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忘却編
第12話 勒金方大神
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勒金方大神。
元はとある西方の村で土着神として信仰されていた大神。村人たちに慕われていた大神であったが、ある時を境に人を襲う堕ち神と化した。
回録。
この世で一番偉いのは、何だ。
そう、我ら大神だ。
矮小な存在、定命の者である人は、我らを信仰し、我らに恩恵を授かってもらっていると考えている。
否、そうではない。
我らは気まぐれで恩恵を与え、世の変化を見ることを愉しんでいるのだ。
その証拠に、見せてやろう。
人の信仰を必要としない大神の在り方を。
◇
興尾見村での戦いは苛烈を極めていた。剣史郎、香織、そして六太の3人は、刀を手に立ち回るが、無数の手がその行く手を阻む。
クツワの腕は四方に散る3人の動きを捉え、本体に寄せ付けまいと腕を伸ばす。剣史郎たちはその腕を躱すか、弾いて防ぐのが精一杯だった。
「くくく、どうした。その程度か」
"くそ、近づけん…"
「少し面白いものを見せてやろう」
そう言ったクツワは、全ての腕を天に掲げると、その手の先に赤い光球を発現させる。
「神術…」
「来るぞ!」
「茜光」
無数の手の先、赤い光球から光線が放たれる。その光線はクツワの周囲を囲む3人に向けて放たれる。
剣史郎たちは、すぐにその場から飛び退く。彼らが先ほどまで立っていた場所は、光線によって地面が抉られていた。
神術、人や生き物の持つ呪力によって発現する呪術と違い、大神の持つ神力によって発現する。その威力は呪術とは比べ物にならないほどの強さだ。
地面が抉られるほどの威力、人がその身に受ければ体はいとも簡単に斬り裂かれるか、身を砕かれるだろう。
クツワは笑いながら光線を剣史郎たちに向けて放つ。3人はその場から飛び退いて躱すが、地面や木々が抉られていく。
「く、これでは近づけん!」
クツワは光線を剣史郎たちに向けて放ち続ける。
「神術、芽吹!」
すると、突然クツワの腕が地面から伸びた蔦に絡め取られる。絡め取られた腕は本体に巻きつけられ、放たれ続けた光線が止まる。
サクヤ様の神術だった。
「くっ、小賢しい真似を」
クツワは腕を引き抜こうとするが、蔦はびくともしない。
「今です!シラヌイ様!」
「グルゥッ‼︎」
白狼の姿と化したシラヌイが、その隙に光線を掻い潜りながらクツワに近づく。
シラヌイが前足に持つ鋭い爪が、クツワの本体を切り裂く。赤い血は流れないが、代わりに切り裂かれた場所の肉が露出する。
「この旧神風情が!」
クツワは神力を高め、腕を絡め取っていたサクヤの蔦を引きちぎると、再び攻撃しようとしたシラヌイに光線の照準を合わせる。
「させん」
そう言ったのは剣史郎だった。剣史郎はサクヤによってクツワの腕が絡みとられていた隙をついて、本体の懐に潜り込んでいた。
シラヌイを狙う腕を、下から斬り上げる。さらに、標的を剣史郎に変え、伸ばそうとした腕が今度は香織と六太に斬られる。
刎ねられた腕の光線が、ありもしない方角に光線を放つ。火事で焼かれるも何とか形を保っていた家屋が、光線が命中して崩れ去る。
「ちょこまかと、目障りだ!」
怒りを露わにしたクツワは、腕を伸ばす。剣史郎たち3人はその場から飛び退くが、その時地面を突き破って眼下から別の腕が突き出して来たことに気付く。
「させません!神術、若草!」
サクヤを中心に地面に草が生え、地面から突き出した腕諸共草を芽生えさせる。
突き出された腕はその肉の中に根が張り、クツワ本体の動きを止める。
「今だ!舞花!」
「氷符、凍結陣!」
さらに、そこに重ねるように舞花を中心に地面が凍りつく。草の根で動きを止め、凍結でさらにその効果を増大させる。
「シラヌイ様、もう一度だ!」
剣史郎が叫び、シラヌイは頷く。凍らせた地面を滑りながら再びクツワ本体に肉薄する。
「二度も同じ手が通用すると思うか」
そう言ったクツワは氷漬けにされた腕を自ら千切ると、新たに腕を露出させて肉薄してきたシラヌイに負ける。
「グッ⁉︎」
通り過ぎざまにシラヌイの爪が胴体を斬り裂くが、シラヌイの体にも複数の腕が突き刺さり、互いに負傷を負う。
シラヌイは人の姿を取ると、負傷した左腕を押さえながらクツワと距離を取る。
「シラヌイ様っ⁉︎」
「案ずるな。かすり傷じゃ…」
「足りんな。足りんぞ貴様ら。我を楽しませろ。もっと楽しませろ」
「この化け物め!」
「人は大神には勝てぬ。もちろん、汝らもだ、旧神ども!我は大神、汝らには及ばぬ存在なのだ!」
「うるさいぞ、穢れた堕ち神が」
クツワの言葉を一蹴した剣史郎は、鋭い視線をクツワに向けた。クツワは剣史郎の挑発に乗り、複数の腕を伸ばす。
「葦原流、飛来反し」
刀を下段に構えた剣史郎は迫り来る腕を斬り刻みながら、腕が伸ばされた方へ向けて駆ける。
「葦原流、簪」
女子が髪束に簪を刺すように、剣史郎はクツワの胴体に刀を突き刺す。
「ぐっ⁉︎」
反撃が来ることを読み取った剣史郎は突き刺した刀を一気に引き抜き、胴体を蹴って腕を躱す。
「我の体に太刀を浴びせるか…」
クツワはそう言うと、地面に転がっていた村人たちの亡骸に腕を伸ばし絡め取る。そして、亡骸を大きく開いた背中に取り込んだ。
「ひうっ⁉︎」
「人を取り込み、力を取り戻している…何と罪深きことを…」
「このままでは、こちらが不利だな…」
剣史郎は戦さ場の状況を読み取る。こちら側がいくらクツワに負傷を与えても、クツワは村中の亡骸を取り込むことで再び力を取り戻す。
力の差は歴然。こちら側がじり貧になる事を理解した。
しかし、有効な対抗策が見つからずにいた。
"何とか打開する術を…"
剣史郎は戦いの最中、クツワの動きをじっと観察する。
相手は一体、対してこちらは六人。六人の動きを同時にいなすことなど、そう簡単なことではない。
そこで剣史郎は、あることに気がついた。
クツワの本体、顔に現れている六つの眼。それが一つ一つ独立して動き、こちら側の全員の動きを一つずつ、その眼で捉えていたのだ。
「なるほど、勝機が見えた…」
剣史郎は辺りを見渡して舞花を見つけると、彼女の元へと駆け寄る。
「舞花!」
「はいっ‼︎」
「精神に干渉する呪術は使えるか。例えば、意識を集中させる呪術だ」
「意識…ある…あります。相手の動きを遅く見せることなら」
「上等だ。俺が合図したら、その呪術を俺にかけてくれ」
「わ、分かりました!」
「皆!奴の動きを出来る限り止めてくれ!」
「嘘だろ⁉︎あれを止めるのか⁉︎」
「やるしかないでしょう、六太!」
「お、おうよ!」
香織と六太は剣史郎の言葉を聞くと、なるべく自分にクツワの意識を集中させる。それまで剣史郎を捉えていた眼は、剣史郎が距離を取ったためか、ほとんどを香織と六太に集中させる。
「サクヤ!」
「は、はい!神術、鎌鼬‼︎」
「ぐっ」
サクヤが放ったのは、鋭い風によって創り出された風の鎌。旋風の様に巻き上がった風の鎌は、クツワの伸ばしていた複数の腕を根本から断ち切る。
不規則に動く腕を失ったクツワに、隙をついて香織と六太が斬りかかる。クツワは腕の再生が追いつかず、素早い動きを封じられる。
攻撃のほとんどを腕に任せていたため、本体だけなら香織や六太たちでも十分対抗することができた。
「がはっ⁉︎虫けらが!ちょこまかと!」
「今だ!舞花!」
「はい!」
"幻符、疾風!"
舞花は剣史郎に呪術をかける。すると、剣史郎の視界に映る物の動きが遅緩する。この呪術は被対象者の精神に作用し、周りの動きを遅く見せる錯覚を起こすものだ。
「上出来だ」
剣史郎は懐から、暗具の一種である苦無を6本取り出すと、それをクツワの6つの眼に向けて放つ。
6つの苦無はそれぞれ正確無比に6つの眼に命中し、それぞれの眼球に突き刺さる。これには、流石のクツワも悲鳴を上げ、眼を手で押さえる。
剣史郎の暗具によって、クツワは視界を封じられる。
そして、間髪入れずに剣史郎がクツワへ距離を詰め、クツワの首を刎ねる。
「これで、終いだ」
首を失ったクツワの胴体は、力無くその場に倒れる。しかし、その胴体におびただしい神力が残っていることに気がつく。
「剣史郎、奴はまだ生きておるぞ!」
「何っ⁉︎」
「くく、我は首を刎ねた程度では倒せぬよ」
「なっ⁉︎」
「おいおい、嘘だろ…」
香織と六太が唖然とする。何故なら、クツワは斬られた場所から黒い神力を溢れさせると、剣史郎が刎ねた首と胴体を接合しようとしていたのだ。
「再生してやがる…」
「甘い、甘いぞ定命の者ども!言ったであろう!我は大神!人智の及ばぬ存在!故に汝らでは滅することなど!」
「出来ます」
「何を言って…な、何故再生できぬ⁉︎」
クツワは自身の再生が呪術によって阻害されていることに気付く。
「舞花、やれるか」
「はい…」
「な、何をするつもりだ!」
「後は頼んだぞ」
「ま、舞花ちゃん!危ない!」
「待て、六太」
剣史郎にそう言われた舞花は、動けなくなっているクツワの元へと歩み寄る。危険な相手の側に行く彼女を六太が止めようとするが、状況を察した香織が六太を止める。
「勒金方大神様、私は大御神様に仕える斎ノ巫女、白雪舞花と申します」
「大御神の、斎ノ巫女だと…」
「貴方は大神様が人を平伏する世に興味を持ち、興尾見村の人々を無惨にも殺しました」
「それが何だと言う⁉︎」
「私如きが大神様に説論することは不敬でございます。ですが、これだけはお話致します。本来、大神様は人の信仰を受け顕現し、人は大神様からの恩恵を受けて生きています。何故、信仰を失ってもなお貴方様が存在しているのかは分かりませんが、その理は崩すことなどできませんし、護らなければなりません」
舞花はそう告げると、両手を前に出す。
「ここで、貴方様を封印させていただきます」
「ま、待て!それはまさか⁉︎」
クツワの懇願を無視し、舞花は祝詞を唱える。
「鹵、獲、包、転、滅…」
「や、やめろ、それだけは、それだけは!」
必死に再生しようとするクツワの周囲に術式が展開され、さらにその周囲を取り囲む様に術式が現れる。
「やめろぉぉおお‼︎」
「幻符、境界封印‼︎」
「ぐぁあ‼︎」
光はクツワを包み込むと、無に帰する。術式が展開されていた場所には、少しの神力も、跡形もなくなり、ただの無と化する。
「お、終わったのか…」
「あぁ…よくやった、舞花」
「………」
「舞花⁇」
舞花は剣史郎の言葉に反応せず、ふらふらと体を揺らしてその場へと座り込む。自らの呪力を超える力を持つ大神を封じたのだ。その呪術に使われた呪力は計り知れないほど。持ち得る呪力のほとんどを使い果たした舞花は、意識が朦朧としていた。
「舞花っ‼︎」
剣史郎は倒れそうになる舞花に駆け寄り、彼女を抱き抱える。舞花は気を失っていた。
"大神を封じるとは…流石は大御神殿の認めた斎ノ巫女じゃな…"
「サクヤ、舞花を治療してやるのじゃ」
「分かりました」
その後、一同は興尾見村の大火が鎮火するのを見計らい、残っていた村人たちの亡骸を丁寧に埋葬し、葦原へと帰還した。
◇
その様子を木陰から観察する影が一つ。
「クツワがやられたか。斎ノ巫女、白雪舞花。侮れんな…」
影はそう呟くと、闇に消えていく。
元はとある西方の村で土着神として信仰されていた大神。村人たちに慕われていた大神であったが、ある時を境に人を襲う堕ち神と化した。
回録。
この世で一番偉いのは、何だ。
そう、我ら大神だ。
矮小な存在、定命の者である人は、我らを信仰し、我らに恩恵を授かってもらっていると考えている。
否、そうではない。
我らは気まぐれで恩恵を与え、世の変化を見ることを愉しんでいるのだ。
その証拠に、見せてやろう。
人の信仰を必要としない大神の在り方を。
◇
興尾見村での戦いは苛烈を極めていた。剣史郎、香織、そして六太の3人は、刀を手に立ち回るが、無数の手がその行く手を阻む。
クツワの腕は四方に散る3人の動きを捉え、本体に寄せ付けまいと腕を伸ばす。剣史郎たちはその腕を躱すか、弾いて防ぐのが精一杯だった。
「くくく、どうした。その程度か」
"くそ、近づけん…"
「少し面白いものを見せてやろう」
そう言ったクツワは、全ての腕を天に掲げると、その手の先に赤い光球を発現させる。
「神術…」
「来るぞ!」
「茜光」
無数の手の先、赤い光球から光線が放たれる。その光線はクツワの周囲を囲む3人に向けて放たれる。
剣史郎たちは、すぐにその場から飛び退く。彼らが先ほどまで立っていた場所は、光線によって地面が抉られていた。
神術、人や生き物の持つ呪力によって発現する呪術と違い、大神の持つ神力によって発現する。その威力は呪術とは比べ物にならないほどの強さだ。
地面が抉られるほどの威力、人がその身に受ければ体はいとも簡単に斬り裂かれるか、身を砕かれるだろう。
クツワは笑いながら光線を剣史郎たちに向けて放つ。3人はその場から飛び退いて躱すが、地面や木々が抉られていく。
「く、これでは近づけん!」
クツワは光線を剣史郎たちに向けて放ち続ける。
「神術、芽吹!」
すると、突然クツワの腕が地面から伸びた蔦に絡め取られる。絡め取られた腕は本体に巻きつけられ、放たれ続けた光線が止まる。
サクヤ様の神術だった。
「くっ、小賢しい真似を」
クツワは腕を引き抜こうとするが、蔦はびくともしない。
「今です!シラヌイ様!」
「グルゥッ‼︎」
白狼の姿と化したシラヌイが、その隙に光線を掻い潜りながらクツワに近づく。
シラヌイが前足に持つ鋭い爪が、クツワの本体を切り裂く。赤い血は流れないが、代わりに切り裂かれた場所の肉が露出する。
「この旧神風情が!」
クツワは神力を高め、腕を絡め取っていたサクヤの蔦を引きちぎると、再び攻撃しようとしたシラヌイに光線の照準を合わせる。
「させん」
そう言ったのは剣史郎だった。剣史郎はサクヤによってクツワの腕が絡みとられていた隙をついて、本体の懐に潜り込んでいた。
シラヌイを狙う腕を、下から斬り上げる。さらに、標的を剣史郎に変え、伸ばそうとした腕が今度は香織と六太に斬られる。
刎ねられた腕の光線が、ありもしない方角に光線を放つ。火事で焼かれるも何とか形を保っていた家屋が、光線が命中して崩れ去る。
「ちょこまかと、目障りだ!」
怒りを露わにしたクツワは、腕を伸ばす。剣史郎たち3人はその場から飛び退くが、その時地面を突き破って眼下から別の腕が突き出して来たことに気付く。
「させません!神術、若草!」
サクヤを中心に地面に草が生え、地面から突き出した腕諸共草を芽生えさせる。
突き出された腕はその肉の中に根が張り、クツワ本体の動きを止める。
「今だ!舞花!」
「氷符、凍結陣!」
さらに、そこに重ねるように舞花を中心に地面が凍りつく。草の根で動きを止め、凍結でさらにその効果を増大させる。
「シラヌイ様、もう一度だ!」
剣史郎が叫び、シラヌイは頷く。凍らせた地面を滑りながら再びクツワ本体に肉薄する。
「二度も同じ手が通用すると思うか」
そう言ったクツワは氷漬けにされた腕を自ら千切ると、新たに腕を露出させて肉薄してきたシラヌイに負ける。
「グッ⁉︎」
通り過ぎざまにシラヌイの爪が胴体を斬り裂くが、シラヌイの体にも複数の腕が突き刺さり、互いに負傷を負う。
シラヌイは人の姿を取ると、負傷した左腕を押さえながらクツワと距離を取る。
「シラヌイ様っ⁉︎」
「案ずるな。かすり傷じゃ…」
「足りんな。足りんぞ貴様ら。我を楽しませろ。もっと楽しませろ」
「この化け物め!」
「人は大神には勝てぬ。もちろん、汝らもだ、旧神ども!我は大神、汝らには及ばぬ存在なのだ!」
「うるさいぞ、穢れた堕ち神が」
クツワの言葉を一蹴した剣史郎は、鋭い視線をクツワに向けた。クツワは剣史郎の挑発に乗り、複数の腕を伸ばす。
「葦原流、飛来反し」
刀を下段に構えた剣史郎は迫り来る腕を斬り刻みながら、腕が伸ばされた方へ向けて駆ける。
「葦原流、簪」
女子が髪束に簪を刺すように、剣史郎はクツワの胴体に刀を突き刺す。
「ぐっ⁉︎」
反撃が来ることを読み取った剣史郎は突き刺した刀を一気に引き抜き、胴体を蹴って腕を躱す。
「我の体に太刀を浴びせるか…」
クツワはそう言うと、地面に転がっていた村人たちの亡骸に腕を伸ばし絡め取る。そして、亡骸を大きく開いた背中に取り込んだ。
「ひうっ⁉︎」
「人を取り込み、力を取り戻している…何と罪深きことを…」
「このままでは、こちらが不利だな…」
剣史郎は戦さ場の状況を読み取る。こちら側がいくらクツワに負傷を与えても、クツワは村中の亡骸を取り込むことで再び力を取り戻す。
力の差は歴然。こちら側がじり貧になる事を理解した。
しかし、有効な対抗策が見つからずにいた。
"何とか打開する術を…"
剣史郎は戦いの最中、クツワの動きをじっと観察する。
相手は一体、対してこちらは六人。六人の動きを同時にいなすことなど、そう簡単なことではない。
そこで剣史郎は、あることに気がついた。
クツワの本体、顔に現れている六つの眼。それが一つ一つ独立して動き、こちら側の全員の動きを一つずつ、その眼で捉えていたのだ。
「なるほど、勝機が見えた…」
剣史郎は辺りを見渡して舞花を見つけると、彼女の元へと駆け寄る。
「舞花!」
「はいっ‼︎」
「精神に干渉する呪術は使えるか。例えば、意識を集中させる呪術だ」
「意識…ある…あります。相手の動きを遅く見せることなら」
「上等だ。俺が合図したら、その呪術を俺にかけてくれ」
「わ、分かりました!」
「皆!奴の動きを出来る限り止めてくれ!」
「嘘だろ⁉︎あれを止めるのか⁉︎」
「やるしかないでしょう、六太!」
「お、おうよ!」
香織と六太は剣史郎の言葉を聞くと、なるべく自分にクツワの意識を集中させる。それまで剣史郎を捉えていた眼は、剣史郎が距離を取ったためか、ほとんどを香織と六太に集中させる。
「サクヤ!」
「は、はい!神術、鎌鼬‼︎」
「ぐっ」
サクヤが放ったのは、鋭い風によって創り出された風の鎌。旋風の様に巻き上がった風の鎌は、クツワの伸ばしていた複数の腕を根本から断ち切る。
不規則に動く腕を失ったクツワに、隙をついて香織と六太が斬りかかる。クツワは腕の再生が追いつかず、素早い動きを封じられる。
攻撃のほとんどを腕に任せていたため、本体だけなら香織や六太たちでも十分対抗することができた。
「がはっ⁉︎虫けらが!ちょこまかと!」
「今だ!舞花!」
「はい!」
"幻符、疾風!"
舞花は剣史郎に呪術をかける。すると、剣史郎の視界に映る物の動きが遅緩する。この呪術は被対象者の精神に作用し、周りの動きを遅く見せる錯覚を起こすものだ。
「上出来だ」
剣史郎は懐から、暗具の一種である苦無を6本取り出すと、それをクツワの6つの眼に向けて放つ。
6つの苦無はそれぞれ正確無比に6つの眼に命中し、それぞれの眼球に突き刺さる。これには、流石のクツワも悲鳴を上げ、眼を手で押さえる。
剣史郎の暗具によって、クツワは視界を封じられる。
そして、間髪入れずに剣史郎がクツワへ距離を詰め、クツワの首を刎ねる。
「これで、終いだ」
首を失ったクツワの胴体は、力無くその場に倒れる。しかし、その胴体におびただしい神力が残っていることに気がつく。
「剣史郎、奴はまだ生きておるぞ!」
「何っ⁉︎」
「くく、我は首を刎ねた程度では倒せぬよ」
「なっ⁉︎」
「おいおい、嘘だろ…」
香織と六太が唖然とする。何故なら、クツワは斬られた場所から黒い神力を溢れさせると、剣史郎が刎ねた首と胴体を接合しようとしていたのだ。
「再生してやがる…」
「甘い、甘いぞ定命の者ども!言ったであろう!我は大神!人智の及ばぬ存在!故に汝らでは滅することなど!」
「出来ます」
「何を言って…な、何故再生できぬ⁉︎」
クツワは自身の再生が呪術によって阻害されていることに気付く。
「舞花、やれるか」
「はい…」
「な、何をするつもりだ!」
「後は頼んだぞ」
「ま、舞花ちゃん!危ない!」
「待て、六太」
剣史郎にそう言われた舞花は、動けなくなっているクツワの元へと歩み寄る。危険な相手の側に行く彼女を六太が止めようとするが、状況を察した香織が六太を止める。
「勒金方大神様、私は大御神様に仕える斎ノ巫女、白雪舞花と申します」
「大御神の、斎ノ巫女だと…」
「貴方は大神様が人を平伏する世に興味を持ち、興尾見村の人々を無惨にも殺しました」
「それが何だと言う⁉︎」
「私如きが大神様に説論することは不敬でございます。ですが、これだけはお話致します。本来、大神様は人の信仰を受け顕現し、人は大神様からの恩恵を受けて生きています。何故、信仰を失ってもなお貴方様が存在しているのかは分かりませんが、その理は崩すことなどできませんし、護らなければなりません」
舞花はそう告げると、両手を前に出す。
「ここで、貴方様を封印させていただきます」
「ま、待て!それはまさか⁉︎」
クツワの懇願を無視し、舞花は祝詞を唱える。
「鹵、獲、包、転、滅…」
「や、やめろ、それだけは、それだけは!」
必死に再生しようとするクツワの周囲に術式が展開され、さらにその周囲を取り囲む様に術式が現れる。
「やめろぉぉおお‼︎」
「幻符、境界封印‼︎」
「ぐぁあ‼︎」
光はクツワを包み込むと、無に帰する。術式が展開されていた場所には、少しの神力も、跡形もなくなり、ただの無と化する。
「お、終わったのか…」
「あぁ…よくやった、舞花」
「………」
「舞花⁇」
舞花は剣史郎の言葉に反応せず、ふらふらと体を揺らしてその場へと座り込む。自らの呪力を超える力を持つ大神を封じたのだ。その呪術に使われた呪力は計り知れないほど。持ち得る呪力のほとんどを使い果たした舞花は、意識が朦朧としていた。
「舞花っ‼︎」
剣史郎は倒れそうになる舞花に駆け寄り、彼女を抱き抱える。舞花は気を失っていた。
"大神を封じるとは…流石は大御神殿の認めた斎ノ巫女じゃな…"
「サクヤ、舞花を治療してやるのじゃ」
「分かりました」
その後、一同は興尾見村の大火が鎮火するのを見計らい、残っていた村人たちの亡骸を丁寧に埋葬し、葦原へと帰還した。
◇
その様子を木陰から観察する影が一つ。
「クツワがやられたか。斎ノ巫女、白雪舞花。侮れんな…」
影はそう呟くと、闇に消えていく。
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猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。
科学チートで江戸大改革! 俺は田沼意次のブレーンで現代と江戸を行ったり来たり
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■■アルファポリス 第3回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
天明六年(1786年)五月一五日――
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その願いが「大元帥明王」に届く。
結果、21世紀の現代に住む俺は江戸時代に召喚された。
俺は、江戸時代と現代を自由に行き来できるスキルをもらった。
その力で田沼意次の政治を助けるのが俺の役目となった。
しかも、それで得た報酬は俺のモノだ。
21世紀の科学で俺は江戸時代を変える。
いや近代の歴史を変えるのである。
2017/9/19
プロ編集者の評価を自分なりに消化して、主人公の説得力強化を狙いました。
時代選定が「地味」は、これからの展開でカバーするとしてですね。
冒頭で主人公が選ばれるのが唐突なので、その辺りつながるような話を0話プロローグで追加しました。
失敗の場合、消して元に戻します。
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——痛快バトルファンタジー小説
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