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序編
第0話 ある雨の日
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古の時代、天地がまだ混沌としていた頃、神々はこの世を統べ、人々はその加護のもとで生きていた。大地を司る者、天空を翔る者、海を制する者、数多の神々がこの世界に宿り、秩序をもたらしていた。
しかし、ある時、神々の力を巡る争いが始まった。それは、決して止めることのできない運命の歯車の軋みだった。
神の力を欲する者、信仰を力とし人を従えようとする者。やがて神々の世界と人の世界の境界は歪み、かつての調和は失われていった。神を畏れ、崇める人々の心は次第に揺らぎ、その信仰は幾千もの戦乱を生み出した。
神々の争いは、大いなる巫女の血を引く者の登場によって変転する。それが、初代斎ノ巫女、白雪舞花であった。
彼女は神々の声を聞き、神威をその身に宿し、数多の戦を経て巫女の頂へと至った。だが、彼女が歩む道は決して祝福されるものではなかった。なぜなら、神々の時代が終焉を迎えようとしていたからだ。
「この世界に、神はいらぬのか?」
誰とも知れぬ声が、天地に響く。
その問いに答えを与えることができるのは、ただ一人、斎ノ巫女となった少女、舞花だけだった。
彼女がこの世界に生まれ落ちた瞬間から、その運命は決まっていたのかもしれない。だが、彼女はまだ何も知らない。神々の思惑も、人々の信仰も、やがて訪れる破滅の未来も。
これは、後に『神なき詩』と呼ばれる物語の始まり。神と人とが決別し、巫女がその命を賭して世界の行く末を決めた物語。そして、神々の時代が終わりを告げるまでの、最後の戦いの記録である。
◇
視界がぼんやりとする。
大粒の雨が容赦なく私の身体に打ちつける。風が吹いているせいで、雨は横なぎに降っていた。
“冷たい…”
時折鳴り響く雷鳴に怯えながら、ただひたすら歩き続けている。目的地にはまだ到着しない。そもそも、私はどこへ向かっているのだろうか。
“誰か助けて”
「誰か…」
声は枯れ、はっきりとした言葉が発せられない。小さくかすれた声は、降り続ける雨の音によってかき消される。
随分と長い時間歩いていたせいか、身体がふらふらする。
「こほっ、ごほっ」
胸が締め付けられ、むせてしまう。
「誰か、誰か…きゃっ!?」
足元の窪みに躓いて、そのまま前のめりに倒れてしまった。雨によってぬかるんだ地面。倒れた瞬間に薄く張っていた水が弾ける。
「もう…駄目…」
“…さま”
薄れゆく意識の中、私は誰かの名前を口にする。
雨が強く降り続けるこの日、一人の女性が村の周りを見回っていた。この時期、ここまでの雨が降るのは珍しい。それに、雷まで鳴り続けている。
「雨がきついわね…」
女性は珍しく荒れる天候に顔をしかめながら、番傘を差して川辺の道を歩き続けていた。川が氾濫することはないが、万が一のことを見越して警戒するに越したことはない。特に、こういった強い雨の日は山と川に常に注意を払っておかなければならない。危険もあるが、誰かがやらなければならない。
「あら、あれは…?」
川辺の道を歩いていると、その先に誰かが倒れているのを見つける。女性は慌てて倒れている人のもとへと近づく。
”この子…巫女?”
女性は倒れているのが、まだ若い年頃の少女で、巫女服を着ていたことから、巫女であるのではないかと推測する。
そして、その髪は稲穂のように美しい金色の髪をしていた。
「それにしても、随分と弱っているわね。この雨の中、まさかずっと雨に濡れたまま外にいたのかしら…」
女性は少女の手を握り、まだ身体が温かいことを確認する。そして、軽々とその少女を抱き抱えると、自らの住む屋敷に向けて歩き出した。
「この子なら、任せられるかもしれないわね…」
◇
昔々あるところに、葦原村という小さな村があった。
桜の木々に囲まれるこの静かな村の村人は、大御神と呼ばれる神様を祀っていた。
そんな村にある日、一人の娘がやってきた。その娘は雨の中を彷徨っていたらしく、記憶がなかったという。
その娘の身なりは、巫女であった。
しかし、ある時、神々の力を巡る争いが始まった。それは、決して止めることのできない運命の歯車の軋みだった。
神の力を欲する者、信仰を力とし人を従えようとする者。やがて神々の世界と人の世界の境界は歪み、かつての調和は失われていった。神を畏れ、崇める人々の心は次第に揺らぎ、その信仰は幾千もの戦乱を生み出した。
神々の争いは、大いなる巫女の血を引く者の登場によって変転する。それが、初代斎ノ巫女、白雪舞花であった。
彼女は神々の声を聞き、神威をその身に宿し、数多の戦を経て巫女の頂へと至った。だが、彼女が歩む道は決して祝福されるものではなかった。なぜなら、神々の時代が終焉を迎えようとしていたからだ。
「この世界に、神はいらぬのか?」
誰とも知れぬ声が、天地に響く。
その問いに答えを与えることができるのは、ただ一人、斎ノ巫女となった少女、舞花だけだった。
彼女がこの世界に生まれ落ちた瞬間から、その運命は決まっていたのかもしれない。だが、彼女はまだ何も知らない。神々の思惑も、人々の信仰も、やがて訪れる破滅の未来も。
これは、後に『神なき詩』と呼ばれる物語の始まり。神と人とが決別し、巫女がその命を賭して世界の行く末を決めた物語。そして、神々の時代が終わりを告げるまでの、最後の戦いの記録である。
◇
視界がぼんやりとする。
大粒の雨が容赦なく私の身体に打ちつける。風が吹いているせいで、雨は横なぎに降っていた。
“冷たい…”
時折鳴り響く雷鳴に怯えながら、ただひたすら歩き続けている。目的地にはまだ到着しない。そもそも、私はどこへ向かっているのだろうか。
“誰か助けて”
「誰か…」
声は枯れ、はっきりとした言葉が発せられない。小さくかすれた声は、降り続ける雨の音によってかき消される。
随分と長い時間歩いていたせいか、身体がふらふらする。
「こほっ、ごほっ」
胸が締め付けられ、むせてしまう。
「誰か、誰か…きゃっ!?」
足元の窪みに躓いて、そのまま前のめりに倒れてしまった。雨によってぬかるんだ地面。倒れた瞬間に薄く張っていた水が弾ける。
「もう…駄目…」
“…さま”
薄れゆく意識の中、私は誰かの名前を口にする。
雨が強く降り続けるこの日、一人の女性が村の周りを見回っていた。この時期、ここまでの雨が降るのは珍しい。それに、雷まで鳴り続けている。
「雨がきついわね…」
女性は珍しく荒れる天候に顔をしかめながら、番傘を差して川辺の道を歩き続けていた。川が氾濫することはないが、万が一のことを見越して警戒するに越したことはない。特に、こういった強い雨の日は山と川に常に注意を払っておかなければならない。危険もあるが、誰かがやらなければならない。
「あら、あれは…?」
川辺の道を歩いていると、その先に誰かが倒れているのを見つける。女性は慌てて倒れている人のもとへと近づく。
”この子…巫女?”
女性は倒れているのが、まだ若い年頃の少女で、巫女服を着ていたことから、巫女であるのではないかと推測する。
そして、その髪は稲穂のように美しい金色の髪をしていた。
「それにしても、随分と弱っているわね。この雨の中、まさかずっと雨に濡れたまま外にいたのかしら…」
女性は少女の手を握り、まだ身体が温かいことを確認する。そして、軽々とその少女を抱き抱えると、自らの住む屋敷に向けて歩き出した。
「この子なら、任せられるかもしれないわね…」
◇
昔々あるところに、葦原村という小さな村があった。
桜の木々に囲まれるこの静かな村の村人は、大御神と呼ばれる神様を祀っていた。
そんな村にある日、一人の娘がやってきた。その娘は雨の中を彷徨っていたらしく、記憶がなかったという。
その娘の身なりは、巫女であった。
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