花衣ーかみなきしー

AQUA☆STAR

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忘却編

第3話 呪術

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 風神社を訪れた翌日、私はカミコさんの屋敷の中庭にいた。

 中庭は隅々まで手入れが行き届いていて、余計な雑草も生えていない。植木が少ない理由について、カミコさんは「虫が寄ってくるから」と言っていた。確かに、緑を増やせば見栄えは良くなるが、あの気持ち悪い姿をした虫が増えてしまう。

「うぅ…」
「どうしたの、舞花?」
「虫の姿を思い出すと…あぅ」

 思わず鳥肌を立ててしまう。そんな私の様子を見て、カミコさんは呆れたように苦笑した。

 そういうわけで、カミコさんの屋敷の中庭には庭石が綺麗に置かれ、小さな池が作られている。唯一の緑は一本の桜の木だけであり、中庭の中心に植えられている。

 ここにいる理由は、カミコさんが直々に呪術を教えてくれるとのことで、気持ちが落ち着くような環境を選んだためだった。

「じゃあ、まずは呪力の使い方について学んでいきましょう」

 巫女服に身を包んだ私は、中庭の上に敷かれた茣蓙の上に座ってカミコさんの話を聞く。

「呪力の使い方ですか?そもそも、呪力についてあまり知らないのですが…」
「じゃあ、呪力について簡単に説明するわ。呪力とは、生きとし生けるものに宿る、特別な力なの」

 本当に簡単な説明だ。つまり、呪力とは生きているものであれば、誰もがその身体に宿している力ということだろう。

「でも、それを自らの意思で制御し、呪術として発現することができるのは、その才のある人のみ。まれに、無意識に呪術を使い、呪術で体を癒す動物もいるわ」
「では、才がなければ呪術は使えないってことですか?」
「それについては心配しなくていいわ。才がなくても努力すれば呪術は使えるし、何より舞花には才能があると見込んでいるからね」

 それを聞いて、少し安心した。

「それじゃあ、まずは自分の中に眠る呪力を感じることから始めるわ。身体全体から力を抜いて、目を瞑って深呼吸を繰り返して」

 言われた通り目を瞑って、身体の力を抜く。

 ゆっくりと息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。

「そのままの状態で、身体に流れる呪力を感じてみて」
「は、はぁ…それって、実際はどんな感じですか?」
「呪力の感じは、あなた自身にしか分からないわ。自分だけの感覚。ゆっくりでいいから探してみて」

 まずは、どんなものか検討のつかない呪力の感じを探すことから始まった。

 とは言っても、具体的にどうやって感じればいいのだろう。カミコさん曰く、感じ方は人それぞれらしい。それこそ、身体に纏わりついている感じもあれば、身体に一本の硬い芯が入っているように感じることもある。

 つまり…

 ここで私は、今までに体感したことのない新しい感覚を、自分で掴まなければならないということだ。難しいと感じるよりもまずは、本当にそんなことができるのか、不安に思ってしまう。

「すぅ、はぁ…」

 数刻経つけども、まだ感じられない。

「焦っては駄目よ。普通の人でも、呪力を感じるだけで最低十日は掛かるの。だから焦る必要なんてないわ」

 どうやら、カミコさんに焦っていた心を読まれていたらしい。確かに、なかなか結果が出ずにもやもやしていたのは事実だ。

「海の上に浮かぶ感じとか、空気に流されるとか、そんな感じを頭に思い浮かべてみたら?雑念も流れて、脱力した感じになるから」
「はい………」

 雑念を一度捨て、頭の中を真っ白にする。何も考えず、ましてや呪力を感じようともしないようにした。

 すると、何だか心地良い感覚を感じた。

 一面、美しい夜空が広がっている。

 その美しい夜空には星が輝き、幻想的な風景を映し出している。

 これが、私の呪力?

 しばらくして目を開けると、カミコさんが微笑んでいた。

「見つけられたみたいね」
「え、えっと。どうやら、そうみたいです…」
「どんな感じだったの?」

 私はありのまま、見た光景をカミコさんに説明する。

「何と言うか、心の中に、綺麗な夜空の風景が浮かびました」
「風景?珍しいわね」
「珍しいのですか?」

 意外な答えだった。

 カミコさんがここまで興味津々なくらいだから、風景で見える呪力はよっぽど珍しいのだろう。

「えぇ、さっき説明したけど、呪力は人それぞれ感じ方が違う。でも、共通しているのは、ある種の感覚として呪力を感じること。つまり、身体の中に何かがあるように感じるの」

 なるほど、と言うことは、風景として呪力を見るのは、体の中に感じるのとは別の感覚ということだ。

「だから、舞花みたいに実際の風景のように呪力を感じるのは、とても珍しいことなの。私も、数えるほどしか聞いたことがないわ」
「そうなのですね…」

 それにしても、普通の人が十日掛かるところを、たった数刻で終わらせてしまった。

 予想外に上手くいき、ちょっとだけ嬉しかった。

「よいしょっと」
「うんうん、やっぱり私の目に間違いはなかったわね」
「えへへ、ありがとうございます」
「じゃあ、このまま本格的な呪術の稽古に入りましょう。まずは呪術の基本中の基本、詠唱式呪術から始めましょう」

 ◇

 詠唱式呪術。

 それは簡単に言えば、大神の力を借りて行う呪術。詠唱を行い、自らの呪力を素として、五行の属性に沿った呪術を発現させる方法で、呪術の中では最も一般的なものらしい。

「五行の属性とは、火・水・木・金・土のことね。詠唱式はこれらを司る大神の力を借り、自らの呪力と融合させて呪術として発現させるの。詠唱するのは各呪術に基づく祝詞。詠唱式は祝詞を覚えることができれば、確実かつ正確、そして効果的に呪術を発現できるわ」
「なるほど…詠唱式は誰でも習得できるのでしょうか?」
「理論上はね。ただ、詠唱に時間を要するから、実戦ではすぐに使えないデメリットがあるわ。だから上達すれば、詠唱の短縮や、詠唱なしで発動する技術を身につけることもできるの」
「そうなのですね…」

 呪術には詠唱式の他にも、確立させた術式を用いて発現させる符術式、己に宿る呪力をその意思だけで自由自在に発現させる秘術式があるらしい。

「例えば、私がこの前剣史郎の屋敷で見せたのは、詠唱式の火符・火球よ」

 そう言って、カミコさんは右手を軽く掲げた。

「詠唱式は祝詞を詠唱することで使うことができるわ。符術式は詠唱式の延長だから、そこまで難しくはないけども、秘術式は己の呪力のみで行うから、相当な訓練が必要になるわ」
「へぇ…」
「秘術式を使いこなせて、詠唱、符術を安定化させれば、呪術師として一人前とも言えるの」
「いつかは秘術式を使ってみたいです!」
「だからこそ、まずは詠唱式でしっかりと呪術のいろはを学んでいきましょう。地道に努力すれば、いずれ秘術式を使えるようになるわ」

 私は一通り呪術についての説明を聞いた後、まず最初にカミコさんが見せてくれた火符・火球に挑戦することになった。

 先ほどと同じように、身体の中の呪力を感じる。

 そして、火の大神に対して祝詞を詠唱する。

火神ヒヌカミ様、我に力を与えたまえ…」

 右手を空に向けて呪力を集中させる。すると、右手がじんわりと熱くなり、力が強くなっていく。

「火符、火球」

 突然、右手の手の平の上に、小さな火の球が浮かび上がった。

「あわわっ!?」

 慌てて右手を上下に振るうと、その火の球は空へと飛んでいき、見事に爆発した。それはまるで、夜空に煌めく花火のように――とはいかず、爆炎と燻った火の粉を撒き散らしただけだった。

「あ、あれ…」
「………」

 カミコさんを見ると、驚いた表情をしている。

「一応、成功は成功ね」
「そ、そうですね…」
「今度から焦ったりしないこと。私の言うことを聞くこと。自分の呪力で創り出したものだから、扱いさえきちんとしていたら何の問題もないわ」
「ご、ごめんなさい…」

 そう言われてしまい、私は少しだけへこんでしまった。

 ◇

 まさか、初めてでここまで出来るなんて… 

 初めての特訓でここまで出来るのは、やはりこの子には才能があるのだろう。

 私の見立てには間違いなかった。

 ふふ、楽しみね…

 ◇

 それから数日の間、私はカミコさんの元で呪術の特訓を続けていた。

 この数日の間だけでも、飛躍的に呪術の扱いが上達していた。特に呪術の基本中の基本である詠唱式は、ある程度自分の思う通りに扱うことができるようになっていた。

 これから行うのは、詠唱式の呪術の一種、水符・水柱。

 術者の望む場所に、無から水の柱を創り出す呪力である。

「水符、水柱!」

 中庭の地面から、呪力によって創り出された水の柱が勢いよく現れる。

「ふぅ…」
「流石ね、この短期間でよくここまで上達できたわ。教えている私も嬉しいわ」
「あ、ありがとうございます!」
「詠唱式が自由に使えるようになったし、そろそろ符術式に移ってみようかしら」
「符術式ですか?」
「えぇ、明風神社の巫女、特に斎ノ巫女には符術式の癒符、そして護符が使えるようになってもらわないと困るの。癒符は傷ついた人を癒すために、結界符は自分と他人を守るためにね」

 その言葉を聞いた私は改めて、斎ノ巫女に求められているものを理解した。

「舞花なら秘術式でも十分出来そうだけど、焦らずに符術式からやっていきましょう」

 符術式で大切なのは、自分で術式を創り上げることらしい。

 術者自身が術式を創り出すことで、初めて符術式の呪術が発現するとのことだ。

「自分の呪力に見合った術式を確立させてみて」
「分かりました!」

 私は目を閉じて、呪力を感じる。

 そして、頭の中で自分の呪力に見合った術式を構成していく。

 私は、自分の呪力に五つの点が存在することに気付いた。

 それは、私を包み込むように均等に配置された光の点だった。

 その点と点を繋いでいく。すると、出来上がったのは五つの点を繋ぎ合わせた星のような術式だった。

 それを指に呪力を集中させて描き上げていく。

「なかなか良いんじゃないかしら」

 術式を見たカミコさんが感想を述べてくれる。

「符術式は、その術式の完成度、そして己の呪力との相性で効果が左右されるわ。複雑な術式は、より高度な呪術を発現させることができるけど、術者の呪力の相性と合っていなかったら、本来の力を発揮できないわ」
「つまり、単純かつ明解で実用的な術式が良いとされているの」
 
 なるほど、これが私にとってちょうど良い術式なのかもしれない。

「じゃあ、その術式を忘れないようにね。お昼にしましょう」
「はいっ!」

 ◇

 葦原村から少し離れた山中

 深い森の中を、血だらけになった男が一人、ふらつきながら獣道を歩いていた。

 男が抑えている腕には大きな切り傷があり、そこから絶えず血が流れ出している。

「く…、血が止まらない…」

 男は岩にもたれ掛かり、乱れた呼吸を整えようとする。

「まさか、蟲がいるなんて聞いてないよ…ついてないな」

 男は葦原村の住民であり、この山中に山菜を取りに来ていた。

 しかし、その道中に思わぬ存在と遭遇してしまったのだ。

 辺りに響く不快な鳴き声。

「まずい、もう追い付いたのか…」

 男はすぐ近くの草むらに身を隠して息を潜める。

 アンクグと呼ばれる蟲の幼体。幼体と呼ばれるが、それは人の半分ほどの大きさであり、普通の虫とは違う。成体になると、倍以上に成長する。

 蟲はもともと小さな虫が、体内の呪力の暴走で突然変異した存在とされているが、まだその多くが謎に包まれている。

 唯一分かっていること。

「カミコ様…」

 それは蟲が獰猛な性格で、人や動物を襲うこと。

 草むらに身を隠していたアンクグは、鋭い牙を男に突き立てたのだった。
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