に任せないのは本当にどうかしている。
 この世界が創作物だとすると、モデルは中世ヨーロッパの大学のような『大学自治権』の有る組織なのだろうか。
 だとしたら学校は治外法権の世界なのだろう。

「新しい編成はまた来週伝える。早めに動きたいところだが、生徒会からのイベントに向けての手伝い要請を優先するため後回しになる形だ。担任の後藤先生には抗議したが、…まあいつものことだ。期待できない」

「ふん、人気ばかり気にしている生徒会とお追従先生らしいことだ」

 先生の事はよく分からないが、治安を取り締まらないままイベント開催を優先するなら確かにおかしい。

「さて、三つ目の議題だ。
 以前より話していた通り来週水曜日に外部から一人、転入生が来る。
 我々がすることは関係書類の確認くらいだ。この話はこれだけだ」

「四つ目の議題に移ろう。
 台風19号が近づいている。
 暴風注意報がすでに市から発令されており、午前10時までに暴風警報が発令された場合は午後が休校となる事は緊急連絡で知っている事と思う。
 午後休校となった場合の我々風紀委員の職務は、生徒が全員下校したかどうかを教員と手分けして確認することだ。勿論その後は我々も下校する。
 何かが起これば駆り出される可能性はあるが、基本的に下校後は外出禁止となる。
 午後休校の指示が出た場合は授業が終ったら十二時半までにもう一度この部屋に集合してくれ。その後それぞれの担当区域の見回りに出発する予定だ。
 何か質問はあるか?」

 特に質問も出ず、そのまま会議はお開きとなった。

 副委員長が次回会議時までに必要な書類を作成する際に参照する書類のバージョンの確認を取りに来た。
 ちょっと待ってといい置いてノートをめくればそれに関する項目もあったため、書いてあるまま回答する。

 それへの返事を寄こしながら視線を書類に落とし顔を伏せている男の、その顔を何とはなしにじっと見る。
 また人形のような顔をしているものだ。
 毛穴も見えない真っ白な頬。
 マッチが載りそうなほど長いまつげ。

 ぼんやり見つめていると、まるで美形の博覧会のようなこの世界の見世物人形の一つのように思えてくる。

「はい、分かりました。では今週末までに作成して提出します」

 本当に人形では無いのだろうかとその細かい肌の肌理を見て思う。

「委員長? どうされました?」

 返事を忘れていたらしい。
 不思議げに覗き込む顔の、その不自然なほどの整いぷりに本当に血の気が通っているのかと思い、つい手を伸ばし鼻を掴んでいた。

 相手の驚く様子を見て、ようやく自分が取ってしまった行動に気がついた。

 もちろん現実に生きていた頃の俺はこんな失礼なことを人にした事はない。
 完全に作り物の世界の人形か地獄の鬼が正体だと思っていたのでやってしまったことだ。

 まあそうだとしてそれに真面目たらしく議題をぶつのはあまりにばかばかしいのだが、そこは昴との約束なのでそれらしく振舞っていた。
 気を抜くと怪しげな行動を取ってしまうと自省し一歩離れる。

「あ、すまん。なんだかちょっと疲れてて」
 どう疲れたらこんなことをするのか想像は付かないが適当な言い訳をする。

「…連日、連日、見回りと生徒会の監視業務で四月中は働きづめでしたものね…。」
 うつむいた副会長がそう言うのを聞き、こんな言い訳を信じた事に驚いた。

 素直すぎるだろうとついまた顔をまじまじと見てしまったが、上げた顔が赤いのに気がついた。

「お疲れなんですよね…そうですよね…もう少し、私が頑張るようにしますので、少しお休みを取られては……」

 労わる口調は平静で落ち着いたものだが顔は真っ赤だ。

 その意味とは?

 1、俺に対してアレルギーが有る。
 2、怒り狂っている。
 3、俺に惚れている。

 この世界の感じから言うと多分、3。

「申し出有難う、とても嬉しいが自己管理の問題だ。気を付けるよ」
と告げて、早々に退散した。

 廊下を去っていなかったむくつけき男達と若干の一般生徒が教室の中を見てざわめいていたのに気がついたのはドアを開けてすぐだ。
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