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第一章
第十七話 交錯する思惑
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〈ベルランド ヴィレストリート〉
この日、レイとセラはとある場所を訪ねていた。ヴィレストリートはベルランドの南側に位置し、東西に流れるカムズ川に沿って走る川沿いの街道である。ヴィレストリート沿いはその地理的要因から舟運業が盛んであり、河川港には多く港湾労働者たちが多く集まっている。
王都の街では珍しく、亜人たちが大半を占めている。
「今更ですけど、ここは本当に色んな種族がいますね。王都でも、ここだけは違う国にいるみたいです」
「はぁ、セラ。あなたも亜人なら、そういう事は軽々しく口にしない。ここは紛れもない王国の街、これがあるべき姿なのよ」
「そ、そうでしたね。すみません」
「ここにいる種族全て、種族ごとの特徴はあったとしても本質的なところは人と何も変わらない。時の権力者は意図的に差別階級を作り、それを自身への不満を逸らした。彼らは階級社会の生み出した被害者であり、祖国以外に定着を許されなかった漂流者でもある。彼らがこうして普通に働き、普通に生活できていることが、この国に求められている正しい形なの」
レイは顔見知りの獣人に手をあげて挨拶する。
「人はもちろんだけど、獣人、有翼人、小人、竜人。ここでは誰もが対等に同じ仕事に就き、同じ賃金を得る。生まれた運命に左右されない環境。多種多様な種族の坩堝。意外とアタシはこういう所が好きだったりするのよね」
「もちろん、レイ様が好きなことも知っていますよ」
「?」
「だって、私を世話役にしてくれた張本人なのですから」
「ふふ、そうだったわね」
その言葉を聞いたレイはふふっと笑う。しばらく港湾施設の中を歩いていると、目的地である建物の前に到着する。
「どちら様でございましょうか?」
「ホワイトベルンのレイ=フライア。お宅の社長に商談を申し込みたい」
レイはそう言ってファミリーの紋章が記されたバッチを手渡す。
「少々お待ちください」
カムズ川とは反対側、ストリート沿いの事務所を訪れたレイは、受付の獣人娘に社長への面談を要求する。アーニスト王国では獣人をはじめとする人以外の種族は一概に亜人と呼ばれ、人を王の位とする王国では種族の違いによる差別が根強く残っている。
多くの亜人は一部の成功者を除き、この王都で堂々と日の目を浴びる事を許されていない。そんな中で、こうして王都の一角に事務所を構えている亜人たちが、それ相応の力を持っていることは想像するに容易い。
「こちらへどうぞ、ミスフライア」
奥から現れた兎耳獣人の女性に案内され、レイは事務所の階段を上がり、二階へと案内される。扉が開くと、そこはレイが訪れたこの港湾会社〈パヴェル〉の社長室になっており、中央には狐耳獣人の青年が座っていた。
「ようこそ、ミスフライア。パヴェルはあなたの訪問を歓迎します。今、お茶を淹れますのでゆっくりと寛いでください。おっと、これは失礼、自己紹介が遅れました。僕はフォルマン=アダムダート、パヴェルの代表取締役社長をしています。バッチはお返しいたしますね」
「レイ=フライア、お会いできて光栄よミスターアダムダート。それと、来て早々申し訳ないけど煙草を吸ってもいいかしら?」
「お構いなく、僕も吸わせてもらいます。灰皿をどうぞ、マッチはお持ちで?」
「えぇ、自前が。ご心配なく」
レイとフォルマンは互いに煙草を吸うと、猫耳獣人の秘書が淹れたお茶を飲む。灰皿に吸い殻を落とすと、フォルマンは煙草を指に挟みながら口を開く。
「して、今日は我が社にどういったご用件で?」
「巷で話題になっている噂話を耳にして」
「噂ですか?」
「港湾会社パヴェルは下請けや子会社を合わせると、大体三百人くらいの従業員がいて、大半は亜人で占められている」
「その通りです、種族関係なく公平に働ける、それが我が社の理念ですので。ミス、それが何か問題でも?」
「その従業員全員を食わせていくには、この仕事だけじゃちょっと厳しいでしょう。それに、最近は荷物の売り上げがあんまり良くないんだってね?何かあったのかしら?」
"こちらの内情を知っているか。癖のある人物とは聞いていたが、やり方は堅実だな"
「………ここだけの話ですが。最近、荷主さんから任される荷物の量が減りまして、採算が確保できない状況が慢性化してしまっています。それが意図的か否かは判然とはしませんが、従業員全員を満足させるにはどうも骨が折れますね」
「それは大変ね。まぁそれも、ウチが元凶みたいなものだけど」
「…それはどういう意味ですか?」
「あなたの雇い主が、あなたの会社に回してくれるはずの荷物の供給源を潰し回っているから。供給源が潰れると、必然的に荷物も、その中に紛れ込ませている品質の良い小麦粉も減ってしまうもの」
その言葉を聞いたフォルマンの表情が変わる。
「何のことでしょうか。よく分かりませんね」
「ウチの情報収集能力をみくびらないことね。日に一度、ここの港湾から郊外に向けて約6ギロクラム、末端価格で十万金貨が三千枚、良いシノギね。でも、いずれ限界が来るのは目に見えている。小麦粉の流通を止めたいアタシたちは、供給源を潰した後は、それを運ぶ運び手をどうにかしよう、と考えていたりする」
「どうするおつもりで?」
「良い条件で交渉できなければ、文字通り片っ端から潰すつもり。ここも例外じゃない」
「物騒ですね。ここでは暴力的な会話はお控えください。我々は健全な商売をしておりますので。良い話でしたが、今日のところはお引き取り願えますか?」
「知り合いに保安庁の捜査官がいてね。一声かければ、すぐにでもガサが入る。ここも無事では済まないでしょうね」
「なっ…」
睨みつけるフォルマンを尻目に、レイは余裕のある表情で彼を見据える。
「ここからが本題。アタシたちがベルランドを手に入れられれば、カムズ川の北沿いは支配下になる。ここも同様。あなた達はウチの裁量次第でどうとでもなる。反抗するなら容赦はしない」
その言葉を聞いたフォルマンは、一瞬だけ顔を強張らせる。だがすぐに表情を元に戻すと、レイに尋ねる。
「要求は何ですか?」
「簡単よ。今やっているシノギから手を引きなさい。もしそれでも手を引かないと言うのなら、これまでの様に仕事をすることはもちろん、爽やかな朝を迎えられないことを理解してほしい」
「それでは我々に選択肢がないじゃありませんか、もしかしてこれは脅迫ですか?」
「いいえ、交渉よ。ベルランドの商人と運送屋を生かすも殺すもアタシたち次第ってこと。でも、もしこの要求が受け入れられればあなた達は次の朝にモーニングコーヒーを嗜めるし、今まで通り真っ当な商売が出来る。新しいシノギもさせてあげるし、何なら今よりもずっと好条件で商売させてあげる」
レイの言葉にフォルマンはしばし考え込むと、やがて口を開く。
「メリットは理解できました。ですが、デメリットをあなた自身のの口から聞けますか?」
「ウチにデメリットはないからあなた達だけ。アタシはここの港湾事業が、例えトップの判断ミスで壊滅したとしても、一から立て直すつもり。でも、そうしてしまうと、これまで一生懸命に働いていた従業員たちは立て直すまで路頭に迷うことになる。今の世の中、亜人が就ける仕事は限られている。一体どうなるのかしらね?」
「………分かりました。要求を受け入れましょう」
「賢明な判断ね。ならミスターアダムダート、次は裏稼業についてギャングのカシラ同士腹を割って話しましょう。レイカーズのボス、フォルマン=アダムダートさん?」
フォルマンはそう言われると、これまでの柔らかい顔つきから殺気だった顔つきに変わる。一見すれば優しい青年だった彼は、緑と水色の目を細め、レイの目を見る。
「楽に話しましょう。おべっかなんて使う必要ないから」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
レイカーズ、人とは異なる種族〈亜人〉たちによって構成されたギャングであり、元々ベルランドを支配していた中規模の組織であった。ブラックマターズの後ろ盾を待ったランドルフ一家によって、今では勢力範囲がカムズ川の右岸に追いやられてしまい、地区の主導権を奪われている。
株式会社パヴェルは、表向きは亜人たちが働く港湾事業・舟運事業を展開しているが、本当の姿は王国で除け者にされてきた亜人たちが集った武闘派反政府組織を前身とする歴とした犯罪シンジケートでもあった。
そして、先ほどまで礼儀正しく物腰柔らかだっまこの青年こそ、多種多様な亜人をまとめ上げ、今日まで勢力を維持してきたレイカーズのトップ、狐獣人のフォルマン=アダムダートであった。
「用件は?」
「地図を見てもらえる?」
レイは鞄から地図を取り出す。机一面に広がる王都の地図には、各地区が勢力ごとに色分けされている。
「知っていると思うけど、アタシたちファミリーはホワイトベルンを拠点にしていて、これからベルランドを制圧するつもりでいる」
「知っている。ランドルフと戦争中なんだろ?」
「ええ、手始めにランドルフが仕切っていた投票所と酒場を幾つか奪った。バックについている黒布の連中とはまだやり合っていない。さっきも言ったけど、アタシたちに協力すれば支配下に置いたカムズ川の港湾事業全般をあなた達に任せるつもりでいる」
「つまりは、その甘い汁を啜るためにはそちらと手を組めと?」
「悪い話じゃないでしょう?二勢力から川の端に追いやられ、明日を無事に迎えられるか分からない現状より、アタシたちと組めば今まで以上に利益を上げられる。それに、幾つかの競馬の投票所の営業を任せてもいいと思っている。事業の拡大に興味はない?」
しかし、フォルマンはその誘いを一蹴する。彼曰く、仮に今王都で一番勢いがあるシンジケート組織だとしても、新参者に良いように扱われる事は望んでいないとのことだった。
「断る、こちらも亜人としてのプライドがある。人は我々亜人をこれまで劣等種と蔑んできた。レイカーズは、生まれた故郷や祖先に敬意を持って今日までやってきた。それを、今更また人の下につけと?」
「何か勘違いしているけど、アタシは下につけなんて言っていない。リベル・ファミリア、それが何を意味するか。それは〈自由な家族〉だ。アタシたちには上も下もない、種族毎の優劣なんて一切関係ない。ねっ、セラ」
「はい、レイ様」
それまで沈黙を貫いていたセラが、フードを脱ぐ。褐色肌に銀髪、特徴的な長い耳が露わになり、彼女を見たファルマンの態度も一変する。
「ダークエルフ…」
「私たちダークエルフは、その容姿から魔界族と揶揄され蔑まれてきました。各地を放浪し、行き場を失っていた私を迎えてくれたのは、こちらのレイ様です。ミスターアダムダート、私には人と違う特徴を持つあなた達の気持ちがよく分かります」
「……」
セラの言葉にフォルマンは言葉を失う。亜人と人間の価値観が交錯する中にあって、彼女たちにとって何が大切かを理解したからだ。
「ミスフライア、あんたの元には彼女の様に多種多様な人種が集まっているのか?」
「ウチは来る者拒まず。今はまだ少ないけど、いずれ増えていく。家族にとっては種族も、外見も、言葉も、出身の違いも関係ない」
「ミスフライア、不思議なやつだな、あんた」
「それは、褒めてくれているの?」
「これを言葉でどう表していいかは分からない。あえて言うのなら、あんたみたいな良い人はギャングに向いていない。」
「………」
「…すまない。別にあんたを否定したり過去を詮索するつもりはなかった。ただ、直感的にそう感じたというだけの話だ」
「いいえ、気にしないで」
レイは地図を片付けて立ち上がると窓の方まで歩き始める。その後ろ姿をフォルマンは目で追うが、彼女の表情までは窺い知れない。
「あなたの言う通りよ。アタシは実際にはギャングには向いていないのかもしれない。この組織を作った時、アタシは家族というものに憧れていた。だから、わざわざファミリアなんて家族を意味する名前をつけている」
レイは窓際に座り煙草に火をつける。
「Equality means that other races should be guaranteed the same as they are for themselves(平等とは、自分と同様に他の種族についても保障されるべきだ)」
「⁉︎」
「かの有名な獣人の指導者が発した言葉。アタシは人も亜人も、同じように権利があり、差別されるべきではないと考えている。本心では、こんなやり方は正しくないと思っている。でも、そうしなければ生きていけないのが今の王国の現状だから。責を負うのがアタシに定められた宿命。アタシが目指すのは、誰もが平等に普通の生活を送れる世の中。その改革への一番の近道は、王国を牛耳る組織を潰すこと」
「それは、あんたの考える正義か?」
「いいえ、正義で世の中は救えない。悪には悪、犯罪には犯罪、法で裁けないのなら法以外の手段で裁くしかないの。だからアタシはそれを可能にする組織を作った」
「なら、王国を作り直した後はどうするつもりだ。あんたは、そこに至るまで犯した罪をどう償う?」
フォルマンの言葉にレイは煙草を咥えながら答える。その目はどこか悲し気で、しかし強い意志が感じられるものだった。
「その時はあの神にでも赦しを乞うてやる。中指を立てながらね」
「そうか」
「期限は決めないわ。あなたがもしその気になれば、アタシたちは援助を惜しまない。あなたも、家族に相談する必要があるでしょうし。その気になればホワイトベルンの喫茶店、リベルタスまで来てちょうだい」
レイはそう言うと、セラと共に社長室を退室する。一人残ったフォルマンは、煙草を吸い窓から事務所を離れていくレイとセラを眺める。
「家族、か」
フォルマンはそう呟くと、煙草の火を消す。すると、部屋の中心に魔法陣が現れ、白と赤の髪に黒いドレスを着た女性が現れる。
「あんたか。今更何をしに来た?」
「あら、ペットに噛まれないように躾をしようかと考えていたところよ。どうやら、その必要があるみたいね」
「誰がペットだ。お前らに飼われてた覚えはない。聞いていただろう、我々は転換期を迎えた。この答えは慎重に出さなければならない」
「答えを考える必要なんてないわ。だってあなたたちは元々私たちに飼われているのだから。これまでも、これからも、ずっと変わらずね」
すると、フォルマンは振り返ると同時に懐から拳銃を取り出して女に向ける。引き金を一回、二回引き、合計二発の弾丸を女性に向けて発射する。弾丸は女性の腹部に二発とも命中するが、女はまるで痛みを一切感じていないのか、平然とその場に立ち続けていた。
「いきなり撃つなんて無粋ねぇ、アーニスト紳士ならもっとこう、エレガントにいきましょうよ」
「口を閉じろ化け物が。答えは変わらない、俺たちはお前のペットでもなんでもない」
「あらあら残念、躾が足りなかったのかしら。それとも」
「ッ⁉︎」
女は一瞬にしてフォルマンの膝の上に腰掛ける、そして彼の下顎にナイフを沿えつつ、手を当てて顎を耳側に向けて撫で上げる。
「あなた達が今日まで他組織に潰されないのは、どうしてだったかしら?」
「ッ………、チッ」
「私たちが手を貸している間、あなた達は平穏無事に過ごせていた訳。本当ならもう少し様子を見ておくつもりだったけど、一度手を噛んだペットを信用するほど、私も馬鹿じゃないから」
「な、何をする⁉︎」
「こうするのよ」
女はフォルマンの首元へ齧り付く。鋭利な歯が首筋に食い込み、血が湧き出る。フォルマンは対抗する事ができず、只々女に血を吸われる。
「あがっ、あっ!」
「あぁ美味しいわ。やっぱり、亜人の血は格別ね」
女はフォルマンの血を吸い終わると、彼の首筋から口を離す。そして傷口に優しく口づけをすると、立ち上がる。
「期待しているわよ。私の僕としてしっかり働きなさい」
女は魔法陣の中に消えていく。後に残されたのは首筋に噛み跡をつけられ、床に倒れ込むフォルマンだけだった。
この日、レイとセラはとある場所を訪ねていた。ヴィレストリートはベルランドの南側に位置し、東西に流れるカムズ川に沿って走る川沿いの街道である。ヴィレストリート沿いはその地理的要因から舟運業が盛んであり、河川港には多く港湾労働者たちが多く集まっている。
王都の街では珍しく、亜人たちが大半を占めている。
「今更ですけど、ここは本当に色んな種族がいますね。王都でも、ここだけは違う国にいるみたいです」
「はぁ、セラ。あなたも亜人なら、そういう事は軽々しく口にしない。ここは紛れもない王国の街、これがあるべき姿なのよ」
「そ、そうでしたね。すみません」
「ここにいる種族全て、種族ごとの特徴はあったとしても本質的なところは人と何も変わらない。時の権力者は意図的に差別階級を作り、それを自身への不満を逸らした。彼らは階級社会の生み出した被害者であり、祖国以外に定着を許されなかった漂流者でもある。彼らがこうして普通に働き、普通に生活できていることが、この国に求められている正しい形なの」
レイは顔見知りの獣人に手をあげて挨拶する。
「人はもちろんだけど、獣人、有翼人、小人、竜人。ここでは誰もが対等に同じ仕事に就き、同じ賃金を得る。生まれた運命に左右されない環境。多種多様な種族の坩堝。意外とアタシはこういう所が好きだったりするのよね」
「もちろん、レイ様が好きなことも知っていますよ」
「?」
「だって、私を世話役にしてくれた張本人なのですから」
「ふふ、そうだったわね」
その言葉を聞いたレイはふふっと笑う。しばらく港湾施設の中を歩いていると、目的地である建物の前に到着する。
「どちら様でございましょうか?」
「ホワイトベルンのレイ=フライア。お宅の社長に商談を申し込みたい」
レイはそう言ってファミリーの紋章が記されたバッチを手渡す。
「少々お待ちください」
カムズ川とは反対側、ストリート沿いの事務所を訪れたレイは、受付の獣人娘に社長への面談を要求する。アーニスト王国では獣人をはじめとする人以外の種族は一概に亜人と呼ばれ、人を王の位とする王国では種族の違いによる差別が根強く残っている。
多くの亜人は一部の成功者を除き、この王都で堂々と日の目を浴びる事を許されていない。そんな中で、こうして王都の一角に事務所を構えている亜人たちが、それ相応の力を持っていることは想像するに容易い。
「こちらへどうぞ、ミスフライア」
奥から現れた兎耳獣人の女性に案内され、レイは事務所の階段を上がり、二階へと案内される。扉が開くと、そこはレイが訪れたこの港湾会社〈パヴェル〉の社長室になっており、中央には狐耳獣人の青年が座っていた。
「ようこそ、ミスフライア。パヴェルはあなたの訪問を歓迎します。今、お茶を淹れますのでゆっくりと寛いでください。おっと、これは失礼、自己紹介が遅れました。僕はフォルマン=アダムダート、パヴェルの代表取締役社長をしています。バッチはお返しいたしますね」
「レイ=フライア、お会いできて光栄よミスターアダムダート。それと、来て早々申し訳ないけど煙草を吸ってもいいかしら?」
「お構いなく、僕も吸わせてもらいます。灰皿をどうぞ、マッチはお持ちで?」
「えぇ、自前が。ご心配なく」
レイとフォルマンは互いに煙草を吸うと、猫耳獣人の秘書が淹れたお茶を飲む。灰皿に吸い殻を落とすと、フォルマンは煙草を指に挟みながら口を開く。
「して、今日は我が社にどういったご用件で?」
「巷で話題になっている噂話を耳にして」
「噂ですか?」
「港湾会社パヴェルは下請けや子会社を合わせると、大体三百人くらいの従業員がいて、大半は亜人で占められている」
「その通りです、種族関係なく公平に働ける、それが我が社の理念ですので。ミス、それが何か問題でも?」
「その従業員全員を食わせていくには、この仕事だけじゃちょっと厳しいでしょう。それに、最近は荷物の売り上げがあんまり良くないんだってね?何かあったのかしら?」
"こちらの内情を知っているか。癖のある人物とは聞いていたが、やり方は堅実だな"
「………ここだけの話ですが。最近、荷主さんから任される荷物の量が減りまして、採算が確保できない状況が慢性化してしまっています。それが意図的か否かは判然とはしませんが、従業員全員を満足させるにはどうも骨が折れますね」
「それは大変ね。まぁそれも、ウチが元凶みたいなものだけど」
「…それはどういう意味ですか?」
「あなたの雇い主が、あなたの会社に回してくれるはずの荷物の供給源を潰し回っているから。供給源が潰れると、必然的に荷物も、その中に紛れ込ませている品質の良い小麦粉も減ってしまうもの」
その言葉を聞いたフォルマンの表情が変わる。
「何のことでしょうか。よく分かりませんね」
「ウチの情報収集能力をみくびらないことね。日に一度、ここの港湾から郊外に向けて約6ギロクラム、末端価格で十万金貨が三千枚、良いシノギね。でも、いずれ限界が来るのは目に見えている。小麦粉の流通を止めたいアタシたちは、供給源を潰した後は、それを運ぶ運び手をどうにかしよう、と考えていたりする」
「どうするおつもりで?」
「良い条件で交渉できなければ、文字通り片っ端から潰すつもり。ここも例外じゃない」
「物騒ですね。ここでは暴力的な会話はお控えください。我々は健全な商売をしておりますので。良い話でしたが、今日のところはお引き取り願えますか?」
「知り合いに保安庁の捜査官がいてね。一声かければ、すぐにでもガサが入る。ここも無事では済まないでしょうね」
「なっ…」
睨みつけるフォルマンを尻目に、レイは余裕のある表情で彼を見据える。
「ここからが本題。アタシたちがベルランドを手に入れられれば、カムズ川の北沿いは支配下になる。ここも同様。あなた達はウチの裁量次第でどうとでもなる。反抗するなら容赦はしない」
その言葉を聞いたフォルマンは、一瞬だけ顔を強張らせる。だがすぐに表情を元に戻すと、レイに尋ねる。
「要求は何ですか?」
「簡単よ。今やっているシノギから手を引きなさい。もしそれでも手を引かないと言うのなら、これまでの様に仕事をすることはもちろん、爽やかな朝を迎えられないことを理解してほしい」
「それでは我々に選択肢がないじゃありませんか、もしかしてこれは脅迫ですか?」
「いいえ、交渉よ。ベルランドの商人と運送屋を生かすも殺すもアタシたち次第ってこと。でも、もしこの要求が受け入れられればあなた達は次の朝にモーニングコーヒーを嗜めるし、今まで通り真っ当な商売が出来る。新しいシノギもさせてあげるし、何なら今よりもずっと好条件で商売させてあげる」
レイの言葉にフォルマンはしばし考え込むと、やがて口を開く。
「メリットは理解できました。ですが、デメリットをあなた自身のの口から聞けますか?」
「ウチにデメリットはないからあなた達だけ。アタシはここの港湾事業が、例えトップの判断ミスで壊滅したとしても、一から立て直すつもり。でも、そうしてしまうと、これまで一生懸命に働いていた従業員たちは立て直すまで路頭に迷うことになる。今の世の中、亜人が就ける仕事は限られている。一体どうなるのかしらね?」
「………分かりました。要求を受け入れましょう」
「賢明な判断ね。ならミスターアダムダート、次は裏稼業についてギャングのカシラ同士腹を割って話しましょう。レイカーズのボス、フォルマン=アダムダートさん?」
フォルマンはそう言われると、これまでの柔らかい顔つきから殺気だった顔つきに変わる。一見すれば優しい青年だった彼は、緑と水色の目を細め、レイの目を見る。
「楽に話しましょう。おべっかなんて使う必要ないから」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
レイカーズ、人とは異なる種族〈亜人〉たちによって構成されたギャングであり、元々ベルランドを支配していた中規模の組織であった。ブラックマターズの後ろ盾を待ったランドルフ一家によって、今では勢力範囲がカムズ川の右岸に追いやられてしまい、地区の主導権を奪われている。
株式会社パヴェルは、表向きは亜人たちが働く港湾事業・舟運事業を展開しているが、本当の姿は王国で除け者にされてきた亜人たちが集った武闘派反政府組織を前身とする歴とした犯罪シンジケートでもあった。
そして、先ほどまで礼儀正しく物腰柔らかだっまこの青年こそ、多種多様な亜人をまとめ上げ、今日まで勢力を維持してきたレイカーズのトップ、狐獣人のフォルマン=アダムダートであった。
「用件は?」
「地図を見てもらえる?」
レイは鞄から地図を取り出す。机一面に広がる王都の地図には、各地区が勢力ごとに色分けされている。
「知っていると思うけど、アタシたちファミリーはホワイトベルンを拠点にしていて、これからベルランドを制圧するつもりでいる」
「知っている。ランドルフと戦争中なんだろ?」
「ええ、手始めにランドルフが仕切っていた投票所と酒場を幾つか奪った。バックについている黒布の連中とはまだやり合っていない。さっきも言ったけど、アタシたちに協力すれば支配下に置いたカムズ川の港湾事業全般をあなた達に任せるつもりでいる」
「つまりは、その甘い汁を啜るためにはそちらと手を組めと?」
「悪い話じゃないでしょう?二勢力から川の端に追いやられ、明日を無事に迎えられるか分からない現状より、アタシたちと組めば今まで以上に利益を上げられる。それに、幾つかの競馬の投票所の営業を任せてもいいと思っている。事業の拡大に興味はない?」
しかし、フォルマンはその誘いを一蹴する。彼曰く、仮に今王都で一番勢いがあるシンジケート組織だとしても、新参者に良いように扱われる事は望んでいないとのことだった。
「断る、こちらも亜人としてのプライドがある。人は我々亜人をこれまで劣等種と蔑んできた。レイカーズは、生まれた故郷や祖先に敬意を持って今日までやってきた。それを、今更また人の下につけと?」
「何か勘違いしているけど、アタシは下につけなんて言っていない。リベル・ファミリア、それが何を意味するか。それは〈自由な家族〉だ。アタシたちには上も下もない、種族毎の優劣なんて一切関係ない。ねっ、セラ」
「はい、レイ様」
それまで沈黙を貫いていたセラが、フードを脱ぐ。褐色肌に銀髪、特徴的な長い耳が露わになり、彼女を見たファルマンの態度も一変する。
「ダークエルフ…」
「私たちダークエルフは、その容姿から魔界族と揶揄され蔑まれてきました。各地を放浪し、行き場を失っていた私を迎えてくれたのは、こちらのレイ様です。ミスターアダムダート、私には人と違う特徴を持つあなた達の気持ちがよく分かります」
「……」
セラの言葉にフォルマンは言葉を失う。亜人と人間の価値観が交錯する中にあって、彼女たちにとって何が大切かを理解したからだ。
「ミスフライア、あんたの元には彼女の様に多種多様な人種が集まっているのか?」
「ウチは来る者拒まず。今はまだ少ないけど、いずれ増えていく。家族にとっては種族も、外見も、言葉も、出身の違いも関係ない」
「ミスフライア、不思議なやつだな、あんた」
「それは、褒めてくれているの?」
「これを言葉でどう表していいかは分からない。あえて言うのなら、あんたみたいな良い人はギャングに向いていない。」
「………」
「…すまない。別にあんたを否定したり過去を詮索するつもりはなかった。ただ、直感的にそう感じたというだけの話だ」
「いいえ、気にしないで」
レイは地図を片付けて立ち上がると窓の方まで歩き始める。その後ろ姿をフォルマンは目で追うが、彼女の表情までは窺い知れない。
「あなたの言う通りよ。アタシは実際にはギャングには向いていないのかもしれない。この組織を作った時、アタシは家族というものに憧れていた。だから、わざわざファミリアなんて家族を意味する名前をつけている」
レイは窓際に座り煙草に火をつける。
「Equality means that other races should be guaranteed the same as they are for themselves(平等とは、自分と同様に他の種族についても保障されるべきだ)」
「⁉︎」
「かの有名な獣人の指導者が発した言葉。アタシは人も亜人も、同じように権利があり、差別されるべきではないと考えている。本心では、こんなやり方は正しくないと思っている。でも、そうしなければ生きていけないのが今の王国の現状だから。責を負うのがアタシに定められた宿命。アタシが目指すのは、誰もが平等に普通の生活を送れる世の中。その改革への一番の近道は、王国を牛耳る組織を潰すこと」
「それは、あんたの考える正義か?」
「いいえ、正義で世の中は救えない。悪には悪、犯罪には犯罪、法で裁けないのなら法以外の手段で裁くしかないの。だからアタシはそれを可能にする組織を作った」
「なら、王国を作り直した後はどうするつもりだ。あんたは、そこに至るまで犯した罪をどう償う?」
フォルマンの言葉にレイは煙草を咥えながら答える。その目はどこか悲し気で、しかし強い意志が感じられるものだった。
「その時はあの神にでも赦しを乞うてやる。中指を立てながらね」
「そうか」
「期限は決めないわ。あなたがもしその気になれば、アタシたちは援助を惜しまない。あなたも、家族に相談する必要があるでしょうし。その気になればホワイトベルンの喫茶店、リベルタスまで来てちょうだい」
レイはそう言うと、セラと共に社長室を退室する。一人残ったフォルマンは、煙草を吸い窓から事務所を離れていくレイとセラを眺める。
「家族、か」
フォルマンはそう呟くと、煙草の火を消す。すると、部屋の中心に魔法陣が現れ、白と赤の髪に黒いドレスを着た女性が現れる。
「あんたか。今更何をしに来た?」
「あら、ペットに噛まれないように躾をしようかと考えていたところよ。どうやら、その必要があるみたいね」
「誰がペットだ。お前らに飼われてた覚えはない。聞いていただろう、我々は転換期を迎えた。この答えは慎重に出さなければならない」
「答えを考える必要なんてないわ。だってあなたたちは元々私たちに飼われているのだから。これまでも、これからも、ずっと変わらずね」
すると、フォルマンは振り返ると同時に懐から拳銃を取り出して女に向ける。引き金を一回、二回引き、合計二発の弾丸を女性に向けて発射する。弾丸は女性の腹部に二発とも命中するが、女はまるで痛みを一切感じていないのか、平然とその場に立ち続けていた。
「いきなり撃つなんて無粋ねぇ、アーニスト紳士ならもっとこう、エレガントにいきましょうよ」
「口を閉じろ化け物が。答えは変わらない、俺たちはお前のペットでもなんでもない」
「あらあら残念、躾が足りなかったのかしら。それとも」
「ッ⁉︎」
女は一瞬にしてフォルマンの膝の上に腰掛ける、そして彼の下顎にナイフを沿えつつ、手を当てて顎を耳側に向けて撫で上げる。
「あなた達が今日まで他組織に潰されないのは、どうしてだったかしら?」
「ッ………、チッ」
「私たちが手を貸している間、あなた達は平穏無事に過ごせていた訳。本当ならもう少し様子を見ておくつもりだったけど、一度手を噛んだペットを信用するほど、私も馬鹿じゃないから」
「な、何をする⁉︎」
「こうするのよ」
女はフォルマンの首元へ齧り付く。鋭利な歯が首筋に食い込み、血が湧き出る。フォルマンは対抗する事ができず、只々女に血を吸われる。
「あがっ、あっ!」
「あぁ美味しいわ。やっぱり、亜人の血は格別ね」
女はフォルマンの血を吸い終わると、彼の首筋から口を離す。そして傷口に優しく口づけをすると、立ち上がる。
「期待しているわよ。私の僕としてしっかり働きなさい」
女は魔法陣の中に消えていく。後に残されたのは首筋に噛み跡をつけられ、床に倒れ込むフォルマンだけだった。
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