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第一章
第四話 自由な家族
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工場長の名は、スカルツェナー。表向きは王都経済省に属する上級管理職の役人であり、彼は王政の中核にいる政府関係者からウィートを流通させるように依頼されたため、工場に資本提供していた。
いわば、彼は末端の仲介者。レイたちがウィートと王族・貴族の繋がりを調査するのはまだ先になる。
工場長のいなくなったウィート精製工場では、ジェラードが手配したある団体が到着していた。黒服に身を包んだ一団は、工場を占拠するブラックマターズたちと相対していた。
「な、なんでお前たちがここに」
「我々がこの工場の新しい管理者となった。すぐさまここから立ち退いてもらおう」
「な、舐めんじゃねぇぞ!ブラックマターズを、お、ぉっ…」
褐色銀髪の男が右手を挙げると、その場にいた黒服たち全員が銃器をブラックマターズに向ける。
「もう一度言う。今すぐ、ここから立ち去れ。三度目はないぞ?」
「わ、分かった……出ていくよ!だから命だけは……」
ブラックマターズは黒服たちによって工場から追い出される。それからしばらくして、工場長を適切に処理してきたレイたち一行が工場へと戻ってきた。
ジェラードは黒服たちの先頭に立っていた銀髪の男に声をかける。
「ロカティ、元気にしていたか?」
「隊長、ご無沙汰しております。まさか、隊長の方からご連絡をいただけるとは思ってもいませんでした」
ロカティと呼ばれた男はジェラードに畏まって挨拶をする。
「二人は知り合い同士?」
「はい、お嬢様。ロカティ、こちらが私のご主人様であられる、レイ=フレイア様だ。ご挨拶を」
「お初にお目にかかりますミス・フレイア。非営利団体セレーネの慈愛の代表を務めております、ロカティ=アストラスと申します。ジェラード様とは騎士団時代に上司部下の関係でした」
「丁寧な挨拶、痛み入るわ。アタシはレイ=フレイア。敬称も不要、貴族でもないし。レイでよろしく」
レイがロカティとの自己紹介が終えると、ジェラードが改めて今回の任務について説明を始めた。
「ロカティに依頼し、この工場の権利を全て買い占めて貰いました。本来、ここは製菓工場でしたが、黒布の連中が無理やり小麦工場として運用していたそうです」
「まぁ、それもそうだ。キャンディやクッキーより、ヤクの方が儲かるから。残っていたウィートはどうなった?」
「今し方、セラが地下倉庫を水で浸している頃でしょう。ウィートも粉ですから、水に浸して洗い流せば使い物にならなくなります」
「分かった。工場の従業員たちは?」
「大人は継続して働く意思がある者が多く、ここに残留しています。子どもについては全員、慈愛にて保護しました。慈愛で必要な支援を受けさせます」
「慈愛?」
「私が運営しております。貧困層を助けるための組織、セレーネの慈愛のことです。後ほどご説明いたしましょう」
「分かったわ。ブラックマターズも追い出せたし、後は……」
今後、レイはこうしたウィートの根絶をはじめとする活動を本格化させるつもりだった。王都最大のアウトロー集団である黒布ことブラックマターズ、そして貴族や王族も黒布との繋がりも匂わせている以上、小規模での活動はいずれ権力によって潰される。
であれば、権力が手を出しにくい組織を作る、法で裁けない連中に直接手を下す無法集団、即ちブラックマターズの様なアウトロー集団を結成し対抗する。それがレイの狙いだった。
「ジェラード、相談がある」
「はい、何なりと」
「彼…ロカティは貧困層を助けるため、セレーネの慈愛を創設したと聞く。アタシと彼の信条は似通っている。とは思わない?」
「同感です。お嬢様のお考え通りかと」
レイはロカティに歩み寄る。
「ロカティ」
「どうしましたか?」
「二人で話がしたい。何処かいい場所はある?」
「それなら、いい場所がございます。私のお店をご案内いたしましょう」
ロカティの案内で、レイは工場から少し離れた貧民街へと向かう。ここは王都の中でも特に貧富の格差が色濃く現れ、路上を歩けば、スリに遭い、飢えた子どもが物乞いをしてくる。
貧民街の一角にある彼の店へと足を運ぶと、店の出入り口には黒服の男が目を光らせていた。扉の真上には、美しい筆記体で『Libertas』と店名が記されていた。
「お帰りなさいませオーナー」
「ご苦労。ここが私の店です。さぁ、どうぞ」
「喫茶店リベルタス…自由、良い名前ね」
「ありがとうございます。さぁ、お掛けください」
リベルタスは表向きはかなり大きい規模の喫茶店だが、実際にはセレーネの慈愛の事務所として運用されていた。
客が入るスペースと奥の事務所スペースが分かれており、レイとロカティはその奥に通される。
「コーヒーで構いませんか?」
「えぇ」
「お好みは?」
「無糖薄めで」
ロカティがコーヒーを淹れている間、レイは彼の店の中をじっくり観察していた。店内には雇われた奏者が奏でるバイオリンの音が響き、客たちを虜にしている。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
レイはロカティに淹れてもらったコーヒーを口に含み、その味を堪能する。彼女の舌には程よい苦みと酸味が伝わり、思わず笑みが溢れる。
「美味しい……このコーヒーのブレンドは?」
「私のオリジナルです」
「……そうよね。アタシの知っている喫茶店でこんな美味しいコーヒーを出せる店はないから……」
「お褒めに与り光栄です」
ロカティはレイに微笑むと、彼女もコーヒーを少しずつ飲む。
「さて、ミス…あぁ失礼しました、レイさん。私にお話とは一体?」
「単刀直入に言うわ。貴方、アタシの傘下に入りなさい」
レイはコーヒーカップをテーブルに置き、ロカティと向き合う。突然のスカウトに彼は戸惑いを見せるが、すぐに冷静になる。
「アタシは近く組織を結成するつもり。あなたのことだから、アタシの素性については把握していると思うけど、結成する組織の目的は王政・階級社会の打倒よ。あなた達が傘下に組み入ることは、利益の方が大きいはずよ」
「失礼ながら、理由をお聞かせください」
「そうね。あえて言うならあなた達を助けたいってところかしら?」
「我々を?」
「あなた達がアタシたちと信念を同じくする同志であることは理解できる。しかし、行き過ぎた妨害活動や反対活動は、いずれ組織の大小を問わず権力によって潰される。ましては、アタシ達は国と繋がりのあるアウトローたちに喧嘩を売った。特権階級が見逃すと思う?」
「……」
レイはコーヒーカップを手に取り、再びその味を堪能する。ロカティもコーヒーを一口飲むと、レイに質問を投げかける。
「我々はただの貧困者支援の非営利団体です。国に反社会勢力と繋がっている事が露呈すれば、この活動が滞ってしまいます」
「よく言うわ。アタシでも指定されていない危険人物指定されているくせに」
レイのその言葉を聞いたロカティは、呆気に取られると同時に自らの正体がすでに露呈していたことを苦笑する。
「………ふふ、確かに。ですが、我々を傘下に加える理由はそれだけではないのでしょう?」
「えぇ」
レイはコーヒーカップを置き、ロカティに改めて向き直った。
「アタシが貴方たちを助けるのは、貴方が私と同じ信念を持つ同志だからよ」
「……同じ信念とは?」
「貧困層や弱い立場の人間を守るという強い意志よ」
「……」
レイの言葉に嘘はない。彼女は貧困層や弱者を守りたい、その思いは本物だ。
「隊長があなたを主人と慕う理由が分かった気がします」
「答えはどうする?また日を改めてでも…」
「いえ、その必要はありません」
ロカティはレイの前で片膝をつき、彼女の手の甲にキスをした。
「今この時より、私は貴女の配下に。そして、私の全てを貴女様に捧げます」
「ロカティ=アストラス。これからよろしくね」
「はい!」
レイとロカティは固い握手を交わし、互いの信念を胸に抱きながら協力関係を結ぶ。
すると、二人の元にロカティの部下の黒服が近づいてくる。
「オーナー、表にオーナー達を訪ねて来た者達がおります」
「今はタイミングが悪い、お客人にはお引き取り願いたいと伝えてくれないか」
「それが…」
「お、お待ちください姫様!」
「危のうございます!」
表からなにやら騒がしい声が聞こえてくる。レイとロカティが店の外へ出ると、そこには豪華な馬車の側で物々しい警備を従えた金髪の女性が黒服達に行く手を阻まれていた。
「レイちゃん?」
「テレジア?」
「お知り合いで?」
「姫様、この者は?」
「「昔馴染みよ」」
◇
テレジア=アーニスト。名前の通りアーニスト王家の者であり、国王ガイル=アーニストの長女、謂わば皇女である。何故、彼女が貧民街の、それも裏組織が関与するこのリベルタスにやってきたかというと。
「アタシを探していた?」
「えぇ、兄からの手紙でレイちゃんが急にいなくなったって聞いたから、メイドを使ったり、色々なツテを頼りに探していたの。そしたら、メイドからこの店にレイが入って行ったって話を聞いてね」
「あはは、そう言うことだったのね。あなたらしい」
「ていうか、前に会った時とだいぶ印象が変わったわね。話し方とか特に」
「気にしないで。そうそう、ルシウスはアタシが失踪扱いになった日以降、どうなったの?」
「兄上はティアニスト家から王都の地下迷宮に潜っているわ。魔族の侵攻が激しくなっていて、兄上自ら前線に行かれたわ」
「魔界族が?」
レイはテレジアから詳しい話を聞くと、その深刻さに頭を抱えた。魔界族とは、人間や亜人と対をなす種族であり、その種類は多種多様。また、人間や亜人よりも身体能力・魔力共に優れており、知能も高く狡猾な一面もある。
人たちが住む現界と、空間を反転させた異界に存在するのが魔界。現界と魔界を繋ぐ異空間のことを、ダンジョンと呼ぶ。
魔界族はそのダンジョンを利用して現界への進出を試みており、それを阻止するために国は兵士を、ギルドは冒険者を送り出し、ダンジョンから侵攻する魔界族と、それを阻止せんとする人や亜人族による攻防戦が日々続いていた。
「魔界族が現界へ?」
「えぇ、ここ数十年は大人しかったけど、ここ最近になって急に活発に動き始めたわ。理由は分からないけれど……」
「そういえば、最近良からぬ噂をよく耳にします。例えば、王国聖騎士団が魔界族狩りと称して、貧民街などで検疫を行っているとか。また、王都の外で魔界族が目撃されたという情報もあります」
「その辺りについては、私が情報を集めてくるわ…あっ」
「どうしたの、テレジア」
すると、テレジアは焦った表情で頭を抱える。
「私、あのクソ親父に勘当させられたんだった」
「勘当って、何やらかしたの?」
「まぁ、色々とね。ソリが合わなくて、飛び出して来たの」
「あらま、それはまた……」
「この際だから、レイちゃん。私もレイちゃんと一緒に居させて?もし資金が必要なら、バレない程度で国庫から融通できるし」
「昔から変わっていないわね。姫殿下」
「ふふ、お互い様よ」
「実はねテレジア、ちょうど今さっき、アタシ達である組織を作ろうと思っていたの」
「えっ、本当に?ちょうど良かった。私も混ぜて」
「でもいいの?勘当されてたとしても、あなた一応王族でしょう?アタシ達との関係が公になったら、困るんじゃない?」
「大丈夫、もう王族の身分なんてどうでもいいわ。私だって、自分がやりたい事をする権利があるはずよ。政なんて兄上に任せておけばいいのよ」
「おやおや、これはこれは懐かしい顔ぶれですね」
「て、テレジア様っ!?」
「ジェラード、セラ!?」
店の外からジェラードとセラがやってきて、テレジアとの再会を果たす。彼らもテレジアとは少なからず面識があったため、再会を楽しんだ。
「さて、全員揃ったところで本題に入るわ。アタシとジェラード、セラ、ロカティ、そしてテレジア。この5人を初期メンバーとする組織を作りたいと思う」
「組織…ですか、レイ様?」
「組織の目的は貧困層や弱き者を助け、腐った国にメスを入れること」
「あらあら、耳が痛い話ね」
「そのためには、アタシ達以外にも多くのメンバーを集めなければならない。目的を達成する過程で、自ずと黒布を始めとする組織と対立する。彼らに負けないくらいの規模を目指すわ」
「では、まずは組織の名前を決めませんとね」
「そうね。名前か……」
レイは顎に手を当て、組織の名前を考える。そして、数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。
「ここの名前は確かリベルタス。リベルタス…自由、縮約してリベル」
「何かこう、うちの組織って家族みたいなものですね」
「家族…ファミリー。なら、リベル=ファミリアはどう?」
「訳して自由な家族ですか。締め付けられた王政に反抗するにはもってこいな名前ですね」
「異論は?」
「なし」
「ありません」
「では、決まりね」
こうして、レイ達5人による組織『リベル=ファミリア』は結成された。
いわば、彼は末端の仲介者。レイたちがウィートと王族・貴族の繋がりを調査するのはまだ先になる。
工場長のいなくなったウィート精製工場では、ジェラードが手配したある団体が到着していた。黒服に身を包んだ一団は、工場を占拠するブラックマターズたちと相対していた。
「な、なんでお前たちがここに」
「我々がこの工場の新しい管理者となった。すぐさまここから立ち退いてもらおう」
「な、舐めんじゃねぇぞ!ブラックマターズを、お、ぉっ…」
褐色銀髪の男が右手を挙げると、その場にいた黒服たち全員が銃器をブラックマターズに向ける。
「もう一度言う。今すぐ、ここから立ち去れ。三度目はないぞ?」
「わ、分かった……出ていくよ!だから命だけは……」
ブラックマターズは黒服たちによって工場から追い出される。それからしばらくして、工場長を適切に処理してきたレイたち一行が工場へと戻ってきた。
ジェラードは黒服たちの先頭に立っていた銀髪の男に声をかける。
「ロカティ、元気にしていたか?」
「隊長、ご無沙汰しております。まさか、隊長の方からご連絡をいただけるとは思ってもいませんでした」
ロカティと呼ばれた男はジェラードに畏まって挨拶をする。
「二人は知り合い同士?」
「はい、お嬢様。ロカティ、こちらが私のご主人様であられる、レイ=フレイア様だ。ご挨拶を」
「お初にお目にかかりますミス・フレイア。非営利団体セレーネの慈愛の代表を務めております、ロカティ=アストラスと申します。ジェラード様とは騎士団時代に上司部下の関係でした」
「丁寧な挨拶、痛み入るわ。アタシはレイ=フレイア。敬称も不要、貴族でもないし。レイでよろしく」
レイがロカティとの自己紹介が終えると、ジェラードが改めて今回の任務について説明を始めた。
「ロカティに依頼し、この工場の権利を全て買い占めて貰いました。本来、ここは製菓工場でしたが、黒布の連中が無理やり小麦工場として運用していたそうです」
「まぁ、それもそうだ。キャンディやクッキーより、ヤクの方が儲かるから。残っていたウィートはどうなった?」
「今し方、セラが地下倉庫を水で浸している頃でしょう。ウィートも粉ですから、水に浸して洗い流せば使い物にならなくなります」
「分かった。工場の従業員たちは?」
「大人は継続して働く意思がある者が多く、ここに残留しています。子どもについては全員、慈愛にて保護しました。慈愛で必要な支援を受けさせます」
「慈愛?」
「私が運営しております。貧困層を助けるための組織、セレーネの慈愛のことです。後ほどご説明いたしましょう」
「分かったわ。ブラックマターズも追い出せたし、後は……」
今後、レイはこうしたウィートの根絶をはじめとする活動を本格化させるつもりだった。王都最大のアウトロー集団である黒布ことブラックマターズ、そして貴族や王族も黒布との繋がりも匂わせている以上、小規模での活動はいずれ権力によって潰される。
であれば、権力が手を出しにくい組織を作る、法で裁けない連中に直接手を下す無法集団、即ちブラックマターズの様なアウトロー集団を結成し対抗する。それがレイの狙いだった。
「ジェラード、相談がある」
「はい、何なりと」
「彼…ロカティは貧困層を助けるため、セレーネの慈愛を創設したと聞く。アタシと彼の信条は似通っている。とは思わない?」
「同感です。お嬢様のお考え通りかと」
レイはロカティに歩み寄る。
「ロカティ」
「どうしましたか?」
「二人で話がしたい。何処かいい場所はある?」
「それなら、いい場所がございます。私のお店をご案内いたしましょう」
ロカティの案内で、レイは工場から少し離れた貧民街へと向かう。ここは王都の中でも特に貧富の格差が色濃く現れ、路上を歩けば、スリに遭い、飢えた子どもが物乞いをしてくる。
貧民街の一角にある彼の店へと足を運ぶと、店の出入り口には黒服の男が目を光らせていた。扉の真上には、美しい筆記体で『Libertas』と店名が記されていた。
「お帰りなさいませオーナー」
「ご苦労。ここが私の店です。さぁ、どうぞ」
「喫茶店リベルタス…自由、良い名前ね」
「ありがとうございます。さぁ、お掛けください」
リベルタスは表向きはかなり大きい規模の喫茶店だが、実際にはセレーネの慈愛の事務所として運用されていた。
客が入るスペースと奥の事務所スペースが分かれており、レイとロカティはその奥に通される。
「コーヒーで構いませんか?」
「えぇ」
「お好みは?」
「無糖薄めで」
ロカティがコーヒーを淹れている間、レイは彼の店の中をじっくり観察していた。店内には雇われた奏者が奏でるバイオリンの音が響き、客たちを虜にしている。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
レイはロカティに淹れてもらったコーヒーを口に含み、その味を堪能する。彼女の舌には程よい苦みと酸味が伝わり、思わず笑みが溢れる。
「美味しい……このコーヒーのブレンドは?」
「私のオリジナルです」
「……そうよね。アタシの知っている喫茶店でこんな美味しいコーヒーを出せる店はないから……」
「お褒めに与り光栄です」
ロカティはレイに微笑むと、彼女もコーヒーを少しずつ飲む。
「さて、ミス…あぁ失礼しました、レイさん。私にお話とは一体?」
「単刀直入に言うわ。貴方、アタシの傘下に入りなさい」
レイはコーヒーカップをテーブルに置き、ロカティと向き合う。突然のスカウトに彼は戸惑いを見せるが、すぐに冷静になる。
「アタシは近く組織を結成するつもり。あなたのことだから、アタシの素性については把握していると思うけど、結成する組織の目的は王政・階級社会の打倒よ。あなた達が傘下に組み入ることは、利益の方が大きいはずよ」
「失礼ながら、理由をお聞かせください」
「そうね。あえて言うならあなた達を助けたいってところかしら?」
「我々を?」
「あなた達がアタシたちと信念を同じくする同志であることは理解できる。しかし、行き過ぎた妨害活動や反対活動は、いずれ組織の大小を問わず権力によって潰される。ましては、アタシ達は国と繋がりのあるアウトローたちに喧嘩を売った。特権階級が見逃すと思う?」
「……」
レイはコーヒーカップを手に取り、再びその味を堪能する。ロカティもコーヒーを一口飲むと、レイに質問を投げかける。
「我々はただの貧困者支援の非営利団体です。国に反社会勢力と繋がっている事が露呈すれば、この活動が滞ってしまいます」
「よく言うわ。アタシでも指定されていない危険人物指定されているくせに」
レイのその言葉を聞いたロカティは、呆気に取られると同時に自らの正体がすでに露呈していたことを苦笑する。
「………ふふ、確かに。ですが、我々を傘下に加える理由はそれだけではないのでしょう?」
「えぇ」
レイはコーヒーカップを置き、ロカティに改めて向き直った。
「アタシが貴方たちを助けるのは、貴方が私と同じ信念を持つ同志だからよ」
「……同じ信念とは?」
「貧困層や弱い立場の人間を守るという強い意志よ」
「……」
レイの言葉に嘘はない。彼女は貧困層や弱者を守りたい、その思いは本物だ。
「隊長があなたを主人と慕う理由が分かった気がします」
「答えはどうする?また日を改めてでも…」
「いえ、その必要はありません」
ロカティはレイの前で片膝をつき、彼女の手の甲にキスをした。
「今この時より、私は貴女の配下に。そして、私の全てを貴女様に捧げます」
「ロカティ=アストラス。これからよろしくね」
「はい!」
レイとロカティは固い握手を交わし、互いの信念を胸に抱きながら協力関係を結ぶ。
すると、二人の元にロカティの部下の黒服が近づいてくる。
「オーナー、表にオーナー達を訪ねて来た者達がおります」
「今はタイミングが悪い、お客人にはお引き取り願いたいと伝えてくれないか」
「それが…」
「お、お待ちください姫様!」
「危のうございます!」
表からなにやら騒がしい声が聞こえてくる。レイとロカティが店の外へ出ると、そこには豪華な馬車の側で物々しい警備を従えた金髪の女性が黒服達に行く手を阻まれていた。
「レイちゃん?」
「テレジア?」
「お知り合いで?」
「姫様、この者は?」
「「昔馴染みよ」」
◇
テレジア=アーニスト。名前の通りアーニスト王家の者であり、国王ガイル=アーニストの長女、謂わば皇女である。何故、彼女が貧民街の、それも裏組織が関与するこのリベルタスにやってきたかというと。
「アタシを探していた?」
「えぇ、兄からの手紙でレイちゃんが急にいなくなったって聞いたから、メイドを使ったり、色々なツテを頼りに探していたの。そしたら、メイドからこの店にレイが入って行ったって話を聞いてね」
「あはは、そう言うことだったのね。あなたらしい」
「ていうか、前に会った時とだいぶ印象が変わったわね。話し方とか特に」
「気にしないで。そうそう、ルシウスはアタシが失踪扱いになった日以降、どうなったの?」
「兄上はティアニスト家から王都の地下迷宮に潜っているわ。魔族の侵攻が激しくなっていて、兄上自ら前線に行かれたわ」
「魔界族が?」
レイはテレジアから詳しい話を聞くと、その深刻さに頭を抱えた。魔界族とは、人間や亜人と対をなす種族であり、その種類は多種多様。また、人間や亜人よりも身体能力・魔力共に優れており、知能も高く狡猾な一面もある。
人たちが住む現界と、空間を反転させた異界に存在するのが魔界。現界と魔界を繋ぐ異空間のことを、ダンジョンと呼ぶ。
魔界族はそのダンジョンを利用して現界への進出を試みており、それを阻止するために国は兵士を、ギルドは冒険者を送り出し、ダンジョンから侵攻する魔界族と、それを阻止せんとする人や亜人族による攻防戦が日々続いていた。
「魔界族が現界へ?」
「えぇ、ここ数十年は大人しかったけど、ここ最近になって急に活発に動き始めたわ。理由は分からないけれど……」
「そういえば、最近良からぬ噂をよく耳にします。例えば、王国聖騎士団が魔界族狩りと称して、貧民街などで検疫を行っているとか。また、王都の外で魔界族が目撃されたという情報もあります」
「その辺りについては、私が情報を集めてくるわ…あっ」
「どうしたの、テレジア」
すると、テレジアは焦った表情で頭を抱える。
「私、あのクソ親父に勘当させられたんだった」
「勘当って、何やらかしたの?」
「まぁ、色々とね。ソリが合わなくて、飛び出して来たの」
「あらま、それはまた……」
「この際だから、レイちゃん。私もレイちゃんと一緒に居させて?もし資金が必要なら、バレない程度で国庫から融通できるし」
「昔から変わっていないわね。姫殿下」
「ふふ、お互い様よ」
「実はねテレジア、ちょうど今さっき、アタシ達である組織を作ろうと思っていたの」
「えっ、本当に?ちょうど良かった。私も混ぜて」
「でもいいの?勘当されてたとしても、あなた一応王族でしょう?アタシ達との関係が公になったら、困るんじゃない?」
「大丈夫、もう王族の身分なんてどうでもいいわ。私だって、自分がやりたい事をする権利があるはずよ。政なんて兄上に任せておけばいいのよ」
「おやおや、これはこれは懐かしい顔ぶれですね」
「て、テレジア様っ!?」
「ジェラード、セラ!?」
店の外からジェラードとセラがやってきて、テレジアとの再会を果たす。彼らもテレジアとは少なからず面識があったため、再会を楽しんだ。
「さて、全員揃ったところで本題に入るわ。アタシとジェラード、セラ、ロカティ、そしてテレジア。この5人を初期メンバーとする組織を作りたいと思う」
「組織…ですか、レイ様?」
「組織の目的は貧困層や弱き者を助け、腐った国にメスを入れること」
「あらあら、耳が痛い話ね」
「そのためには、アタシ達以外にも多くのメンバーを集めなければならない。目的を達成する過程で、自ずと黒布を始めとする組織と対立する。彼らに負けないくらいの規模を目指すわ」
「では、まずは組織の名前を決めませんとね」
「そうね。名前か……」
レイは顎に手を当て、組織の名前を考える。そして、数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。
「ここの名前は確かリベルタス。リベルタス…自由、縮約してリベル」
「何かこう、うちの組織って家族みたいなものですね」
「家族…ファミリー。なら、リベル=ファミリアはどう?」
「訳して自由な家族ですか。締め付けられた王政に反抗するにはもってこいな名前ですね」
「異論は?」
「なし」
「ありません」
「では、決まりね」
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