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第6話:教えて!腐男子先生②
しおりを挟む「ここがBL小説世界という理由、納得してもらえたかな?」
「そうだな、説得力はあるな。
しかし正直言うと、俺はこの世界を死後の世界と思っていた。
お前から話を聞いた今もまだそうじゃないかと思っている」
「えー、なんかホラー的思考してるね。でもさ、さっきも話したとおり、この学校の特徴はあまりにも『BL王道学園物』の学校と同じだよ。それでも信じられないんだ?」
「よく、死後の世界を描いた物語や怪談では、死後の世界は本人の理想の世界とか言うだろう…。
だからお前が見たい世界が見えているのかもしれない……。
別にそういう風に考えたいわけじゃないんだ。……どうにもその可能性が頭から消えないんだ」
いたずらに驚かしたりしているように取られないだろうか、と相手の目を見るが、特に変化も見せずこちらを見ているので話を続ける。
「まあそれだとお前にとっては理想の世界でも、俺の理想の世界では無いのだからおかしいが……
それも、お前の死後の世界に俺が入り込んでるとか、そういう理由かも…、と思ってしまう」
どうにもこうにもフィクションの世界に入る、という発想が受け付けないのだ。
肉体が別に現世にある人間が、フィクションの世界に入ることが出来るとはどうしても信じられない。
「無宗教の僕からすると、死後の世界のほうがぴんと来ないんだけどなあ……」
「俺も、特定の宗教信仰は無いが」
「うーん…そうだなあ……君ってもしかして怪談好きかな?
そうなら『ドリアン・グレイの肖像』って聞いたこと無い?」
「絵の中に魂が囚われる話か」
「そうそう、この世界はそれと同じ、物語の世界なんじゃない?
死後の世界があり得るなら、別に絵の世界があってもおかしくないでしょ」
「うー…ん」
確かにそうだ。死後の世界だってそもそも現実的ではないのだ。
それでも個人的にはそちらはまだ納得ができる。
フィクションの世界に入るというのは、どうにもぴんと来ない。
「もう、頭固いなあ」
頭が固いといわれすこしむっとしたが、言われて見ればそうだとふと思った。
考えてみれば、どちらでも同じことだ。どうせどちらにせよ超常現象の世界、常識によってどっちなら納得できるかを考える意味はない。
意味の無い問答をしてしまったようだ。
ここから出なくてはならないというのが第一なのだから、それはどっちでもいいことなのだ。
「いやそうだな……どっちでも変わらないな、死後の世界でも、SLの世界でも」
「僕の説明ちゃんと聞いてたかな?ちゃんと板書写した? BLですよ?」
「ではこの世界がその『王道学園物語』を模したものだとして、どうすればこの世界から出られるんだろう?」
うっかり犯した用語間違いにかぶせるように問いかけた。
「いや、全く検討が付かないよ。それに僕はこのままここに住んでもかまわないしね」
「えっ……」
予想外の答えに驚いて保険医の顔を見ると、上気してあらぬ方を見つめている。
「言ったじゃん、僕は腐男子…BL大好き人間なんだ。ばりばりの腐れオタクなんだ。現世を捨てて紙の中の世界にこれて本当に嬉しいんだ!」
嬉しそうに言うその言葉の、含む昏さにぞくりとした。
人は誰でも生きている世界でしがらみを持っている、うっとおしいが多々の愛着もある世界。
いくら理想の世界であっても、紛れ込んですぐに現世の全てを捨ててそこに住むと決断が出来るというのか?
ふと、まだ気心も知れていないこの相手の、後ろに潜む闇を見た気がした。
そして、現実としてそれは、脱出するに当たって協力が得られないかもしれない、ということを示していた。
また一人で孤独にこの世界で足掻かなければならない。
「そうか……」
気が重くなって、つい下を向いて呟いてしまう。
落とした肩にふと手が乗ったのを感じた。
「うん、でも君が元の世界に帰りたいっていうのなら協力してあげてもいいよ。
僕も帰り方なんか知らないけど、少なくとも僕はこの世界の知識が君よりはるかにある。
それが分かれば、帰る方法のヒントくらいは分かるかもしれないよね。
……ただ…」
肩に置いた手を自分の手元に戻し、自分の顎を人差し指と親指で挟んで『考え中』の動作を取りながら保険医が意味ありげな目配せをする。
「…僕には君に協力するメリットは、無いんだよね…、
うーん、どうしよっかな?」
言いながらちらちら、横目でこちらを見てくる。
軽いデジャブを覚えながら答える。
「…『何かしてほしいことでもあるのか?』」
数10分前に言ったものと全く同じセリフを繰り返す。
「話が早いね」
「言ってみてくれ」
「もうすぐ、ここに転校生がやって来るんだ。
多分だけど、必ずやって来ると思う」
「『王道学園物語』のストーリーで決まっているのか」
「そう、本当にこの世界が僕が言った『王道学園物語』の世界なら、最終的に殆どの男が彼を取り合って争う事になる。
君はその展開通りに彼に惚れている振りをしてほしい、争奪戦に参加してほしいんだ。
『王道学園物語』における君の役割通りに振舞ってほしい」
「俺の役割は男に求愛することなのか」
「そうだよ。もちろん普段の言動は『鬼の風紀委員長』にふさわしいものを演じること、簡単でしょ?」
全く簡単ではない。
風紀委員長の振りの方だけならともかく、男に興味がある振りをし、迫る振りをし、もしかしたら襲いかからなければならないかもしれない。
役者でもない男が演じきるのには無理がある。
「……不本意だし、難しいと思うのだが」
ため息をついてそう答える。
「でも僕はそれが見たいのさ。君はこの物語の主要キャスト、僕はキャストにちゃんと役割を果たしてほしいだけなんだ。僕はせっかく入れたこの世界の、王道学園物語通りの筋書きを目に納めたい……!」
目を見開いて明らかに興奮した様子で言い募る。
「分かった、本当に嫌だが仕方ない。しかし……本当に嫌だ。それをするのだからちゃんと協力してほしい」
「わかったよ」
話が長くなりそうな気がする。腰をすえてちゃんとした場所で話すべきだろう。
「こんな場所でずっと話すのもなんだな。今更かも知れないがどこか人に聞かれない場所に移動しないか?
お前の部屋か、俺の部屋に行こう」
「えっ」
驚いた声を出し、怪訝そうにこちらを見返る保険医。
「そんなに驚くことか…? 長丁場になりそうだし、何か飲みながら腰を据えて話そうと思うのだが」
「えー…、困るよ…騒ぎになりそう」
「騒ぎ?」
「風紀委員長にも親衛隊が居ることが多いんだよ。
目撃されたら僕が制裁されるかもしれない」
「さすがに先生に手出しはしないだろう。どんな荒くれ集団だ」
「まあ話がそういう展開になること自体がほぼ無いけど、手は平気で出してくると思うよ。
そもそも親衛隊は敵役で出てくる事が多いんだ。
倫理観に欠けていることがほとんどで、人を頼んでの強姦暴力なんでもござれの集団なんだ」
何だか世紀末な世界観のようだ。
「警察権力は……」
「フィクションの警察権力なんてどのジャンルでもほぼ使えないでしょ」
「しかし、このまま話し続けて誰かに聞かれるほうがまずいんじゃないか?
俺はこの話が人に聞かれても構わないが、お前は小説の筋書きが乱れると嫌がっていたじゃないか。
ここで話していると誰かに聞かれる可能性はある。現にお前の独り言を俺が聞いていたわけだし。
すでにここまでここで話してしまってはいるが、さらに長くなりそうならやっぱり移動したほうがいいと思うが?」
「うーん、確かにそうだね……。
わかった。なら君の部屋は駄目だ。出入りが生徒に見られちゃうからね。
僕の部屋にしてくれ。目撃されてもまだ「健康相談に乗っていた」とか言い逃れできる」
「了解……。じゃあ移動しよう」
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