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忘却編
第14話 雨の中の再会
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今日は生憎の雨模様だ。
目を覚ますと、雨が屋根に落ちる音が弊殿の中まで聞こえてくる。雨の音は落ち着くが、あまり良い思い出はない。
そういえば、あの日もこんな雨だったなぁ…
縁側に立ち、外を眺めていた私は思わずそう考えてしまう。自分がカミコ様に助けられた時も、これくらいの大雨だった。
番傘を手に、内裏から鳥居をくぐって石段を降りていく。内裏に溜まった雨水が石段を伝って流れ落ちるため、足は水浸しになってしまう。
「あれ………」
石段を降りていた途中、誰かが座り込んでいるのが見えた。慌てて近づくと、着物姿の女の人が柱にもたれかかって気を失っていた。
「あの!大丈夫ですか⁉︎」
私は大声でクロとシロを呼び、3人で女の人を弊殿へと運び込んだ。
◇
「はっ!はっ!はぁ…」
私は逃げた。今日は久しぶりの大雨だったため、神社から飛び出した時は誰にも気づかれることがなかった。
でも、すぐに追っ手に追われてしまう。東へ東へ、川に沿って走り続けた。
◇
「………………」
少女が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の天井だった。
「ここは…なぜ、私はこんな所に…」
状況が理解できないまま周囲を見渡すと、部屋に置かれていた座卓にもたれて眠る巫女の姿があった。
「萃…香⁇」
巫女の姿を見た少女は彼女を萃香と呼ぶが、彼女は斎ノ巫女、白雪舞花であった。少女が名を呼ぶと、舞花は気がついたのかゆっくりと起き上がる。
「ん……くぅ…」
目を擦りながら起き上がると、目を覚ました少女を見て笑顔になる。
「良かった。気がついたのですね。雨の中、倒れられていたのでびっくりしました」
「私、気を失っていたんですか?」
「あ、はい。神社の石段に倒れられていたので、うちのお手伝いの子たちと一緒に運ばせてもらいました」
「ありがとうございます…あ、あの」
「はい、なんでございましょう?」
少女は舞花の方を向くと、少し頭を下げる。
「あなたの名前を教えていただけませんか?」
「白雪舞花と申します。この明風神社で、巫女のお役目を勤めております」
「白雪…舞花…」
その名前を聞いた少女は、どこか儚さを感じさせる表情となる。その空気を感じ取った舞花は、逆に少女に名前を問う。
「あなたのお名前を教えていただけますか?」
「私は…私は、七葉と申します」
「七葉さんですね!よろしくお願いします!」
「こちらこそ、白雪舞花さん」
「それにしても、どうしてあそこで倒れていたのですか。お怪我はなかったようですが…」
すると、七葉は下を向いて舞花から視線を逸らす。
「………ごめんなさい。言えません」
そして、ふらつきながら寝かされていた布団から立ちあがろうとする。
「助けていただいたことは感謝します。ですが、長居は出来ませんので、私はこれで…」
「ま、待ってください。体調が良くないみたいですし、今外は大雨ですよ」
舞花は七葉を引き留めると、布団に腰を下ろさせる。
「しばらくお休みになってください。お身体の具合が良くなれば、いつでも出ていってもらって構いませんので」
実は、舞花は七葉が寝ている間に呪術で七葉の体の状態を確認していた。極度の疲労、精神的圧迫、空腹、発熱、明らかに具合を悪くしていた。
そんな彼女を、この雨の中外へ出すのは危険だと判断した。
「遠慮は要りませんよ。ゆっくりしていてください」
「………相変わらず、お優しい人…」
「何か仰いましたか?」
「いえ、独り言です。お気になさらず」
「そうですか。では、私はお手伝いの子達と夕飯を作って参ります。それまでしばらくお待ちください」
そう言って舞花は七葉に一礼して部屋を出ていく。残された七葉はその好意に甘えてもうしばらく休ませてもらうことにした。
少しして、舞花はクロとシロの3人で七葉の眠る部屋に夕餉を運んできた。舞花の持つ盆に乗せられた鍋からは、温かい湯気が立っている。
「お待たせしました。今日は村の人たちが山で採った山菜と猪のお肉が入った牡丹鍋です。冷えた体が温まりますので、よろしければどうぞ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
布団から体を起こした七葉を囲むように3人は夕食を取る。
「はい!これ七葉お姉さんの分!」
「ありがとう」
「お姉ちゃん、お茶置いておくね」
いつの間にか、七葉はクロとシロの2人と打ち解けていた。元々、この2人が人懐っこい性格というのもあるが、2人に懐かれる七葉自身も、良き性格の持ち主なのだろう。
"美味しい…"
お椀によそわれた肉と野菜を口にすると、その味付けを堪能する。お肉は淡白でありながら、下味がしっかりついている。野菜はお肉から染み出した肉汁を吸っていてどれも美味しい。
「美味しいです」
「今日のご飯、僕たちが作ったんだよ」
「味付けはクロと相談したの!舞花お姉ちゃんにお手伝いしてもらったけど」
「2人が上手に作ったからだよ。えらいえらい」
「「えへへ」」
その和やかな様子を見て、七葉は笑みを浮かべる。
"良かった…萃香。今は白雪舞花として、幸せな人生を送っているのね…"
"私のこと、覚えていてくれていたらもっと嬉しかったけど…"
七葉は嬉しさと、少しばかりの悲しみを感じた。
◇
帝京 帝宮のとある一室
「七葉が逃げ出しました。全く、先の見えない人ですわ」
「一人ぐらい減っても計画に問題は生じないわ。彼女、方針に反対していたのでしょう。邪魔が少なくなることに越したことはないし。ねっ」
「その通り。計画は滞りなく進んでいる。巫女が一人減ろうと、関係はない」
「そうね。あなたが言うのなら問題ないわ。伊之瀬、任せたわよ?」
「はい。抜かりなく」
◇
私が目を覚ますと、外から箒で掃く音が聞こえてくる。布団から体を起こして外に出てみると、境内の石畳に積もった埃を、七葉さんが箒で掃いていてくれた。
「あ、おはようございます白雪さん」
七葉さんは私のことに気がつくと、笑顔で挨拶してくれる。
「七葉さん、掃き掃除は私がやりますよ」
「お気になさらないでください。一宿一飯の御礼です。私が勝手にしていることですし」
こちらとしては、礼など不要だったが、七葉さんの好意を無碍にする必要もないので、そのまま掃除をお願いすることにした。
黙々と掃除を進める七葉さん。石畳は見る見るうちに綺麗になる。
「ふぅ、これくらいですかね」
「お疲れ様でした。七葉さん」
「いえいえ。他に何か手伝えることはありませんか?」
「今のところ、大丈夫です。少し私の話に付き合ってもらえませんか?」
「え?あ、はい。構いませんが…」
私は七葉さんを連れて、弊殿の応接室へと入り、七葉さんにお茶を淹れて対面に座る。
「ここは本当に良いところですね。手入れも行き届いていて、祀られる御方もさぞ過ごしやすいでしょう」
「そう言っていただけると嬉しいです。神社のお手入れはほとんどクロとシロが行っているので、そう言ってもらえると2人も喜びます。あの2人、私の気づかないところまで綺麗にしてくれますし」
「あの子たちも、本当に良い子たちですね」
私と七葉さんはお茶を飲んで一区切り付ける。
「白雪さん。その、話とは何でしょうか?」
「舞花で構いませんよ。みなさんそう呼んでいますし」
「では、舞花さん。改めて、私にお話とは?」
「実は、七葉さんが昨日、神社の石段で倒れていた時のことですが私がこの村に来た時とよく似ているなと」
「………」
「あの時も、昨日と同じ大雨でした…」
私も、七葉さんと同じように雨の中気を失っていたところを、カミコ様に助けられた。そして、名を貰い、斎ノ巫女となった。その話を七葉さんにする。
すると、七葉さんは少し神妙な顔つきになる。
「あの、七葉さん?」
「黙っていようと思いましたが、やはり私には隠し事はできませんね…」
「隠し事?」
「舞花さん、私について何か覚えていませんか?」
そう言われたものの、私の中の七葉さんは、昨日初めて会った時からの記憶しかない。
「すみません。この村に来た時、記憶を失ってしまっていて。もし、私と過去にお付き合いがあったのでしたら、思い出せないことを謝らせてください」
「いえ、構いませんよ。あの日の約束も、覚えておられませんか?」
「約束…」
その時、私の頭の中で何かが千切れるような感じがした。
◇
「萃香、私はずっとあなたの親友よ。何があっても、誰がどう言おうと、私はあなたを大切に思っている。だから、私のこと、絶対忘れないでね」
私は、そう言われてそっと背中を押された。
「約束よ…どうか無事に逃げて」
◇
私はその時、全てを思い出した。
目の前にいる七葉さん。いや、七葉は、私が子供の頃から一緒に過ごしていた唯一無二の親友だった。
「もしかして…もしかして」
「思い出してくれましたか?」
「七葉!」
私は思わず七葉に抱きついた。目から大粒の涙を流し、恥ずかしいくらい大泣きした。そんな私を、七葉はそっと抱きしめてくれた。
「会いたかった、会いたかったよ七葉!」
「私もよ。元気そうで良かった」
「ずっと、ずっと会いたかった!」
「うん、うん」
「ごめんね、一人で逃げて。七葉を置いて逃げて、私、私ったら」
「良いのよ。私が勧めたことだから。あなたに咎はないよ」
七葉は私がどれだけ村の人たちから迫害されようが、自分が巻き込まれることも恐れずに守ってくれた。
「ごめんね、ごめんね、約束も忘れちゃって」
「良いのよ。辛かったものね」
「許してくれるの…」
私が視線を上げると、七葉はにっこりと笑ってくれた。
「許すも何も、怒ってなんかないんだから。それに、こうして思い出してくれたもの。やっぱり、私の親友ね」
「うぅ、うぅ…」
私は七葉に抱きついたまま、再び涙を流した。しばらくして、落ち着いた私は改めて七葉に話をする。
「どうしてここに来たの?」
「あなたを探していたの。村を離れた日からずっとね。村人に聞くわけにもいかなかったし、どこに行ったか分からなかったけど。私も村に居ずらくなってたし、舞花を探そうって思って村を出たの」
七葉は私の頬を優しく撫でてくれる。
「こうして再び巡り会えたのも、大御神様のおかげかな。これからはずっと一緒だよ、舞花」
「うん!」
私はその時、七葉が自分のことを舞花と呼んでくれたことに気がついた。七葉は私を草薙萃香ではなく、1人の親友として、新しい名、白雪舞花として見てくれているのだと感じた。
「私と一緒にいてくれるの?」
「うん。舞花が良ければ、私もこの神社でお勤めさせてもらえないかしら?」
私には、七葉の申し出を断る理由などなかった。
「ずっとずっと、一緒にいてね!」
「うん!」
こうして、明風神社に新たな巫女、私の親友七葉がやってきた。七葉には、今の葦原村や大御神様を取り巻く事情を説明した。それでも、七葉は私と共にいると言ってくれた。
ありがとう七葉、もう二度と離れないから。
目を覚ますと、雨が屋根に落ちる音が弊殿の中まで聞こえてくる。雨の音は落ち着くが、あまり良い思い出はない。
そういえば、あの日もこんな雨だったなぁ…
縁側に立ち、外を眺めていた私は思わずそう考えてしまう。自分がカミコ様に助けられた時も、これくらいの大雨だった。
番傘を手に、内裏から鳥居をくぐって石段を降りていく。内裏に溜まった雨水が石段を伝って流れ落ちるため、足は水浸しになってしまう。
「あれ………」
石段を降りていた途中、誰かが座り込んでいるのが見えた。慌てて近づくと、着物姿の女の人が柱にもたれかかって気を失っていた。
「あの!大丈夫ですか⁉︎」
私は大声でクロとシロを呼び、3人で女の人を弊殿へと運び込んだ。
◇
「はっ!はっ!はぁ…」
私は逃げた。今日は久しぶりの大雨だったため、神社から飛び出した時は誰にも気づかれることがなかった。
でも、すぐに追っ手に追われてしまう。東へ東へ、川に沿って走り続けた。
◇
「………………」
少女が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の天井だった。
「ここは…なぜ、私はこんな所に…」
状況が理解できないまま周囲を見渡すと、部屋に置かれていた座卓にもたれて眠る巫女の姿があった。
「萃…香⁇」
巫女の姿を見た少女は彼女を萃香と呼ぶが、彼女は斎ノ巫女、白雪舞花であった。少女が名を呼ぶと、舞花は気がついたのかゆっくりと起き上がる。
「ん……くぅ…」
目を擦りながら起き上がると、目を覚ました少女を見て笑顔になる。
「良かった。気がついたのですね。雨の中、倒れられていたのでびっくりしました」
「私、気を失っていたんですか?」
「あ、はい。神社の石段に倒れられていたので、うちのお手伝いの子たちと一緒に運ばせてもらいました」
「ありがとうございます…あ、あの」
「はい、なんでございましょう?」
少女は舞花の方を向くと、少し頭を下げる。
「あなたの名前を教えていただけませんか?」
「白雪舞花と申します。この明風神社で、巫女のお役目を勤めております」
「白雪…舞花…」
その名前を聞いた少女は、どこか儚さを感じさせる表情となる。その空気を感じ取った舞花は、逆に少女に名前を問う。
「あなたのお名前を教えていただけますか?」
「私は…私は、七葉と申します」
「七葉さんですね!よろしくお願いします!」
「こちらこそ、白雪舞花さん」
「それにしても、どうしてあそこで倒れていたのですか。お怪我はなかったようですが…」
すると、七葉は下を向いて舞花から視線を逸らす。
「………ごめんなさい。言えません」
そして、ふらつきながら寝かされていた布団から立ちあがろうとする。
「助けていただいたことは感謝します。ですが、長居は出来ませんので、私はこれで…」
「ま、待ってください。体調が良くないみたいですし、今外は大雨ですよ」
舞花は七葉を引き留めると、布団に腰を下ろさせる。
「しばらくお休みになってください。お身体の具合が良くなれば、いつでも出ていってもらって構いませんので」
実は、舞花は七葉が寝ている間に呪術で七葉の体の状態を確認していた。極度の疲労、精神的圧迫、空腹、発熱、明らかに具合を悪くしていた。
そんな彼女を、この雨の中外へ出すのは危険だと判断した。
「遠慮は要りませんよ。ゆっくりしていてください」
「………相変わらず、お優しい人…」
「何か仰いましたか?」
「いえ、独り言です。お気になさらず」
「そうですか。では、私はお手伝いの子達と夕飯を作って参ります。それまでしばらくお待ちください」
そう言って舞花は七葉に一礼して部屋を出ていく。残された七葉はその好意に甘えてもうしばらく休ませてもらうことにした。
少しして、舞花はクロとシロの3人で七葉の眠る部屋に夕餉を運んできた。舞花の持つ盆に乗せられた鍋からは、温かい湯気が立っている。
「お待たせしました。今日は村の人たちが山で採った山菜と猪のお肉が入った牡丹鍋です。冷えた体が温まりますので、よろしければどうぞ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
布団から体を起こした七葉を囲むように3人は夕食を取る。
「はい!これ七葉お姉さんの分!」
「ありがとう」
「お姉ちゃん、お茶置いておくね」
いつの間にか、七葉はクロとシロの2人と打ち解けていた。元々、この2人が人懐っこい性格というのもあるが、2人に懐かれる七葉自身も、良き性格の持ち主なのだろう。
"美味しい…"
お椀によそわれた肉と野菜を口にすると、その味付けを堪能する。お肉は淡白でありながら、下味がしっかりついている。野菜はお肉から染み出した肉汁を吸っていてどれも美味しい。
「美味しいです」
「今日のご飯、僕たちが作ったんだよ」
「味付けはクロと相談したの!舞花お姉ちゃんにお手伝いしてもらったけど」
「2人が上手に作ったからだよ。えらいえらい」
「「えへへ」」
その和やかな様子を見て、七葉は笑みを浮かべる。
"良かった…萃香。今は白雪舞花として、幸せな人生を送っているのね…"
"私のこと、覚えていてくれていたらもっと嬉しかったけど…"
七葉は嬉しさと、少しばかりの悲しみを感じた。
◇
帝京 帝宮のとある一室
「七葉が逃げ出しました。全く、先の見えない人ですわ」
「一人ぐらい減っても計画に問題は生じないわ。彼女、方針に反対していたのでしょう。邪魔が少なくなることに越したことはないし。ねっ」
「その通り。計画は滞りなく進んでいる。巫女が一人減ろうと、関係はない」
「そうね。あなたが言うのなら問題ないわ。伊之瀬、任せたわよ?」
「はい。抜かりなく」
◇
私が目を覚ますと、外から箒で掃く音が聞こえてくる。布団から体を起こして外に出てみると、境内の石畳に積もった埃を、七葉さんが箒で掃いていてくれた。
「あ、おはようございます白雪さん」
七葉さんは私のことに気がつくと、笑顔で挨拶してくれる。
「七葉さん、掃き掃除は私がやりますよ」
「お気になさらないでください。一宿一飯の御礼です。私が勝手にしていることですし」
こちらとしては、礼など不要だったが、七葉さんの好意を無碍にする必要もないので、そのまま掃除をお願いすることにした。
黙々と掃除を進める七葉さん。石畳は見る見るうちに綺麗になる。
「ふぅ、これくらいですかね」
「お疲れ様でした。七葉さん」
「いえいえ。他に何か手伝えることはありませんか?」
「今のところ、大丈夫です。少し私の話に付き合ってもらえませんか?」
「え?あ、はい。構いませんが…」
私は七葉さんを連れて、弊殿の応接室へと入り、七葉さんにお茶を淹れて対面に座る。
「ここは本当に良いところですね。手入れも行き届いていて、祀られる御方もさぞ過ごしやすいでしょう」
「そう言っていただけると嬉しいです。神社のお手入れはほとんどクロとシロが行っているので、そう言ってもらえると2人も喜びます。あの2人、私の気づかないところまで綺麗にしてくれますし」
「あの子たちも、本当に良い子たちですね」
私と七葉さんはお茶を飲んで一区切り付ける。
「白雪さん。その、話とは何でしょうか?」
「舞花で構いませんよ。みなさんそう呼んでいますし」
「では、舞花さん。改めて、私にお話とは?」
「実は、七葉さんが昨日、神社の石段で倒れていた時のことですが私がこの村に来た時とよく似ているなと」
「………」
「あの時も、昨日と同じ大雨でした…」
私も、七葉さんと同じように雨の中気を失っていたところを、カミコ様に助けられた。そして、名を貰い、斎ノ巫女となった。その話を七葉さんにする。
すると、七葉さんは少し神妙な顔つきになる。
「あの、七葉さん?」
「黙っていようと思いましたが、やはり私には隠し事はできませんね…」
「隠し事?」
「舞花さん、私について何か覚えていませんか?」
そう言われたものの、私の中の七葉さんは、昨日初めて会った時からの記憶しかない。
「すみません。この村に来た時、記憶を失ってしまっていて。もし、私と過去にお付き合いがあったのでしたら、思い出せないことを謝らせてください」
「いえ、構いませんよ。あの日の約束も、覚えておられませんか?」
「約束…」
その時、私の頭の中で何かが千切れるような感じがした。
◇
「萃香、私はずっとあなたの親友よ。何があっても、誰がどう言おうと、私はあなたを大切に思っている。だから、私のこと、絶対忘れないでね」
私は、そう言われてそっと背中を押された。
「約束よ…どうか無事に逃げて」
◇
私はその時、全てを思い出した。
目の前にいる七葉さん。いや、七葉は、私が子供の頃から一緒に過ごしていた唯一無二の親友だった。
「もしかして…もしかして」
「思い出してくれましたか?」
「七葉!」
私は思わず七葉に抱きついた。目から大粒の涙を流し、恥ずかしいくらい大泣きした。そんな私を、七葉はそっと抱きしめてくれた。
「会いたかった、会いたかったよ七葉!」
「私もよ。元気そうで良かった」
「ずっと、ずっと会いたかった!」
「うん、うん」
「ごめんね、一人で逃げて。七葉を置いて逃げて、私、私ったら」
「良いのよ。私が勧めたことだから。あなたに咎はないよ」
七葉は私がどれだけ村の人たちから迫害されようが、自分が巻き込まれることも恐れずに守ってくれた。
「ごめんね、ごめんね、約束も忘れちゃって」
「良いのよ。辛かったものね」
「許してくれるの…」
私が視線を上げると、七葉はにっこりと笑ってくれた。
「許すも何も、怒ってなんかないんだから。それに、こうして思い出してくれたもの。やっぱり、私の親友ね」
「うぅ、うぅ…」
私は七葉に抱きついたまま、再び涙を流した。しばらくして、落ち着いた私は改めて七葉に話をする。
「どうしてここに来たの?」
「あなたを探していたの。村を離れた日からずっとね。村人に聞くわけにもいかなかったし、どこに行ったか分からなかったけど。私も村に居ずらくなってたし、舞花を探そうって思って村を出たの」
七葉は私の頬を優しく撫でてくれる。
「こうして再び巡り会えたのも、大御神様のおかげかな。これからはずっと一緒だよ、舞花」
「うん!」
私はその時、七葉が自分のことを舞花と呼んでくれたことに気がついた。七葉は私を草薙萃香ではなく、1人の親友として、新しい名、白雪舞花として見てくれているのだと感じた。
「私と一緒にいてくれるの?」
「うん。舞花が良ければ、私もこの神社でお勤めさせてもらえないかしら?」
私には、七葉の申し出を断る理由などなかった。
「ずっとずっと、一緒にいてね!」
「うん!」
こうして、明風神社に新たな巫女、私の親友七葉がやってきた。七葉には、今の葦原村や大御神様を取り巻く事情を説明した。それでも、七葉は私と共にいると言ってくれた。
ありがとう七葉、もう二度と離れないから。
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