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統一編
第77話 虚なる魔城 武皇編
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大和の帝京に出現した黄泉喰らいの大水晶。それが媒介した常世の呪力は広がり、すでに神州各地にその影響を与え始めていた。
灰は神州の各地に降り注ぎ、植物は枯れ始め、動物たちは徐々に生き絶えていく。それは、人も同じであった。
そして、生きとし生けるものに迫る妖。
「凛さん!西の三國村から救援部隊を送ってほしいと!」
「三國村なら、右京さんの第一軍が近い。右京さんに援助部隊を編成してもらって、対処してましょう!」
「香月村からの避難民が南門に来ております!負傷者多数とのこと!救援を要請しています!」
「後宮の女中たちを負傷者の治癒に当たらせて!」
瑞穂が不在の皇都では、留守を任された凛、日々斗、ホルスが、皇国各地からの被害状況を取りまとめ、それに対処しようと奔走していた。
皇都は巫女たちによる結界が張られ、被害は軽微にとどまっている。しかし、結界の外の村々はそうもいかず、凛たちは皇国全土の皇民に、皇都へ避難するよう指示を出していた。
すでに、各地の国境を警護していた方面軍は、その地の人々を救出しながら、皇都に向けて帰還を始めていた。これは、灰が降り始めたのと同時に増大した妖の被害から民を守るためでもあった。
皇国は今、官僚、役人、女中、民に至るまで、皆が一丸となってこの災厄に立ち向かっていた。これも、ひとえに民の心を一つにまとめ上げていた瑞穂の努力の賜物である。
「葵!朱音!あなたたちも、結由と一緒に南門の手伝いに行って!結由、2人を頼んだわよ」
「任せてください。行くよ、あんた達!」
「「はいっ‼︎」」
凛は若き女中たちに命ずる。
「日々斗、皇都全域の治安維持を任せていい?」
「あぁ、すでに検非違使と自警団、それに火消しや刑部も総動員している」
「みっちゃんの言ってたけど、例の人物には必ず監視の目をつけていてね。何か行動を起こすなら、今が一番の好機だし」
「分かってる」
「ホルスさん、今から半刻後までに、臨時の対策案を出しましょう。避難民の正確な数と備蓄がいつまで保つか…」
「備蓄の確認なら、すでに終わりました」
「流石ですね!みっちゃんたちが戻ってくるまで、私たちで皇国を守りましょう」
「あぁ」
"みっちゃん、必ず帰ってきてね。私、ずっとお祈りしてるから"
◇
大和勢にカゲロウを任せた瑞穂たちは、最上階の天守に向けて更に回廊を進んでいた。
「な、なんだ⁉︎」
「地揺れ⁉︎」
突然、聖廟を大きな地揺れが襲う。回廊から外を見ると、大水晶が上へとさらに伸びているのが見えた。
「瑞穂様、大水晶の力が強まっております」
「あまり時はないようじゃ」
「急がないと不味いわね」
「なら、近道でもするぇ」
ミィアンは方天戟で回廊の壁を打ち壊すと、大水晶の周囲にできた水晶の道を走っていく。
「あの子ったら、また勝手に!」
「しかし、あの道を伝えば天守まで最短で上がれる。行くぞ」
「そうね」
瑞穂たちは聖廟の回廊から水晶の道へと飛び移る。先を行くミィアンが、道にいた妖たちを片っ端から斬り伏せていた。
「あはは!ほらほら、もっと気張らんとウチは止められんぇ‼︎」
ミィアンは道を塞いでいた名ありの大入道ですらも、難なく倒していく。彼女が通った道には、妖たちの亡骸の山ができる。
「本当に、あの子が味方で良かったわね」
「同感だ。ミィアンが道を切り開いた。行こう」
「えぇ」
そして、水晶の道を駆け上がること暫く、一際広い場所へと到着する。
周囲は水晶の壁に囲まれており、さながら演舞の舞台のようにも見える。
「ここだけ、妙に広いな」
「御剣!伏せて!」
瑞穂の声に咄嗟に反応した御剣が伏せると、その頭上を一本の太刀が飛来し、水晶の壁に突き刺さる。
「なに⁉︎」
「敵さんのお出ましやぇ」
聖廟の尾根から水晶の舞台に、巨漢の人物が飛び移ってくる。誰もが、薙刀を手にするその人物の姿を見て驚愕する。
「ウルイ…」
その人物は、瑞穂たちがこれまで何度も刃を交えてきた存在。
因縁の相手。
迦ノ国の皇、武皇ウルイであった。
ウルイの目は赤くなり、言葉を発することなく、瑞穂たちを見て唸っていた。瑞穂は、ウルイの呪力が常世の呪力に侵食され、人の姿を保ったまま妖と化していることに気付く。
「皇様…」
「千浪、あれはもう人ではないわ。その身から感じる呪力、間違いなく妖のそれよ」
「タタリに支配されたのか…」
その事実を聞いた千浪は、ゆっくりと二刀を鞘から抜く。
「堕ちてしまったのですね。ならば、せめて私が…」
千浪が二刀を構えてウルイへと肉薄する。しかし、ウルイは抱えていた薙刀の柄を地面に叩きつけ、その衝撃で接近した千浪を弾き飛ばした。
「う…く…」
「千浪!」
「な、なんて力…」
「これは、全員で掛かるしかないな」
瑞穂たちが武器を構えた瞬間、ミィアンが飛び出してウルイへと方天戟を振り下ろす。ウルイはミィアンの方天戟を薙刀で受け止め、長物同士の戦いが始まる。
「きゃはは!また戦えるとは思ってなかったぇ‼︎」
距離を取るミィアンに向けて、ウルイは薙刀を地面に突き刺し、斬り上げる。すると、まるで、波のように水晶が突き出し、ミィアンへと迫る。
「ミィアンを援護する‼︎行くわよ、皆‼︎」
「「「応ッ‼︎」」」
ミィアンと戦うウルイに、瑞穂たちは一斉に斬りかかる。ウルイは一対多数でありながらも、攻撃を躱し、反撃してくる。さらには、薙刀を振るうと放たれる衝撃波の威力は強く、まともに受ければ体などいとも簡単に両断されてしまうほどだ。
「援護します‼︎」
千代がシラヌイの背から呪術を放ち、ウルイの立つ地面に拘束術式を展開する。一瞬、ウルイの動きを止めたが、呪力によって強大化した肉体で、その拘束から逃れた。
藤香が刀に毒の呪術を纏わせて突き立てるが、即効性であるにも関わらず、ウルイには全く効かなかった。
「毒が効かない…くっ⁉︎」
「藤香ッ‼︎」
宙に浮いた隙をつかれ、藤香はウルイの薙刀の柄の突きを受ける。ウルイとは、石と大岩ほどの体格差のある藤香。その体は意図も容易く吹き飛ばされてしまう。
「痛ッ………」
「大丈夫⁉︎藤香⁉︎」
「何とか…」
「千代!藤香を!」
「はっ、はいっ‼︎」
人数では明らかに瑞穂たちが有利な戦い。しかし、個の力ではウルイが上回り、ずば抜けた戦闘能力を持つミィアンですらも、一進一退の攻防を展開するのが限界だった。
「ガルゥッ‼︎」
千代と小夜を背に乗せたシラヌイが、鋭い爪でウルイを切り裂こうとする。しかし、ウルイはさらに大きな体を持つシラヌイの一撃を、難なく薙刀で受け止める。
「ハァッ‼︎」
ウルイに吹き飛ばされていた千浪が、シラヌイの攻撃を受けて手薄になった背後の死角から、ウルイへと斬りかかる。
「なッ⁉︎」
背後からの、それも太刀筋を見ることなく、背に回した片手の手甲で千浪の斬撃を受け止めるウルイ。
「嘘でしょ…」
斬撃を受け止められた千浪は間合いを取る。すでに彼は体力の限界をとうに超えており、地面に足をつけると同時に二刀を突き立て、支えとする。
「はぁ、はぁ…」
「く…」
「攻撃が通用せん…」
たった一人。たった一人の相手に、瑞穂たちは手も足も出ない。瑞穂たちの攻撃が止んだのを見計らい、ウルイは口角を釣り上げる。
ウルイは左手の手のひらに呪力を集中させると、そこから2つの影を現界させる。その影はやがて人の形となり、そしてウルイの側近、オルルカンとジュラに変化する。
2人は、妖と化したウルイに取り込まれ、傀儡として召喚されたのだった。すでに自我は失い、まるでウルイの操り人形と化していた。
「オルルカン様…ジュラ様までも…」
「状況は最悪ね。あいつ一人でも手間取るのに、三人相手じゃどうしようもない」
「き、来ます!」
ジュラとオルルカンが瑞穂たちに迫ろうとした時だった。ふと、瑞穂は水晶の舞台上に薄らと霧がかかり始めたことに気付く。
"霧…?"
すると、霧は一気に深くなり、瑞穂たちに迫っていたジュラとオルルカンの背後に、黒い影が現れる。
「お姉さんを虐める人、嫌い」
刹那、2人の首元に斬撃の残像が見える。2人は首を斬られ、倒れると同時に形を保てなくなり、倒れると同時に再び影の靄となって消えた。
「琥珀ッ⁉︎」
「何で琥珀がここに⁉︎」
影の上に降り立った琥珀は、かつて瑞穂の命を狙った頃の、まさに暗殺者の風貌を纏っていた。
「お姉さんは琥珀が守るよ」
琥珀は2本の小刀を交差させ、ウルイを見据える。そして、不気味な笑みを浮かべると、目にも止まらぬ速さでウルイへと迫る。
甲高い金属音。
ウルイは間一髪で小刀の斬撃を受けきるが、その動きが早すぎるため、瑞穂たちでも捉えるのが精一杯であった。
それまで、優位に戦いを展開していたウルイは、一変して琥珀の連撃に翻弄され、防戦を強いられる。やがて、瑞穂たちでは届かなかった攻撃が、徐々にウルイへと通っている。
しかし、かつて幾度となく瑞穂たちを退けた存在は、そう簡単に希望を与えることはなかった。
ウルイは琥珀の2本の小刀を、薙刀の柄で受け流す。柄を滑る小刀から火花が散る。そして、柄の根元まで受け流すと、小刀を持っていた無名の腕を掴んだ。
「うくぅ⁉︎」
その剛腕が、小さな琥珀の腕を握りつぶさんとする。その光景を目にした瑞穂は、桜吹雪を手に駆け出した。
「私の妹から、手を離せぇ‼︎」
瑞穂が斬りかかると、ウルイは琥珀の腕を掴んだまま薙刀で瑞穂の斬撃を受ける。
ウルイに攻撃は通用しない。しかし、注意を引くことはできる。
瑞穂の狙いはそこだった。それは琥珀が小刀でウルイの腕を斬り落とし、捕縛から抜け出すには十分だった。
「今よッ!二人とも!」
「応ッ‼︎」
「任せて」
「⁉︎」
すかさず、御剣と藤香がウルイへと斬りかかる。御剣がウルイの持つ薙刀を力強く弾き、藤香が腕の切り口から毒の呪術を流し込む時を稼ぐ。
毒符『水仙』
毒を受けたウルイは、体に痺れの症状を受け、動きが止まる。
「とっておきの一撃、喰らってみてぇな‼︎」
ミィアンが、ウルイの頭上から飛び掛かると同時に方天戟を振り下ろす。地面が隆起するほどの威力で振り下ろされた方天戟は、ウルイの左肩に食い込み、その堅固な肉体を両断する。
しかし、ウルイは体を両断されようと、最後の一撃を与えるため、右手で薙刀を振り上げる。琥珀を抱きしめる瑞穂に振り下ろされたそれを、御剣は業火を両手で支えて受け止める。
「グオォオオオ‼︎」
その時、ウルイの心の臓に二刀が突き刺さる。血だらけになった千浪が、背後からウルイの心の臓に二刀を突き刺したのだった。
「皇様、卑怯な手をお許しください」
「御剣」
「ハァッ‼︎」
御剣は止めの一撃を食らわせる。業火の斬撃がウルイの胴を横一直線に切り裂く。
◇
そうか、儂は負けたのか…。
心を支配されようと、最後に汝等と全力で戦えたことを嬉しく思うぞ。
カカカ、良き生であったわい。
主らの創る新しき世、常世で見せてもらおうぞ。
◇
俺がウルイを斬った瞬間、ウルイの声が頭に流れ込んできた。その言葉を最後に、ウルイは膝をつき、前のめりに倒れ込む。
やがて、その体は灰となり、風と共に消え去った。残ったのは、ウルイが得意としていた得物の薙刀だけであった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「声を聞いた…」
「はぁ、はぁ、御剣、といったな。皇様はなんと…」
「俺たちと全力で戦えたことを、喜んでいた」
「そうか…、なら、安心した…」
千浪は二刀を鞘に収めて、その場へと座り込む。
「倒した…のよね?」
「あぁ…」
「お姉さん‼︎」
抱かれていた琥珀が、瑞穂へと抱きつく。
「あなたのおかげで助かったわ。ありがとう、琥珀」
「えへへ」
「千浪」
俺が千浪の元への歩み寄ると、千浪は呼吸を整えつつ、口を開いた。
「俺は当分動けそうにない。先に行け」
「どうするつもりだ」
すると、千浪は地面に落ちた薙刀を手にする。
「しばらく、皇様と共にいる」
「…承知した」
「御剣!急ぐわよ!」
俺は千浪を残し、瑞穂たちと共にさらに水晶の道を駆け上がる。その道は偶然か必然か、天守に向けて続いていた。
灰は神州の各地に降り注ぎ、植物は枯れ始め、動物たちは徐々に生き絶えていく。それは、人も同じであった。
そして、生きとし生けるものに迫る妖。
「凛さん!西の三國村から救援部隊を送ってほしいと!」
「三國村なら、右京さんの第一軍が近い。右京さんに援助部隊を編成してもらって、対処してましょう!」
「香月村からの避難民が南門に来ております!負傷者多数とのこと!救援を要請しています!」
「後宮の女中たちを負傷者の治癒に当たらせて!」
瑞穂が不在の皇都では、留守を任された凛、日々斗、ホルスが、皇国各地からの被害状況を取りまとめ、それに対処しようと奔走していた。
皇都は巫女たちによる結界が張られ、被害は軽微にとどまっている。しかし、結界の外の村々はそうもいかず、凛たちは皇国全土の皇民に、皇都へ避難するよう指示を出していた。
すでに、各地の国境を警護していた方面軍は、その地の人々を救出しながら、皇都に向けて帰還を始めていた。これは、灰が降り始めたのと同時に増大した妖の被害から民を守るためでもあった。
皇国は今、官僚、役人、女中、民に至るまで、皆が一丸となってこの災厄に立ち向かっていた。これも、ひとえに民の心を一つにまとめ上げていた瑞穂の努力の賜物である。
「葵!朱音!あなたたちも、結由と一緒に南門の手伝いに行って!結由、2人を頼んだわよ」
「任せてください。行くよ、あんた達!」
「「はいっ‼︎」」
凛は若き女中たちに命ずる。
「日々斗、皇都全域の治安維持を任せていい?」
「あぁ、すでに検非違使と自警団、それに火消しや刑部も総動員している」
「みっちゃんの言ってたけど、例の人物には必ず監視の目をつけていてね。何か行動を起こすなら、今が一番の好機だし」
「分かってる」
「ホルスさん、今から半刻後までに、臨時の対策案を出しましょう。避難民の正確な数と備蓄がいつまで保つか…」
「備蓄の確認なら、すでに終わりました」
「流石ですね!みっちゃんたちが戻ってくるまで、私たちで皇国を守りましょう」
「あぁ」
"みっちゃん、必ず帰ってきてね。私、ずっとお祈りしてるから"
◇
大和勢にカゲロウを任せた瑞穂たちは、最上階の天守に向けて更に回廊を進んでいた。
「な、なんだ⁉︎」
「地揺れ⁉︎」
突然、聖廟を大きな地揺れが襲う。回廊から外を見ると、大水晶が上へとさらに伸びているのが見えた。
「瑞穂様、大水晶の力が強まっております」
「あまり時はないようじゃ」
「急がないと不味いわね」
「なら、近道でもするぇ」
ミィアンは方天戟で回廊の壁を打ち壊すと、大水晶の周囲にできた水晶の道を走っていく。
「あの子ったら、また勝手に!」
「しかし、あの道を伝えば天守まで最短で上がれる。行くぞ」
「そうね」
瑞穂たちは聖廟の回廊から水晶の道へと飛び移る。先を行くミィアンが、道にいた妖たちを片っ端から斬り伏せていた。
「あはは!ほらほら、もっと気張らんとウチは止められんぇ‼︎」
ミィアンは道を塞いでいた名ありの大入道ですらも、難なく倒していく。彼女が通った道には、妖たちの亡骸の山ができる。
「本当に、あの子が味方で良かったわね」
「同感だ。ミィアンが道を切り開いた。行こう」
「えぇ」
そして、水晶の道を駆け上がること暫く、一際広い場所へと到着する。
周囲は水晶の壁に囲まれており、さながら演舞の舞台のようにも見える。
「ここだけ、妙に広いな」
「御剣!伏せて!」
瑞穂の声に咄嗟に反応した御剣が伏せると、その頭上を一本の太刀が飛来し、水晶の壁に突き刺さる。
「なに⁉︎」
「敵さんのお出ましやぇ」
聖廟の尾根から水晶の舞台に、巨漢の人物が飛び移ってくる。誰もが、薙刀を手にするその人物の姿を見て驚愕する。
「ウルイ…」
その人物は、瑞穂たちがこれまで何度も刃を交えてきた存在。
因縁の相手。
迦ノ国の皇、武皇ウルイであった。
ウルイの目は赤くなり、言葉を発することなく、瑞穂たちを見て唸っていた。瑞穂は、ウルイの呪力が常世の呪力に侵食され、人の姿を保ったまま妖と化していることに気付く。
「皇様…」
「千浪、あれはもう人ではないわ。その身から感じる呪力、間違いなく妖のそれよ」
「タタリに支配されたのか…」
その事実を聞いた千浪は、ゆっくりと二刀を鞘から抜く。
「堕ちてしまったのですね。ならば、せめて私が…」
千浪が二刀を構えてウルイへと肉薄する。しかし、ウルイは抱えていた薙刀の柄を地面に叩きつけ、その衝撃で接近した千浪を弾き飛ばした。
「う…く…」
「千浪!」
「な、なんて力…」
「これは、全員で掛かるしかないな」
瑞穂たちが武器を構えた瞬間、ミィアンが飛び出してウルイへと方天戟を振り下ろす。ウルイはミィアンの方天戟を薙刀で受け止め、長物同士の戦いが始まる。
「きゃはは!また戦えるとは思ってなかったぇ‼︎」
距離を取るミィアンに向けて、ウルイは薙刀を地面に突き刺し、斬り上げる。すると、まるで、波のように水晶が突き出し、ミィアンへと迫る。
「ミィアンを援護する‼︎行くわよ、皆‼︎」
「「「応ッ‼︎」」」
ミィアンと戦うウルイに、瑞穂たちは一斉に斬りかかる。ウルイは一対多数でありながらも、攻撃を躱し、反撃してくる。さらには、薙刀を振るうと放たれる衝撃波の威力は強く、まともに受ければ体などいとも簡単に両断されてしまうほどだ。
「援護します‼︎」
千代がシラヌイの背から呪術を放ち、ウルイの立つ地面に拘束術式を展開する。一瞬、ウルイの動きを止めたが、呪力によって強大化した肉体で、その拘束から逃れた。
藤香が刀に毒の呪術を纏わせて突き立てるが、即効性であるにも関わらず、ウルイには全く効かなかった。
「毒が効かない…くっ⁉︎」
「藤香ッ‼︎」
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「痛ッ………」
「大丈夫⁉︎藤香⁉︎」
「何とか…」
「千代!藤香を!」
「はっ、はいっ‼︎」
人数では明らかに瑞穂たちが有利な戦い。しかし、個の力ではウルイが上回り、ずば抜けた戦闘能力を持つミィアンですらも、一進一退の攻防を展開するのが限界だった。
「ガルゥッ‼︎」
千代と小夜を背に乗せたシラヌイが、鋭い爪でウルイを切り裂こうとする。しかし、ウルイはさらに大きな体を持つシラヌイの一撃を、難なく薙刀で受け止める。
「ハァッ‼︎」
ウルイに吹き飛ばされていた千浪が、シラヌイの攻撃を受けて手薄になった背後の死角から、ウルイへと斬りかかる。
「なッ⁉︎」
背後からの、それも太刀筋を見ることなく、背に回した片手の手甲で千浪の斬撃を受け止めるウルイ。
「嘘でしょ…」
斬撃を受け止められた千浪は間合いを取る。すでに彼は体力の限界をとうに超えており、地面に足をつけると同時に二刀を突き立て、支えとする。
「はぁ、はぁ…」
「く…」
「攻撃が通用せん…」
たった一人。たった一人の相手に、瑞穂たちは手も足も出ない。瑞穂たちの攻撃が止んだのを見計らい、ウルイは口角を釣り上げる。
ウルイは左手の手のひらに呪力を集中させると、そこから2つの影を現界させる。その影はやがて人の形となり、そしてウルイの側近、オルルカンとジュラに変化する。
2人は、妖と化したウルイに取り込まれ、傀儡として召喚されたのだった。すでに自我は失い、まるでウルイの操り人形と化していた。
「オルルカン様…ジュラ様までも…」
「状況は最悪ね。あいつ一人でも手間取るのに、三人相手じゃどうしようもない」
「き、来ます!」
ジュラとオルルカンが瑞穂たちに迫ろうとした時だった。ふと、瑞穂は水晶の舞台上に薄らと霧がかかり始めたことに気付く。
"霧…?"
すると、霧は一気に深くなり、瑞穂たちに迫っていたジュラとオルルカンの背後に、黒い影が現れる。
「お姉さんを虐める人、嫌い」
刹那、2人の首元に斬撃の残像が見える。2人は首を斬られ、倒れると同時に形を保てなくなり、倒れると同時に再び影の靄となって消えた。
「琥珀ッ⁉︎」
「何で琥珀がここに⁉︎」
影の上に降り立った琥珀は、かつて瑞穂の命を狙った頃の、まさに暗殺者の風貌を纏っていた。
「お姉さんは琥珀が守るよ」
琥珀は2本の小刀を交差させ、ウルイを見据える。そして、不気味な笑みを浮かべると、目にも止まらぬ速さでウルイへと迫る。
甲高い金属音。
ウルイは間一髪で小刀の斬撃を受けきるが、その動きが早すぎるため、瑞穂たちでも捉えるのが精一杯であった。
それまで、優位に戦いを展開していたウルイは、一変して琥珀の連撃に翻弄され、防戦を強いられる。やがて、瑞穂たちでは届かなかった攻撃が、徐々にウルイへと通っている。
しかし、かつて幾度となく瑞穂たちを退けた存在は、そう簡単に希望を与えることはなかった。
ウルイは琥珀の2本の小刀を、薙刀の柄で受け流す。柄を滑る小刀から火花が散る。そして、柄の根元まで受け流すと、小刀を持っていた無名の腕を掴んだ。
「うくぅ⁉︎」
その剛腕が、小さな琥珀の腕を握りつぶさんとする。その光景を目にした瑞穂は、桜吹雪を手に駆け出した。
「私の妹から、手を離せぇ‼︎」
瑞穂が斬りかかると、ウルイは琥珀の腕を掴んだまま薙刀で瑞穂の斬撃を受ける。
ウルイに攻撃は通用しない。しかし、注意を引くことはできる。
瑞穂の狙いはそこだった。それは琥珀が小刀でウルイの腕を斬り落とし、捕縛から抜け出すには十分だった。
「今よッ!二人とも!」
「応ッ‼︎」
「任せて」
「⁉︎」
すかさず、御剣と藤香がウルイへと斬りかかる。御剣がウルイの持つ薙刀を力強く弾き、藤香が腕の切り口から毒の呪術を流し込む時を稼ぐ。
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毒を受けたウルイは、体に痺れの症状を受け、動きが止まる。
「とっておきの一撃、喰らってみてぇな‼︎」
ミィアンが、ウルイの頭上から飛び掛かると同時に方天戟を振り下ろす。地面が隆起するほどの威力で振り下ろされた方天戟は、ウルイの左肩に食い込み、その堅固な肉体を両断する。
しかし、ウルイは体を両断されようと、最後の一撃を与えるため、右手で薙刀を振り上げる。琥珀を抱きしめる瑞穂に振り下ろされたそれを、御剣は業火を両手で支えて受け止める。
「グオォオオオ‼︎」
その時、ウルイの心の臓に二刀が突き刺さる。血だらけになった千浪が、背後からウルイの心の臓に二刀を突き刺したのだった。
「皇様、卑怯な手をお許しください」
「御剣」
「ハァッ‼︎」
御剣は止めの一撃を食らわせる。業火の斬撃がウルイの胴を横一直線に切り裂く。
◇
そうか、儂は負けたのか…。
心を支配されようと、最後に汝等と全力で戦えたことを嬉しく思うぞ。
カカカ、良き生であったわい。
主らの創る新しき世、常世で見せてもらおうぞ。
◇
俺がウルイを斬った瞬間、ウルイの声が頭に流れ込んできた。その言葉を最後に、ウルイは膝をつき、前のめりに倒れ込む。
やがて、その体は灰となり、風と共に消え去った。残ったのは、ウルイが得意としていた得物の薙刀だけであった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「声を聞いた…」
「はぁ、はぁ、御剣、といったな。皇様はなんと…」
「俺たちと全力で戦えたことを、喜んでいた」
「そうか…、なら、安心した…」
千浪は二刀を鞘に収めて、その場へと座り込む。
「倒した…のよね?」
「あぁ…」
「お姉さん‼︎」
抱かれていた琥珀が、瑞穂へと抱きつく。
「あなたのおかげで助かったわ。ありがとう、琥珀」
「えへへ」
「千浪」
俺が千浪の元への歩み寄ると、千浪は呼吸を整えつつ、口を開いた。
「俺は当分動けそうにない。先に行け」
「どうするつもりだ」
すると、千浪は地面に落ちた薙刀を手にする。
「しばらく、皇様と共にいる」
「…承知した」
「御剣!急ぐわよ!」
俺は千浪を残し、瑞穂たちと共にさらに水晶の道を駆け上がる。その道は偶然か必然か、天守に向けて続いていた。
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