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統一編
第79話 記憶の残滓
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藤香にハクメイを任せた瑞穂たちは、玉座の間から天守に向けて駆けていた。天守へと続く道には、黄泉兵たちが道を遮っていたが、ここまで幾度となく死闘を乗り越えてきた瑞穂たちの歩みを防ぐことはできなかった。
「大御神殿、奴はこの先じゃ」
回廊の奥、おそらく天守と思われる場所から感じられる呪力の力は、瑞穂自身も感じていた。
「どうやら、その様ね」
「瑞穂はん、追っ手が来てるぇ」
背後から、天守へ向かう瑞穂たちを阻止しようと、黄泉兵たちが追ってくる。
「なぁ、シラヌイはん」
「うむ」
ミィアンがシラヌイを呼び止めると、突然回廊で立ち止まり、振り向いて追っ手たちを迎え討とうとした。
「大御神殿、御剣殿。先に行かれよ」
「ウチと琥珀はんで、追っ手を食い止めるぇ。千代はんと小夜はんは、シラヌイはんと一緒に藤香はんを助けに行って頂戴な」
「2人とも、何をッ⁉︎」
ミィアンたちを止めようとした瑞穂の腕を、御剣が掴んで静止させる。
「御剣はん、瑞穂はんのこと頼んだぇ」
「あぁ、任された」
御剣は瑞穂の手を引き、回廊の奥へと進む。2人を見送ったミィアン達は、迫り来る黄泉兵達を見据える。
「3人とも、藤香はんを頼んだぇ」
「承知じゃ」
「急ぎましょう。小夜ちゃん、しっかり掴まっていてください」
「はいですっ‼︎」
シラヌイは黄泉兵たちの攻撃を躱しながら、玉座の間へと戻る。そして、方天戟を手にしたミィアンは、一度大きく息を吐き、柄を握り直す。
「さてと、琥珀はん。準備できたかぇ?」
「うん!」
「敵は大勢、退路はなし、ウチらには十分すぎる状況やぇ」
先頭で飛び出してきた黄泉兵たちを、方天戟を左右に振って一刀両断にし、琥珀が黄泉兵たちの首を刈る。
「さぁ、ウチらの宴の始まりやぇ」
◇
聖廟の最上階、天守。
「………」
「皆、自らの責務を果たそうとしている。俺たちも、俺たちの責務を果たそう」
「……えぇ」
御剣と瑞穂は、長きに渡る戦いに終止符を打つべく、天守へと続く扉に手をかけた。
「久しいな、大御神、そしてその神器よ」
天守の展望から柵に手を掛け、眼下を望む男がひとり、振り向かずにそう口にする。赤黒い鎧を身に纏い、銀の髪。そして、その腰に携えられているのは、大神を滅する力を持つ妖刀、神滅刀。
何よりも、その姿から感じられる強力な呪力が、彼の存在を確固たるものとしている。
「タタリ、なのね」
「如何にも、我は貴様らがタタリと呼ぶ存在、祟神威大神だ」
振り返り、瑞穂と御剣に近付くタタリ。彼が一歩踏み出せば、呪力が溢れ、足元を黒く染める。
御剣が瑞穂の前に立ち、業火を構える。
「御剣」
「御意」
瑞穂に命じられた御剣が、タタリへと斬りかかる。しかし、タタリは神滅刀を抜くどころか、その攻撃を躱そうとしなかった。
"もらった‼︎"
首を捉えた御剣の業火は、その首を刎ね胴体から切り離す。
「く、くくく、くはははっ‼︎いきなり斬りかかってくるとは、やはり貴様は恐ろしいな、神器御剣よ」
「何ッ⁉︎」
切り離した首と胴体は影の靄となり、再び元の姿を形成する。
「貴様らが闘争を望むのなら、そうしよう」
タタリは右手に持つ神滅刀を振るう。黒い呪力を帯びた神滅刀から放たれた斬撃は、空気をも切り裂いて瑞穂たちに迫る。二人は同時に横に飛び退きその斬撃を避ける。
斬撃は床ごと部屋を切り裂き、畳の切り口は呪力で汚染され、黒く濁った断面を露わにする。
「さぁ、変革の時まで後少しだ。それまで、貴様らには我の相手を担ってもらおう。我を…」
そして、一気に呪力を解放する。タタリの底知れぬ呪力によって、天守は黒い靄に包まれ、夜の帳が下りたかのように漆黒に包まれた。
「我を、楽しませてくれよ」
◇
「我を、楽しませてくれよ」
不敵な笑みを浮かべたタタリは、人間離れした速さで俺たちの目前に迫ってきた。その動きに、本能的に反応できた俺は、斜め下からの斬り付けを業火で受け流す。
黒い呪力が、火花と織り混ざって散る。隣にいた瑞穂は、俺に斬りかかってきたタタリに、桜吹雪の斬撃を与える。
しかし、その斬撃は紙一重で躱され、俺が受け流した力を利用して、タタリは瑞穂の桜吹雪を弾く。
「うくっ⁉︎」
俺はその隙を狙って業火を横一線に振るうが、タタリは後ろに一回転し、宙に浮かんで斬撃を避けた。さらに、業火を握る俺の両手首を狙って、回転しながら神滅刀を振るってきた。
慌てて刀の握りを逆手にし、体をタタリの側に移動させることで、手首を狙った斬撃を刀身で受け止める。
同時に、顔を目掛けて拳を振るった。しかし、その拳はタタリに払われ、逆に首を掴まれてしまった。
宙に持ち上げられ、顔から床に叩きつけられる。その勢いは凄まじく、畳を破り、床下の木板までも破壊するほどであった。
「がっ⁉︎」
顔全体で衝撃を受け、鼻口から、口から血が流れるのを感じる。タタリの攻撃はそれで終わらず、床に叩きつけた後、後頭部を踏み付けてきた。
それを察知した俺は、倒れながら体を一回転させ、足を払う。その勢いのまま立ち上がり、体勢を崩したタタリの胴に向けて業火を振り下ろす。
「残念」
業火の斬撃は空振りに終わる。そこにあったはずのタタリの体は靄となって消え、離れたところに再び体を形成した。
"そいつは反則だろうが‼︎"
心の中で悪態を吐きながらも、床を蹴って再び斬りかかる。
「瑞穂ッ‼︎」
「ハアッ!」
左右から瑞穂と共に同時に斬りかかる。
「なッ⁉︎」
しかし、タタリは神滅刀で俺の業火を、左手で桜吹雪を持つ瑞穂の手を掴み、両側からの同時攻撃を防いだ。
「くくっ、楽しいねぇ。やはり、貴様らとの戦いは楽しい」
「ば、化け物め…」
幾ら力を込めようが、両手で押し込む俺の業火を、タタリは片手に持つ神滅刀で押し返してくる。
「どうした、こんなものでは我は倒せんぞ?もっと足掻け、もっと必死になれ、それが我よりも劣る貴様にできることだ」
「抜かせッ」
タタリがさらに呪力を強めたことで、俺と瑞穂は吹き飛ばされる。何とか倒れずに床を踏み締め、体勢を崩さなかったが、あまりの実力の差に思わず俺はタタリに恐れを抱いた。
「どうした、我の強さに恐れ慄いたか?」
「………」
「沈黙は肯定とも取れるぞ?」
「あぁ、怖いさ」
俺は鼻血を拭い、再び業火を構える。確かに怖い、俺たちの追っていた真の敵が、破るべき相手が自分の実力を上回るどころか、もはや敵うかすらも怪しいほど強いのだ。
しかし、同時に心の臓の鼓動が昂っている。恐れを抱くと同時に、俺はこの圧倒的な力を持つ敵に対して、戦えることへの高揚感を感じたのだ。
「だが、同時にお前と戦うことに喜びを感じている。さぁ、やろうぜタタリ。勝負はまだ始まったばかりだ」
「く、くく。そう来なくてはな」
「瑞穂」
「えぇ」
「行くぞ」
◇
聖廟の正面門では、これ以上城内に妖を侵入させまいと、龍奏と宝華が率いる部隊が妖の進行を食い止めていた。
「龍奏、生きてる⁉︎」
「何とか生きてるさ!」
龍奏の槍が妖鬼の心の臓を貫き、宝華の刀剣が餓鬼を斬り裂く。絶え間なく押し寄せる妖の大軍を前に、部隊の先頭に立ち、休むことなく戦い続けていた2人も、限界が近かった。
「伝令!総大将より各隊へ伝達!引き続き聖廟周辺を守護!敵の攻撃が激しい場合は後退し、後詰と共に対処せよとのこと!」
「どうやら、まだまだ終わる気配はないみたいだな」
「やるしかないでしょう。聖上たちが上で戦っているんだから。私たちが此処でへこたれてちゃ、皇国軍の名に泥を塗るわ」
「正直援軍が欲しいところだが、我儘も言ってられんなッ!」
倒れていた兵士が持っていた槍を拾い上げ、龍奏は濡女に向けて投げつける。龍奏の放った槍は濡女の胴を貫通し、地面に串刺しとなった。
「被害状況を知らせッ‼︎」
「部隊の6割が壊滅!負傷者多数ッ‼︎」
「動けるものは前に出よ!負傷者は武器をかき集め、前衛に配るように!皇国兵の意地の見せ所だ!一層奮起せよ!」
「「「応ッ‼︎‼︎」」」
防衛陣に、さらに妖たちが迫る。中には、名ありの三目八面の姿も見える。三目八面は巨大な体に、人の顔が八つ付いている恐ろしい異形の姿であり、見たものに畏怖の念を植え付けるほどであった。
「まずいわね」
「宝華、俺の後ろに」
傷だらけになりながら、宝華の前に立つ龍奏。その後ろ姿を見て、宝華は思わず笑みをこぼした。
「ほんと、あんたのそういうところ」
「褒め言葉なら、後でたっぷり聞かせてもらうさ」
三目八面が龍奏たちに向けて大きな腕を振り下ろそうとした時だった。
「ドリャッッセィッッ‼︎」
突然、宙から舞い降りた大男が、刀身の太い大剣を振り下ろし、三目八面を真っ二つに叩き斬った。その勢いは凄まじく、三目八面を叩き斬った後、その地面に大きな窪みを作るほどだった。
「ウォォオオ‼︎これぞ、我が魂の一撃ィィ‼︎ショウハの力だぁっっっ‼︎野郎共!俺に続けぇぃい‼︎」
「「「ウォォオオ‼︎」」」
突如戦さ場に現れたのは、琉球皇ショウハ率いる琉球軍の一団だった。筋骨隆々の琉球兵たちは、まるで獣が如く、次々と妖の群れを文字通り叩き潰した。
「ミィアァァァアンッ‼︎父さんが来たぞォォッ‼︎」
名ありであろうとお構いなし、彼の振るう大剣の前では、妖は等しく肉塊と化す。
「味方⁉︎味方が来てくれたぞぉ‼︎」
唐突に現れた援軍に、皇国をはじめ、連合軍の兵士たちから歓声が上がる。
「大丈夫ですか⁉︎」
「あなた方は、琉球の…」
「はい!自分はカイムと申します。父上のショウハと共に、連合軍の援護に参りました!」
好青年の名が相応しいカイムが、笑顔でそう答える。実は、一連の動乱の始まり頃に、ユーリが密かに琉球に対して支援を要請していた。宇都見国との戦の後、琉球本島へと戻っていたショウハたちであったが、知らせを聞くや否や飛び出し、伽浪灘を抜けて先ほど帝京へと辿り着いたのだった。
「貴軍の援護、感謝いたします。現在、我が国の皇が、この先の聖廟にて戦っておられます。我らの任は、聖廟へ向かう妖たちの進行を阻止すること。お力添え願いたい」
「もちろんです。すでに各方面に将軍たちが率いる我が国の兵たちが援護に回っています。ここが一番の激戦地です。自分と、父上の部隊が、この場の防衛に参加します」
「有り難くっ‼︎」
「さて、まだまだ来るようです。我ら琉球男児の底力、見せつけてやりましょう‼︎」
◇
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「う…く…」
天守でタタリと戦いを繰り広げていた私たちであったが、圧倒的な力の差を見せつけられた。
どれほど攻撃を加えても、タタリに一度も傷を負わせることができなかった。かつて、カミコがこいつを倒さずに封印した理由が分かる。
単純明快、強い、強すぎるからだ。それ故、カミコはこいつを倒そうとせず、大神たちの力を借りて封印したのだ。
「もう終わりか?まだ物足りないぞ。魅せてみろ。我を追い詰めた後の時の力を、大御神の、神器の力を」
休む間もなく攻撃を続け、一向に攻撃を当てられないどころか、逆にこちらが体力、気力ともに損耗していく。
"何か、あいつの弱点があれば…"
最初の御剣の攻撃で、首を落としたかと思えば、黒い靄となって再生する。大神を倒すには、普通の武器では通用しない。かと言って、唯一致命傷を与えられる武器、神滅刀はタタリの手の内にある。
圧倒的力の差、圧倒的不利な状態。こちらが気を抜けば、神滅刀で滅されることになる。
あんな痛みを受けるなんて、もう御免だ。
そして、これまでで一番強い地揺れが、聖廟を襲う。その地揺れの後、タタリは神滅刀を鞘に納めて黄泉喰らいの大水晶を見る。
「どうやら、時が満ちたようだ。全ては滞りなく済んだ。そこで見ておくと良い、これから起こる世の変革を」
大水晶が紫色の光を放ち、その内に溜め込んでいた呪力を脈打つように放出させる。大水晶から放出される灰は増し、空は灰で黒く染まる。
私と御剣がそれを止めようとするも、身体が動かない。
"このままでは…現世が…飲み込まれる…"
全てを諦めたその時だった。眩い閃光が辺り一面に広がり、続いて轟音が鳴り響く。
大水晶の表面、いや、内側に亀裂が走った。そして、その亀裂は途端に全体へと一気に広がると、形を維持することが出来ずに、まるで陶器の様に割れて粉微塵と化する。
「大水晶が、割れたのか?」
やがて、大水晶はその形を維持することができず、根本から崩れ落ちていく。その崩壊は、大水晶が貫いていた聖廟の一部、私たちのいる天守も巻き込んだ。
「御剣⁉︎」
「飛ぶぞっ‼︎」
御剣は私の手を掴み、天守から飛び出した。崩壊していく大水晶の破片を足場に飛び移った。
「大御神殿、奴はこの先じゃ」
回廊の奥、おそらく天守と思われる場所から感じられる呪力の力は、瑞穂自身も感じていた。
「どうやら、その様ね」
「瑞穂はん、追っ手が来てるぇ」
背後から、天守へ向かう瑞穂たちを阻止しようと、黄泉兵たちが追ってくる。
「なぁ、シラヌイはん」
「うむ」
ミィアンがシラヌイを呼び止めると、突然回廊で立ち止まり、振り向いて追っ手たちを迎え討とうとした。
「大御神殿、御剣殿。先に行かれよ」
「ウチと琥珀はんで、追っ手を食い止めるぇ。千代はんと小夜はんは、シラヌイはんと一緒に藤香はんを助けに行って頂戴な」
「2人とも、何をッ⁉︎」
ミィアンたちを止めようとした瑞穂の腕を、御剣が掴んで静止させる。
「御剣はん、瑞穂はんのこと頼んだぇ」
「あぁ、任された」
御剣は瑞穂の手を引き、回廊の奥へと進む。2人を見送ったミィアン達は、迫り来る黄泉兵達を見据える。
「3人とも、藤香はんを頼んだぇ」
「承知じゃ」
「急ぎましょう。小夜ちゃん、しっかり掴まっていてください」
「はいですっ‼︎」
シラヌイは黄泉兵たちの攻撃を躱しながら、玉座の間へと戻る。そして、方天戟を手にしたミィアンは、一度大きく息を吐き、柄を握り直す。
「さてと、琥珀はん。準備できたかぇ?」
「うん!」
「敵は大勢、退路はなし、ウチらには十分すぎる状況やぇ」
先頭で飛び出してきた黄泉兵たちを、方天戟を左右に振って一刀両断にし、琥珀が黄泉兵たちの首を刈る。
「さぁ、ウチらの宴の始まりやぇ」
◇
聖廟の最上階、天守。
「………」
「皆、自らの責務を果たそうとしている。俺たちも、俺たちの責務を果たそう」
「……えぇ」
御剣と瑞穂は、長きに渡る戦いに終止符を打つべく、天守へと続く扉に手をかけた。
「久しいな、大御神、そしてその神器よ」
天守の展望から柵に手を掛け、眼下を望む男がひとり、振り向かずにそう口にする。赤黒い鎧を身に纏い、銀の髪。そして、その腰に携えられているのは、大神を滅する力を持つ妖刀、神滅刀。
何よりも、その姿から感じられる強力な呪力が、彼の存在を確固たるものとしている。
「タタリ、なのね」
「如何にも、我は貴様らがタタリと呼ぶ存在、祟神威大神だ」
振り返り、瑞穂と御剣に近付くタタリ。彼が一歩踏み出せば、呪力が溢れ、足元を黒く染める。
御剣が瑞穂の前に立ち、業火を構える。
「御剣」
「御意」
瑞穂に命じられた御剣が、タタリへと斬りかかる。しかし、タタリは神滅刀を抜くどころか、その攻撃を躱そうとしなかった。
"もらった‼︎"
首を捉えた御剣の業火は、その首を刎ね胴体から切り離す。
「く、くくく、くはははっ‼︎いきなり斬りかかってくるとは、やはり貴様は恐ろしいな、神器御剣よ」
「何ッ⁉︎」
切り離した首と胴体は影の靄となり、再び元の姿を形成する。
「貴様らが闘争を望むのなら、そうしよう」
タタリは右手に持つ神滅刀を振るう。黒い呪力を帯びた神滅刀から放たれた斬撃は、空気をも切り裂いて瑞穂たちに迫る。二人は同時に横に飛び退きその斬撃を避ける。
斬撃は床ごと部屋を切り裂き、畳の切り口は呪力で汚染され、黒く濁った断面を露わにする。
「さぁ、変革の時まで後少しだ。それまで、貴様らには我の相手を担ってもらおう。我を…」
そして、一気に呪力を解放する。タタリの底知れぬ呪力によって、天守は黒い靄に包まれ、夜の帳が下りたかのように漆黒に包まれた。
「我を、楽しませてくれよ」
◇
「我を、楽しませてくれよ」
不敵な笑みを浮かべたタタリは、人間離れした速さで俺たちの目前に迫ってきた。その動きに、本能的に反応できた俺は、斜め下からの斬り付けを業火で受け流す。
黒い呪力が、火花と織り混ざって散る。隣にいた瑞穂は、俺に斬りかかってきたタタリに、桜吹雪の斬撃を与える。
しかし、その斬撃は紙一重で躱され、俺が受け流した力を利用して、タタリは瑞穂の桜吹雪を弾く。
「うくっ⁉︎」
俺はその隙を狙って業火を横一線に振るうが、タタリは後ろに一回転し、宙に浮かんで斬撃を避けた。さらに、業火を握る俺の両手首を狙って、回転しながら神滅刀を振るってきた。
慌てて刀の握りを逆手にし、体をタタリの側に移動させることで、手首を狙った斬撃を刀身で受け止める。
同時に、顔を目掛けて拳を振るった。しかし、その拳はタタリに払われ、逆に首を掴まれてしまった。
宙に持ち上げられ、顔から床に叩きつけられる。その勢いは凄まじく、畳を破り、床下の木板までも破壊するほどであった。
「がっ⁉︎」
顔全体で衝撃を受け、鼻口から、口から血が流れるのを感じる。タタリの攻撃はそれで終わらず、床に叩きつけた後、後頭部を踏み付けてきた。
それを察知した俺は、倒れながら体を一回転させ、足を払う。その勢いのまま立ち上がり、体勢を崩したタタリの胴に向けて業火を振り下ろす。
「残念」
業火の斬撃は空振りに終わる。そこにあったはずのタタリの体は靄となって消え、離れたところに再び体を形成した。
"そいつは反則だろうが‼︎"
心の中で悪態を吐きながらも、床を蹴って再び斬りかかる。
「瑞穂ッ‼︎」
「ハアッ!」
左右から瑞穂と共に同時に斬りかかる。
「なッ⁉︎」
しかし、タタリは神滅刀で俺の業火を、左手で桜吹雪を持つ瑞穂の手を掴み、両側からの同時攻撃を防いだ。
「くくっ、楽しいねぇ。やはり、貴様らとの戦いは楽しい」
「ば、化け物め…」
幾ら力を込めようが、両手で押し込む俺の業火を、タタリは片手に持つ神滅刀で押し返してくる。
「どうした、こんなものでは我は倒せんぞ?もっと足掻け、もっと必死になれ、それが我よりも劣る貴様にできることだ」
「抜かせッ」
タタリがさらに呪力を強めたことで、俺と瑞穂は吹き飛ばされる。何とか倒れずに床を踏み締め、体勢を崩さなかったが、あまりの実力の差に思わず俺はタタリに恐れを抱いた。
「どうした、我の強さに恐れ慄いたか?」
「………」
「沈黙は肯定とも取れるぞ?」
「あぁ、怖いさ」
俺は鼻血を拭い、再び業火を構える。確かに怖い、俺たちの追っていた真の敵が、破るべき相手が自分の実力を上回るどころか、もはや敵うかすらも怪しいほど強いのだ。
しかし、同時に心の臓の鼓動が昂っている。恐れを抱くと同時に、俺はこの圧倒的な力を持つ敵に対して、戦えることへの高揚感を感じたのだ。
「だが、同時にお前と戦うことに喜びを感じている。さぁ、やろうぜタタリ。勝負はまだ始まったばかりだ」
「く、くく。そう来なくてはな」
「瑞穂」
「えぇ」
「行くぞ」
◇
聖廟の正面門では、これ以上城内に妖を侵入させまいと、龍奏と宝華が率いる部隊が妖の進行を食い止めていた。
「龍奏、生きてる⁉︎」
「何とか生きてるさ!」
龍奏の槍が妖鬼の心の臓を貫き、宝華の刀剣が餓鬼を斬り裂く。絶え間なく押し寄せる妖の大軍を前に、部隊の先頭に立ち、休むことなく戦い続けていた2人も、限界が近かった。
「伝令!総大将より各隊へ伝達!引き続き聖廟周辺を守護!敵の攻撃が激しい場合は後退し、後詰と共に対処せよとのこと!」
「どうやら、まだまだ終わる気配はないみたいだな」
「やるしかないでしょう。聖上たちが上で戦っているんだから。私たちが此処でへこたれてちゃ、皇国軍の名に泥を塗るわ」
「正直援軍が欲しいところだが、我儘も言ってられんなッ!」
倒れていた兵士が持っていた槍を拾い上げ、龍奏は濡女に向けて投げつける。龍奏の放った槍は濡女の胴を貫通し、地面に串刺しとなった。
「被害状況を知らせッ‼︎」
「部隊の6割が壊滅!負傷者多数ッ‼︎」
「動けるものは前に出よ!負傷者は武器をかき集め、前衛に配るように!皇国兵の意地の見せ所だ!一層奮起せよ!」
「「「応ッ‼︎‼︎」」」
防衛陣に、さらに妖たちが迫る。中には、名ありの三目八面の姿も見える。三目八面は巨大な体に、人の顔が八つ付いている恐ろしい異形の姿であり、見たものに畏怖の念を植え付けるほどであった。
「まずいわね」
「宝華、俺の後ろに」
傷だらけになりながら、宝華の前に立つ龍奏。その後ろ姿を見て、宝華は思わず笑みをこぼした。
「ほんと、あんたのそういうところ」
「褒め言葉なら、後でたっぷり聞かせてもらうさ」
三目八面が龍奏たちに向けて大きな腕を振り下ろそうとした時だった。
「ドリャッッセィッッ‼︎」
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「ウォォオオ‼︎これぞ、我が魂の一撃ィィ‼︎ショウハの力だぁっっっ‼︎野郎共!俺に続けぇぃい‼︎」
「「「ウォォオオ‼︎」」」
突如戦さ場に現れたのは、琉球皇ショウハ率いる琉球軍の一団だった。筋骨隆々の琉球兵たちは、まるで獣が如く、次々と妖の群れを文字通り叩き潰した。
「ミィアァァァアンッ‼︎父さんが来たぞォォッ‼︎」
名ありであろうとお構いなし、彼の振るう大剣の前では、妖は等しく肉塊と化す。
「味方⁉︎味方が来てくれたぞぉ‼︎」
唐突に現れた援軍に、皇国をはじめ、連合軍の兵士たちから歓声が上がる。
「大丈夫ですか⁉︎」
「あなた方は、琉球の…」
「はい!自分はカイムと申します。父上のショウハと共に、連合軍の援護に参りました!」
好青年の名が相応しいカイムが、笑顔でそう答える。実は、一連の動乱の始まり頃に、ユーリが密かに琉球に対して支援を要請していた。宇都見国との戦の後、琉球本島へと戻っていたショウハたちであったが、知らせを聞くや否や飛び出し、伽浪灘を抜けて先ほど帝京へと辿り着いたのだった。
「貴軍の援護、感謝いたします。現在、我が国の皇が、この先の聖廟にて戦っておられます。我らの任は、聖廟へ向かう妖たちの進行を阻止すること。お力添え願いたい」
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「有り難くっ‼︎」
「さて、まだまだ来るようです。我ら琉球男児の底力、見せつけてやりましょう‼︎」
◇
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「う…く…」
天守でタタリと戦いを繰り広げていた私たちであったが、圧倒的な力の差を見せつけられた。
どれほど攻撃を加えても、タタリに一度も傷を負わせることができなかった。かつて、カミコがこいつを倒さずに封印した理由が分かる。
単純明快、強い、強すぎるからだ。それ故、カミコはこいつを倒そうとせず、大神たちの力を借りて封印したのだ。
「もう終わりか?まだ物足りないぞ。魅せてみろ。我を追い詰めた後の時の力を、大御神の、神器の力を」
休む間もなく攻撃を続け、一向に攻撃を当てられないどころか、逆にこちらが体力、気力ともに損耗していく。
"何か、あいつの弱点があれば…"
最初の御剣の攻撃で、首を落としたかと思えば、黒い靄となって再生する。大神を倒すには、普通の武器では通用しない。かと言って、唯一致命傷を与えられる武器、神滅刀はタタリの手の内にある。
圧倒的力の差、圧倒的不利な状態。こちらが気を抜けば、神滅刀で滅されることになる。
あんな痛みを受けるなんて、もう御免だ。
そして、これまでで一番強い地揺れが、聖廟を襲う。その地揺れの後、タタリは神滅刀を鞘に納めて黄泉喰らいの大水晶を見る。
「どうやら、時が満ちたようだ。全ては滞りなく済んだ。そこで見ておくと良い、これから起こる世の変革を」
大水晶が紫色の光を放ち、その内に溜め込んでいた呪力を脈打つように放出させる。大水晶から放出される灰は増し、空は灰で黒く染まる。
私と御剣がそれを止めようとするも、身体が動かない。
"このままでは…現世が…飲み込まれる…"
全てを諦めたその時だった。眩い閃光が辺り一面に広がり、続いて轟音が鳴り響く。
大水晶の表面、いや、内側に亀裂が走った。そして、その亀裂は途端に全体へと一気に広がると、形を維持することが出来ずに、まるで陶器の様に割れて粉微塵と化する。
「大水晶が、割れたのか?」
やがて、大水晶はその形を維持することができず、根本から崩れ落ちていく。その崩壊は、大水晶が貫いていた聖廟の一部、私たちのいる天守も巻き込んだ。
「御剣⁉︎」
「飛ぶぞっ‼︎」
御剣は私の手を掴み、天守から飛び出した。崩壊していく大水晶の破片を足場に飛び移った。
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転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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